3394話
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「うわ、美味しそうね」
ミレイヌが渡されたスープを見て、感心したように言う。
雪が散らつく中、温かい……いや、熱いスープというのは、何よりのご馳走だ。
まだ暗いうちにギルムを出発してから数時間。
ちょうど昼になるくらいにはセトの飛行速度もあって、ギルムから大分離れていた。
そんな中で森と呼ぶには少し大袈裟で、かといって林と呼ぶには生えている木々の多い場所。
雨宿り……いや、この場合は雪宿りと言うべきか、とにかくちょうどいい場所を見つけたので、降りて昼食を食べることになった。
なお、今回の奇襲において料理は全てレイの担当ということになっている。
もっともそれはレイが料理をするのではなく、レイの持つミスティリングに入っている料理を出すという意味でだが。
それ以外にも何らかの獲物が獲れたのならマリーナが料理の腕を披露することになっていた。
……それを知った時、ミレイヌ、レリュー、グライナーといった冒険者達は、何と言えばいいのか全く分からないといった表情を浮かべていたが。
マリーナの料理に慣れているレイ達とは違い、ミレイヌ達にとってマリーナは頭の上がらない存在だ。
それはマリーナがギルドマスターを辞めて冒険者となった今でも変わらない。
そんなマリーナに料理を作らせるというのだから、ミレイヌ達はどうすればいいのか戸惑うのも当然だった。
ランクB冒険者、ランクA冒険者、異名持ちの冒険者。
そんな三人が揃ってそのようになっているのは、見てる方にしてみればそれなりに面白い。
冒険者三人にしてみれば、今回の目的……穢れの関係者の本拠地の奇襲よりも、マリーナの料理の方がどう対処すればいいのか分からない。
そんな冒険者達とは違い、ガーシュタイナーとオクタビアという騎士の二人はマリーナが料理をすると言われても特に気にした様子はない。
騎士の二人もマリーナがどのような人物なのかは知っている。
騎士の二人が仕えるダスカーを小さい頃から知っているということや、時折領主の館に顔を出すといったことも。
だが、言ってみればそれだけだ。
マリーナが黒歴史について話すのは基本的にダスカーだけで、それ以外の者達に話すことは……ない訳ではないが、かなり少ない。
その辺はマリーナもダスカーの立場について十分に理解しているからこそだろう。
その為、重要人物であるのは知っているが、直接の関わりはあまりないので、ミレイヌ達のように緊張をするといったことはなかった。
「それとこっちはサンドイッチだ。量は十分にあるから、遠慮しなくてもいい。奇襲をするまでの間に体調を崩すといったことはないようにしっかりと食べてくれ」
レイは様々な具材で作られたサンドイッチを出す。
領主の館の料理人が作ったサンドイッチよりは劣るものの、それでも十分に美味いと感じられるサンドイッチ。
他にも串焼きや煮込み料理といったように、街中で食べるのなら普通に食べられるが、街の外で食べるとなると非常に貴重な料理の数々で昼食を楽しむ。
そうして昼食を食べ終わると、すぐに出発……とはならず、少し休憩の時間となる。
セトに乗っているレイはそれなりに自由に動けるので問題ないが、セト籠に乗っている者達はどうしてもかなり狭い中に多数がいるので、身体を動かしたいと思うのは当然だった。
エレーナ達だけならまだしも、今日はそれ以外に五人も追加されている。
その分、どうしてもセト籠の中は狭くなってしまうのは当然だった。
「グルルルルゥ!」
「キュウ! キュウ!」
「あはは、待てー!」
セト、イエロ、ニールセンの遊ぶ声がレイの耳に入ってくる。
そんな様子を、少し離れた場所から見ているミレイヌ。
「そんなに遠くから見てないで、ミレイヌも一緒に遊んできたらどうだ?」
「う……そうしたいんだけど、それがスルニンに知られたら怒られそうなのよね」
恨めしそうな表情でレイに答えるミレイヌ。
小雪が散らつく中、焚き火から離れた場所でじっとしているのは寒いだろうとレイには思えるのだが、ミレイヌにはそんな様子はない。
寧ろ、今の自分が万全といった様子ですらある。
(セト効果……とでも呼べばいいのか? まぁ、ミレイヌ以外だとヨハンナくらいしかその効果はなさそうだけど)
そう思いつつ、いつまでもこのままではミレイヌの健康にも悪いだろうということで、温かいお茶を渡す。
「ありがと」
「奇襲をする時、風邪を引いて戦力になりませんでしたなんてことになったら、それこそスルニンの杖が振るわれることになるから、気を付けろよ」
スルニンにしてみれば、ミレイヌは自分に内緒で今回のような大きな……それこそ文字通りの意味でこの大陸や世界が崩壊するかどうかという依頼を受けたのだ。
だというのに、いざという時にセトを愛でるので急がしく、風邪を引いて奇襲に参加出来ませんでしたということになれば、それこそスルニンの杖がフルスイングされてもおかしくはないとレイには思えた。
そんなレイの言葉を聞いたミレイヌも、その言葉には納得してしまったのだろう。
寒さとは別の理由で顔を青くし、レイが渡したお茶を受け取る。
「セト籠の中は寒くないから、取りあえず今を凌げば問題ないだろ。……じゃあ、セトを眺めるのも程々にな」
「ありがとう、レイ」
感謝の言葉を口にするミレイヌに軽く手を振り、レイは多くの者が集まっている焚き火の近くに戻る。
するとそこでは、レイにとって少し珍しい光景が広がっていた。
「だから、そのような格好は男の……いえ、男だけではなく女の目にも毒なんです。何でわざわざそういう服を着るんですか?」
「そう言われても、この服を着るのに慣れてしまったら、ちょっと他の服は着られないわね」
オクタビアの小言にヴィヘラがそう返す。
そんなやり取りを聞いたレイは、日本にいた時のことを思い出す。
レイが日本にいる時、寝る時の布団は三種類あった。
春と秋に薄い羽毛布団。夏はタオルケット、冬は厚い羽毛布団。
冬用の布団も羽毛布団である以上、普通の……レイがもっと小さい時に使っていたような、綿の布団に比べると圧倒的に軽い。
軽いのだが、それでも秋に使っている薄い羽毛布団から、冬用の厚い羽毛布団に変えると、どうしても重く感じるのだ。
ヴィヘラが感じているのも、恐らくそんなものなのだろうと思っていると……
「あ、レイ」
オクタビアに小言を言われていたヴィヘラはレイの存在に気が付くと、これ幸いとレイに近付いてくる。
「大変そうだな」
「そうね。ただ、私を嫌ってる訳じゃないから、無視する訳にもいかないのよね。……以前の模擬戦をやる前は嫌われていたと思ったんだけど」
「戦いの中で色々とあったんだろうな。それに、これから一緒になって奇襲をするんだ。しかも味方は少数精鋭。そう考えれば、仲違いの種がないのは良いことだろう?」
「そうだけど、でもだからって口うるさいお目付役が増えるのはどうかと思うわよ?」
ヴィヘラがベスティア帝国を出奔したのは、そういう堅苦しいのを嫌ってという一面もある。
だというのに、出奔した先でも同じように口うるさい相手がいるのは、ヴィヘラにしてみれば嬉しいことではない。
「模擬戦をやってみたらどうだ? そうすれば取りあえずその間は口うるさくは言われないと思うけど」
「……ここで模擬戦をやったら、余計に口うるさくなるんじゃないかと思うんだけど」
微妙な表情を浮かべるヴィヘラ。
戦いを楽しむヴィヘラにしては、模擬戦をしないと言うのはどうかとレイは驚く。
「話している間に、お互いに少しずつ慣れてくるかもしれないから、そっちに期待だな」
そう言うレイの言葉に、ヴィヘラは微妙な表情を浮かべるのだった。
「あ、ちょっとレイ。ほら、あっちを見てあっち」
昼の休憩も終わり、レイの姿は再びセトの背の上にあった。
そうして飛び始めてから一時間程が経過したところで、不意にレイの右肩に座っていたニールセンがそう話し掛けてくる。
「どうした? 何が……ハーピーだな。そう言えばここ最近ドッティを見てないけど、どこに行ったんだ? 実はあれだったりしないよな?」
ニールセンの言葉に、レイはドッティと名付けられたハーピーの存在を思い出す。
ニールセン達が偵察に行った時、何故か仲間になって戻ってきたドッティ。
ハーピーとしてはかなり頭が良く、レイは恐らくハーピーの希少種ではないかと思っていたのだが……気が付いたら、その姿はどこにもなかった。
「もしかして雷蛇に……?」
「ドッティなら何か用事があるって、雷蛇が来るよりも前に出掛けたらしいわよ。もっとも、いつ戻ってくるか分からないけど」
「いや、用事があるって……どうやってドッティと意思疎通をしたんだ?」
レイが知ってる限り、ドッティは言葉を喋ることは出来なかった。
こちらの言葉についてはそれなりに理解していたようだったが、言葉を話すことが出来ないのなら、意思疎通は難しい。
セトもまさにそんな感じだったが、セトの場合はレイと魔獣術で繋がっているので、レイにもセトが何を言いたいのか大体理解出来た。
だが、それはセトと魔力的な繋がりを持っているレイだからだ。
……いや、レイ以外にもミレイヌやヨハンナのように、セト好きが高じてセトが何を言いたいのか分かったりするという、特殊な能力を手に入れた者もいるが。
とはいえ、それはあくまでも例外だ。
一般人はセトの意思を完全に理解するのは難しい。
「何となく?」
「……何となくでどうにかなるのが、妖精らしいな」
妖精の性格を知っているからこそ、レイもそれで納得してしまう。
「ドッティの件はともかくとして……あれはハーピーっぽいから、別に無理に戦う必要はないな」
「え? そうなの? レイのことだから、モンスターは見つけ次第殺すのかと思ったけど」
「……ニールセンの中で、俺は一体どういう扱いになってるんだ?」
そう言うレイだったが、もしニールセンが見つけたのがハーピーではなく未知のモンスターだった場合、見逃すという選択肢はなかっただろう。
それこそ即座に敵を追って、スレイプニルの靴や黄昏の槍の投擲といった手段で殺し、魔石を確保していただろう。
魔獣術を使うレイやセトにとって、未知のモンスターの魔石というのはそれだけ大きな意味を持つ。
それを見逃すつもりは、全くなかった。
……当然だが、そうなれば移動にも支障が出る。
そういう意味では、ニールセンが見つけたのがハーピーの群れだったのはレイにとって幸運だったのかもしれない。
「モンスターは絶対に殺す感じ?」
「……間違ってはいないな」
今回のようなことでもない限り、基本的に敵対するモンスターは殺すことが多い。
そういう意味では、ニールセンの言ってることは間違いではない。
「もっとも、それならモンスター以外に盗賊を殺したりもするけど」
「それ、自慢出来ることなの?」
「盗賊に襲われる者の数を減らせるんだから、自慢出来るんじゃないか? ついでにお宝や、場合によっては捕らえた盗賊を犯罪奴隷として売ることも出来るし」
「そう言われると、確かに自慢出来ることなのかもしれないわね」
「盗賊喰いと呼ばれているのは伊達じゃないってことだな」
「……それ、自慢出来ることなの?」
ニールセンが納得したかと思ったレイだったが、数秒前と全く同じ疑問を口にする。
レイにしてみれば、自慢出来ることなのでは? という思いがあるのだが、どうやらニールセンの判断では違ったらしい。
「盗賊に嫌われてるということを考えると、そう悪くない結果だと思うけどな」
「言っておくけど、今回は穢れの関係者の本拠地を奇襲するのが最優先よ? 盗賊狩りをしてる余裕はないから、そのつもりでね」
「自分でわざわざ盗賊達を見つけようとは思わないけど、移動してる途中で盗賊が誰かを襲っていたら、手を出すぞ。もっとも、盗賊も冬になると活発に動き回ったりはしないと思うけど」
盗賊にとっては、村や街、あるいは旅をしている者……特に後者が人数が少ないという意味で狙い目だ。
だが、冬になれば自然と皆が外に出たり、ましてや他の村や街に出掛けたりするという者はかなり少なくなる。
それこそどうしても行かなければならないということでもなければ、村や街から出ることはないだろう。
そうなると当然のように盗賊が襲撃する相手もおらず、そんな中で下手に外にいれば寒いし、空を飛ぶモンスターに襲撃される可能性もある。
だからこそ、盗賊もまた冬になれば何らかの動きを見せたりしないで、じっとしてるのだった。
だったが……
「あ」
噂をすれば何とやら。
レイの視線の先では、薄らと雪が積もった街道を必死になって走る数人の集団と、それを追う盗賊と思しき者達の姿があったのだった。