3382話
「ふむ、報告書は受け取った」
レイに渡されたアリアスからの報告書を読んだダスカーは、満足そうに頷く。
満足そうなのは、アリアス達が妖精郷で無事受け入れられたからだろう。
また、レイやニールセン以外からの妖精郷を見た情報という点も大きい。
「それにしても、巨大な鳥のモンスターか。……追わなくてもよかったのか?」
報告書について一段落したこともあってか、ダスカーは話題を変える。
ギルムの領主という立場のダスカーにしてみれば、もしニールセンが以前遭遇したという巨大な鳥のモンスターがギルムの近くにいるのは好ましくないのだろう。
「セトが見つけた時には、既にかなり遠くにいましたしね。俺が見ても、かなり小さくなってましたし」
「でも、追えば追いつけたんじゃないか?」
「それは……まぁ、可能性は十分にあったと思いますけど」
空を飛ぶモンスターはそれなりに多いが、そんな中でもセトの飛行速度はかなりのものだ。
グリフォンそのものが元々高ランクモンスターで、飛行速度が速い。
その上で、レイの莫大な魔力によって生み出されたセトは、普通のグリフォンよりも高い能力を持つ。
その上で各種マジックアイテムやスキルといった物を使いこなせる以上、そんなセトが追えば巨大な鳥のモンスター……かどうかはまだ分からなかったが、追いつけたのは間違いないだろう。
とはいえ、そのようなことになった場合、最初から向こうとの距離はかなり離れていたので、セトの飛行速度でもすぐに追いつける訳ではない。
もし追っていれば、こうしてギルムに来るのはかなり遅くなっていただろう。
あるいは、空を飛ぶモンスターの飛行速度にもよるが、今日中に戻ってくることは出来なかったかもしれない。
レイとしてはその辺を心配し、結局追うのを諦めたのだ。
セトは少し残念そうにしていたが。
「次からは、出来ればそういうモンスターと遭遇したら倒してくれ。何なら別途報酬を支払っても構わない」
ダスカーの立場としては、ギルムの近くにいる高ランクモンスターや空を飛ぶモンスターは可能な限り排除したいのだろう。
特に現在のギルムは増築工事の関係……そしてセトが直接ギルムに降りてくることもあって、結界がない。
空を飛ぶモンスターなら、その気になれば容易にギルムを襲撃できるのだ。
……もっとも、ダスカーもその辺については十分に理解しており、騎士や兵士の中から弓を使える中でも腕利きの者を対空迎撃用に配置していたり、冒険者の中でも腕利きの者達にも空から襲ってくるモンスターがいたら迎撃するように依頼しているのだが。
レイもその辺については分かっているが、セトについては前もって知らされているので問題はない。
「そうですね。報酬を貰えるのなら頑張ってみます」
少し躊躇った様子で返事をするレイだったが、実際にはかなりやる気に満ちている。
ここは辺境である以上、空を飛ぶモンスターの中にも未知のモンスターが他に多数いる可能性は十分にあったのだから。
そうなると、未知のモンスターの魔石でセトやデスサイズを強化出来るかもしれない。
(問題なのは、未知のモンスターということで素材……はともかく、魔石を調べさせて欲しいとギルドから言ってくる可能性が高いことか)
素材はともかく、魔石を貸し出すと魔獣術でセトやデスサイズの強化が出来なくなる。
それはレイにとっては可能な限り避けたいことだ。
(となると、報酬については辞退して、空を飛ぶモンスターと遭遇したら倒すけど、その件については秘密にするとか? ……ギルムの近くで戦えば、隠すもなにもないだろうけど。そうなると、もし空を飛ぶモンスターと遭遇したら、まずは戦いながらギルムから離れた場所まで連れていくか)
頭の中でいざという時のことを考えつつ、レイは話題を移した方がいいかと考える。
ブルーメタルについては、もう既に話をしている。
鋼線でも問題がなかったことや、追加で作ったブルーメタルの鋼線を受け取るといったように。
その為、最後に報告書を渡したことでもうやることはない。
つまり今こうしているのは、世間話に近かった。
「レイには是非倒して欲しいわね」
既に恒例になった、レイ達が領主の館に来た時に出されるサンドイッチ。
そのサンドイッチを食べていたニールセンは、レイに向かってそう言う。
ニールセンにしてみれば、巨大な鳥のモンスターは自分を襲った敵だ。
そうである以上、レイに倒して貰えるのなら倒して欲しい。
……もっとも、未だにレイも空で見た相手がニールセンを襲った巨大な鳥のモンスターだと決まった訳ではなかったが。
「そうだな。もし遭遇したら俺が戦ってもいいけど……今日のことを考えると、セトを見つけたら即座に逃げ出しそうなんだよな。……それはともかくとして、奇襲の件ってどうなってますか?」
「現在ギルドと協力して、人員の最終調整に入っている。数日中には顔合わせが出来る予定だ」
「随分と進んでますね」
ダスカーの言葉は、レイにとって少し意外だった。
メンバーを決めるには、もっと時間が掛かるとばかり思っていたのだ。
「この件は出来るだけ早く対処したいからな。……出来ればこの奇襲で穢れの件は解決したい」
「そうなるといいんですけどね。世界の崩壊とか、そういうのはとてもじゃないけど受け入れられませんし。……崩壊というか、そんなに生きていたくないなら、他人を巻き添えにしないでとっとと自殺でもしてくれるといいんですけど」
「そうなってくれるのがこっちにとっても最善の行為なんだがな。しかし、穢れの関係者達にしてみれば、他人を巻き込んで死ぬのが目的なんだろう」
「傍迷惑な連中ですね」
しみじみと呟くレイ。
穢れの関係者との戦いの最前線にいるだけに、レイのその言葉は強い実感がある。
そんなレイの様子を見ていたダスカーは、話題を変えてレイの気分転換をさせようとする。
「そう言えば、知ってるか? ミレアーナ王国の保護国のグワッシュという国にはそこそこ大きな迷宮都市があるんだが、そこで来年の春から冒険者育成校を拡大する為に、今は色んなギルドに優秀な冒険者を派遣して欲しいと連絡が来てるらしいぞ」
「……迷宮都市ですか?」
迷宮都市と言われて、レイが思い浮かべるのはビューネだ。
とはいえ、ビューネの出身は同じ迷宮都市でもミレアーナ王国にあるエグジルなのだが。
「ああ。グワッシュの迷宮都市はそれなりの大きさを持つんだが、最近はダンジョンの攻略が上手くいってないらしい。それで国の上層部が冒険者育成校を作り、本格的にダンジョンを攻略することになったらしい」
「へぇ……興味深いですね」
レイにしてみれば、ダンジョンというのは非常に意味のある場所だ。
マジックアイテムを集める趣味を持つレイにしてみれば、ダンジョンでマジックアイテムを発見出来るかもしれないし、未知のモンスターの魔石を手に入れられる可能性もある。
「行きたいか?」
「え? それはまぁ、当然行きたいですけど……今の状況を考えると、そんな余裕はないですよね?」
「穢れの関係者の本拠地を今度の奇襲で完全に潰せたら、俺の方でレイが冒険者育成校の教師となれるように手を打つ」
「……教師、ですか?」
ダンジョンには興味があるものの、教師にはあまり興味のないレイは少し困る。
教師ということであれば、以前貴族用の士官学校で教師をしたことはあるが、今回のはそれとはまた別の話だろう。
レイに出来るのは、精々が模擬戦の相手くらいだ。
(あれ? これってもしかしてフラグって奴か?)
ふとそう思う。
日本にいる時に漫画やアニメ、ゲーム、小説といった諸々を好んだレイにしてみれば、今のダスカーとの会話はもしかしたらフラグではないかと思ってしまう。
もっとも、ダンジョンに……それも大きなダンジョンに入れるのは、レイにとっても悪い話ではない。
もし今回の話がフラグだとしたら、寧ろ積極的に参加したいとすら思えた。
問題なのは教師だが、ダスカーの様子を見る限りでは自分でも特に問題がないように思える。
であれば、ここでしっかりとやる気があると示しておくのも悪くはないだろう。
「わかりました、俺が出来るのは戦うことだけですが、それでもよければ」
「ダンジョンにおいては、その戦うことというのが重要なんだ。勿論、罠の有無を確認出来る盗賊も大事だが、それでも戦闘力がなければダンジョンを進むことは出来ない」
その意見はレイも素直に頷くことは出来なかった。
ダスカーが言うように、戦闘力を持つ者が大事なのは間違いないだろう。
しかし、本当に腕の立つ盗賊がいるのなら……それこそ、敵と遭遇せず、遭遇しても逃げてダンジョンを進むという選択肢はあるのだから。
もっとも、そのようなことはそう簡単に出来る訳ではない。
場合によっては逃げ切れずに死んでしまうという可能性も決して低くはない。
「それに、レイの場合は魔法があるだろう? レイの魔法は他国にも名前が届く程のものがある。そう考えれば、レイが教えることはまだあると思うがな」
「それは……」
ダスカーの言うことは事実だ。
炎の竜巻によってベスティア帝国軍を焼き払ったというレイの噂は、深紅の異名と共に広く知られている。
もっとも、噂の常と言うべきか……噂が広まるに連れ、尾びれ、胸びれ、腹びれ……といったように、噂は派手になっていくのだが。
レイが以前聞いたところによると、炎の竜巻でベスティア帝国軍を全て焼き払ったどころか、そのままベスティア帝国全土を焼き払ったという噂すらあった。
もしそのようなことをしていれば、レイは国を……それも小国ではなく、大国そのものを焼き払ったということになる。
レイとしては、そんな噂が広まるのは好ましくなかった。
「魔法を教えるのは……ちょっと難しいですね」
「レイでもか?」
「はい。俺の魔法は感覚的なものが多いですから」
レイの魔法はイメージが重要な要素となっている。
そのイメージは、日本にいた時に漫画やアニメ、ゲーム、小説といったものから手に入れたものだ。
何も事情を理解出来ない者にしてみれば、レイが炎の竜巻という火災旋風を起こすのを見ても、全く理解は出来ないだろう。
他にも、例えば強力な圧力を掛けて水を刃のようにするといったようなことも想像は出来ない筈だ。
……もっとも、現実で使われているその手のいわゆるウォーターカッターと呼ばれている技術は、レイがアニメや漫画で見るように水の刃の一撃で何でも真っ二つになるような威力はないのだが。
「それにイメージ以外にも、自分で言うのもなんですが俺の魔力は莫大です。魔法を使う時、本来なら成立しない筈の魔法を、大量に魔力を使うことで無理矢理魔法として成立させたりしてますから、同じようなことをするのは難しいかと」
例えば、死体浄化する魔法。
これは炎属性の魔法だけでは出来ず、そこに聖属性の要素も必要となる。
そしてレイの特性は炎に特化していた。
そんなレイが聖属性の魔法を使うのだから、普通に魔法を使う時のようにはいかない。
それこそレイが持つ莫大な魔力を注ぎ込み、それによって強引に魔法を発動させている形だ。
これはレイが言うよう、莫大な魔力を持つレイだからこそ出来ることだ。
もし平均的な魔法使いが同じことをやろうとしても、そもそも魔法が発動しないだろう。
それどころか、そのような状況でもし魔法が発動したら殆ど効果がないような弱い魔法になるのなら御の字といったところで、魔力を根こそぎ消耗し、魔法使いではなくなる可能性や、もっと酷い場合には命に関わる危険も十分にあった。
レイもその辺の事情については十分に理解しているので、とてもではないが自分と同じ形式で魔法を使えるように教えようとは思わない。
そういう意味でも、レイが魔法の教師として冒険者育成校で仕事をするのは難しかった。
「ふむ、なるほど。やはりもしレイが教師をやるとすれば、戦闘の教師か」
「そうなりますね。……個人的にはマジックアイテムについての授業なら受けたいと思いますけど」
教師をするのではなく、授業を受けたい。
そう言うレイだったが、それは遊び半分ではなく、それなりに真剣だった。
マジックアイテムを……それもしっかりと使い物になるマジックアイテムを集める趣味を持つレイだったが、マジックアイテムについて詳しいのかと言われれば決してそうではない。
あくまでもこれまでエルジィンで生活してきた上で得た知識であったり、この世界に来た時に得た知識の中にあった常識程度のものをベースにしている。
多数のマジックアイテムに触れている分だけ素人よりは詳しいが、本職には到底及ばないというのはレイも十分に分かっていた。