3365話
「これはまた……予想外だな」
レイがドワイトナイフを使い、周囲が眩く輝き……そして輝きが消えると、そこにあるのは雷蛇の素材だけだった。
雷蛇の体内にあっただろう狼や妖精の死体も一緒に消えているのには、若干レイも思うところがあったが。
そんな中でレイが驚きの声を発したのは、雷蛇の全てが解体されていた為だ。
そう、戦いの中で雷蛇はレイのデスサイズによって尻尾、下半身、上半身といったように三つに切断されていたのだが、レイがドワイトナイフを使った上半身だけではなく、下半身と尻尾の全てが解体された状態になったのだ。
これがドワイトナイフの持つ元々の機能なのか、それともドワイトナイフに注ぎ込んだレイの魔力が膨大だったからそのようになったのか。
その辺りは生憎とレイにも分からなかったが、レイにとっては残りの二つの部位にドワイトナイフを刺さなくてもよくなったのだから、手間が省けたのは間違いない。
「さて、まず取りあえずは血か。……雷蛇の血だし、何らかの素材として役立つのは間違いないんだろうな」
ドワイトナイフの効果によって、素材以外の本来なら捨てる部位は全て消滅している。
残っているのは、骨や肉、皮、鱗、眼球、内臓が幾つかと、空中に浮いている血。……そして魔石だ。
血が空中に浮いているのは、レイが特に何かをした訳ではなく、ドワイトナイフの効果によるものだ。
ただし、幾らレイの莫大な魔力を使って解体したとはいえ、既に失った血までは回収出来ないらしく、空中に浮かんでいる血は雷蛇の大きさに対してかなり少ない。
……無理もないだろう。
戦いの最中に身体を切断され、その後は戦っている間ずっと血を流し続けていたのだから。
血を流し続けながらも身体を大きく動かしていた以上、切断された場所から流れる血はより多くなる。
その血は既に地面に零れ落ち、血溜まりとなっている場所もあれば、地面に染みこんでいる場所もあった。
それらの血はドワイトナイフを使っても回収することは出来なかった。
「血は樽だな。……この血が具体的にどういう効果を持つのか、どういう素材になるのかは分からないけど。まぁ、それは内臓とかも一緒か」
レイはミスティリングから樽や内臓を入れる容器を取り出し、それぞれに収納していく。
雷蛇に限らず、モンスターの眼球というのはかなり使い勝手のいい素材なのは間違いない。
それだけに、眼球は慎重に容器に入れる。
(とはいえ、この素材は死蔵されるんだろうな。使うにしても、どうやって入手したのかを疑問に思う奴が多いだろうし。特にギルドに知られれば面倒な事になりそうだ。ワーカーなら、こっちの事情を考えて……いや、無理か)
ワーカーは頑固な性格という訳ではないが、それでもギルドマスターだけあって、その利益を優先する。
そしてギルドにとって、未知のランクAモンスターの情報というのは絶対に聞き流せないものだ。
「長、鱗が欲しいって言ってたけどどのくらいだ? 見ての通り、鱗はかなりあるけど」
尋ねるレイに、長が少し考える。
鱗の一枚一枚が掌程の大きさを持つ。
それはつまり、妖精一人と同じくらいの大きさなのだ。
そんな鱗が十m以上の身体を覆っていた分だけあるのだ。
レイやセトの攻撃で破壊された分の鱗はないが、それでも結構な数となる。
(しまったな。素材として把握されない壊れた鱗とかも何かに使えたかもしれないし、残しておけばよかった)
基本的にドワイトナイフは魔力さえ流せば自動的に解体してくれるマジックアイテムだ。
しかし、ドワイトナイフを発動する時に素材にならない場所でも残しておくように考えながら発動すれば、その部位は消えずに残る。
今回の件だと、レイが考えたように戦いの中で破損した鱗がそれだ。
破損した鱗は素材としてドワイトナイフに認識されなかったのだろうが、そのような欠けた鱗であっても色々と使い道がある。
例えば鍛冶師が何かを作る時に、砕いた鱗を混ぜ込むといったように。
(今はそんなことを考えても仕方がないか)
雷蛇の素材を見ながらそう考えていると、考え込んでいた長が口を開く。
「そうですね。二十枚程貰えれば」
「いや、その程度でいいのか? 半分……とまではいかないが、もっと貰ってもいいんだぞ?」
そうレイが言ったのは、雷蛇の鱗が一級品の素材なのは間違いないものの、その素材を具体的にどう使えばいいのか分からないからだ。
なら、その素材を実際に使う長が相応に鱗を貰ってもいいのではないかと思う。
「え? ですが、その……本当にいいのですか? では、二割くらいをお願いします」
「いや、もっと……まぁ、長がそれでいいと思うのなら、構わないけど。なら、鱗を持っていってくれ」
「ありがとうございます。では……」
そう言い、再度念動力によって鱗を持とうとした長だったが、その動きを途中で止める。
先程、レイから魔力の回復を最優先にして欲しいと言われたことを思い出したのだろう。
「ニールセン、他の妖精達を呼んでくるように。鱗を運んで貰います」
「え? その……」
「いいですね?」
妖精達を連れてくるのを戸惑うニールセンに、長は重ねてそう指示を出す。
「あー……そうだな。なら、こうしよう。鱗を運んだ量の多い者程、雷蛇の肉を食べさせよう。そして最も多く鱗を運んだ者には、クリスタルドラゴンの肉を少し渡す」
「……え?」
ニールセンは一瞬、レイが何を言ってるのか分からなかった。
鱗を運んだ量によって雷蛇の肉を多く食べられるというのであれば、まだ納得出来たのだが、まさかここにクリスタルドラゴンの肉が出てくるとは、思いも寄らなかったのだ。
「だから、クリスタルドラゴンの肉だ。食ってみたいだろう?」
レイの言葉に、ニールセンは……いや、ニールセンどころか、長までもが頷く。
基本的に高ランクモンスターになる程、肉が美味くなる。
中には低ランクモンスターでも高ランクモンスターのような美味い肉をもっていたり、高ランクモンスターでも不味い肉を持っていたりと、例外もそれなりにあるが。
ただ、大半は違う。
そうしてクリスタルドラゴンはランクSモンスターなのだから、その肉がどれだけ美味いのかは、考えるまでもなく明らかだ。
「妖精達の中にも被害は出た。それを忘れる為にも、競争してみたら少しは気が紛れるんじゃないか?」
「……分かったわよ。じゃあ、他の妖精達に知らせてくるわ。言っておくけど、クリスタルドラゴンの肉に惹かれたからじゃないからね!」
そう言い捨てると、ニールセンはレイ達の前から飛び去る。
その言葉通り、妖精達を呼びに行ったのだろう。
妖精にも様々な性格の者がおり、中には死んだ仲間を静かに送りたいと思う者もいるだろう。
しかし大半の妖精は賑やかに騒いでこそ、死んだ者達も喜ぶだろうと考え、レイが提案した競争に参加するのは間違いなかった。
「レイ殿、よかったのですか? その……ドラゴンの肉ともなれば、かなり貴重なのでは?」
「そうだけど、今日くらいは構わないだろ」
クリスタルドラゴンの肉が非常に貴重なのは間違いない。
それこそ貴族や大商人といった金を持っている者達にしてみれば、幾ら払ってでも手に入れたいと思う者は多い筈だった。
レイは何かの例外でもない限り、そのような相手に売ろうとは思っていないので値段がどうこうというのはあまり気にしていないが。
ただ、クリスタルドラゴンを倒した時の戦いを思い出せば、オークのようにあっさりと倒して肉を入手出来るとは限らない。
それ以前に、ワイバーンならともかくドラゴンと遭遇することそのものが非常に稀なのだが。
「死んだ妖精達のことをかんがえても、湿っぽいのは妖精郷には似合わないだろう? なら、いつも通り……いや、いつも以上に賑やかに宴会をした方がいい。もっとも、ニールセンの様子を見るとクリスタルドラゴンの肉を無事に入手出来た妖精がいても、それを自分が食べられるとは限らないけど」
「……お恥ずかしい」
妖精達の性格を考えれば、もしクリスタルドラゴンの肉を入手した者がいても、間違いなく他の妖精達によって狙われる筈だった。
レイの知っている妖精であれば、そのような対応をするのは間違いない。
つまり雷蛇の鱗を一番運んだ妖精は、次にクリスタルドラゴンの肉を守る必要がある。
自分だけでクリスタルドラゴンの肉を全部食べたいので、一人で守ろうとするのか。
もしくは自分だけでは守り切れないと判断し、ドラゴンの肉を分けるという条件で何人か仲間に引き込むのか。
その辺はレイにも分からなかったが、そうして大騒ぎをすることで死んだ妖精達の供養になるのなら、それはそれでいいだろうと判断する。
「それにしても……まさか、妖精郷の結界を破るモンスターが来るとは……」
不意に長が話を変える。
長にしてみれば、それだけ妖精郷の結界が破られたのは予想外だったのだろう。
「ここは辺境だしな。この雷蛇程のモンスターはそう簡単に現れないが、それでも絶対じゃない」
そう言いつつ、レイは少しだけ心配になる。
もし長が、トレントの森に妖精郷があるのが危険だと判断して、別の場所に妖精郷を移動するといったことになればどうなるかと。
レイにとっても、この妖精郷は居心地の良い場所だ。
今のようにギルムで迂闊に寝泊まり出来ない時は、この妖精郷の存在が非常にありがたい。
だが……それはあくまでもレイにとってはの話だ。
長や他の妖精達にとって、この妖精郷が危険だと判断すれば、どうなるか。
妖精郷は絶対にここでないといけない訳ではないのは、降り注ぐ春風の妖精郷が辺境以外の場所にあるのを見れば明らかだった。
「そうですか。では、今までよりも厳重に警戒する必要がありますね。……妖精郷を覆っている霧の空間に住む狼の大半が死んでしまったのは残念ですが。出来れば狼を補充したいところです」
「……いいのか?」
あっさりとこの場にいることを前提としたことを口にした長に、レイは意表を突かれた様子でそう尋ねる。
長は何故そんなことを言われたのか分からない様子で、不思議そうにレイを見る。
「いいのかって、何がですか?」
「いや、だから……俺が言うのも何だけど、このままここに妖精郷があったら、また今回のように雷蛇のような高ランクモンスターに襲撃されるかもしれないんだぞ?」
自分でも馬鹿なことを言ってるのはレイにも自覚がある。
長がこうしてトレントの森に残ると言ってるのに、わざわざそれを覆すようなことをこうして口にしてるのだから。
もしこれで長が考えを変えて、やっぱり他の場所に行くと言えば、レイは間違いなく後悔するだろう。
だがそれでも、こうして実際に尋ねないといけないとレイは思ったのだ。
「そうかもしれまんが、今は穢れの件がありますから。レイ殿だけに穢れの件を任せる訳にはいきません」
その説明にレイは納得する。
長の生真面目さを思えば、もしかしたら自分達がレイを穢れの件に巻き込んだと思っているのかもしれない。
実際には、レイとニールセンが穢れの関係者に襲撃されそうになっていたボブを助け、そのボブを匿う為に妖精郷まで連れて来たのが、今回の原因だったりするのだが。
もしレイがボブを見捨てるといった選択をしていれば、こうして穢れに悩まされることはなかっただろう。……代わりに、気が付いたら世界滅亡の危機どころか、いきなり世界が滅亡していた可能性もあったが。
そういう意味では、レイとニールセンが半ば成り行きというか勢いで決めた選択は、文字通りの意味で世界を救うことになったのだ。
「そうか。そう言ってくれると助かるよ。けど、そうなると穢れの件が解決したら別の場所に妖精郷を移すのか?」
それは仕方がないことかもしれないが、残念でもある。
妖精達ともそれなりに友好的な関係を築けているし、雷蛇との戦いの最後でもそうだったように、レイが現在行動を共にしているニールセンの妖精魔法は、かなりの強さを持つ。
性格的に少し問題があるものの、客観的に見た場合はレイの方が明らかに問題があるだろう。
それでもレイにとってニールセンは頼りになる仲間だ。
そんなニールセンとも別れなければならないのは、レイにとっても非常に残念なことなのは間違いない。
レイはほぼ確定した未来として、穢れの件が終わったら妖精郷は移すことになり、妖精郷と繋がりを持ったダスカーが落胆するだろうと思っていたのだが……
「いえ、今のところその予定はありません」
予想外の言葉が長の口から出るのだった。