3384話
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レイが穢れの件が終わったら迷宮都市に行くと長に言ってから数日……レイと一緒に迷宮都市に行きたいと長に言ったニールセンだったが、その意見は即座に却下されてしまう。
長という立場ではなく、数多の見えない腕と呼ばれる妖精としては、ニールセンの言葉に頷きたかった。
レイが迷宮都市でどのような危険に遭遇するのかは分からないのだ。
その時、ニールセンがいれば助けになることもあるだろう。
何より、自分の知らない場所でレイがどのようなことをしてるのかをせめて知りたいと思うのは長ではなく、一人の女としては当然だった。
しかし、それはあくまでも個人的な感情でしかない。
数多の見えない腕は、あくまでも長として妖精郷を率いる者だ。
そうである以上、自分の後継者たるニールセンの教育や訓練を行う必要があった。
そうして結局長はニールセンの要望を却下することになってしまう。
それが不満そうなニールセンだったが、だからといって長に逆らうような身の程知らずな真似はしない。
不機嫌さを隠そうとはしなかったが。
また、その数日で騎士達も大分妖精郷での活動に慣れてきた。
幸いなことに、今のところ雷蛇以降モンスターが妖精郷を襲撃するといったことは起きていない。
代わりに、本格的に雪が降り始めたことにアリアス達は難儀そうにしていたが。
そんな中……
「え? 今日これからか?」
『ええ、ダスカーから私に連絡があったのよ。どうやら奇襲の件みたいよ』
対のオーブに映ったマリーナが、相変わらず強烈なまでの女の艶を感じさせる仕草でそう言う。
本人は意図的にそうしている訳ではなく、自然な行動でそれなのだ。
勿論、マリーナもそれを自覚しているので、自分の女の艶を利用することは珍しくなかったが。
「奇襲の? ……そうか。なら、人員が決まったのかもしれないな」
元々レイ達は仲間が全員……レイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネ、セト、イエロといった面々が行くと決まっていた。
残るのはダスカーが出す人員だったが、そっちはまだはっきりと決まっていなかったのだ。
ダスカーの部下の騎士から数人、そして冒険者が数人。
特に後者の冒険者の数人は、ギルドマスターのワーカーも選ぶのに苦労していた。
国内で行動するのならまだしも、今回はベスティア帝国の領土での行動だ。
腕は立つが協調性のない者がいた場合、それによって大きな騒動になる可能性は十分にあった。
かといって性格は問題なくても弱い冒険者は論外。
腕が立ち性格にも問題のない冒険者というのは、決して多くない。
……その典型がレイだろう。
間違いなく腕は立つが、敵対した相手は貴族であろうと一切の容赦をせず、その力を振るう。
実際に今までレイと敵対した貴族はそれなりにいるが、その多くが普通ならとてもではないが信じられないような目に遭っている。
それでもレイの場合は、ギルドの判定ではそこまで問題のない冒険者という扱いになるのだが。
盗賊を皆殺しにするが、何の罪もない一般人を意味もなく殺したりはしない。
喧嘩になっても、相手を痛めつけはするが、命まで奪うようなことはない。
ランクや強さを盾に、商品を奪ったり女を襲ったりはしない。
奇行の類もそうない。
それ以外の諸々を考えると、レイはギルドの目から見てもそこまで問題のない相手ということになる。
「腕利きで性格に問題のない冒険者……しかも本来なら春まで休んでいる今、わざわざ危険な相手との戦いに参加する冒険者か。一体誰だろうな」
『何人か心当たりはあるけど、ここでどうこう言うよりも実際に領主の館に行けば分かるでしょ』
元々マリーナはギルドマスターだった。
それだけに、今回ワーカーが選んだ冒険者についても想像出来る相手が何人かいるのだろう。
もっともワーカーがギルドマスターになってから、ギルムに来た者もいる。
その中に腕利きの冒険者がいれば、マリーナもその相手について知らないのだろう。
……もっとも、ギルドに行けばマリーナに恩があったり、慕っている者は多い。
情報を集めようと思えばそう難しい話ではないだろう。
「そうだな。じゃあ、これから今すぐ行くよ」
『ええ、お願い。私達もこれからすぐに向かうわ』
マリーナの言葉に頷き、対のオーブを切る。
「さて、じゃあ行くか」
マジックテントの中で準備を整えると、少し離れた場所で対のオーブでのやり取りを見ていたニールセンが近付いてくる。
「いよいよね」
「そうだな。出来れば今回の襲撃で全てが解決すればいいんだが」
そう言うレイだったが、恐らくそう自分に都合良くはいかないだろうと思う。
もし本拠地を破壊しても、オーロラがいた洞窟のように幾つか拠点があるのは間違いない。
その拠点の情報を本拠地で入手出来ればいいものの、それが無理なら穢れの関係者の残党が問題となる可能性は高かった。
「長には話していくの?」
「そうした方がいいだろ。……不満か?」
迷宮都市の件でニールセンが不満を抱いているのはレイも知っている。
そうである以上、長に説明をしに行くのが不満に思うのではないかとニールセンに尋ねるものの、ニールセンは特に気にした様子もなく、首を傾げる。
「不満? 何で?」
「……あれ?」
全く気にした様子がないニールセンに疑問を抱く。
「いいのか?」
「だから、何が?」
「……まぁ、お前がいいのなら俺はそれで構わないけど」
ニールセンの様子に意外に思うも、本人がそれで問題ないならいいかと判断する。
(それも妖精らしいしな)
長とのやり取りで不満を抱いたのを忘れるのが妖精らしいのかどうかは、レイにも分からない。
ただ、らしいと言えばらしいのは間違いなく、ニールセンが気にしないのなら自分もこれ以上は特に突っ込まなくてもいいだろうと判断する。
「分かった。じゃあ、行くぞ」
そう言い、ニールセンと共にマジックテントの外に出ると、そこには焚き火……といった小規模なものではなく、もっと大きな……そう、キャンプファイヤーとでも呼ぶべきものがあり、その周囲には何人かの騎士達がいる。
レイはマジックテントで寒さを凌げるものの、妖精郷の見回りをする騎士達はそれなりに外に出る必要がある。
一応ダスカーから防寒具の類を貰ってはいるが、それでも雪が降れば寒いものは寒い。
その為に暖を取るのは当然だろうが、レイが使っていたような小さな焚き火では足りない。
その為、薪を組み合わせてキャンプファイヤーのように大きな焚き火としていたのだ。
なお、薪に関しては雷蛇との戦いでへし折れた木を妖精達の魔法によって薪として使えるようになっている。
「レイ? どうしたんだ?」
キャンプファイヤー……いや焚き火で暖まっていた騎士の一人が、マジックテントから出て来たレイに不思議そうに尋ねる。
雪が降ってる中で、レイがわざわざ自分から好んで外に出て来るようなことはないと思っていたのだろう。
実際、レイにしてみれば雪は決して好きではない。
日本にいた時も雪国の東北で生まれ育った為、滅多に雪が降らない場所に住む者達のように雪が降ったからといって決して喜んだりはしない。
寧ろ厄介者でしかないという認識がレイにはあった。
「ちょっとダスカー様に呼ばれた。穢れの関係者の本拠地を奇襲する件でな」
レイに声を掛けた騎士は、その言葉に若干だが緊張した様子を見せる。
妖精郷に派遣される時、近いうちにレイは妖精郷から離れて穢れの関係者の本拠地を襲撃するという話については聞いていた。
その間は、それこそ雷蛇のような高ランクモンスターが妖精郷を襲っても、派遣された騎士達だけで対処する必要があった。
騎士達も妖精郷に派遣されるだけあり、自分の強さについては相応に自信がある。
だが、自信があるとはいえ、それでもランクAモンスターと戦うかもしれないと言われれば緊張するのは当然の話だった。
「そうか。そうなるといつベスティア帝国に出発するんだ? 今日これからか?」
「どうだろうな。その辺については俺だけの判断では決められない。他に参加する者達の都合も影響してるだろうし。今日は多分顔合わせとか、そんな感じだと思う」
「顔合わせか。ダスカー様達が選んだのなら、そうそうおかしな奴はいないと思うけど」
「だといいんだけどな」
「ほら、レイ。ギルムに行くんでしょ。あまり待たせると悪いわよ」
騎士と話していたレイのドラゴンローブを引っ張るニールセン。
実際には待たせると悪いといったようなことは思っておらず、領主の館に行けば美味いサンドイッチを食べられるかもしれないと期待しての行為。
レイもそれは分かっていたものの、今の状況を思えば少しでも早く領主の館に到着した方がいいのも事実である以上、ニールセンの言葉に素直に頷く。
「分かった、行くか。……セト、頼むな」
「グルゥ!」
雪が降っている中でも普段と全く変わりなく寝転がっていたセトが、レイの言葉に即座に返事をする。
最初、セトが雪が降る中でも外で寝ているのを見て、騎士の何人かはレイにいいのか? と尋ねもした。
それはセトの身を案じたというのもあるが、同時にセトがギルムにおいてマスコット的な存在になっているのを知っているからこそ、もしセト好きな者達がそれを知ったら妙な暴走をするのではないかという思いから来た問いでもある。
しかし、レイはそんな騎士に問題ないと言う。
騎士達はそんなレイの言葉に思うところはあったものの、実際にセトが雪の中でも全く寒そうにしておらず、それどころか元気一杯にピクシーウルフと遊んだりしているのを見れば、本当にセトが外にいても問題はないのだろうと思ってしまう。
今ではセトが眠っていて雪が積もっても、それを払ってやるくらいのことをするだけだ。
「じゃあ、行くか。分かってると思うが、向かうのはギルムにある領主の館だ」
そう言うレイに、セトは嬉しそうに喉を鳴らすのだった。
「あ、いつもと違うのか」
領主の館を進むレイを案内するメイドは、いつもの客間に向かうのとは違う通路を歩いていることに気が付いて呟くと、それを聞いたメイドが歩きながら頷く。
「はい。今日は大勢集まっているので」
「それもそうか」
レイが領主の館に来た時に使う客室は、そこまで広くはない。
ソファも数が少なく、レイとダスカー……それとおまけでニールセンがいるくらいなら問題ないが、十人近い者達がいると座る場所がなかった。
それでも座ろうと思えば床に座ればいいだけだが、他にきちんとした部屋があるのならそちらの部屋を使った方がいい。
メイドがレイを案内してるのも、そのような部屋に向かってだろう。
ドラゴンローブの中に隠れているニールセンは、そんなレイとメイドの会話を聞いてサンドイッチがあるのかどうか不安に思っていたが。
それ以降は特に何か会話をするでもなく通路を進み、やがて目的の部屋に近付くのがレイには分かった。
何故なら、覚えのある気配が幾つもあり、同時にかなりの強者と思しき者の気配が一ヶ所に纏まっていたのだから。
(これ、本当に腕利きを集めたみたいだな。……当然か。俺達が戦うのは世界を滅ぼそうとする穢れの関係者だ。それを討伐するのに戦力を惜しむ必要はない)
これが冬以外の季節なら、あるいは国王派や貴族派からも腕利きを集めていてもおかしくはない。
寧ろベスティア帝国にも力を貸して貰い、ランクS冒険者のノイズに協力して貰ってもおかしくはなかった。
(そう言えば、魔の山とやらに行くとか言ってたけど……もうあれから結構な時間が経つし、どうなったんだろうな)
ベスティア帝国で開催された武道会で戦って負け、内乱で戦って勝利した。……いや、正確には勝利を譲られた相手を思い浮かべる。
ノイズとの戦いで炎帝の紅鎧という強力なスキルを使えるようになったとはいえ、それでもレイはノイズに勝ったとは思っていない。
次に戦うことがあれば、勝利する。
そのように思ってはいるものの、実際にその通りに出来るかどうかは分からない。
ノイズというのは、それ程の強敵なのだ。
(あ、でもランクS冒険者か。そうなると……)
レイが知っているランクS冒険者というのは、ノイズだけではない。
ベスティア帝国にノイズがいるように、ミレアーナ王国にもランクS冒険者が一人いる。
もっともそちらは近接戦闘を得意とするノイズと違い、弓による遠距離攻撃を得意としていたが。
(とはいえ、ランクS冒険者はそう簡単に派遣することは難しいか)
レイの感覚だと、ランクS冒険者というのは一種の核兵器に近い存在という認識だ。
そうである以上、そう簡単に使うことは出来ない。
……内乱でノイズが出て来たのはどうなのかとレイも思わないでもないが。
そんな風に思いつつ、レイはメイドに案内されてとある部屋の前に到着するのだった。