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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3369/3865

3369話

「よし、気が付かれてなかったみたいだな」


 セトと共に妖精郷に戻ってきたレイは、そう呟く。

 とはいえ、その言葉には少し……本当に少しだけだが、残念そうな色がある。

 その理由は、妖精郷を守っている霧の空間だ。

 本来なら霧の空間には多数の狼がいて、許可のない者、あるいは敵意や悪意のある者が妖精郷に向かおうとした場合、それを防ぐ役割を持っていた。

 しかし、雷蛇の妖精郷の襲撃によって多くの狼は喰い殺された。

 中には生き残った狼もいたが、無傷でとはいかない。

 骨折や打撲程度ならまだいいが、中には手足を雷蛇に喰い千切られた狼もいた。

 そのような狼は、現在妖精郷にあるマジックアイテムや回復魔法を使える妖精によって治療中で、結果として現在霧の空間の中にいる狼の数はかなり少なくなっていた。

 霧の空間を通ったレイとセトは、気配からそれを知って思うところがあったのだろう。


「じゃあ、見つからないうちにマジックテントに戻るか。明日も忙しい……んだよな?」


 言葉の途中で尋ねるように変えたのは、視線の先に見覚えのある姿を見つけたからだ。


「そうですね。ブルーメタルの件もありますし、穢れの件もあります。そういう意味ではレイ殿が忙しくなるのは間違いないかと。……そうして忙しくなるのに、何故夜に妖精郷を出るなんてことをしたのでしょうか?」


 少し離れた場所からレイの側までやって来た長が、そうレイに尋ねる。

 長が一体どうやって自分の行動を知ったのかレイは分からなかったが、それでも見つかった以上はどうにか誤魔化す必要があった。


「ちょっと身体を動かしたくてな」

「……日中に雷蛇と戦ったのにですか?」

「だからだ。もう少し上手くやれたんじゃないかと思って」


 これは長を誤魔化す為の言葉だったが、同時にレイの本心でもある。

 もし自分がもう少し上手い具合に立ち回っていれば、妖精郷の被害はもっと少なくなったのではないか、と。

 実際にはレイが妖精郷に到着して雷蛇と戦闘を始めた後は、妖精も狼も被害は受けていない。

 雷蛇の攻撃によって、妖精郷に生えている木々が折れたり、地面がサンダーブレスによって焼かれたり、雷蛇が暴れ回ったことによって荒れたりはしたが。

 だが、もし自分がもう少し早く来ていたら、被害は少なかったのではないか。

 そんな風に思ってしまうのは傲慢だと、自意識過剰だと思うが、それでももう少し……と、そんな風に思ってしまうのは間違いない。


「そうですか」


 レイの様子から、その言葉は嘘ではないと判断したのだろう。

 長がそう言ってくる。

 実際にはそのように思ったのは間違いではないが、雷蛇の魔石をセトに使わせる為に移動したというのが真実なのだが。

 まさかそれをここで言える筈もなく、レイは長の言葉に素直に頷いておく。


「ああ。お陰で気分転換も出来たし、今日は後ゆっくりと眠らせて貰うよ」

「分かりました。では、おやすみなさい」


 そう言い、長はレイの前から飛び去る。

 ゆっくり休むということでは、長もまたレイに負けず休まなければならない立場だ。

 少しでも魔力を回復させる必要があるのだから。


(そういう意味だと俺とセトが妖精郷から出たのを察知して、こうして待っていたんだから、俺が邪魔をしたってことになるのか? だとしたら、やってしまったな)


 レイも今は少しでも長の魔力を回復させるのが重要なのだというのは分かっている。

 しかし、それを邪魔したのなら自分はミスをしてしまったのではないか。

 そのように思えてしまう。


「グルルゥ?」


 長が飛び去ると、セトは自分の背中で何か考えている様子のレイに、どうしたの? と後ろを向いて喉を鳴らす。

 レイはセトのそんな行動で我に返ると、何でもないと首を横に振り、その身体を撫でる。


「何でもない。それより戻ってさっさと寝るか。長に言ったように、明日は明日で忙しいのは間違いないんだし」


 そんなレイの言葉にセトは異論もなかったらしく、妖精郷の中を進み……


「あ、セト。ちょっと雷蛇と戦った場所を通ってくれないか?」

「グルゥ? グルルルゥ」


 レイの言葉にセトは少し不思議そうに喉を鳴らすものの、それでも特に反対をするでもなく、妖精郷の中央付近……レイとセトが雷蛇と戦った場所を通る。

 月明かりに照らされても、普通ならその全てを把握することは出来ないだろう。

 しかし、レイとセトは夜目が利くので、月明かりで十分その場所について見ることが出来た。


「へぇ……てっきり、まだあの時のままだと思ったんだけどな」


 レイが感心した様子で呟いたのは、地面が既にかなり元に……雷蛇との戦闘前の状況になっていた為だ。

 まだ誰が見ても、ここで何か大きな戦いがあったと判断は出来るだろう。

 だが、それでも実際にレイとセトが雷蛇との戦いの中で荒れた地面はかなり元に戻っていた。

 この様子だと、長が言ったように数日程度で完全に回復するのは間違いないだろう。


「グルルゥ……」


 驚いてるのは、レイだけではなくセトもだ。

 セトから見ても、十分に地面の回復は凄いと思えたのだろう。


(もしかした地形操作を使えばある程度は回復時間を短縮出来たんじゃないか?)


 今更、本当に今更だったが、レイはそんなことを思いつく。

 地面に大きな窪みが出来たり、一部割れていたりしている場所であっても、レイの……正確にはデスサイズの地形操作のスキルを使えば、ある程度は元に戻せる。

 そうなれば妖精達がこの地面を修復するのに必要な労力も少なくなったかもしれない。

 ……もっとも、それは本当に今更の話だったが。


「別に全部俺がやらないといけない訳でもないか。……妖精達にとっても、ここを直すことで心の整理とかそういうのもあるだろうし。肉を食べた時のことを考えると、もうすっかり忘れているようにも思えたけど」


 雷蛇の肉を食べている妖精達、そしてニールセンが手に入れたクリスタルドラゴンの肉を奪おうとした者達の様子を思い浮かべるレイ。

 勿論、妖精達にとっても同じ妖精郷に住む仲間が何人も死んだのだから、悲しくない訳ではないだろう。

 また、霧の空間を守っていた狼達が死んだのも悲しかった筈だ。

 それでも死んだ者達との別れを悲しいままに行うのは妖精らしくないということで、かなり強引にだったが、楽しく騒いだのだ。

 その時のことを思い浮かべながら、レイはセトにマジックテントのある方に戻るように言うのだった。






「ま、こんなものか」

「やっぱりって感じだったけどね。……でも、何で少し残したの?」


 翌日、レイは起きてからすぐにセトとニールセンを引き連れ、前日にブルーメタルで罠を作った場所に向かったところ、そこには予想通り大量の穢れがいた。

 もっとも穢れの数は昨日と比べて大分減っていたのだが。

 そんな穢れを、レイは既に慣れた作業の如く魔法で殺した。

 ……ただし、ニールセンが言ったように少しだけ穢れを残して。

 わざわざ魔法の効果範囲の外となるように調整してまで残したのだから、そこに何らかの意味があるのは間違いなかった。

 それを疑問に思って尋ねたニールセンに、レイはミスティリングから魔剣を取り出す。

 オーロラの家から見つかった魔剣だ。


「この魔剣の効果を試したくてな」


 この魔剣は、恐らく穢れに対する特攻があると予想はされていたし、状況や鑑定したダグラスの説明から、ほぼ間違いないとレイには思えた。

 しかし、それはあくまでも確定した事実ではない。

 実際に試してみなければ、穢れの関係者の本拠地を襲撃した時、実は全く違う効果でしたという事になったらどうしようもない。

 そうならないようにする為には、やはり実際に魔剣を試してみるのが一番分かりやすかった。


「あ、その魔剣は……でも、試すのなら別に今日じゃなくて昨日でもよかったんじゃない?」

「昨日はちょっと多すぎてな。正直なところ、ブルーメタルで作った罠にあそこまで引っ掛かるとは思っていなかったから、この魔剣については忘れていた」

「レイらしい……のかしら?」

「どうだろうな。とにかく、何かあったら援護してくれ。もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、実はこの魔剣は穢れを倒すんじゃなくて穢れを強化する能力を持つという可能性もあるんだし」


 オーロラの家で、ベッドの下に隠してあったことを思えば、穢れを強化するような効果があるとは思えない。

 だが、何にでも絶対というのはないのだ。

 そうである以上、万が一に対処する準備をしておく必要があるのは間違いない。


「えー……でもまぁ、レイに何かあったら長に怒られそうだし、任せておきなさい。昨日の雷蛇の時も私のお陰で倒せたんだし」


 それは間違いではないが、絶対に正しいかと言われればそうでもない。

 雷蛇が逃げられないよう、ニールセンの妖精魔法で生み出された蔦で雷蛇の身体を拘束したのは事実だが、それ以上に雷蛇の拘束に効果があったのは長の念動力だ。

 割合的にはニールセンよりも長の方が圧倒的に雷蛇を捕らえるのに使った力は大きい。

 もっとも、ただでさえ雷蛇の攻撃から多くの妖精を守る為に魔力を使ったのが、そこで更に追加として雷蛇の動きを止めたので、長は魔力を限界まで使ってしまったのだが。

 ただし、もしあそこで長が魔力を惜しんで雷蛇の動きを止めていなければ、戦いが長引き……最悪、雷蛇が逃げ出した可能性もある。

 そういう意味では、長の判断は決して間違っていなかったということになるだろう。


「さて、じゃあ……やるぞ」

「いいわよ、何かあったらすぐに助けるから」

「グルゥ!」


 レイの言葉にニールセンとセトがそれぞれ返事する。

 それを聞きながら、レイは魔剣を手に穢れに近付いていく。

 レイにとっては幸いなことに、穢れというのは基本的に攻撃をされなければ向こうから攻撃するようなことはない。

 勿論、穢れに触れるとそこが黒い塵となって吸収されてしまうし、穢れから攻撃をしてこないとはいえ、穢れはどういう基準かはレイにも分からないが動き回る。


(何がどうなるか分からない以上、やっぱり最初に攻撃するのは一匹だけで動いている奴だな。他の群れから離れているのならもっといい。とにかく時間がないし、出来るだけ早く何とかしないと)


 ブルーメタルがなくなった以上、生き残った穢れはそれぞれが好き勝手に動く。

 ここで魔剣の実験相手を選ぶのに時間を掛ければ、それこそ穢れがそれぞれ別の場所に移動してしまうかもしれない。

 レイにとって幸運だったのは、穢れの移動速度が決して速くないことだろう。

 ……その為に、穢れが他の群れから離れるのに時間が掛かってしまうという難点はあったが……


「あれでいいか」


 群れから離れた一匹の穢れ。

 少し離れた場所にある、まだレイの腰くらいの高さまでしかない植物に向かっている。

 冬ということでもう枯れているが、それでも完全に朽ちている訳ではない。

 百匹以上の穢れがここには集まっていたのに、それでもまだその植物が無事だったのは幸運だったのだろうが……その幸運も、穢れに触れられたことによって潰える。

 黒い塵となった植物を吸収している穢れに向かい、魔力を流した魔剣を振るう。

 すう、と。

 全く何の抵抗もなく……それこそ普通に素振りでもしたかのように、魔剣は穢れの身体を通り抜ける。

 穢れに触れても黒い塵とならずにいる時点で、魔剣がその辺の長剣と違うのは明らかだった。

 そして……


「マジか」


 身体を斬り裂かれた穢れは、真っ二つになる……などということはなく、そのまま消滅したのだ。

 レイにしてみれば、自分の持っている魔剣が穢れに特効を持つ武器であるとは予想していた。

 予想していたが、それでもまさかここまで綺麗に消滅するとは思っていなかったのだ。


「えっと……じゃあ……」


 今のあっさり穢れを殺すのを見たレイは、次に別の穢れを探す。

 今の一撃が何らかの偶然でそうなったのか、それを確認する為に。

 近くに数匹の穢れが飛んで来るのを見たレイは、先程同様魔剣に魔力を流し、斬るのではなく、先端の切っ先で穢れを突く。

 すると切っ先が触れた瞬間、穢れは消滅する。

 それこそ穢れが何かに触れた時に黒い塵にするといったようなこともなく、本当にその場から消えるのだ。


「これ、魔剣だけど別に斬ったりする必要はなくて、触れただけで穢れを殺すのか。……殺す? 消滅させる? あるいは転移させる?」


 魔剣で触れた穢れは見事に消えるので、実はどこかに転移してるだけだと言われればレイも素直に納得してしまいそうになる。

 そんな風に思いつつ、レイは残りの穢れにも魔剣を試すべく魔力を込めるのだった。

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