3389話
「俺の負けだ」
グライナーがそう言い、模擬戦の負けを認める。
これが実戦……命懸けの実戦であれば、グライナーも素直に負けを認めたりしなかっただろう。
模擬戦である以上、何らかの奥の手があってもそれを使うといったことはしない。
実際、それはレイも同様だ。
デスサイズのスキルや魔法、鏃を作るネブラの瞳のようなマジックアイテムを使ったりはしなかったのだから。
お互いにこれが模擬戦であるということを前提の上で戦っていたのだから、レイにもグライナーにも不満はない。
「異名持ちというのがとんでもない実力者だというのは知っていたが……それでもここまでだとは思わなかった。その上、セトはいないし」
「こっちも二刀流の使い手と戦う機会があったのは珍しいから助かった」
そうして二人が会話をしている間にも、次の模擬戦が行われている。
エレーナとレリューの模擬戦は必死になってレリューが食らいつこうとするものの、エレーナが圧倒している。
疾風の異名を持つレリューだが、足場の問題で普段通りの実力が出せないのだろう。
ヴィヘラ達やレイ達の模擬戦である程度雪が踏み固められているとはいえ、それは限られた範囲だ。
縦横無尽に走り回って速度を活かした戦い方をするレリューにとっては、周囲の状況は決して好ましくない。
エレーナもどちらかといえば、速度や技量を重視する戦い方なのだが、それでもレリュー程に特化してる訳でもない。
「レリューは場所が悪かったからな」
「ああ、雪が降ってなければもう少し違ったのだろうが」
レイとグライナーはそうして会話をしながら、模擬戦を見る。
そうしながら、レイは戦いの中で気になったことを尋ねる。
「それで、グライナー。ちょっと聞きたいんだが、刀って武器を知ってるか?」
「聞いたことはあるが、実際に見たことはないな」
「……そうか」
刀がこの世界にあるという嬉しさと、実際にそれを見たことがないということを残念に思う気持ち。
そんな思いを抱くレイだったが、そんな中でもやはり一番大きい気持ちはやはり刀がこの世界にあったのかという思いだ。
(いやまぁ、刀……日本刀なのかどうかは分からないけど)
もしかしたら、刀という名前ではあっても全く違う武器で、偶然名前が同じだけという可能性も否定は出来ない。
実際に刀を見てみないと、それが本当にレイの知ってる日本刀であるかどうかは分からない。
……もっとも、レイが知ってるとは言っても実際にレイの知り合いに日本刀を持っていた者がいた訳ではない。
レイが見たことがある日本刀というのは、それこそTVで放映されている番組、もしくはアニメやゲーム、漫画に出て来るようなものだけだ。
東北の田舎に住んでいたのだから、それは当然のことかもしれないが。
「刀か。それはどうやれば見ることが出来る?」
「そう言われても、さっきも言ったように俺はあくまでもそういうのがあると聞いただけだからな。もしどうしてもそれを手に入れたいのなら……そうだな。ダスカー様に頼めばいいんじゃないか?」
「ああ、なるほど」
レイは見たいだけであってどうしても欲しいという訳ではない。
いや、もし入手出来るのなら入手したいとは思うが。
それをどうすればいいのかと迷っていたレイだったが、ダスカーに聞けばいいという言葉には納得出来た。
ダスカーはこの大陸において大国の一つ、ミレアーナ王国にある三大派閥の一つを率いる者だ。
実際には三大派閥の中でも最も勢力が小さい中立派なので、三大派閥の中で一番下なのだが。
それでも三大派閥の一つであるのは間違いないし、ギルムというミレアーナ王国唯一の辺境に領地を持つ者でもある。
影響力という点では非常に大きいのは事実。
「そうだな。今度聞いてみてもいいかもしれないな。もしかしたら今回の報酬として刀を貰えるとか出来るかもしれないし。……あ」
レイの視線の先で、エレーナのミラージュがレリューに突きつけられることによって模擬戦が終わる。
その後も何人もが模擬戦を行い……
「やっぱりミレイヌの方が強いか」
「地面が乾いていれば、もう少し接戦になったかもしれないけどね」
ミレイヌがビューネに勝ったのを見て、レイとヴィヘラがそんな会話を交わす。
レイはそんなヴィヘラの言葉に納得する。
ビューネはその身軽さを活かした戦いを得意としており、レリューと同じような戦い方だろう。
雪が積もっている以上、どうしても速度を重視する戦い方は不利となる。
レリューは異名持ちである以上、高い戦闘力を持つ。
ビューネはそれなりに強いとはいえ、異名持ちには到底及ばない。
レリューは雪が積もっている地面であってもそれなりに動けたが、ビューネはそんなレリューよりも強さそのものが劣っている。
それも少し劣っている程度ではなく、レリューには到底及ばない程に劣っているのだ。
ましてや、ミレイヌは元々がビューネよりも強いだけに、そんな相手と戦い、地形上の不利がある状況でビューネが勝てる筈がない。
「ともあれ、これで一通り模擬戦は終わったか」
一応全員が模擬戦を行い、自分が直接戦っていない相手であってもどのような戦いをするのかは大体理解出来た筈だ。
そういう意味では、今回の模擬戦の目的は達成したのは間違いない。
そのことに満足しながら、レイはここに集まっている面々に視線を向ける。
気が付けば、奇襲に参加する者達以外に何人もの騎士や兵士が集まっているのが確認出来た。
(無理もないか)
ここに集まっているのは、ギルムの中でも相応の実力者達だ。
騎士や兵士達にしてみれば、その戦いを見るだけで勉強になる。
……中には騎士や兵士では到底理解出来ない行動をする者もいたが、そのような攻撃方法、回避方法、身体の動かし方といったものがあると分かれば、それでも十分糧となった。
「じゃあ、目的は達した訳だし、そろそろ解散にするか。それぞれ、奇襲の日までゆっくりと身体を休めておいてくれ。怠けていて、実際に奇襲を行うことになった時、ろくに動けませんでしたなんてことにはならないようにな。……まぁ、そこまで言う必要はないと思うけど」
奇襲を行う日までの時間はそう長くない。
多少怠けたところで、戦闘に大きな影響は与えないだろう。
……もっとも、その多少が実戦では大きな差となるのも事実なのだが。
ただ、ここに集まった面々はそんな程度のことは当然理解しており、怠けて身体の動きを鈍らせるといったことをするとはレイには思えなかった。
それでもわざわざ今のようなことを言ったのは、気を抜きすぎて風邪を引いたり、何でもないことで怪我をしたりといったことがないようにする為だ。
そんなレイの思惑は多くの者が理解していたので、誰も反論するようなことはなく、解散となる。
「じゃあ、俺は妖精郷に……帰れるか?」
集まっていた者達が解散した中で、レイはエレーナ達と話していた。
帰れるか? と疑問形なのは、今もまだミレイヌがセトと遊んでいる為だ。
レイが……正確にはレイとセトがクリスタルドラゴンの件でギルムにいられなくなってから、それなりに時間が経つ、
セト好きのミレイヌは、その間ずっとセトと会うことが出来なかったのだ。
……あるいは、これでセトと会える機会が全くなければ、ミレイヌもそこまで気にしなかったかもしれない。
だが、ギルムに住む者は何度となくマリーナの家や領主の館に上空から降下してくるセトの姿を見ている。
ミレイヌはセトと会いたかったが、マリーナの家は貴族街、領主の館は論外ということで、結局会うことは出来なかった。
とはいえ、ミレイヌもギルドから優秀な冒険者と判断されるだけの実力を持つ人物だ。
貴族街にもそれなりに伝手はある。
あるのだが……自分達のパーティリーダーが暴走するのを、お目付役のスルニンが許す筈もない。
そうして会えそうで会えないといった状況だっただけに、現在こうしてセトと会えたミレイヌはもう絶対に放さないといったように見える様子だった。
レイをして、自分は妖精郷に帰れるのか? と疑問に思ってもおかしくはない光景がそこにはある。
「大変だな」
困った様子のレイを見て、面白そうな笑みを浮かべるエレーナ。
その言葉とは裏腹に、レイを見る様子には面白そうな色が浮かんでいる。
「大変だよ。……もっとも、大変なのは俺だけじゃないだろうけど。ミレイヌのあれは、セトに会いたかったというのもあるが、半ば現実逃避に近いんだと思う」
「ああ、なるほど」
レイの言葉に真っ先に納得の表情を浮かべたのは、元ギルドマスターとして灼熱の風がどういうパーティか……具体的にはお目付役のスルニンがいることを知っているからだろう。
「俺が聞いた時の様子からすると、恐らく仲間の二人には今回の奇襲に参加するという話はまだしてないと思う。それを話したら……多分、ミレイヌの頭はコブが幾つも出来るんだろうな」
スルニンは魔法使いらしく杖を持っているが、その杖がお仕置きとして物理的な意味で振るわれることもある。
何度かその光景を見ているだけに、レイはミレイヌの頭にコブが出来ている姿を容易に想像出来た。
そんなレイの声が聞こえたのか、セトと一緒に遊んでいたミレイヌの動きがピタリと止まる。
そしてギギ、と、まるで壊れた人形か何かのような動きでレイに視線を向け……
「レイ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「却下だ」
「ちょっと、内容も聞かないで却下することはないでしょう?」
「スルニンを相手に取りなせって言うんだろう? それなら俺じゃなくてもエクリル辺りに頼んだらどうだ?」
部外者の自分が何かを言うよりは、パーティメンバーのエクリルの方がまだスルニンに説明する際の説得力があるのではないか。
そう言うレイだったが、ミレイヌは首を横に振る。
「ちょっと難しいわ、エクリルは今ちょっとアブエロに行っててギルムにいないのよ」
「そうなのか? 何でまた」
アブエロはギルムから一番近くにある街だ。
つまり辺境に一番近い街と言ってもいい。
その為、ギルムの通り道として相応に発展している街で、レイにとってもそれなりに関わりのある街だ。
……トレントの森に忍び込む冒険者がいるという、悪い意味での印象もあるが。
「何だか友達に呼ばれたとかで」
「……アブエロなら、何とか行き来出来るか」
基本的にギルムは冬になれば人の行き来が極端に少なくなる。
それでも多少はいるのがギルムらしいのだが。
アブエロはそんなギルムの隣にある街である以上、雪が降っていても何とか行き来出来る距離にあるのは間違いない。
エクリルにとって幸いなことに、今年は雪が降るのが遅かったというのもある。
「そうね。けど、それでも雪が降ると冬だけのモンスターが現れるから、完全に安心とはいかないけど」
ミレイヌはセトを撫でる手を止めないながらも、心配そうな表情を浮かべる。
ミレイヌが言ったように、冬にはその季節だけ出てくるモンスターが姿を現すことがある。
レイもこれまで何度かその手のモンスターと戦っているが、それなりに手強い。
そもそもレイは簡易エアコン機能のあるドラゴンローブや、空中を蹴ることが可能なスレイプニルの靴があるので、寒さや積雪によっての不利はない訳ではないものの、かなり軽減出来る。
だが、それはあくまでもドラゴンローブやスレイプニルの靴を持つレイだからの話だ。
一般的な冒険者の場合、寒さや吹雪に耐えながら積もった雪で歩きにくかったり滑るのに注意しながら戦う必要がある。
特に滑るのは、戦力的に勝っていても滑って転べば敵に致命的な隙を見せることになってしまう。
そんな状況の中で、冬の行動に特化したモンスターと戦うのだから、圧倒的なハンデを負って戦うようなものだ。
「エクリル、本当に大丈夫なのか?」
冬のモンスターの危険性を改めて考えたレイは、ミレイヌにそう尋ねる。
レイはエクリルと特別に親しい訳ではない。
それでも顔見知り……知人であるのは間違いないし、そのような人物が死んでしまうのは避けたかった。
だが、そんなレイの言葉にミレイヌは心配いらないと首を横に振る。
「別に無理に戻ってきてとは言ってないから、恐らく春にはゆっくりと戻ってくると思うわ」
それはつまり、春になるまで灼熱の風というパーティとして活動出来ないということを意味しているのだが、ミレイヌは特に気にした様子はない。
もっともミレイヌ達はランクB冒険者となったのだ。
ランクに相応しい依頼を受けていれば金に困ることはないだろう。
……あくまでも普通に暮らしていればの話だが。
ミレイヌのようにセトに貢ぐことを楽しんでいる者の場合は、どうなるかレイにも分からなかった。