3386話
レイとミレイヌの会話が途切れたのを見計らったかのように、扉がノックされる音が周囲に響く。
そのノックに対して誰かが返事をするよりも前に扉が開く。
姿を現したのは、ダスカー。
そしてダスカーの後ろには二十代半ば程の男女二人の騎士が従っている。
身のこなしから、腕が立つのは明らかな相手だ。
そんな二人を引き連れたダスカーは、レイ達の側に近づきながら口を開く。
「待たせたな。どうやら最後になってしまったようだったが」
「ダスカー様は忙しいですしね」
そう言葉を返したのはレイ。
本来なら、こういう時はエレーナかマリーナ辺りが受け答えするべきなのだろうが、一応レイはマリーナ達を率いるという形になっている。
これが例えば身内だけの席であれば、それこそダスカーを小さい頃から知っているマリーナが最初に声を掛けたのかもしれないが。
「そうだな。幸いなのは今が冬でそこまで仕事が忙しくないことか。……ともあれ、座ってくれ。詳しい話をする」
ダスカーの指示に従い、レイ達はそれぞれ座る。
その際、ダスカーは飛んでいるニールセンに視線を向けたものの、少し驚きの表情を浮かべただけだ。
寧ろダスカーが連れて来た二人の騎士の方が空を飛ぶニールセンに驚きの視線を向けていた。
この場に連れてきた以上、妖精については当然知らされていたのだろう。
だが、それでも実際に見て驚いてしまったのだろう。
レイはそんな騎士達の視線に気が付かない振りをする。
エレーナ達の側に座ったレイ。
ミレイヌ達もそんなレイからそこまで離れていない場所に座っている。
この部屋は一種の会議室で、机と椅子が多数並んでいた。
そんな中でレイ達が座ったのは前方の中央付近。
わざわざ離れた場所に座る必要がないというのもあるだろう。
そんな中、前に立ったダスカーが二人の騎士を近くに控えさせて口を開く。
「さて、今日こうして来て貰った理由は既に知っていると思う。穢れの関係者の本拠地の奇襲の為だ。一応お互いの情報共有も含めて、話しておこう」
そう言い、ダスカーは穢れの関係者についての説明を行う。
レイにしてみれば、その情報は全て知っているものだ。
……そもそも、ダスカーが話している情報はその大半がレイが報告したものなのだから当然かもしれないが。
だが、それはレイだからこそだ。
他の面々にとっては、自分の知っている情報もあれば、知らない情報もある。
その情報を共有することが、今回こうして集められた目的の一つなのだろう。
他にも顔合わせというのもあるが。
「こんなところか。……そしてここに集まった俺以外の面々は今話した穢れの関係者の本拠地の奇襲に参加して貰う面々だ」
ダスカーの言葉を聞いても、その言葉に動揺したり不満を口にする者はいない。
全てを承知の上でここに集まっているのだから、当然だろう。
「それと奇襲作戦にはこの二人にも参加して貰う」
ダスカーがそう言い、二人の騎士に視線を向ける。
視線を向けられた二人は、前に出ると最初に男の騎士が口を開く。
「私はガーシュタイナーという。特技は長剣を使っての近接戦闘になる。ダスカー様の命により、貴方達と共に穢れの関係者の本拠地の襲撃に参加させて貰うので、よろしく頼む」
そう言い、一礼するガーシュタイナー。
貴族かどこかの生まれなのか、その仕草には洗練された慣れがある。
次に女の騎士が前に出て口を開く。
「私はオクタビアよ。ガーシュタイナーと共に今回の奇襲に参加させて貰うので、よろしくね」
オクタビアと名乗った女は、ガーシュタイナーとは違って気安い態度で接する。
普通なら騎士が……それも仕える主君の側でこのような気楽な態度をとるのは問題なのだが、ダスカーに仕える騎士は礼儀も最低限は必要なものの、最優先されるのはその強さだ。
勿論、強さがあっても問題行動を起こしてばかりのような者は騎士にはなれないが。
オクタビアのような気安い態度であれば問題ないのだろう。
「この二人は俺に仕える騎士の中でもかなりの腕利きだ。……穢れを倒すことは不可能だろうが、それを操っている穢れの関係者を倒すことは難しくないだろう。また、全てが終わった後で俺に報告をするという役目がある」
「ダスカー様、そうなるとこの奇襲が終わった後に報告書を出したりとか、そういうことはいらないんですか?」
レリューが真っ先に手を挙げ、そう尋ねる。
普段の言葉遣いは乱暴なレリューだったが、お偉いさんのダスカーを相手にしている為か、普段とは違う丁寧な言葉遣いだ。
レリューの言葉には、ミレイヌやグライナー、そしてレイ達も期待の視線を向ける。
普通なら依頼をこなしたところで報告書を出したりといったことはないのだが、今回は特別だ。
何しろ相手は世界を滅ぼそうとしている集団なのだから。
今後の為……特に今回と同じく穢れを使うことが出来る相手が何らかの行動を起こした時の為に、きちんとした情報を残しておきたいというのが、ダスカーやワーカーにとっての本音だろう。
勿論、ガーシュタイナーとオクタビアの二人は情報収集の為だけにいる訳ではなく、相応の戦力として今回の奇襲に参加するのだが。
何人もから期待の視線を向けられたダスカーだったが、あっさりとその期待を打ち砕く。
「そういう訳じゃない。今回の件が大事なのは全員知ってるだろう。この二人でも見逃したこと、あるいは気が付かなかったこと、報告し忘れたこと……多角的に見る為には、全員からの報告書の提出は必須となる」
真剣な表情でそう言うダスカーに、反論出来る者はいない。
実際に穢れの関係者の件を考えれば、今後の為に少しでも多くの情報を残しておくことは必須なのだから。
「分かりました」
レリューもその重要さを理解し、大人しく頷く。
そんなレリューを見て、ダスカーは改めて口を開く。
「本来なら、このような少数ではなくもっと人数を増やし、万全の状態で奇襲をしたかった。だが、世界の崩壊などというとんでもないことを企んでいる以上、穢れの関係者達は出来るだけ早く滅ぼす必要がある。……前もって言っておくが、捕虜にしようとして手加減をするといったことは考えなくてもいい。勿論捕虜がいれば多くの情報を手に入れられるだろうが、穢れの関係者は基本的に世界が滅んでも構わないと思っている者達だ。捕らえられても情報を話すとは思えない」
それはオーロラを尋問したことによる経験からの言葉。
実際に尋問したのは、ダスカーではなく部下だ。
専門の技術者で、その者に掛かれば街中で威張っている程度の者は容易に情報を吐き出すことになる。
そんな者達に掛かっても、オーロラからは何の情報も引き出すことは出来ないのだ。
ブルーメタルで覆われた部屋にいるオーロラは、穢れを出すことも出来ない。
それでも全く何の情報も話さないのは、それだけオーロラの精神力が強いということだろう。
その精神力も無限ではない以上、尋問や拷問が続けば最終的に情報を話す可能性は十分にあるが、その時がいつになるのかは全く分からない。
だからこそ、穢れの関係者を捕虜にするのを優先する必要はないと判断したのだろう。
もし捕虜にしようとしていると穢れの関係者が気が付けば、それを利用して攻撃するといったことをしないとも限らない。
今回奇襲を行う人員は決して数は多くない。
その分だけ精鋭が揃っているという自負がダスカーにもある。
具体的には、ガーシュタイナーとオクタビアの二人は騎士団の中でも上位に位置する使い手達だ。
ダスカーがレイから聞いて知ってる穢れの関係者の戦い方をしても、その穢れを無視して操っている者を倒すことが出来るだろう技術は間違いなく持っている。
そのような少数精鋭だけに、穢れの関係者を捕虜にしようとして、誰か一人でも死んだり、重傷を負ったり、あるいはそこまで重くなくても怪我をしたりすれば、一行の戦力は大きく減る。
少数精鋭だからこそ、奇襲する者達の戦力比において一人辺りの割合はどうしても多くなるのだ。
そういう意味では、少数精鋭であるが故の弱点なのだろう。
ダスカーはそれを心配して無理に捕虜にする必要はないと言ったのだろう。
(それに穢れの関係者はブルーメタルとかがない限り、穢れを自由に召喚出来るしな。オーロラを連れてきた時のように、ヴィヘラがつきっきりになるのは、それはそれで戦力が減るだろうし。とはいえ、本拠地を壊滅させても他の拠点は残ることになる以上、そっちの情報は必要だよな。穢れの関係者の目的を考えると、恐らくそんなに多くはないと思うけど)
世の中に絶望して、それこそ世界が滅べばいいと思う者がそう多くいるとはレイには思えなかった。
穢れの関係者の組織で生まれ育った者は、教育――という名の洗脳――によって世界が滅ぶのが正しいと思っているのかもしれないが。
「ダスカー様の言う通りですね。俺が戦った穢れの関係者は、それこそ自分達の目的の為なら自分の命を使っても問題ないと思っているような連中でしたし」
レイの言葉にダスカーが頷く。
そして他の者達……特にミレイヌ、レリュー、グライナーといった三人の冒険者は、穢れの関係者の情報については聞いていたのだろうが、実際に戦ったレイの言葉を聞いてその言葉に込められた真実味に息を呑む。
「そうだ。だからこそ、手加減をする必要はない」
「けど、その……ダスカー様。レイが戦った拠点があって私達が奇襲するのが本拠地なら、まだ他にも拠点があるのでは? 本拠地だけにその辺りの情報が書かれた書類もあるかもしれませんが、それが見つからなかった場合、どうするんでしょう?」
ダスカーにそう聞いたのはミレイヌだ。
ランクB冒険者という、いわゆる高ランク冒険者と呼ばれるようになったものの、それでもミレイヌはダスカーとこうして直接話したことは……ない訳ではないものの、それでもどうしても緊張してしまう。
若手の中でも実力者として知られているミレイヌは、色々な貴族と会ったことがある。
それこそ今までにも領主と会ったことはそれなりにあった。
だが……それはあくまでも他の領地の領主だ。
ダスカーはその辺の領主と比べても、圧倒的に存在感が違う。
レイのように頻繁に会っていたり、マリーナのように小さい頃から知っていたり、エレーナのようにお偉いさんと会うのが日常だったりすればともかく、ミレイヌはそこまで特殊ではない。
だからこそ、どうしてもいつも通りとはいかないのだ。
そんなミレイヌだったが、ダスカーにしてみれば同じような相手とは今まで何人も会っている。
特に気にした様子もなく、口を開く。
「その問題はある。だが、それでもお前達の安全の方が大事だ。穢れの関係者は元々数もそう多くはないだろう。他に拠点があっても、その数はそこまで多くはない筈だ」
それは半ば希望的観測ではある。
だが同時に、穢れの関係者の目的や……何より異質さを考えれば、決して有り得ないことでもないのは事実。
「だと、いいんですけど」
ダスカーの言葉に説得力を感じたのか、それとも自分の立場からダスカーの意見を正面から否定するのは避けたかったのか、ミレイヌはダスカーの言葉に素直に頷く。
「ともあれ、穢れの関係者をそのままにしておくのは、色々な意味で危険だ。可能な限り滅ぼす必要がある」
ダスカーのその言葉に、レイを含めて全員が頷く。
壊滅させたあとのことも色々とあるのは事実だが、とにかく危険な本拠地を潰してしまわないと、いつ何が起きるのか分からないというのは、全員に共通した意見だったのだ。
その後も色々と打ち合わせをし……やがて一時間程が経過したところで、ダスカーが立ち上がる。
「話についてはこのくらいでいいだろう。……最後に、いつ出発するかだが、ワーカーと話し合って二日後となった。二日後の朝にまたここに集まって欲しい。それぞれ、準備をするのは忘れないように」
そう言い、ダスカーは会議室を出ていく。
ただし、レイ達と共に奇襲に参加するガーシュタイナーとオクタビアは会議室に残っていたが。
冬になって大分仕事が減ったとはいえ、ダスカーがこれだけ長い時間を作るのは難しい。
ダスカーにとって、穢れの関係者の本拠地の奇襲はそれだけ重要な意味を持つということなのだろう。
それはレイを含めて事情を知っている者達にも異論はない。
そうして自分達だけになったところで……不意にヴィヘラが口を開く。
「さて、こうしてせっかく集まったんだし、お互いの腕を知らないと困るでしょう? 少し模擬戦でもどうかしら?」
そう、模擬戦に誘うのだった。