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レジェンド  作者: 神無月 紅
港町エモシオン
339/3865

0339話

 鍛冶屋で海のモンスター用に特別に作って貰った投擲用の槍と、切り札とも言える刃の破片や屑鉱石のたっぷりと詰め込まれた樽を購入した後、レイとセトは早速とばかりに港へとやってきていた。

 港を見た時に感じたのは、驚きと納得。

 驚きは少し前まで港にあれだけ存在していた冒険者達がもう殆ど残っておらず、今港にいるのは大部分が船に荷物を積み込む人足達だった。

 少ないながらも残っている冒険者は、恐らく出港する船の護衛として雇われた者達なのだろう。

 納得は、あれ程大量に停泊していた船の数が見て分かる程に減っていたことか。レムレースを倒してからまだ2日しか経っていないというのに、その情報は完全に広まっており、これ以上停泊料金として無駄な金を使いたく無い船が早々に出港したのだろう。

 勿論昨日の朝一番で出港した船に関して言えば、本当に怖々とした出港だった。港には停泊している船の船長や船主達が集まって息を呑んで見守っている中、資金的にこれ以上港にいられない船がギルドや行政府、あるいは他の船主達から金を受け取って出港したのだ。その結果がどうなったのかは、今の港の様子を見れば分かるだろう。利益に聡い商人達は我先にと出港しており、あるいは新しく入港している船の姿すらもある。


「そう考えると、ちょうど昨日今日に入港した船は運が良かったんだろうな」


 レムレースという、海中から船を襲うモンスターと遭遇することなく入港出来たのは間違い無く幸運だっただろう。

 そんな風に思いつつ、港に配属されている警備兵に港から出る手続きをして貰う。


「いや、レイとかいったか。お前さんのおかげでようやく港も落ち着いてきたよ」

「俺が来た時は混雑していたから、あれが普通に見えたんだけどな」


 ギルドカードとセトの首に掛かっていた従魔の首飾りを渡しながら世間話をし、すぐに許可が出る。


「手続きはこれでいいぞ。けど、もうレムレースがいないってのに何で海に出るんだ?」

「今までいたのがどちらかと言えば山の方にあるギルムの街だったからな。海のモンスターを相手にしてみたいってのもある。素材とかはギルドで買い取って貰えるし」


 そんなレイの言葉を聞き、どこか呆れた様な表情を浮かべる警備兵。

 警備兵にしてみれば、わざわざ自分からモンスターとの戦いを望むレイの気持ちが分からないのだろう。特にレイは、レムレースに懸けられた賞金こそまだ受け取ってはいないものの、その素材を売り払って大金を手に入れたと警備兵の間でも噂になっているのだから。

 そんな警備兵の困惑に気が付いた訳でも無いだろうが、レイの視線は早く海へと出たいセトへと向けられる。


「それに、セトの食事も用意しないといけないしな」


 その言葉に、レイとセトがどれだけ食べるのかを噂で知っていた警備兵は心底納得した表情を浮かべる。

 あくまでも噂ではあるが、レイとセトが寄った屋台や、食料を売っている店の売り上げが1割程上がっていると聞いたことがあったからだ。

 勿論そこまで大量に金を使っている訳では無いのであくまでも噂でしかないのだが、それでも以前街中で警備兵がレイとセトの買い物しているところを見た時にはその意見に納得出来るものがあった。


「確かにこれだけでかいと1回の食事量も多そうだしな。……よし、行ってもいいぞ。ただ、出来れば次からはこの港から直接じゃなくて、一旦街の外に出てから海に向かってくれると助かるな。一応ここは船に関しての手続きをする場所だから」


 警備兵のその言葉に、一瞬目を見開くレイ。

 これまで海に出るというのは殆ど港から移動していたし、あるいはレムレースを引きつける為に海の上空を飛ぶ時も港から直接飛んでいた為にその辺がすっかり気が付かなかったのだ。


「悪い、明日からは気を付ける」

「ははっ、そうしてくれ」


 警備兵からそう声を掛けられ、セトの背中へと跨がろうとしてふと気になることがあり、警備兵に向けて改めて声を掛ける。


「そう言えば、マジックアイテム船を持っているパーティはどうしたか分かるか? 確か何組かいたと思うんだけど」

「ん? ああ、あいつらなら殆どが昨日にはエモシオンの街を出て行った筈だ。何組かは残っているだろうが、その何組かも近い内に出て行くだろうな。マジックアイテム船を持っているってことは一定以上の実力を持っているだろうし、稼げる場所は他にもあるんだろうよ。賞金首を狙ったり、普通にモンスターを倒して素材を売ったり」

「……そうか」


 微妙に残念そうな顔をするレイ。

 実戦で使えるマジックアイテムの収集を趣味にしているレイにしてみれば、出来ればマジックアイテム船が欲しかったというのもある。特に今回のように海中にいるモンスターを討伐する場合、レイ以外の人手が欲しい時には必須のマジックアイテムなのだから。


(セトが俺以外にも数人程乗せられるようになればいいんだろうけど……ま、そのうち成長してくれることを祈るしかないか)


「何か用があったのか?」

「あのマジックアイテム船を譲って貰えないかと思ってな。金についてはレムレースの賞金や素材の買い取りでかなり余裕があるだろうし。まぁ、賞金が実際に手に入るのはもう暫く先だが」

「あー、なるほどな。けどマジックアイテム船はかなり高価……というか希少性を考えると、そう簡単に譲るような真似はしないと思うぞ。素直にどこかのマジックアイテムを売ってる店で買った方が早いと思う」


 警備兵の言葉にしょうがないと頷き、改めてセトの背へと跨がる。


「しょうがない、今回は取りあえずマジックアイテム船は諦めるとするか」

「ま、あの手のマジックアイテムは稀少だからな。狙ったからってそう簡単に手にいれられるような物じゃない。噂だと、ダンジョンとかで見つかることもあるって話だが……」

「……ダンジョンか」


 レイの脳裏をエレーナの姿が過ぎる。


(対のオーブのようなマジックアイテム狙いだったが、マジックアイテム船とかが手に入るのならそれもいいかもしれないな)


 そんな風に内心で納得し、セトに出発の合図を出そうとしたレイに警備兵が再び声を掛ける。


「従魔の首飾りとかは正門の方に渡しておくから、戻って来る時は港じゃなくて正門の方に回れよ」

「ああ、助かる。セトッ!」

「グルルルルゥッ!」


 レイは短く感謝の言葉を述べ、跨がったままセトの胴体を軽く蹴り合図を出す。すると次の瞬間には、セトが高く鳴きながら数歩の助走の後で翼を羽ばたかせ、空中を駆け上げるようにして移動していく。

 その様子を地上から見上げながら、警備兵の男はセトの鳴き声によって自分に集中している周囲の視線をどうするべきか真剣に悩むのだった。






 何処までも広がる水平線を眺めつつ、レイは時折海面へと視線を向ける。

 目的である海中のモンスターの姿を探しているのだが、港から飛び立って約1時間。幸か不幸か一向にその姿を見つけることは出来ずにいた。


「グルルゥ」


 飛び立つ時は勇ましい鳴き声を発していたセトにしても、モンスターの姿が見つからないとさすがに飽きてきたのか、まだ探すの? とばかりに喉を鳴らしながらレイの方へと振り向く。


「そうだな、もう少し探してもモンスターの姿が見つからないようなら一旦陸に戻って休憩にするか」

「グルゥ」


 レイの言葉に頷き、気を取り直したように上空を飛ぶセト。

 レイとセト自身は全く気が付いていなかったのだが、実は現在エモシオンの街周辺にモンスターの姿は殆ど無い。それは海中のみならず陸上でも同じだった。何故か。その理由は至極単純で、レイがレムレースを強制転移させるのにグリムに頼ったことがある。

 レムレースを探査する為にソナーの如く放たれたグリムの魔力と、その直後に起こった強制転移の際に使われた魔力。その2つで使われたリッチとしての圧倒的な魔力に、周辺のモンスター全てが恐れをなして逃げ出していたのだ。それ故にレムレース討伐後の出港にしてもこれ以上ない程にスムーズに進んでいたのは、レイに取っては皮肉と言うべきだろう。


「うーん、本気でモンスターがいないな。セトの目でも見つけられないんだろう?」

「グルゥ」


 ごめんなさい、とでもいうように喉を鳴らすセト。

 そんなセトの首を気にするなと撫でるレイ。


「こうしていても見つからないんなら、休憩後はちょっと遠くまで出向いてみるか。エモシオンの街の近くだと見つからなくても、沖の方に行けば多分いるだろうし。……いるといいなぁ」


 どこか自信なさげに呟いたその時、突然セトが下を……海面を見ながら鋭く鳴く。


「グルルルゥッ!」

「モンスターを見つけたのか!?」


 そう思ってセトの視線を追ったレイだったが、そこにあったのは2隻の船だった。それ自体は別におかしくは無い。数隻の船で船団を組んで交易をしているという者達もいるのだから。だが、その2隻は距離が近かった。普通、船団とは言っても船と船の距離は数百m、下手をすれば1km程度の距離は開けている。だが、レイの視線の先では2隻の船が殆ど接触するかどうかという位置で併走しているのだ。それも、お互いの船と船の間で矢や魔法が行き交っているのを見れば、そこで何が起きているのかは一目瞭然だった。


「海賊か」


 元々この海域には海賊も存在していた。ミレアーナ王国最大の港街であるエモシオンの近くである以上、海賊達にとってはこれ以上無い場所であったのは間違い無いだろう。だが、そこにレムレースが現れて船を襲い始める。

 襲われる船がエモシオンに向かっている船や、あるいはエモシオンから出港した船だけなら海賊としても問題は無かったのだろうが、モンスターでもあるレムレースが襲う船を区別する筈も無い。その結果、海賊船もかなりの数が沈められ、結果的にこのままここにいては自分達の被害も馬鹿にならないと判断した海賊達はこの海域から撤退していったのだ。だが……


「随分と戻って来るのが早いな。恐らくエモシオンの街に手下を忍び込ませていたんだろうが……まぁ、運が良かったのか、悪かったのか。こうして見る限りだと、どう考えても運が悪いとしか言えないだろうけど。セトッ!」

「グルルゥッ!」


 レイの呼び掛けに応え、セトは船のある方へと降下していく。

 やがて近付いてくるセトに気が付いたのだろう。どちらともなく弓や魔法の攻撃を終了させ、レイとセトの存在を知っている片方の船から歓声が上げられた。


「俺達が来て喜んでいるとなると、どうやらあっちが襲われている側か。なら……」


 セトに合図を出し、海賊船と思われる船の隣へと降りていき声を掛ける。


「一応聞くが、お前達は海賊船か!」


 その声に、船の上にいた殆どの者が突然現れたグリフォンに驚愕の視線を向け、数名が歯ぎしりを浮かべる。

 レムレースが討伐されたのを知ってこの海域に戻ってきたのだから、当然大半の海賊達はレムレースを倒した冒険者のことを知っていた。その冒険者がグリフォンを従魔としていることも当然耳に入っていた。それだけに、レムレースに勝てるような冒険者を相手に自分達が勝つことが出来るとも思えず、やれることと言えば歯ぎしりをするだけだった。

 この時に不幸だったのは、海賊達にエモシオンの街に潜伏していた手下が流した情報が少なかったことだろう。グリフォンを従えているというのはともかく、ベスティア帝国との戦争で異名を付けられた程の実力を持つというのは、街に潜んでいた海賊は知ることが出来ずに海賊達に知らせることが出来なかった。故に……


「うおおおおおっ! 死ねぇっ!」


 海賊達の1人が、このまま大人しく掴まるよりはと起死回生の思いで手斧をレイへと向かって投擲する。

 だが、回転しつつ飛んでいった手斧はレイに届くこともなくセトの前足の1撃により、あっさりと海へと叩き落とされる。


「……ほう? なるほど、どうやら大人しく捕まる気は無いらしいな。ここで海の藻屑になるのがお望みか」


 その言葉と共にミスティリングから取り出した槍を投擲。次の瞬間には斧を投げた海賊の足下の床を突き破って船内へと消えて行く。


「さて、どうする? 改めて問おう。このまま俺と戦って船を沈められるか、それとも大人しく捕まって犯罪奴隷として売り払われるか。好きな方を選べ。俺としては今金に困ってる訳じゃ無いし、どっちでもいいけどな」


 今のレイの一撃を見て、戦っては勝ち目が無いと判断したのだろう。このまま海に沈められて全員が命を落とすよりは……と、海賊達はその殆どが投降を選択するのだった。そんな中でも、極少数がこのまま犯罪奴隷になるよりはとレイに向かって襲い掛かったが、再び振るわれた槍で肋骨を数本程折られ、気絶することになる。

 尚、この際に海賊達が殺されなかったのは、単純にレイが犯罪奴隷として売り払うのなら無駄に殺すことも無いだろうと判断した為であり、慈悲の心を持っていた訳では無いのはレイらしいと言えばレイらしかったのだろう。

 襲撃されていた船は特に大きな被害もなかったのか、そのままレイに幾らかの謝礼金を渡して航海に戻り、レイは海賊船を連れてエモシオンの街へと戻ることになる。

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[良い点] >「そう考えると、ちょうど昨日今日に入港した船は運が良かったんだろうな」 何で今更そんな危険な地雷港にノコノコやって来たんだろう。
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