3398話
洞窟で野営をしてから、数日……レイ達は同じように野営を繰り返しつつ、ようやくベスティア帝国との国境線付近まで到着した。
「いや、本当に……まさかこんなに騒動に巻き込まれるとは思わなかった……」
ベスティア帝国との国境線近くにある林。
これから国境線を越えるし、今は午後で夕方までもう少しということで、どうせ国境を越えるのなら夜になってからの方が見つかりにくいだろうということで、現在は皆で焚き火に当たって休憩していた。
そんな中、レリューが呆れたようにそう言ったのだ。
そして他の面々もその言葉に同意し、レイを見る。
その視線は、騒動に巻き込まれたのはレイのせいだと、そう言ってるように思えた。
「そうか? そこまで言う程、騒動は多くなかったと思うけど」
「本気で言ってるのか?」
「レリューさん、レイにとっては、あのくらいのことは普通なんだと思いますよ」
焚き火から少し離れた場所で寝転がっているセトに寄りかかって幸せそうな表情を浮かべていたミレイヌが、そう言う。
「そんなに言う程、騒動が多かったとは思わないけどな」
「……盗賊に遭遇すること、数度。それ以外にも血の気の多い商人達が刃物を持ちだして喧嘩しているのに遭遇したり、村長の息子が女性を乱暴しようとしていたところに遭遇したり、店の乗っ取りがどうこうといった問題にも巻き込まれましたね。……それでもいつもと変わらないと?」
オクタビアの呆れの視線がレイに向けられる。
オクタビアが口にしたのは、この数日でレイ達が経験した騒動だ。
しかもそれは、あくまでもそれなりに大きな騒動の話で、ちょっとした喧嘩を止めたといったような小さな騒動を合わせれば、まだ他にもある。
「そうだな。いつもよりちょっとは多いと思うけど、それでも極端に多いって訳じゃないと思う。……多分これも、冬だからだろうな」
「そういえば、氷で橋が壊れたというのもありましたね」
藪蛇だった。
オクタビアが追加で口にした騒動に、レイはそう思う。
とはいえ、レイにしてみれば騒動に巻き込まれるのは慣れている。
今回の一件も、いつもより少し多いかな? といったくらいだ。
……もっとも、基本的にセトに乗って空を飛んで移動をしていて、それでもこれだけのトラブルに巻き込まれたのだ。
普通に考えた場合、空を飛んで移動するレイ達がトラブルに巻き込まれるといったことは基本的にない。
それでもこうして多数のトラブルに巻き込まれるのは、レイのトラブル吸引体質とでも呼ぶべき体質を示している。
エレーナを始めとして、レイと親しい者達はそんなレイの特性や性質とでも呼ぶべきものがあるのを知っているので、そこまで驚くようなことはなかったが。
だが、レイと親しくない者……あるいはミレイヌのようにレイと親しいが、依頼で行動を共にした回数が少ない者にとっては、レイのそんな体質に思うところはあった。
「取りあえず、この人員ならレイが遭遇したトラブルもどうにかなったがな」
グライナーの言葉に、レイはその通りと頷く。
もっとも他の面々はレイの言葉に呆れていたが。
「それより、今夜には国境を越える。そうなると穢れの関係者の拠点を見つけるのもそう遠くはないだろう」
「露骨に話を変えたな」
エレーナが笑みを浮かべつつ、そう言う。
エレーナはレイの体質については知っているものの、それに関するレイの態度は見ていて面白いと思っていた。
だがそんな中でこうして露骨に話題を変えたレイの様子も、また面白いと思えたのだろう。
そんなエレーナの呟きは当然のようにレイの耳に入っていたものの、レイはそれをスルーして言葉を続ける。
「現在判明しているのは、あくまでも大体の場所だ。どうやって正確な場所を見つけるのか……まずはそこからだ」
そこまでレイが言うと、面白そうに今のやり取りを見ていた他の者達も真剣な表情となる。
レイが自分の体質についての追求を避ける為だけに話題を変えた訳ではないのは、今の様子から十分に理解出来たからだ。
そうして全員の……それこそ珍しくドラゴンローブから出て、空を飛んでいたニールセンが気分を切り替えたのを見て、レイは言葉を続ける。
「見つけたら、どうにかして中に入る。……指輪を使うことが出来れば一番いいんだけどな」
「けど、あの指輪の効果はダスカーから聞いたでしょう? 持ってきたとはいえ、迂闊に使うのは止めた方がいいわね」
マリーナの言葉にレイは同意するように頷く。
罪人に使わせてみた結果については知っているので、それを考えればレイとしてもあまり使いたいとは思わないし、最初からそのつもりはない。
だが、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、この指輪が何らかのキーになるかもしれないと考え、念の為に持ってきたのだ。
「分かってる。あの指輪は出来るだけ使いたいとは思わない。何日か前に見せたと思うが、俺には地形操作というスキルがある」
前半はマリーナに、そして後半は話を聞いてる全員に向けて言う。
何日か前、野営をするにも周囲に林や森はなく、当然ながら村や街もない。
一面に広がる雪原。
恐らく夏には草原が広がり、上空から見れば緑の絨毯にも見えるような光景になってるのだろう場所。
しかし今は雪が積もり、冬ということもあってかかなり風が強い場所だった。
そんな場所で野営をすれば、強風によってテントが吹き飛ぶ可能性もあるし、焚き火もまともに出来ない。
その為、レイは地形操作を使って地面で壁を作り、風除けとして野営を行ったのだ。
レイに地形操作というスキルがあり、それで穢れの関係者の本拠地に侵入したり、場合によっては外から本拠地を破壊したりするという話を聞いてはいたが、実際に地形操作を見て、これならレイが言っていたようなことも出来るだろうと納得出来た。
……実際には地形操作はデスサイズのスキルで、レイはそれを半ば誤魔化しているのだが。
「あれか……凄かったよな。ダンジョンとかでも使えるんじゃないか?」
「グライナーの言いたいことは分かるが、ダンジョンの中で使うには、中に誰もいない状態でないと難しいだろうな」
地形操作は、その名称通りあくまでも地形を操作するスキルだ。
穢れの関係者の本拠地で使う時もそうだが、操作する地形の誰がどこにいるかといった情報は全く分からない。
そんなスキルをダンジョンで使えばどうなるか。
ダンジョンの中にいるモンスターはともかく、ダンジョンを攻略しようとしている冒険者まで地形操作に巻き込まれてしまうだろう。
急激に盛り上がる地面の上にいて、天井と地面に潰されるか。
足場がいきなり下がって穴の中にいる状態になり、外に出られなくなるか。
数秒前まであった地面を踏むつもりで歩いていたら、その地面が消えていて落下するか。
洞窟型のダンジョンであった場合、地面が動いた影響で鍾乳石が落下してくるかもしれない。
ダンジョンで地形操作を使った場合、他にも色々な……それこそすぐには思いつけないようなものも含めれば、数え切れない程の危険があるのは間違いなかった。
だからこそ、レイはグライナーに対してダンジョンで地形操作を使おうとは思わなかった。
なお、この時レイの脳裏にあったのはその辺のダンジョンではなく、この穢れの関係者の一件が終わった後で行くことになっている――既にレイの中ではそう決まっているらしい――外国にあるという迷宮都市だ。
ダンジョンの攻略が進んでいないとはいえ、迷宮都市である以上はビューネやヴィヘラと出会ったエグジルと同じように、多数の冒険者がダンジョンの中にいるのは間違いなかった。
そんな場所で地形操作を使えば、それこそ大量殺戮者……テロ行為と認識されてもおかしくはない。
(あ、でもそれなら出来たばかりのダンジョンなら問題はないのか。……そう都合よく出来たばかりのダンジョンを見つけられるかどうかは別の話だけど。それに地形操作でダンジョンを破壊しても、魔石とか素材とか……何よりダンジョンの核を見つけるのにもの凄く苦労しそうだし)
基本的にダンジョンの核はダンジョンの一番奥にある。
魔獣術というのは一種類のモンスターにつき一度しかスキルを得たり強化するチャンスはない。
だが、何故かダンジョンの核は違う。
今まで何個かダンジョンの核を破壊してきたものの、現在のところその全てで地形操作のスキルを入手し、強化出来ているのだ。
そういう意味で、レイにとってダンジョンの核というのは非常に大きな意味を持つ。
地形操作は非常に使いやすく、それでいて強力だ。
何しろ大地を極端に持ち上げるようなことをしても、それで魔力を消耗するといったことがないのだから。
……もっとも、多少は魔力を消耗するにしても、レイは莫大な魔力を持つので、その辺は問題がなかったりするが。
「とにかく話を戻すぞ。穢れの関係者の拠点は、これから俺達が向かう本拠地以外にも複数あるのが確定している。だが、具体的にどのくらいあるのか分からない以上、本拠地で可能な限りその情報を入手する必要がある」
「だから、本拠地をそのまま潰すことは出来ない訳ね」
「ミレイヌの言う通りだ。……最悪、人数を増やして他の拠点について書かれている書類とかそういうのを探すといった手段もあるが、本拠地がどのくらいの大きさかは分からないが、それでも厄介な事になるのは間違いない。だからこそ、出来れば本拠地をそのまま潰すといったことはしたくない」
そう言うレイだったが、もし一刻でも早く本拠地を破壊しないと、穢れによって周辺に、あるいはミレアーナ王国の王都やベスティア帝国の帝都といった場所に大きな被害が出るとなれば、待つといったことはせず、一気に本拠地を滅ぼすだろう。
問題なのは、そのようなことになるにしても、実際にそれを見抜けるかどうかということか。
穢れの関係者の本拠地を見つけても、何らかの行動を起こす寸前かどうかというのは……それこそ、余程の異変でもない限り、そう簡単に見つけられない。
「それに今は冬だ。もし穢れの関係者が何かをやるのなら、春になって他の拠点から人員を呼び寄せて、それで何か行動を起こす可能性の方が高いだろうし」
「でも、その裏を突いて他の邪魔が入らない冬のうちに何らかの大きな動きをするということもあるんじゃない?」
「その可能性は……ないとは言わないけど、かなり低いんじゃない?」
ミレイヌの言葉にオクタビアが反論する。
最初はそれなりに距離があった言葉遣いだったが、何日もセト籠という限られた空間の中で一緒の時間をすごせば、自然と仲良くなって言葉遣いが砕けてもおかしくはない。
もっとも、それはあくまでも女に対してだけで、男に対してはレイを含めてまだ固い言葉遣いだったが。
「低いかしら?」
「ええ、だって穢れの関係者は今までずっと人に知られることなく行動してきたんでしょう? 今は見つかったと思ってるかもしれないけど、それでもすぐに本拠地まで辿り着くとは思っていないんじゃない? そうなると、急いで行動するよりもしっかりと準備を整えて万全の状態で行動に移すというのが私の予想ね」
「今まで誰にも見つからずに行動してきたからこそ、拠点を一つ潰されたというのは穢れの関係者達を怯えさせて、自分達が見つかる前に行動するといったことになるんじゃない?」
ミレイヌとオクタビアの意見は、それぞれに説得力があった。
それを示すかのように、話を聞いていた者達がそれぞれに頷いていたのだから。
「その辺については実際に本拠地を見つけてからの話だな。……そうだな、士気を高めるという意味でも、今日の夕食はちょっといい肉を出すか」
「え? いい肉? 何?」
ヴィヘラが期待に目を輝かせ、レイに尋ねる。
レイのミスティリングには多数の……それこそ、数えるのも馬鹿らしくなるくらいのモンスターの肉が入っている。
少し前まで、解体された肉となってるモンスターもあったのだが、それと同じくらい……場合によっては肉よりも、まだ解体されていない死体のままというのもかなりあった。
だが、ダスカーから貰ったドワイトナイフにより、多くのモンスターの死体を解体した。
その為、現在のミスティリングにはモンスターの肉が大量に入っている。
その中には当然高ランクモンスターの肉も入っており、その肉を食べられるのだろうとヴィヘラは期待したのだろう。
ビューネもまた、そんなヴィヘラと共に期待の視線をレイに向ける。
……もっとも、ビューネと親しい者でもなければビューネの表情を把握するのは難しかっただろうが。
「クリスタルドラゴンの肉……食ってみないか?」
そう尋ねるレイに、他の面々……それこそガーシュタイナーやオクタビアといった騎士達も、歓声を上げるのだった。