3374話
レジェンド20巻、発売です。
続刊に繋げる為にも、よろしくお願いします。
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「レイ、ちょっと、いる? レイ!」
聞こえてきたニールセンの声に、レイはすぐに目を覚ます。
いつもなら三十分程は寝惚けていたりするのだが、ニールセンの声を聞いた瞬間には完全に目を覚ましていた。
「何があった?」
真剣な表情でレイがそう尋ねるのは、雷蛇の件があったからだろう。
もしかしたらまた高ランクモンスターが姿を現したのではないかと、そんな可能性をレイが考えてもおかしくはない。
「人が来たのよ、人が。ほら、昨日言ってた護衛みたい」
「……何だ、驚かすなよ」
ニールセンの様子からもっと深刻なことではないかと思っていたレイだったが、その理由が護衛の騎士達が来たというのであれば、驚かせるなと突っ込みたくなってもおかしくはない。
そもそもニールセンが言ってるように、護衛の騎士達が来るというのは昨日のうちに長に話を通しているし、その場にはニールセンもいた。
最終的には調子に乗ったニールセンが奇声を上げるといったことにもなったのだ。
それ以前にダスカーと護衛についての話をしていた時も、ニールセンはそこにいた。
そうである以上、護衛の騎士が来たからといってニールセンが驚くようなことはない。
(いやまぁ、昨日の今日で早いとは思うけど)
ダスカーが出来るだけ早い内にと言っていたが、それでも話をした翌日にもう護衛の騎士が派遣されてくるのはレイにも驚きだった。
今日こうしてもう来ているということは、昨日レイが領主の館でダスカーと話した後で、すぐに人選を行ってスケジュールの調整もしたのだろう。
騎士というのは、ダスカーの部下の中でも腕の立つ存在だ。
勿論騎士の中でも差があったりするが。
そんな騎士達を動かすのだから、本来の予定を変更したりする必要がある。
冬だったから何とかなったが、これが春から夏の増築工事で忙しい時であれば、今回のようなことは出来なかっただろう。
あるいはもの凄く無理をしても今回派遣された人数よりも少なくなった筈だ。
「そう言えば、どのくらいの人数が来たんだ?」
「十人以上よ」
「それは、また……ダスカー様も張り切ったな」
騎士が十人以上ともなれば、その戦力はかなりのものになる。
雷蛇の襲撃があっても、倒すのは難しいかもしれないが、撃退することは可能だろうというのがレイの予想だった。
「だから、ほら。レイも早く」
そうニールセンに急かされたレイは、すぐに出掛ける準備をするのだった。
「うわ、これはまた……」
妖精郷の入り口近く、霧の空間と繋がっている場所には多くの妖精達の姿があった。
いや、妖精だけではなくボブやピクシーウルフの姿もある。
「もう皆が知ってるのね。……まぁ、大声で誰か来たって他の妖精達が騒いでいたから無理もないけど」
「雷蛇のこともあるしな」
レイはニールセンの言葉にそう返す。
雷蛇の襲撃があってから、まだ数日だ。
そんな中でまた誰かが妖精郷に近付いて来ていると知れば、楽天的な妖精達ですら騒いでもおかしくはない。
「ん? その割には怖がってる連中はいないみたいだが。というか、そもそも怖がっているのなら、こうして妖精郷の入り口に集まったりはしないだろうし」
「ああ、その辺については長が知らせたのよ。やって来たのは雷蛇のように敵対的な存在じゃなくて、妖精郷を護衛する人達だって」
そう言われればレイも納得する。
だが同時に、ボブが普通に妖精郷にいるし、ダスカー達も以前妖精郷にはやって来ている。
そうである以上、わざわざここまで妖精達が興味深そうに集まってこなくても良いのではないかと、そう疑問に思う。
「レイ、ほら。早く行くわよ」
「……は? どこにだ?」
レイのドラゴンローブを引っ張る形でニールセンが言うものの、レイはその言葉に疑問を抱く。
ニールセンはそんなレイの様子に呆れたように口を開く。
「だから、護衛に来た騎士達を迎えによ。レイが案内しないで誰が案内するの?」
「いや、それは……」
ニールセンの言葉にレイは少し考え……納得してしまう。
騎士達はダスカーから事情については聞かされているのだろうが、だからといって妖精郷に来た時にいきなり妖精が出迎えるよりは、顔見知りのレイが出迎えた方がいいだろう。
中にはレイよりも妖精に出迎えられた方が嬉しいと思う者もいるかもしれないが。
妖精とは、妖精郷で護衛をすれば嫌でも関わることになる。
なら、ここはやはり自分が行った方がいいのだろうと、レイはセトとニールセンと共に妖精郷を出る。
妖精郷の入り口に集まっていた妖精達は、そんなレイに羨ましそうな視線を向ける。
……実際にはレイではなく、レイと一緒にいるニールセンにだが。
そうして既に慣れた霧の空間に入ると、霧の空間にいる何匹かの狼の気が立っているように感じられる。
雷蛇との戦いを経験してから、まだ数日だ。
そうである以上、生き残った狼が警戒心を強くするのは当然だろう。
「落ち着け」
「グルルルゥ」
レイの言葉とセトの鳴き声が影響してか、狼達も幾らか落ち着いた様子を見せた。
そんな狼達に、ニールセンが近付いて何かを言う。
ニールセンが何を言ったのかは、生憎とレイには分からなかった。
だが、そんなニールセンの言葉で狼達がより落ち着き、霧の中に消えていったのを見たレイはニールセンに驚きを抱く。
とはいえ、何かを特に言うようなことはなかったが。
もしここで何かを言えば、ニールセンがレイに向けて一体何でそんなことを言うんだと、不満を言うと理解したからだ。
狼を大人しくさせてから、レイ達は霧の空間から出る。
するとトレントの森にはニールセンが言ったように、十人以上の騎士の姿がある。
「レイ!」
妖精郷から出て来たレイの姿を見て、騎士の一人がその名前を呼ぶ。
他の騎士達も、レイの姿を見て安堵した様子を見せる。
これから妖精郷で護衛をするのだが、やはり見知った人物がいるのは騎士達にとって嬉しいことだったのだろう。
騎士達の中には以前ダスカーが妖精郷に来た時に護衛として一緒に来た者もいる。
それでもやはり、レイのような顔見知りがいるのといないのとでは大きく違うらしい。
「よく来たな。妖精郷の護衛の件を話したのは昨日だったから、まさか今日いきなり来るとは思わなかったけど」
マジックテントから妖精郷の入り口に行く途中、懐中時計で時間を確認したところ、午前八時すぎといったところだ。
トレントの森までは馬車で来ることが出来るが、中を馬車で移動出来ない。
野営地のある場所までは馬車で移動出来るが、それは野営地そのものがトレントの森の端にあり、木々を抜いて馬車が通れるようにある程度だが道路を整備しているからだ。
トレントの森の奥深くにある妖精郷までは、とてもではないが馬車が通れる道はない。
馬に乗っての移動は出来るが、それでも木々の生えている中を馬に乗って移動するのは難しい。
(ん? でも二頭いるな)
馬に乗ってはいないが、騎士達の側には二頭の馬がいる。
しっかりと鍛えられている馬なのだろう。セトを見ても怯えて動けなくなるといったようなことはなかった。
(さすがダスカー様の騎士団が連れている馬という訳か。……何かあった時、すぐにギルムの領主の館まで走らないといけないし、良い馬を連れてくるのは当然かもしれないけど。ん? でも狼煙とか、そういうのを使ったりはしないのか?)
疑問に思いつつ、その辺についての話は長と話す時にしっかりと行われるだろうと判断し、レイは自分に声を掛けてきた相手との会話を続ける。
「じゃあ、早速妖精郷の中に入る。分かってると思うが、この妖精郷はダスカー様にとっても重要な場所だ。お前達の事だから妙な真似はしないと思うけど、それでも一応興奮しすぎて変な真似はしないように言っておく。……以前ダスカー様の護衛として妖精郷に来たことがある奴もいるかもしれないから、今更かもしれないけど」
「分かっている。そもそも、そういうことをする奴をダスカー様が選ぶと思うか?」
「思わないけど、万が一があるしな」
レイもダスカーの人を見る目については信用している。
ギルムの領主をしているのを考えると、人を見る目があるのは当然のことだった。
しかし、それでも世の中には出来心で何かをしてしまう者がいるし、それ以外にもダスカーにすら自分の本性を見せない者がいてもおかしくはない。
だからこそ、ここでレイがしっかりと念を押しておく必要があった。
「それと、長との話が終わったら、俺と一緒に来て貰う。穢れについてはもう全員知ってると思うが、それが具体的にどういう奴か知って貰う必要があるし」
論より証拠、百聞は一見にしかず。
そう思いながら言うレイだったが、先程まで話していたのとは別の騎士が不思議そうに言う。
「穢れについては聞いたけど、転移してくるんだろう? そんな都合良くいるのか?」
「そっちは聞いてないのか。……ブルーメタルでちょっとした罠を仕掛けてある。まだ確認はしてないが、昨日、一昨日のことを考えると恐らく穢れがそれなりにいる筈だ」
いつもであれば、長の能力で穢れが集まっているのかどうかは容易に把握出来る。
だが雷蛇との戦いで魔力を限界まで使った今の長は、現在魔力が回復しておらず、穢れの存在をまだ察知出来なかった。
普通なら一晩……もしくは二晩くらい寝れば魔力が完全に回復してもおかしくはないのだが、長の魔力はまだ回復していない。
レイ程ではないにしろ、長が多くの魔力を持っている証だろう。
「それに……これについてもダスカー様から話を聞いてるかどうか分からないが、お前達に試して欲しい」
そう言い、レイがミスティリングから取りだしたのは穢れに特効を持つ魔剣だ。
レイが使った場合、刀身の一部に穢れが触れた時点で穢れが消滅してしまう。
だが、それが純粋に魔剣の効果なのか、それとも莫大な魔力を持つレイが使ったからなのか。
それを確認しておかないと、穢れの関係者の本拠地を襲撃する時に魔剣の効果が予想外のものになってもおかしくはなかった。
だからこそ、騎士達の存在はレイにとってちょうどよかった。
……出来れば、昨日野営地の周辺に穢れが現れていれば、野営地にいる冒険者に試して貰うことも出来たのだが、ブルーメタルの罠のせいか、野営地の近くに穢れはいなかった。
「レイの指示にも従うように言われてるから、それは構わない。それよりいつまでもここにいるのもどうかと思うから、そろそろ中に案内してくれないか?」
「分かった。……知ってる奴もいると思うが、妖精郷に入る前に霧の空間を通る必要がある。そこには狼達が棲息しているが、もし見ても騒がないようにしてくれ。狼達も今は神経質になってるし」
「高ランクモンスターに襲われたという話は聞いてるよ。その辺については問題ないから、案内をしてくれ」
騎士達も、何故自分達が派遣されるようになったのかという理由はダスカーから聞いていたらしく、レイの言葉を聞いても特に驚いたり反発したりする様子はない。
そうしてレイは騎士達を引き連れて霧の空間に入る。
ダスカーが以前来た時に同行していた者にとっては、一度経験してる場所だ。
霧の空間に入っても特に驚くようなことはなかったが、今回初めて妖精郷に来る者達は霧の空間に入るとそれぞれが驚きの声を上げたり、緊張したりとしていた。
そんな霧の空間だったが、長から何か言われたのか、もしくはセトが一緒にいるからか、狼が姿を現すことはない。
レイは余計な騒動が起きないということに安堵しつつ、霧の空間を抜け……
「あ」
そこに多くの妖精達がいるのを見て、霧の空間では騒動が起きなかったが、妖精郷の中では騒動が起きるのだろうと、そう思ってしまう。
それでもレイにとって救いだったのは、霧の中でもし騒動が起きた場合は血が流れるような騒動になったのに対し、妖精郷の中での騒動はそういうのとは関係なく、賑やかな騒動になるということか。
以前ダスカー達が来た時は、それなりに妖精達も騒動になったが、公の場ということもあって長から騒がないようにと言われていた。
……それでも好奇心から接触してしまうのが妖精なのだが。
ただ、長の指示を守った妖精も多く、問題の類はおきなかった。
しかし、今回はダスカーのようなお偉いさんが来ている訳ではなく、妖精郷で妖精達と一緒に暮らす騎士達だ。
妖精達にしてみれば、ダスカーが来た時のように大人しくしている必要もなく、好奇心の赴くままに騒げる。
……雷蛇の件について吹き飛ばすという意味でも、ここは思う存分騒がせた方がいいのかもしれないと、そうレイは思うのだった。