3371話
「なるほど、護衛についてですか。確かに今の状況を考えると、それは考えた方がいいかもしれませんね」
レイの説明を聞いた長がそう言う。
領主の館や野営地に行くという件については、長も特に何の問題もなく受け入れた。
魔力の回復がまだ完全ではない今の長にとって、レイとセトが一時的にしろ妖精郷からいなくなるというのは、あまり好ましいことではない。
それを知った上で、それでも長がレイの行動を止めるようなことはなかった。
自分の行動でレイに負担を掛けたくないという乙女心が働いた結果だったが、勿論それだけではない。
レイが一時的に妖精郷からいなくなることは、確かに危険な一面もあるだろう。
だがその行動によって、最終的に妖精郷の安全性が増すのは間違いないのだ。
なら、それを咎めるようなことをする筈がない。
ただし、問題なのはレイが提案してきた護衛の件だろう。
その提案は幾つかあった。
一つは野営地にいる妖精好きの冒険者達を毎日妖精郷の前まで連れてきて、護衛をさせるというもの。
幸い、今は冬で冒険者達もそろそろ生誕の塔の中に移動する準備をしているので、その護衛という意味ではそこまで多くの人員は必要ない。
護衛をしている冒険者達には、一日に何度か妖精が顔を見せれば、それだけで冒険者達のやる気はこれ以上ないくらいに上がるだろう。
もう一つは、この妖精郷の中に護衛を入れるということ。
その場合は妖精郷の存在の重要性を考えると、冒険者ではなくダスカーの部下の騎士が望ましい。
妖精郷を拠点として使うのなら、寝泊まりする場所について悩む必要がないので、その点も大きいだろう。
「ですが、いいのですか? 護衛をして貰うということは、何故それが必要になったのかを知らせる必要もあるでしょう。雷蛇の件は隠しておきたかったのでは?」
「それは否定しないが、幸いにというか、もう解体は終わったしな。ある程度は誤魔化せる」
魔石の件を求められると少し説明に困るレイだったが、それでも妖精郷の安全を考えれば、魔石についての説明をどうにかする必要があった。
レイとしては、戦いの中で魔石を破壊してしまったと言おうと思っていたが。
「そう、ですか。……分かりました。レイ殿がそう言うのでしたら、護衛を受け入れようと思います。ただ、妖精郷の中で妙な行動をしないような者に限りますか」
「だろうな。その辺は分かっている。ダスカー様もその件についてはしっかりと考える筈だ」
ダスカーにとって、妖精郷との繋がりはギルムをこれまで以上に発展させるという意味や、何より穢れに対抗する為の存在として非常に重要な存在だ。
そんな妖精郷の護衛を任せるとなると、信頼出来る人物を送り込んでくるのは間違いないだろう。
ここで何かを企んでいるような人物を送ってきた場合、それこそ妖精郷との関係が悪くなりかねないのだから。
「分かりました。では、レイ殿にお任せします」
長の言葉にレイは頷き、セトとニールセンと共にギルムに行く……前に、野営地に向かうのだった。
「レイ、どうした? こんな時間に来るなんて珍しいな」
野営地にやって来たレイを出迎えたのは、この野営地の指揮を任されているフラットだった。
「ちょっと試して欲しいことがあってな。……随分と人数が減ったように見えるけど、もう生誕の塔に引っ越したのか?」
「ああ。リザードマン達と今までは友好的にやって来た。けどそれは、この野営地と生誕の塔という、ある程度距離がある場所で……つまり隣人的な意味での関係だった。けど、本格的に冬になって俺達が生誕の塔で暮らすようになれば、同じ屋根の下で、つまり家族的な近さで生活することになる」
「つまり、お試しで何人か先に向こうに行ってる訳だ」
「そうなるな。幸い、もっと前から少しずつ泊まったりしていたから、特に大きな問題は起こっていない。雪も本格的に降り始めたし、そろそろ全員が生誕の塔に引っ越すことになると思う。……それで、レイは何をしに来たんだ? 様子を見にか?」
野営地の説明が一段落したところで、フラットがレイに尋ねる。
レイはそんなフラットに答えようとして……その前に野営地の様子を見てから口を開く。
「ミスリルの釘の結界はもう殆どないみたいだけど、穢れはやっぱり現れてないのか?」
「ん? ああ、ここ二日……三日か? とにかくそれくらい、穢れは全く出て来なくなったな。森の中で見張りをしている者達も穢れに遭遇はしていないらしい」
「そうか」
穢れが出なくなった理由は、レイには容易に想像出来た。
元々トレントの森に穢れが出ていたのは、ボブを殺す為にだ。
そんな中で穢れとボブが遭遇しており、その近くには穢れが近寄れないブルーメタルで囲まれた空間がある。
そこにボブがいると穢れが判断し、トレントの森全体に穢れを放つのではなく、ボブがいたと思しき場所を中心として多数の穢れを放つ方がボブを殺せる可能性が高いと判断したのだろう。
「その様子だと何か知ってるのか?」
レイの言葉から何かを感じたのだろう。
フラットはそう尋ねる。
レイは今の自分の言葉をどう判断すればそう思ったのか知りたかったものの、それは後回しにして頷く。
「ああ。恐らくって感じのものだけどな。けどそうなると……ちょっと予想が外れたな」
穢れの件について詳しく聞かない方がいいと判断したのか、フラットは前半は無視して後半について聞く。
「予想って何がだ? やっぱり何か用件があって来たんだろう?」
「穢れを一撃で殺せる魔剣を入手した」
「本当か!?」
レイの言葉に、フラットが叫ぶ。
その叫び声が聞こえたのだろう。
野営地にいた者達が何かがあったのかと、レイ達のいる場所に集まってくる。
ちなみにセトはレイの側にいるが、妖精好きの冒険者から逃げる為にニールセンは既にレイから離れていた。
「レイ、今の話は本当か?」
いつものフラットとは違う前のめりの姿勢。
ただ、穢れという存在の厄介さを知っていれば、そのように思うのはおかしな話ではない。
「ああ、本当だ」
そう言い、レイはミスティリングから魔剣を取り出す。
「これが、穢れを倒すことが出来る魔剣?」
ざわり、と。
フラットの言葉を聞いた冒険者達がざわめく。
フラットの様子がおかしかったから、何かあったのかと思って集まってきた面々だったが、その理由が穢れを倒せる魔剣だというのは、集まってきた冒険者達にとっても予想外だったのだろう。
ミスリルの釘で生み出した結界に捕らえれば、穢れを餓死させることが出来る。
それは分かっていたが、それでも餓死というからには捕らえてすぐに殺せる訳ではない。
そうである以上、すぐに穢れを殺せるという魔剣の存在は、野営地にいる冒険者達にとって垂涎の品だった。
「そうだ。俺が使ってみた限りだと、魔剣の一部が穢れに触れただけで穢れは消滅する。それこそ何の抵抗もなくな。ただ、そういう効果があるのは俺の持つ魔力が関係しているのか、それとも他の奴が使っても同じ結果になるのか、それが知りたくてここにやって来たんだが……」
レイの言葉を聞いたフラットと他の者達が期待の視線を向ける。
ブルーメタルやミスリルの釘によって、穢れは決してどうしようもない存在ではないと知っている。
ましてや、レイの魔法で穢れが燃やされるところを何度も見ているのだ。
しかし、それでも自分達だけで穢れと戦う時のことを考えると、レイの持つ魔剣は非常に大きな意味を持つ。
自分達で即座に穢れを殺せるかもしれないのだから。
「見た限り、穢れがいないのなら試すことは出来ないな」
「待って欲しい。今はいないが、いつまでも穢れが出ないとは限らない。その魔剣をレイ以外の者が使った時にどのような効果を発揮するのかを確認する為にも、やはりここで使う必要があると思うが」
フラットにとっても、この魔剣は絶対に見逃すことが出来ない物だ。
今の話の流れから、レイがこのまま魔剣を持って立ち去るというのが予想出来てしまっただけに、何とか魔剣を置いていって貰いたかった。
穢れが現れた時の対抗手段は、多ければ多い程にいいのだから。
「いや、けど……穢れがいないと使えないんだぞ?」
今のところレイがこの魔剣について知っているのは、魔力を流して穢れを攻撃すると、触れただけで穢れを殺すことが出来るということだけだ。
もしかしたら、他にも何かレイが知らない何らかの効果がある可能性はあったものの、最重要なのはやはり穢れに対する特効だろう。
だからこそ、穢れが存在しない野営地に魔剣を置いていってもあまり意味がないと思えた。
「それでも、いつ穢れが現れるか分からないだろう? なら、実際に穢れが現れた時に試す為に置いていってもいいと思うが」
「……取りあえず、この魔剣はまだ俺が持っておくよ。他にちょっと考えていることもあるし」
レイの言葉にフラットは残念そうな表情を浮かべる。
フラットにとって穢れに特効のある魔剣は是非とも欲しい。
欲しいが、だからといってその魔剣がレイの物である以上、それを無理矢理奪うといったようなことは出来る筈もない。
実力でもそうだが、そもそもそのようなみっともない真似をするような性格をしているのなら、ギルドから野営地の指揮を任されるようなことはないだろう。
どうしても魔剣が欲しいのなら、それこそレイから売って貰うなり、何らかのマジックアイテムと交換をしたりする必要がある。
もっとも、穢れの関係者の本拠地の襲撃を控えている今、レイが穢れに特効のある魔剣を手放す筈がなかったが。
それに奇襲の時に魔剣を使うのはレイではなくエレーナだ。
もしここで魔剣を渡してしまえば、後でエレーナに不満をぶつけられることになるのは間違いないだろう。
「こっちの用事が終わって、それでもまだ穢れが出てくるようなことがあったら、その時はこの魔剣を貸すよ」
「分かった」
レイの言葉にフラットが笑みを浮かべる。
周囲に集まってきていた冒険者達も、それは同様だ。
(穢れの関係者の本拠地を潰して、組織を壊滅させた後で、まだ穢れがいたらだけどな)
レイは言葉には出さないものの、そう思う。
何らかの理由で、本拠地が潰れても組織が生き残り、しつこくこのトレントの森に穢れを転移させる可能性は高い。
あるいは本拠地がなくなっても、自動的に穢れがトレントの森に転移してくるという可能性も否定は出来ない。
「じゃあ、そんな訳で少し待ってくれ」
レイはそう言い、ギルムに向かうべくセトとニールセンを呼ぶのだった。
「妖精郷が!? 大丈夫だったのか!?」
ギルムにある領主の館。
レイにとっては既に慣れた場所である客室にダスカーの大声が響く。
ダスカーにしてみれば、妖精郷は重要な場所だ。
そこにランクAモンスターの雷蛇が襲ってきたと聞いたのだから、驚いて叫ぶのも当然だろう。
「全く問題ない……とは言えませんね。妖精郷の周囲にある霧の空間に棲息していた狼達はその多くが喰い殺されたり、怪我をしてすぐに復帰出来ない状態にあります。妖精郷で回復をしているので、いずれは復帰出来るでしょうが。また、妖精も……その多くは長が守りましたが、それなりの数が雷蛇……襲撃してきたランクAモンスターに喰い殺されました」
実際には雷蛇に喰い殺された狼の死体の中に潜り込むという、とてもではないが普通の人がイメージする妖精がする行為とは思えないような方法で生き残った妖精もいたのだが、そのようなことが出来ずに雷蛇の牙に噛み千切られたり、消化されてしまった妖精もいた。
「ランクAモンスターか。……それで、その雷蛇というランクAモンスターは?」
「倒しました。ちょうど昨日ブルーメタルの件で罠を仕掛けた後で妖精郷に戻ったら、雷蛇が空にいたので」
「……気軽に言うな」
「いえ、実際雷蛇はランクAモンスターで強かったのは間違いないですよ」
「その割には、無傷で倒していたわね」
レイとダスカーの話を聞いていたニールセンが、そう口を挟む。
ニールセンの言葉に、ダスカーは改めてレイを見る。
ドラゴンローブを着ているので、必ずしもしっかりと確認出来る訳ではないのだが、それでも怪我をしていればそれが表情に出てもおかしくはないし、何より動きに影響は絶対に出るだろう。
しかし、ニールセンの言葉を聞いて改めて確認するが、その言葉通りレイが怪我をした様子はない。
「雷蛇の大きさを考えれば、そもそも攻撃が当たった時点でそれが致命傷になってもおかしくないだろ。元々俺の戦闘スタイルは防御じゃなくて回避を多用するし。……それよりダスカー様。その件でついでという訳じゃないですが、妖精郷の護衛を用意してくれませんか?」
ニールセンの言葉を流しながら、レイはそうダスカーに言うのだった。




