3380話
レジェンド20巻、発売しました。
続刊に繋げる為にも、よろしくお願いします。
「美味いな……すまない、レイ。助かる」
騎士の一人が、レイの出したスープやパン、串焼きを食べつつ感謝の言葉を口にする。
アリアス率いる騎士達が妖精郷にやって来た日の昼。
初日だからということで、士気を高める意味もあってレイは昼食にミスティリングの中に入っている料理を振る舞った。
レイが美味いと思える店の料理が揃っているだけに、騎士達はレイの出した料理をどれも美味いと口にしながら楽しむ。
「今日は初日だし、特別だ。明日……いや、今夜の夕食からは、俺の料理に期待しないでくれ。……一応聞くが、料理は出来るんだよな?」
「大丈夫だ。俺が料理係を任されている」
レイの疑問に堂々と自分なら問題ないと言ったのは、騎士の中の一人。
自信ありげなその様子に詳しい話を聞くと、どうやらギルムでもそこそこ美味いと評判の食堂の息子らしい。
実際、その食堂はレイも知っており、今日は出さなかったがミスティリングの中にはその食堂の料理も幾つか入っている。
「そうか。あの食堂の……なら、食事については心配する必要もなさそうだな」
「ちょっと待って」
「……ニールセン?」
何故かニールセンがレイの言葉に割り込んでくる。
今の話のどこにニールセンが割り込むような内容があったのか疑問を抱くレイだったが、ニールセンのことだから何か下らないことでも考えたのではないかと思いつつ、話を促す。
「どうした? 今の話で何か気になるところでもあったのか?」
「あったわ。今夜の食事って言ってたけど、長からたった今連絡が来て、今夜は歓迎会をやるということらしいわ」
その言葉にレイは驚く。
驚くが、同時に納得もする。
アリアス達は、長がダスカーに要請して派遣された者達だ。
それも兵士ではなく、騎士という相応の身分も持っている者達。
そのような者達が来たのだから、歓迎する為の宴をするのはおかしな話ではない。
(だとすれば……)
レイが出す料理はこの昼食だけということにするつもりだったが、夕方に歓迎会を行うのなら、レイもまた妖精郷で世話になっている身として、それなりに何かをした方がいいだろう。
「分かった。なら、今夜の歓迎会では俺も食材を出そう。それも取っておきのな」
「え!?」
レイの口から出た取っておきという言葉に、ニールセンが嬉しそうな……それこそ、心の底から嬉しそうな声を上げる。
「クリスタルドラゴンの肉!?」
「……雷蛇の肉だ」
取っておきということで、以前食べたクリスタルドラゴンの肉を思い浮かべたニールセンだったが、レイが出すつもりだったのは雷蛇の肉だ。
ランクSモンスターのクリスタルドラゴンには及ばすとも、ランクAモンスターの雷蛇の肉は、貴族であっても滅多に食べられないような希少な肉だ。
(クリスタルドラゴンの肉も結構な量があるけど、それでも当然ながら食べれば減る。そうである以上、もっと重要な宴の時に出したいんだよな)
クリスタルドラゴンの肉が食べられないと知って残念そうな表情を浮かべるニールセン。
しかし、それでも雷蛇の肉を食べることが出来るのは、アリアス達にとって非常に大きな意味があった。
……勿論、アリアス達もクリスタルドラゴンの肉を食べられるのならそっちの方がいいとは思ったのだが、ランクAモンスターの肉でも食べられるのは非常に嬉しい。
「アリアスさん」
騎士の一人が、アリアスに期待の視線を向ける。
そこにあるのは、長が開くという歓迎会に是非とも出たいという思いだった。
そのような視線をアリアスに向けるのは一人ではない。
他にも何人もが同じような視線をアリアスに向けていた。
そんな騎士達の視線に押された訳ではないだろうが、アリアスは大きく息を吐く。
「分かった。歓迎会は楽しませて貰おう。ただし、羽目を外すのは今日までだ。明日からは気を引き締めてしっかり働くぞ」
『はい!』
アリアスの言葉に騎士達は揃って返事をするのだった。
「では、妖精郷の護衛の為に来てくれた騎士達に感謝をし、これから宴を始めます」
夕方、妖精郷の中央付近で長がそう言い、多くの妖精達が……それ以外の者達も歓声を上げて宴が始まる。
そんな宴の中で、レイは約束通り雷蛇の肉を出す。
歓迎会ということだったが、多くの者達がそれぞれに料理をして自分達で食べるという、一種のバーベキューに近いスタイルでの歓迎会となっている。
多くの者が用意された材料を焼いて、その味を楽しむ。
そんな中でレイが出した雷蛇の肉は、多くの者達が喜んで食べていた。
「美味い……美味い……美味い……」
初めて雷蛇の肉を食べる騎士の一人が、そんな言葉を漏らす。
ダスカーに仕える騎士として、貴族が開催するパーティに参加したことは何度もある。
その時に食べた料理は、どれも美味かった。
しかし、それでもこの雷蛇のような美味い肉を食べたことはない。
それだけ雷蛇の肉は美味かったのだ。
ただ、難を言えば……本当に難を言えばの話だが、こうして自分達で焼いて食べるのでなく、本格的に料理をした雷蛇の肉を食べたいと思ってしまう。
(それが贅沢なのは分かるけど、こうしてただ焼いて食べるだけでこんなに美味いんだから、そんな風に考えている奴は俺以外にもいるよな)
そう考える騎士が周囲の様子を見るが、実際に何人かの騎士は雷蛇の肉を美味いと食べているものの、それでもやはりどこかその表情には残念そうな色があった。
「ほら、こっちも食え、妖精達が用意した干した果実だ。これが焼いても美味いんだよな」
近くにやって来たレイが、赤黒い果実を騎士に渡す。
一見すると、とてもではないが食べられるようには思えない色だ。
実際にそれを渡された騎士は、レイに疑問の視線を向ける。
先程までは雷蛇の肉を食べて美味いという感動に浸っていたのに、そこにいきなり赤黒い何かを渡されたのだから、疑問に思うなという方が無理だろう。
ましてや、レイはこれが妖精達の用意した干した果実だと言っていた。
妖精が悪戯好きなのは広く知られた事実である以上、この果実についてももしかしたら何らかの悪戯なのかもしれないと警戒してもおかしくはない。
レイはそんな騎士の警戒を察したのか、同じ赤黒い果実を食べる。
日光によって凝縮された、濃厚な甘みが口一杯に広がってレイの舌を楽しませる。
生の果実のような新鮮さや、甘酸っぱさといったものはないが、その濃厚な甘みは干し柿に似ている。
実際、赤黒い果実をレイが普通に食べたのも、干し柿を知っていたからというのが大きい。
「レイ、これ……本当に食べられるのか?」
「今、俺が食べただろう?」
「いや、そうだけど……レイだし」
それはどういう意味だと突っ込みたくなったレイだったが、そうした場合は色々と『レイだから』という言葉の意味を言われそうだったので、止めておく。
代わりに、渡した赤黒い果実を鉄板の上に置く。
「これはしっかりとお前が食べるように。……残したりするなよ」
「……分かった」
不承不承といった様子だったが、それでも騎士はレイの言葉に頷く。
そうして焼いた果実を食べ、口の中に広がる濃厚な甘みに驚きの声を発してるのを尻目に、レイは他の場所に向かう。
「ボブ、どうだ? 楽しんでるか?」
「あ、はい。こうした宴というのはいいものですね。……この前の宴よりもよほど」
ボブが言うこの前の宴というのは、雷蛇を倒した後で行われた、あの戦いで死んだ者に対する別れの宴だろう。
雷蛇やクリスタルドラゴンの肉を皆で食べた宴で、多くの者が笑っていたものの、それでもやはりそこの笑みには寂しさがあり、心の底から笑えている者は少なかった。
それに比べると、雷蛇の襲撃からまだ数日しか経っていないにも関わらず、今日の宴では多くの者が自然な笑みを浮かべている。
ボブにとっては、そのことが嬉しかったのだろう。
「そうだな。妖精達も今日の宴は十分に楽しめているようだし。それなら特に問題はないだろう」
そんな会話をしながら、レイはボブがこの前獲ってきた鹿の肉を食べる。
下処理が甘かった為か、少し癖のある肉となっている。
とはいえ、ボブはあくまでも猟師であって肉屋ではない。
獲物を獲ることが仕事で、それを解体して食べられるようにするのは基本的に肉屋の仕事だ。
そう考えると、素人が処理した肉と考えれば、この肉も十分に美味い。美味いのだが……
「この肉はボブの冬の食料だろう? それを出してもいいのか?」
「あ、はい。ちょっと話したら、騎士の人達から食料を分けて貰えることになったので」
その言葉にレイは納得する。
少し前……レイとボブだけが妖精郷にいた時はともかく、今は騎士がいる。
そして騎士達にとって、ボブは穢れの件に関しての重要人物である以上、自分達の食料を分けるのは当然という判断なのだろう。
「騎士達の食料はそれなりに美味いだろうな。肉以外にもあるだろうし」
当然ながら、騎士達の食事は肉だけではなくパンや野菜といった食材もある。
運に恵まれれば、干した魚や塩漬けの魚もある可能性はあった。
それだけに、もしレイとボブだけが妖精郷にいた時と比べると、間違いなく段違いに食生活が豊かになるのは間違いなかった。
そういう意味では、ボブにとって騎士達が来てくれたことは、護衛的な意味でも食事的な意味でも幸運だったのだろう。
「あははは。その代わり、ただ食べ物を貰うだけだとちょっと落ち着かないので、何か手伝おうかと思ってます」
「……今は妖精郷から出るようなことはするなよ」
現在妖精郷からそう離れていない場所にブルーメタルで罠を仕掛けているのは、ボブが穢れに見つかってしまったからだ。
そんな中で、またボブが妖精郷から出て、それがまた穢れに見つかってしまえば……次は一体どういうことになるのか、レイにも分からない。
それこそ今の状況が続くだけ……なら、レイにとってもまだやりやすいだろう。
だが、レイにとっても全く予想外のことが起きた場合、それに対処出来るかどうかは不明だ。
だからこそ、今この時期……もう少しでベスティア帝国にある穢れの関係者の本拠地の襲撃を行うという時に、妙な問題は起こして欲しくはなかった。
(あ、でも……そうやって向こうにとっても予想外の事態を起こすことで、本拠地の奇襲とかそういうのはないと思ったりするのか?)
もしかしたら陽動としてボブの一件を使えるのではないか。
そう思いつつも、だからといって実際にそれを試す訳にいかないのも事実。
であれば、もし陽動をするにしても何らかの別の方法を考える必要があった。
……具体的にどのような方法がいいのかと言われれば、レイもすぐに答えることは出来なかったが。
「あはははは。そうですね。また妖精郷から出て穢れに見つかったりしたら大変ですし。……あ、でも穢れって人をどういう風に見分けてるんですかね? 例えば変装したりすれば……」
「難しいだろうな」
レイはあっさりとボブの言葉にそう告げる。
実際問題、穢れが具体的にどうやって他人を見分けているのかは分からない。
黒い塊……円球だったりサイコロだったりするその形のどこにも目の類は存在しないのだ。
であれば、視覚以外の何らかの手段で相手を見分けているのは間違いなく、そんな相手に変装をしたところで効果があるとレイには思えなかった。
(穢れは、長曰く悪い魔力らしい。だとすれば、やっぱり魔力とかそういうので相手を認識してたりするのか?)
その可能性は十分にあり、だからこそ魔力を誤魔化す方法というのは決して多くはないので、ボブが外に出て穢れに見つかった時のことを考えると対処は難しいと思えた。
(もしかしたら)
レイは自分の指に嵌まっている指輪に視線を向ける。
レイのような金に困っていない者が身に付けるとは思えない、非常に質素な指輪。
この指輪は新月の指輪というマジックアイテムで使用者の魔力を誤魔化すという能力がある。
具体的には、レイは本来なら莫大な魔力を持ち、何らかの手段で魔力を感知出来る者にしてみれば、一目見ただけで怯えて動けなくなってしまってもおかしくはない、そんな魔力を持つ。
レイにしてみれば、特に意識して魔力を出している訳ではなく、あくまでも普通の状態でそうなのだ。
敵を威圧するのならともかく、何らかの理由で一緒に行動する必要がある相手の中に魔力を察知する能力があった場合、そのよう者がレイに怯えて動けなくなったら困る。
この新月の指輪は、そのような相手に対処する為にレイがベスティア帝国の内乱の時に報酬として貰ったマジックアイテムで、魔力を感知出来なくする……とまではいかないが、一般的な魔法使いと同じくらいの魔力に見えるように偽装するマジックアイテムだった。
これがあれば、もしかしたらボブの魔力を誤魔化せる可能性はあるが、だからといってレイにとっても重要なマジックアイテムである新月の指輪を貸そうとは、さすがに思わなかった。