3379話
レジェンド20巻、発売しました。
続刊に繋げる為にも、よろしくお願いします。
ボブとアリアスの自己紹介と簡単な挨拶は、特に何か問題が起きるでもなく終わった。
ボブにしてみれば、自分は旅をする猟師という点では少し変わっているものの、それでもただの猟師だという認識がある。
ダスカーから派遣されたアリアスに対して何か不満を言ったりは出来ない。
そもそも挨拶をした限りでは、特に不満を抱いていないので、そのようなことをしようとも思わなかったが。
アリアスはボブが妖精に好かれていることに驚いたものの、言ってみればそれだけだ。
他に何かボブに対する不満があった訳でもないので、無難に挨拶をした。
そうしてお互いにそれなりに悪くない第一印象での接触が終わると、レイ達はすぐに野営地に向かうことにした。
(野営地……野営地か。野営地なのは間違いないが、それでも生誕の塔の側の野営地も考えると、ただの野営地という呼び名だと、この先少し困るかもしれないな)
今まではただ野営地と言えば、生誕の塔の近くにある野営地のことを意味していた。
だが、妖精郷にも野営地が出来た以上、ただ野営地と言ってもどちらのことを示しているのか分かりにくいし、間違うこともあるだろう。
(妖精郷の野営地と、生誕の塔の野営地? もしくは湖の野営地でもいいかもしれないが……)
そんな風に考えつつ妖精郷の中を進み、やがて野営地に戻ってきたのだが……
「うわ、仕事が早いな」
そこに広がっていた光景を見たレイの口から、そんな驚きの声が出る。
当然だろう。テントが多数あるのは予想出来たものの、簡易的な馬小屋がもう出来ているのだ。
簡易的である以上、しっかりした馬小屋という訳ではない。
木の側に雨よけに屋根を用意し、風よけに壁を用意しただけだ。
ただし、それらはしっかりと組み合わさっており、少し強い風が吹いた程度でどうにかなったりしないだろうとレイには予想出来た。
「馬は大事にする必要があるし、何より簡易版のアイテムボックスがあったからな。材料を運んで来れば、俺達でもこの程度は出来る。……専門の大工とかに見られれば、何だこれはと言われそうだけどな」
少し自慢げな様子のアリアスの言葉に、レイは納得する。
(多分この場合の専門の大工って、ギルムの増築工事をしているドワーフとかそういう連中なんだろうな)
ギルムの増築工事において、ドワーフの職人は結構な数がいる。
その多くが重要な役職に就き、増築工事を進めていた。
もしドワーフ達がいなければ、恐らく今よりも大分工事は遅れていただろう。
……だからこそ、ダスカーもドワーフに仕事を頼んだのだろう。
もっともドワーフに仕事を頼むのは良いことばかりだけではない。
指揮をするべきドワーフが、何故か現場で仕事をしていたり、頑固な性格が災いして自分のポリシーを曲げることをよしとせず、ドワーフ同士でぶつかって仕事が進まなくなったりすることも珍しくない。
それでも総合的な目で見れば、当初の予想通りに進んでいるのは間違いなかった。
そのようなドワーフが簡易的な馬小屋を見れば、何だこれはと言うだろう。
実際、レイが見ても馬小屋がしっかりした建物かと言われれば、素直に頷くことは出来ない代物だ。
だが、レイ達が出掛けていた時間を思えば、このような馬小屋であってもしっかりと作ったのは間違いない。
「グルルルゥ」
レイの側にいたセトが喉を鳴らす。
そんなセトの視線の先には、馬小屋とはまた違った……簡単な屋根だけだが、もう一つの小屋のようなものがある。
「あっちの建物は?」
「セトが使う奴だよ。レイが寝ている時、セトはここで寝転がっているんだろ? これから冬だし、セトも雪や雨が降ってる中で外にいるのはどうかと思うし、ついでに作らせて貰った」
レイの言葉にそう言ったのは、アリアスではなく、ここに残った騎士の一人だ。
自分達がセトの入る小屋……というのは少し大袈裟だが、屋根を作ったので、それを自慢に思ったのだろう。
「だそうだ。あの屋根はセトが使ってもいい奴みたいだぞ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすと、セトはすぐに屋根の下に向かい、寝転がる。
「俺の作った屋根の下でセトが寝てるぜ……」
レイと話していた騎士が、驚きと強い充実感を込めてそう言う。
騎士達にとっても、セトの存在は非常に大きい。
グリフォンの希少種ということで、ランクS相当のモンスターという扱いなのだから。
それ以外にもギルムのマスコットキャラ的な存在のセトは、騎士達の中にも可愛がりたいと思う者は多い。
レイと話していた騎士も、恐らくそのような者の一人なのだろう。
「ありがとな。セトも喜んでるみたいだし、ああいうのを作ってくれて助かったよ」
「気にしないでくれ。俺達が好きでやったことだし。……この件を知れば、俺はかなり羨ましがられそうだな」
お前もか。
思わずそう突っ込みたくなるレイだったが、寸前で思いとどまる。
「そうか。ならミレイヌとかには知られないようにしてくれ」
「……ああ、本気でそれは思う」
もしミレイヌがこの件を知ったら、何故自分がそこにいなかったのかと残念に思い、セト好きの第一人者を自認している身として、何をするのか分からないというのが大きい。
騎士を責めるようなことはしないが、羨ましがるのは間違いない。
そこにヨハンナという、ミレイヌと同じくセト好きの第一人者を自認している者がそれを知ったら、混乱は余計に広がるだろう。
レイとしては、自分の顔見知り二人が騎士を巻き込んで争う光景を見たいとは思わなかった。
「ともあれ、野営地の準備は出来たな。……よくやった」
テントや馬小屋の問題がないかどうかを確認してきたアリアスは、満足そうに頷きながら野営地の準備をしていた者達を褒める。
「ありがとうございます。それで、穢れの方はどうだったんですか?」
セト好きの騎士が、真剣な表情でアリアスに尋ねた。
それは好奇心からの言葉という訳ではない。
この妖精郷を守る上で、現在一番の脅威は間違いなく穢れだ。
騎士達はその穢れを見たことがない以上、実際にそれを見てきたアリアスや二人の騎士達に尋ねるのは自然な話の流れだった。
「厄介な存在で油断は出来ないが、レイの魔剣があれば楽に倒せる。ただ……魔剣はあくまでもレイの物で、俺達が使える訳ではない。また、レイの魔法と同威力の魔法を使うのも難しい以上、ミスリルの釘を使って捕らえるということになるだろう」
「アリアスさん、ブルーメタルは駄目なんですか? ブルーメタルを使えば、そもそも穢れが近付いてこないんですし」
「俺もそれは考えているが、罠に使っている場所が妖精郷からそう離れていない場所だからな。場合によっては、ブルーメタルのある場所に穢れが狙ってる相手がいると学習して、ブルーメタルのある場所を襲撃する可能性もある」
レイの考えでは、穢れにそこまで柔軟な思考はないように思える。
それこそプログラムされたロボットのように。
だが、それはあくまでもレイの予想でしかないのも事実。
もしかしたら、穢れがレイの予想外の動きをするという可能性は十分にあった。
だからこそ、穢れの相手をするのに決して油断は出来ない。
……実際、今は標的であるボブを見つけた辺りで自分達の入れない場所があり、そこにボブがいる可能性が高いと穢れは判断して大量に集まっている。
実際には穢れの関係者がボブのことを知って何らかの新たな命令でも出したのだろうと予想はしているレイだったが
「そうなると、穢れというのはやっぱり厄介な存在なんですね」
「ああ、そして問題なのは、魔剣であっさりと倒せてしまった為に、俺の中にもそこまで強敵であるという認識がないことだろう。頭では分かっていても実感として分かっていない。これは大きな問題だ。だから……」
そこで一旦言葉を切ったアリアスは、レイに視線を向ける。
「レイ、明日またブルーメタルの罠のある場所に連れていって欲しい。そして魔剣を使わず、直接戦ってみたい」
「それは……まぁ、分からないではないが、それでも危険なのは間違いないぞ?」
魔剣を使わずに穢れを倒すのは難しい。
レイの仲間のヴィヘラですら、試行錯誤を重ねることでようやく浸魔掌を強化し、穢れを倒すことが出来るようになったのだから。
アリアス達は間違いなく強者ではあるものの、だからといってヴィヘラのような突出した強さを持つ訳ではない。
穢れに対処するのは、現状だとミスリルの釘の結界を使うことでしか出来ないのだ。
それだけに、アリアス達が穢れと戦うというのはかなり危険なのだ。
「分かっている。……いや、実際には頭で理解出来ているだけなのかもしれないが。それでも今の状況で穢れと戦うのは、レイが一緒にいるという時点で心強い。一緒に来てくれるんだろう?」
「行かないとは言わないけどな」
ブルーメタルの罠を見に行くのだから、レイもそこで一緒に行くことになる。
そのような状況でアリアス達が穢れと戦い、それによってピンチになったらレイが魔法で助けてくれるというのは、いざという時の安全が確保されているということになり、アリアスとしてはこの機会を逃すことはないと判断したのだろう。
まんまと利用されることに少し思うところがない訳でもないレイだったが、自分がいない時に何らかの理由で妖精郷が穢れに襲撃されたら、どうなるか。
その時のことを考えると、今のうちに穢れと遭遇した時にどう対処すればいいのか体験しておくのは決して悪いことではなかった。
アリアスも、それを理解した上で今のような話をしたのだろう。
「悪いな、レイ」
「俺がいない間のことを考えると、やっぱりアリアス達に穢れに慣れておいて貰う必要があるのは間違いない。そう考えると、今回の提案に乗らないという選択肢はないな。……とはいえ、それをやるのは明日の朝になるだろうけど」
「今日の分はさっき終わったからか?」
「そうなるな。……ああ。でも別にアリアス達は大量の穢れを一度に相手にする必要はないのか。だとすれば、今日の午後辺りにもう一度行ってみるか? 数匹程度の穢れならもう集まっていてもおかしくないだろうし」
レイの提案に、アリアスは悩む。
普通に考えれば、レイの言うように数匹の穢れと戦うのなら、今日の午後に行くだけでいいのだろう。
……ブルーメタルの罠に集まっていた大量の穢れを見ていなければ、アリアスもそれで問題はないと判断しただろう。
だが、大量の穢れを見てしまった今、いざという時……大量の穢れが妖精郷に攻めて来た時のことを考えれば、数匹の穢れではなく大量の穢れを他の騎士達にも見せておいた方がいいと思ってしまう。
アリアスが引き連れてきた騎士達は、全員が相応の実力を持つ精鋭なのは間違いない。
だが、常識が通用しないのが辺境なのだ。
ましてや、相手はただのモンスターではない。
魔石も何も持たない、それこそ学者にしてみればモンスターと言い切れないような、そんな存在なのだ。
だからこそ、いざ大量の穢れが攻めてきた時、あるいはトレントの森で接触した時に動揺しないように、しっかりと対処しておく必要があるのは間違いなかった。
「いや、少数の穢れを見ただけだと最終的に侮るようなことになるかもしれない。なら、ここはしっかりと敵の力を理解する為に行動する必要がある。明日、全員で見に行かせて欲しい」
「分かった。ならそうさせて貰うよ。けど……そうなると、これからどうする?」
「まずは妖精郷をしっかりと見て回ろうと思う。この妖精郷を護衛することになるのなら、この場所についてよく知っておく必要があるからな」
「あ、なら私が他の妖精達に話を通して、案内役をつけてあげる」
ニールセンが良いことを思いついたといったように言う。
アリアスもニールセンの提案は助かるらしく、素直に感謝の言葉を口にする。
「そうして貰えると助かる。俺達は妖精郷にまだあまり詳しくないからな。入ってはいけない場所があると困るし、教えてくれ」
「ふふん、任せなさい」
ニールセンが笑みを浮かべて得意げに言う。
そんなニールセンの様子を見て、アリアスはふと疑問に思う。
(あれ? これはもしかして俺の考えすぎか?)
最初ニールセンが案内役の妖精を用意すると言った時、それは案内役でもあるが、同時に見張りでもあるのではないかと思ったのだ。
しかし、ニールセンの様子を見るとそのようなことを考えているようには思えない。
だとすれば、これは素直にアリアス達のことを思って言ってるのだろうと、そう思えてしまう。
アリアスにしてみれば、それは嬉しいことだったが……大丈夫か? という思いもそこにはあるのだった。