3385話
部屋の中に入ったレイの視線が最初に向けられたのは、当然のようにエレーナ達。
エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネ、アーラといった馴染みの面々。
そのエレーナ達もレイを見てそれぞれに笑みを浮かべる。
そして次にレイの視線が向けられたのは、三人の冒険者達。
そのうちの二人はレイにとっても見覚えのある顔だ。
一人は疾風の異名を持つランクA冒険者のレリュー。
以前レイがとあるダンジョンに挑戦する時、一緒に行動した相手だ。
長剣を使うオーソドックスな戦闘方法で、力ではなく速度や技量を主とした戦い方をする戦士。
もう一人は……こちらはレイにとっても少し意外だった。
ランクCパーティ灼熱の風のリーダーを務める、ミレイヌ。
レイにしてみれば、かなり顔馴染みの存在と言ってもいい。
ミレイヌは腕利きの冒険者ではなくセト好きといった意味で馴染み深い存在だったが。
なお、疾風の異名を持つレリューもセト好きの一人だ。
(けど……何でミレイヌが?)
そんな疑問がレイの中にある。
ミレイヌは若手の中では腕利きとして知られている。
同期――というには少し離れているが――にレイという規格外の存在がいる為に、ミレイヌの存在はあまり目立たないものの、レイが来る前はミレイヌこそがギルムの若手冒険者のホープという扱いだった。
だが……それでも、ミレイヌのランクはCだ。
今回のように、世界の滅亡に関わる件に参加する程の技量はない。
(いや、違うな。強くはなってるか)
レイが見たところ、ミレイヌは間違いなく以前よりも強くはなっている。
なってはいるが……それでも、戦闘力という点では他の面々に劣る。
エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人には到底及ばない。
ビューネよりは上だが、アーラとは互角か少し下といったところだろう。
あくまでも気配や微かな身体の動かし方からのレイの予想だったが、そんなに間違っているようには思えない。
ともあれ、こうしてここにいるということは、ワーカーやダスカーがミレイヌでも問題ないと判断したのだろうから、今ここで敢えてレイが何故ここにいるのかと聞く必要はないだろう。
そして最後の一人。
こちらはレイにとって初めて見る顔だ。
ここにいる以上。相応の実力の持ち主なのは間違いないだろうが。
(騎士も何人か一緒に行くって話だったけど……まぁ、ダスカー様に仕える騎士なんだし、そうなるとダスカー様と一緒に来るのかもしれないな)
そんな風に思いつつ、レイはエレーナ達のいる場所に向かう。
ミレイヌはそんなレイに声を掛けたそうにしていたが、エレーナやマリーナ達のいる場所に行きたいとは思わないのか、レリューとレイが知らないもう一人と話をしている。
「早かったわね」
近付いてくるレイに、マリーナがそう言う。
マリーナにしてみれば、セトの飛行速度を考えればこのくらいの時間でやって来るのは当然だという思いがありつつも、こう言ったのはからかう意味もあったのだろう。
「急いで来たからな。……とはいえ、予想外の顔ぶれがいて驚いたが」
「ミレイヌ? ランクB冒険者になったんだし、この場に呼ばれてもおかしくはないんじゃない?」
「……そうなのか?」
「あら、レイは知らなかったの? レイのことだからもう知っていたと思ったけど」
マリーナの言葉にレイは首を横に振る。
ミレイヌがランクアップしていたというのは、マリーナから聞いて今知ったのだ。
寧ろレイとしては、マリーナが何故それを知ってるのかと思う。
元ギルドマスターである以上、情報源はレイよりも圧倒的に多いのだろうが。
「レイ、妖精郷の方はどうだった?」
レイとマリーナの会話が一段落したところで、エレーナがそう声を掛けてくる。
「今のところ、特に問題はないな。雷蛇のような高ランクモンスターはあれ以来出て来てないし。それにもし高ランクモンスターが出て来ても、アリアス達がいる以上はどうにかなるだろうし」
アリアス達はその辺のモンスターが出て来ても、楽に倒すことが出来る。
穢れのような敵が妖精郷に襲撃してきたら厄介だったが、ミスリルの釘がある以上、対処は出来る。
もっとも、今のところブルーメタルの罠に集まってきているので、穢れが妖精郷に姿を現す可能性は低いだろうが。
(マリーナからの通信が来る前にブルーメタルの罠に集まっていた穢れの対処をしておいてよかったな)
ブルーメタルが鋼線として使えるようになったので、新たに罠を仕掛けるのは数分程度で終わる。
ブルーメタルで囲んだ場所に入ろうとする穢れを殺すのも、レイが魔法を使えばすぐだ。
そういう意味では、既にブルーメタルの罠についてはルーチンワーク的な存在となっていた。
「ふむ、雷蛇か。対のオーブで聞いてはいたが……ヴィヘラなら戦ってみたいのではないか?」
「私? そうね。ランクAモンスターなんだから、出来れば戦ってみたかったわ。とはいえ、妖精郷にいられなかった以上はどうしようもないけど」
「ちょっと、そんなに気軽に言わないでよね。雷蛇の相手は大変だったんだから」
ヴィヘラの言葉に、自分が必死になって雷蛇を押さえ込んだ時のことを思い出したのか、レイのドラゴンローブの中から飛び出てきたニールセンが不満そうに言う。
だが……その行為が軽率だったのは間違いないだろう。
「え?」
「な……」
「妖精、だと?」
ドラゴンローブの中から出て来たニールセンを見て、その存在を知らなかった者達……ミレイヌ達が驚きの声を上げる。
(あれ? もしかしてニールセンのことを知らなかったのか?)
この場にいる以上、妖精郷についての話は当然知ってるだろうと思っていたレイにしてみれば、その反応は少し予想外だった。
穢れについて説明を受けたのなら、どうやってその穢れについての情報を知ったのかということを話していてもおかしくはないと思ったからだ。
また、ダスカーは今回の襲撃にニールセンが同行することを知っていたのだから、妖精について知らせておくのは必須だった筈。
だというのに、実際には違ったのだ。
それはレイにとって明らかに予想外のことだった。
「えっと……ミレイヌ、レリュー、妖精については知らなかったのか?」
「ええ。何も聞いてないわ。というか、なんでレイは妖精と普通に接してるのよ」
「ミレイヌの嬢ちゃんの言う通りだ。妖精か……本当にいるんだな」
「ちょっと、レリューさん。嬢ちゃんは止めて下さいって言ってるでしょう」
「何を言ってんだ。まだまだ尻の青い嬢ちゃんだろ」
「もう!」
妖精のことよりも自分が尻の青い嬢ちゃんと呼ばれたのが不満だったのか、ミレイヌはレリューに向かって不満をぶつける。
そんなやり取りを眺めていたレイだったが、妖精についてはいいのか? と突っ込みたくなる。
そして実際に口を開くよりも前に……
「二人とも、その辺にしておけ。今はそれよりも妖精について……いや、丁度いい機会だからレイに自己紹介をしておこう。俺はランクA冒険者のグライナーだ。レイの深紅のような異名はないが、腕には相応の実力がある」
そう言い、三十代程の男……グライナーがレイに自己紹介をしてくる。
ランクA冒険者である以上、自分の腕に自信があるのは当然だろう。
ましてや、ここにいるということはダスカーやワーカーから認められた人材である以上、レイもそれを否定するつもりはない。
「そうか。俺はレイだ。こっちは……」
そう言い、レイはエレーナ達を紹介していく。
ビューネを説明された時はグライナーも微妙な表情を浮かべるが、腕利きの盗賊であると聞いて完全にではないがある程度納得した表情を浮かべる。
グライナーにしてみれば、レイがこのように言う以上、ビューネが腕利きであるというのは納得が出来る。
また、既に穢れの存在を聞かされており、その本拠地に奇襲をするということから盗賊がいるのも理解出来る。
だが……それでも、ビューネのような子供でいいのかと思わないではない。
ビューネよりも腕利きの盗賊なら捜せばいるだろうと、そう思うのだ。
それでもこのパーティの実質的なリーダーになるだろうレイの言葉に不満を言うようなことはなかったが。
「さて、それでニールセンのことだったな」
自己紹介が終わったと判断したレイは、何か文句ある? とでも言いたげに空中を飛んでいるニールセンに視線を向ける。
「何よ?」
「いや、お前のことをどう説明しようか迷ってな。……そうだな、簡単に言えば今回の穢れについての情報は妖精から手に入れたものだ。また、トレントの森には妖精郷があって、ダスカー様と繋がりを持っている」
しん、と。
レイの言葉を聞いた冒険者三人は、それぞれに沈黙する。
それこそランクA冒険者が二人にランクB冒険者が一人の三人が、それぞれレイの言葉の意味をすぐには理解出来なかったのだ。
(そもそも俺が部屋に入ってきた時に妖精郷について話していたんだから、そこまで驚くことはないと思うんだが。もしかしたら、何らかの隠喩かと思っていた? もしくは俺が話している時は何か別の話に夢中になっていたとか? どのみち、妖精を初めて見たから驚いたというのはあるだろうけど)
レイはニールセンに視線を向ける。
ニールセンは自分に視線が集中しているのを嬉しく思ったのか、満面の笑みを浮かべていた。
「ふふん、凄いでしょ」
「あー、凄い凄い。それは間違いないが、だからといってニールセンが自慢するようなことじゃないと思うけどな」
「ちょっと、レイ。私が妖精だからこの人達は驚いてるんでしょ? なら、私が自慢してもいいじゃない」
ニールセンにしてみれば、こうして自分が偉ぶれることは滅多にない。
そんな中で今こうして注目されてるのだから、少しくらいは偉ぶってもいいだろうと思う。
野営地にいる妖精好きの者達に見られるのはごめんだという思いがあるのだが、普通の相手に……あるいは妖精好きでもそれを表に出さない相手からの視線なら問題はない。いや、それどころか寧ろ望むところだ。
そんなニールセンの不満を流しながら、レイは口を開く。
「ミレイヌ達は知ってると思うが、今の俺はクリスタルドラゴンの件でギルムにいるのは難しい」
「でしょうね。お陰でセトちゃんにも会えなくなったもの」
レイの説明に、ミレイヌが不満そうな様子で言う。
ミレイヌにしてみれば、レイがどうこうというのはともかく、レイと一緒にいるセトと会えないのが非常に悲しい。
それを不満に思ってるのは間違いなく、妖精を見た衝撃も忘れてレイに不満をぶつける。
「……もしかして、ミレイヌだけがここにいるのは、それが理由だったりするのか?」
ミレイヌは灼熱の風というパーティを率いるリーダーだったが、ここには他のパーティメンバーはいない。
それは恐らく、ミレイヌがパーティではなく個人としてこの依頼を受けたのだろうとレイには予想出来た。
そしてミレイヌはレイの言葉を聞いて当然といったように頷く。
「決まってるじゃない。今は冬だからパーティとしての活動は休止中よ」
それはつまり、レイの言葉を肯定したということを意味している。
「いいのか? いやまぁ、ミレイヌがいれば助かるのは間違いないけど。……ただ、今回の敵は厄介な相手だぞ?」
「知ってるわ。けど、今回の依頼を受ければセトちゃんと一緒にいられるんでしょう? なら、私からの不満はないわ」
「……そうか」
世界を破滅させようとしている穢れの関係者の本拠地に奇襲をするのに、それに参加する理由がセト。
普通なら呆れるなり、場合によっては嘘だと叫ぶかもしれないようなミレイヌの言葉だったが、レイはその言葉を素直に信じる。
ミレイヌがセトをどれだけ好きなのか、知っていたからだ。
レイを例外として、そこまでセトに好意を持っている者は、ミレイヌ以外にはヨハンナくらいしかレイは知らない。
そんなミレイヌの言葉だけに、普通なら信じることが出来ない言葉であってもレイは素直に信じることが出来た。
「後で怒られないようにな」
結局レイの口から出たのはそれだけ。
その言葉を聞いたミレイヌは、そっと視線を逸らす。
灼熱の風の一人、魔法使いのスルニンは一人だけ年齢が高いだけにミレイヌやエクリルといったパーティメンバーのお目付役でもある。
もしスルニンが今回のことを知れば、間違いなくミレイヌは叱られるだろう。
ミレイヌもそれは分かっているらしく、視線を逸らしはしたものの、どこか落ち着かない様子を見せている。
(これは勢いで依頼を受けて、後で後悔してる感じだな)
レイはそんな風に思うのだった。