3381話
レジェンド20巻、発売しました。
続刊に繋げる為にも、よろしくお願いします。
アリアスを始めとする、護衛の騎士達の歓迎会を開いた日の翌日……レイはアリアスを含めて何人もの騎士と一緒にトレントの森の中を歩いていた。
昨日、アリアスと一緒に来た二人の騎士は妖精郷に残っている。
元々騎士達は護衛として妖精郷にやって来たのだから、全員が妖精郷の外に出る訳にはいかない為だ。
もっとも、残ったのが二人でしかないので、結界を破る雷蛇のような高ランクモンスターがやって来たら、対処するのは難しかっただろうが。
(せめてもの救いは、長の魔力が大分回復したことか。何かあっても長がいればある程度は持ち堪えられるだろうし)
そんな風に思いつつ、トレントの森を進むレイ達だったが……
「うわ、あれが穢れか……」
昨日は野営地の準備をしていた騎士の一人が、視線の先にある光景を見て思わずといった様子でそんな声を漏らす。
「落ち着け。騎士たる者があの程度の光景を見て動揺はするな」
驚きの声を上げた騎士に対し、アリアスがそう窘める。
(数は……昨日とそう違わないか? 今までは次の日になるとブルーメタルで覆われた空間に集まる穢れの数は少なくなってきたんだけど。今日は何か特別だったのか? ブルーメタルの鋼線でも変わらないのは助かるけど)
ブルーメタルの量が少なくなったことによって、集まってくる穢れの数が少なくなる可能性は十分にあった。
しかし、こうして見たところでは今は特にそのようなことはない。
これはレイにとって……いや、正確にはコストの高いブルーメタルを作る者達にとって幸いだろう。
(穢れを集めるじゃなくて、寄せ付けないという効果もしっかりとしてるし。これならインゴットじゃなくて鋼線にして生誕の塔とかに使ってもいいだろうな)
ブルーメタルの使い方について考えているレイに、アリアスが声を掛ける。
「レイ、出発する前に言ったように、まずは俺達に普通に戦わせて欲しい」
「分かってる。それは構わないけど、混乱したりするなよ。それに……この穢れは普通の穢れと同じではない可能性もある。俺が説明してきた以外の行動をするかもしれないから、その辺にもくれぐれも気を付けてくれ」
レイの言葉に、アリアスは真剣な表情で頷く。
昨日の戦いで魔剣を使うと穢れをあっさりと……それこそゴブリンを倒すよりも容易に倒せるというのは理解している。
しかし、それはあくまでも魔剣を使っての戦闘だ。
命中すれば、それだけで穢れは消滅してしまう。
そのような文字通りの意味で一撃必殺の武器を使って……しかも穢れはこちらから攻撃をしない限り、攻撃をしてこないのだ。
それを思えば、魔剣を使った穢れとの戦いは戦いとは呼べない。
寧ろ一方的な駆除と言ってもいいだろう。
魔剣をアリアス達がずっと使えるのなら、それでもいいかもしれない。
だが、魔剣はあくまでもレイの物で、穢れの関係者の本拠地の奇襲においてエレーナが、あるいはビューネが使う予定だ。
レイ達がいない間、妖精郷の護衛を任されたアリアス達は、穢れと遭遇したら魔剣を使わずに対処する必要があった。
「全員ミスリルの釘は持ってるな? 決められた順番で石か何かを投擲して攻撃し、穢れをある程度誘き寄せたらミスリルの釘を使って相手を捕らえる」
アリアスの指示に従い、最初に穢れを誘き寄せる役目を持った騎士達が、それぞれ地面に落ちている石や枯れた木の枝といった物を拾う。
本来なら、遠距離で攻撃をする時に騎士達が使うのは弓であったり、短剣を投擲したり、中にはそこまで強力ではないが魔法を使える者もいる。
だが、今回は穢れが相手なのだ。
攻撃をしても明確なダメージはなく、それどころか穢れに触れた瞬間に黒い塵となって吸収されてしまう。
相手にダメージを与えることは不可能なのに、わざわざ矢や短剣を使おうとは騎士達も思わなかったのだろう。
「よし、行くぞ!」
囮役の騎士が声を上げ、他の騎士達もその言葉に真剣な表情で頷くのだった。
「助かった。今日は協力してくれて感謝する」
全ての穢れが消滅……いや、焼滅したのを確認し、アリアスがレイに感謝の言葉を口にする。
穢れの不気味さを感じる為に、ミスリルの釘を使って穢れを捕獲し、一通り全員が試したところで残りの穢れはレイの魔法によって全てが殺されたのだ。
レイの目から見ても、騎士達が穢れを相手にする動きはそれなりに様になっていた。
もっとも、最初は分かっていても戸惑うようなところがあったが、それも回数をこなすうちに、あるいは仲間の行動を見ているうちに、大分慣れていった。
そうして穢れの件も一段落し……
「けど、レイ。ミスリルの釘で捕らえた穢れはどうするんだ? このままにしておくのか? 聞いた話によると、時間が経てば餓死するって話だったけど」
騎士の一人が数個のミスリルの結界に捕らえられた穢れを見ながら聞いてくる。
「そうだな。このまま放っておいてもいいと思う。穢れはそう遠くないうちに餓死するし」
「いや、だが……ここに集まっている穢れは普通の穢れではないのだろう? なら、このミスリルの結界もそのままにしておくのは問題ではないか?」
「……なるほど」
騎士の一人が少し心配そうに、もしくは不安感を滲ませて尋ねると、レイもそれに納得する。
「そうそう、倒しておいた方がいいと思うわよ? でないと、穢れが何か妙な感じになったりするかもしれないし」
レイの言葉に、ニールセンがそう言う。
ニールセンにしてみれば、ここは妖精郷からそう離れてはいない。
そのような場所で穢れが妙な進化を果たしたり、もしくは進化ではなくても普段とは違う行動を取られるというのは可能な限り止めて欲しかったのだろう。
「セトはどう思う?」
「グルゥ? グルルルゥ!」
レイの問いに、セトはレイの好きなようにすればいいと喉を鳴らす。
ただ、何となく倒した方がいいと思う方にセトの意識が向いているとレイには思えた。
(多分これ、セトが穢れを倒す方法を持ってないから、倒せる時に倒しておいた方がいいという思いがあるんだろうな)
セトはグリフォン、それも多数のスキルを使える希少種として知られているものの、そんなセトであっても穢れを倒すことは出来ない。
勿論レイの持つ魔剣を咥えるなりなんなりして攻撃すれば、穢れを倒すことは容易だろう。
だが、エレーナやヴィヘラのように自分の力だけで穢れを倒すことは出来ないのだ。
だからこそ、穢れは殺せる時に殺した方がいいという思いがあるのだろう。
同時に、レイならいつでも穢れを殺せる以上、わざわざ殺した方がいいと主張しない辺りも、セトらしいのだろう。
レイにしてみれば、そのようなセトの行動に少し思うところがあり……
「分かった。じゃあ、やっぱり殺すか」
最終的にそう決めるのだった。
「じゃあ、報告書についてはダスカー様に渡せばいいんだな?」
「ああ、頼む」
ミスリルの結界に捕らえられていた穢れを殺し、新たにブルーメタルの鋼線で罠を作ると、レイはアリアス達と別行動を取ることになった。
その際にアリアスから報告書を受け取る。
昨日一日でも、アリアスにしてみればダスカーに色々と報告する内容があったのだろう。
特に妖精郷がどのような具合なのかは、レイやニールセンから聞いただけではなく、アリアスの目から見た光景についても知りたいと思うのはおかしくない。
とはいえ、アリアスから見た限りでも妖精郷にそこまで大きな被害があるようには思えなかったが。
この辺は妖精達が頑張った結果だろう。
「じゃあ、行ってくる。妖精郷に戻るのは問題ないと思うから、霧の空間で狼と遭遇しても攻撃したりするなよ」
レイはもう慣れた……というより、そもそも狼達がセトを怖がって自分から前に出るようなことはしない。
レイやセトが無断で妖精郷に入るのならともかく、しっかりと許可を貰っているのが、この場合は大きいだろう。
そんなレイ達と違い、騎士達はまだ妖精郷に来たばかりだ。
狼の中にはそんな騎士達の存在を敵だと勘違いして、妖精郷に行くのを防ごうとする個体もいないとは限らない。
そのような状況になれば、騎士達が狼と戦闘になってもおかしくはない。
おかしくはないが、レイとしてはもしそのような事になっても、出来ればアリアス達には狼を攻撃して欲しくはなかった。
もしこれでアリアス達がもっと弱いか、もしくは狼達がもっと強いのならアリアス達が本気になってもおかしくはない。
しかし、アリアスや他の騎士達はダスカーが妖精郷を守る為に派遣した精鋭だ。
霧の中を住処とする狼であっても、結局のところモンスターでも何でもないただの狼である以上、アリアス達に勝つのは絶対に不可能だった。
雷蛇の襲撃で狼達に被害が出ている現状、レイとしては狼の数を減らしたいとは思わない。
そう思っての頼みだったが、アリアスはそんなレイの言葉に素直に頷く。
「分かった。狼と遭遇しても可能な限り戦わないと約束する」
「そうしてくれ。もっとも、長も魔力が回復してきてる。もし狼達と睨み合いになっても、長ならすぐに察知してくれると思う」
「そうね。長も魔力が回復したものね」
微妙な表情で言うニールセン。
ニールセンにしてみれば、長の魔力が回復したのはうれしいものの、悪戯をした時にあっさりと見つかってしまうようになったのが残念なのだろう。
ニールセンの様子からレイは大体何を考えているのかを理解するも、特に突っ込むようなことはしない。
「じゃあ、そろそろ行くか。……セト、頼む」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、ニールセンがレイの右肩に掴まったのを確認してからセトは翼を羽ばたかせながら空に上がっていき……
「ん?」
十分に高度が上がったところで、ふとレイはセトがとある方向を見ているのに気が付く。
「セト?」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトが喉を鳴らす。
そんなセトの様子を疑問に思ったレイは、セトの見ている方に視線を向ける。
すると常人よりも遙かに優れた視力を持っているレイの目で見ても、非常に小さな何かが空を飛んでるのが分かる。
その小さな何かは、レイが見ていると更に小さくなっていく。
それはつまり、レイ達のいる場所から遠ざかっていることを意味していた。
「レイ、何かあっちにあるの?」
ニールセンの視力では遠ざかっていく何かを把握することは出来なかったらしく、不思議そうに尋ねる。
「ああ。何か……多分空を飛ぶモンスターだな。それが俺達から離れていった。元々ここから離れた方に飛んでいたのか、それともセトの存在に気が付いて逃げ出したのかは分からないが」
「空を飛ぶモンスター……」
レイの言葉を聞いたニールセンはふと穢れの関係者の拠点を調べに降り注ぐ春風の妖精郷に行った時のことを思い出す。
あの時、森の中で巨大な鳥のモンスターと戦いになったことを。
実際には、戦いになるというよりは何とかして巨大な鳥のモンスターを追い払うか、自分達を殺すのを諦めさせる為に必死だった。
何故今それを思い出したのか……そう思ったニールセンは……
「まさか……」
「ニールセン?」
深刻そうな声を出したニールセンに、レイが視線を向ける。
レイだけではなく、セトもまたニールセンの声を聞いて心配に思ったのか、視線を向けていた。
そんな一人と一匹の視線に気が付いたニールセンが口を開く。
「もしかしたらだけど、セトやレイが見た空を飛ぶ存在って、私が以前穢れの関係者の拠点となっていた山小屋を調べていた時に遭遇した奴かもしれない」
「ああ、あの」
ニールセンの言ってることをすぐに理解するレイ。
レイ達が降り注ぐ春風の妖精郷で休んでいる時、森の調査をしに調査団がやって来ていた。
その理由が、森の破壊であったり……あとは山小屋の件で穢れの関係者と戦った者達からの情報であったりしたのだ。
「いや、けど……向こうにいた鳥のモンスターが、なんで辺境に? 空を飛べるから、辺境から降り注ぐ春風の妖精郷のある場所まで移動出来るのは分かるけど、俺達がここにいる時にやって来るのはおかしくないか? そもそも、遠すぎてニールセンは把握出来てないんだよな? なのに、何で相手がそうだと判断出来るんだ?」
「それは、何となくしか言えないわ。ただ今レイの話を聞いて、そう思っただけだから」
何となく。
そう言われれば、レイも何とも言えない。
自分も今までその何となく……勘に従って、色々な危機を察知してきたのだから。
それに離れていく相手は既にレイの目でも何とか見えるといった程度まで小さくなっている以上、追うのは止めておいた方がいいだろうと判断するのだった。