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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3364/3865

3364話

「さて……雷蛇をいつまでもこのままにはしておけないし、解体しないとな」


 結局レイは、雷蛇に食われた妖精の死体の件や、魔石の件を考えて雷蛇についてギルドに報告しないことにした。

 もしこの雷蛇が一匹だけの存在なら、もうこの先に冒険者が雷蛇と接触する心配はない。

 あるいは別の冒険者が雷蛇と遭遇するようなことがあった場合、その時は初めて雷蛇についてギルドに報告されるだろう。

 ……もっとも、雷蛇はランクAモンスターなのは間違いない。

 それもただのランクAモンスターではなく、その中でも中位……もしかしたら上位に手が掛かっているのではないかと思えるくらいの強さを持っていた。

 精鋭が揃っているギルムの冒険者とはいえ、もしレイが戦ったのとは別の雷蛇と遭遇した場合、その冒険者が生き残るのは難しいだろう。

 そういう意味では、レイがこの雷蛇についてギルドに報告しないのは一種の背信行為なのかもしれないが……


(冒険者である以上、それもギルムで冒険者として活動する以上、高ランクモンスターと遭遇する危険は十分に理解している筈だ)


 辺境のギルムにおいては、それこそどこでも高ランクモンスターと遭遇する危険はある。

 実際、レイも雷蛇以外にトレントの森で翼を持つ豹という、ランクBモンスターだろう存在と遭遇したことがあった。

 ただし、それでもランクAモンスターと遭遇するのはかなり珍しいが。

 ただ、珍しいのであって絶対にないという訳ではない。

 それが辺境なのだから。


「レイ、この雷蛇を解体するの? 手伝いはいる? いるならボブを呼んで来るけど」


 尻尾、下半身、上半身と頭部という三つに切断された雷蛇の死体を見ていたレイに、ニールセンがそう尋ねる。

 自分で手伝うのではなくボブを呼んで来るというところにニールセンの性格が表れていた。

 とはいえ、今日に限っては不満に思うことはない。

 雷蛇との戦いの最後、長とニールセンにより雷蛇の動きが封じられていなければ、戦いが長引いただろう。

 最終的にはレイの勝利で終わっただろうが、妖精郷の被害が大きくなった筈だった。

 そう思えば、もう瀕死に近いダメージを負っていたとはいえ、それでも雷蛇の動きを妖精魔法によって止めたニールセンには感謝しかない。

 そして長と同じく、妖精魔法によって魔力を限界まで使っているのは間違いない。


「そうだな。頼む。……というか、ボブは無事なのか?」


 ボブの件について、今更ながら尋ねる。

 妖精郷に入った時は既に空には雷蛇がいた。

 それから即座に雷蛇との戦闘になった以上、ボブについて心配している暇がなかったというのが正直なところだ。

 狼や妖精の死体を見たことから、それらの心配はしたのだが。


「他の妖精に聞いたところだと、安心みたいよ。雷蛇が襲ってきた時に、ボブの側にいた妖精達が急いで隠れさせたみたい」


 一体どこに?

 そう思わないでもなかったが、取りあえず今はボブが生きているということを知って安堵する。

 ボブは穢れに狙われている人物だ。

 それだけに、雷蛇の襲撃で殺されなかったのは、レイにとっても安堵出来る要因だった。


(もしかして、雷蛇の襲撃が実は穢れの関係者の仕業ということは……ないか)


 ふと思い浮かんだ考えだったが、レイはすぐにそれを否定する。

 穢れの関係者はそもそも妖精郷の場所を把握していなかった。

 あるいは穢れの関係者が見つけられず、雷蛇が妖精郷の存在を把握しても、穢れの関係者にとって妖精は……正確には妖精の心臓は長年求めていたものだ。

 だというのに、雷蛇は妖精を捕らえるのではなく喰い殺したのだ。

 雷蛇の体内に妖精を捕らえるという意味で飲み込んだという可能性は、狼の死体が消化され掛かっていたことを考えるとまずないだろう。


「それで、ボブはどうするの? 呼んで来る? 解体をするのなら、ボブがいた方がいいんじゃない?」

「いや、その必要はない。これがあるしな」


 そう言い、レイがミスティリングから取りだしたのは一刺しで解体を完了することが出来る、ドワイトナイフ。

 このような巨大なモンスターの解体をする時には非常に役立つマジックアイテムだった。


「あ、そう言えば」


 素で忘れていたのか、それとも魔力を限界近くまで振り絞った疲れからか、ニールセンはドワイトナイフについては完全に忘れていたらしい。


「そんな訳で雷蛇を解体するから……」

「レイ殿、少しよろしいでしょうか?」


 雷蛇を解体するから、邪魔にならないようにしてくれ。

 そう言おうとしたレイに、そう声が掛けられる。


「長?」


 この状況で一体何故長がそのように声を掛けてきたのか。

 そんな疑問の視線を向けるレイに、長は落ち着いた様子で口を開く。


「この雷蛇というモンスターの存在は、妖精郷にとって危機でした」


 長の言葉は大袈裟でも何でもない。

 妖精郷において最強の存在である長は、雷蛇によって殺される妖精達を何とか生き延びさせようとしていた。

 長の後継者と目されるニールセンは、レイと一緒に行動しているのでそもそも妖精郷にいなかったし、もし妖精郷にいてもニールセンの力で雷蛇を倒すのは勿論、撃退するのも難しかっただろう。

 そして長とその後継者と目されるニールセンが駄目な以上、妖精郷に存在する者達で雷蛇を倒したり、撃退したりするのは不可能。

 出来るのは、精々が妖精達が四方八方に逃げ出して、少しでも被害を抑えることだろう。

 レイとセトが来たからこそ、現在の妖精郷はこうしてまだ存在しているのだ。

 そういう意味では、長が言う妖精郷にとっての危機だったという話はこれ以上ない真実だった。


(これ、長が辺境にいると危険だからって、別の場所に行ったりしたらどうなるんだろうな。ダスカー様にとっては完全に予想外だと思うけど)


 ダスカーが妖精郷と少しでも親しい関係になりたいと考えているのは、穢れの対策もそうだが、何よりも妖精郷という存在が政治的なカードになるからだ。

 妖精の作るマジックアイテムもそうだし、妖精そのものも同様に。

 そんなダスカーにしてみれば、危険なモンスターが存在するから妖精郷を移すと言われればたまったものではない。

 それこそランクAモンスターにも対処出来る護衛を妖精郷に置かせて欲しいと言ってもおかしくはなかった。


「それで? 妖精郷の危機だったのは分かったけど、どうするんだ?」

「妖精郷の危機である雷蛇を倒したレイ殿が、その雷蛇を解体する光景を妖精郷にいる者達にも見せたいのです」

「なるほど」


 レイは長の言葉を聞いて納得した。

 長にしてみれば、目に見える形で雷蛇が解体される光景を見せることで妖精郷にいる者達を安心させようというのだろう。


「分かった。俺はそれで構わない。……ただ、雷蛇の素材とかは俺が貰うけど、構わないか?」

「出来れば鱗が少し欲しいのですが。妖精郷を救ってくれたレイ殿にこのようにお願いするのはどうかと思いますけど」

「いや、それくらいなら構わない」


 究極的に、レイとしては雷蛇の素材で欲しいのは魔石だけだ。

 ランクAモンスターである以上、肉も美味いのは間違いなく、そういう意味では肉も欲しいし、セトのファイアブレスでも軽く焦げるだけで、黄昏の槍の投擲でも身体を貫くことは出来ず、刺さるだけだった鱗は、色々と使い道もあると思う。

 だが、究極的にどの素材が一番重要なのかと言われれば、それはやはり魔石なのだ。

 それこそ魔石がレイの所有物になるのなら、他の素材や肉は全て渡しても構わないと思う程に。

 ……もっとも、長は鱗が少し欲しいというだけで、それ以外の素材は魔石も込めてレイに渡してもいいと思っていたが。

 長にしてみれば、自分は最後の最後……本当に最後になって、それでようやく戦いに参加出来たのだ。

 そうである以上、素材についてはその大半をレイが貰うということで問題はないと思っていた。


「あ、じゃあその……私は肉が欲しいかなって。勿論私だけじゃなくて、妖精郷にいる全員で雷蛇の肉を食べたいんだけど。どうかな?」

「ニールセン!」


 長にしてみれば、ニールセンも自分と同じく戦いには最後に参加しただけだ。

 それも長とニールセンで雷蛇の動きを止めたものの、その割合は七割から八割が長の念動力によるもので、ニールセンの妖精魔法によって生み出された植物が動きを止める役割を果たしたのはかなり少ない。

 ……もっとも、その少ない役割を出来たのもニールセンだからこそで、他の妖精達には到底出来なかったのだが。


「いや、いい。ニールセンの提案通りにしよう」


 ニールセンを怒ろうとした長だったが、その声に待ったを掛けたのはレイだった。


「レイ殿……いいんですか?」

「ああ。どうせなら俺達で雷蛇の肉を食べて、死んだ連中を送ってやろう。狼や妖精達も、湿っぽくされるのは好きじゃないだろうし。いや、狼の方は分からないけどな」


 レイが知ってる狼は、セトを恐れて自分から姿を現すことはなかった。

 なので狼達の性格についてはレイも分からないが、レイの知ってる妖精達は湿っぽいのを嫌う筈だった。

 もっとも妖精というのもそれぞれ性格が違うので、それが絶対という訳ではないのだろうが。


「ありがとうございます」

「気にするな。……さて、そろそろ妖精達も集まってきたみたいだし、解体をするか。セト、ちょっと協力してくれ。切断された雷蛇の死体を一ヶ所に集めたいんだ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、周囲の様子を警戒していたセトは喉を鳴らし、レイが最初に切断した雷蛇の尻尾……数m程の場所で切断された尻尾を上半身のある場所にクチバシで皮を咥えて引っ張っていく。

 レイもまた、尻尾以外の下半身の部分を引っ張ろうとし……


「そのくらいなら、私に任せて下さい」


 そう言い、長が軽く手を振ると雷蛇の下半身は空中に浮き上がり、上半身のある場所まで移動する。


「凄いな」


 長が念動力やサイコキネシスと呼ばれる超能力の類を使えるのは、レイも知っていた。

 だがこうして目の前で蛇の下半身が空中に浮かぶのを見ると、素直に凄いと思う。

 同時に、それなら何故雷蛇を押さえつけるのが難しかったのかと疑問に思い……同時に一つのことに気が付く。


「って、ちょっと待った。長はまず魔力の回復が最優先だろう? なのにこんなことをしたら」


 そうレイが口にした時、既に雷蛇の下半身は上半身のある場所まで移動を終えていた。


「気にしないで下さい。魔力の消費はこの程度なら誤差ですよ。……雷蛇が生きている時は出来ませんでしたが」

「分かった。けど、長はまず魔力の回復を最優先に考えてくれ。穢れの件を考えると、心配だし」


 取りあえず長の魔力がある程度回復するまでは、穢れの関係者の拠点の奇襲は難しいだろうとレイは思う。

 実際にどのくらいで長の魔力が回復するのかはレイにも分からなかったが。

 せめてもの救いは、そこまで長い間ではないということだろう。


「さて、じゃあ解体をするか」


 レイが手に持つのは、ミスティリングから取り出した緑の刀身を持つドワイトナイフ。

 そのナイフの切っ先が向けられたのは、上半身……その中でも、セトのアシッドブレスによって大きなダメージを受けている切断面だ。

 このドワイトナイフの特徴として、ナイフを刺してから魔力を流すことで効果が発揮する。

 それはつまり、ナイフが刺さらなければ効果が発揮されたないということを意味していた。

 そして雷蛇の鱗は非常に硬い。

 セトのファイアブレスを使っても少し焦げるだけだし、レイの黄昏の槍の投擲でも雷蛇の身体を貫通出来ず、途中で止まったくらないのだから。

 鱗以外にも皮や肉、骨といった部位の防御力が高いというのもあるのだろう。

 だがそれでも、雷蛇の鱗が相当の防御力をもつのは間違いない。

 レイの力や技量があれば、鱗にもドワイトナイフの切っ先を突き立てることは出来るかもしれない。

 しかし、場合によっては切っ先が欠けるというとになる可能性もある以上、最初からそうならない場所にドワイトナイフを突き刺せるのなら、そうした方がいい。

 雷蛇の上半身のアシッドブレスによって切断面が切断面と分からなくなった場所に、ドワイトナイフを突き刺し、魔力を注ぎ込むと同時に周囲が眩く輝く。

 ドワイトナイフは注ぎ込まれた魔力の量や質によって解体の精度が決まる。

 弱い魔力しか流せなければ、ドワイトナイフが発動しても大雑把な解体になる。

 だが、それがレイの持つ莫大な魔力であれば……綺麗に解体され、多少ではあるがレイの魔力によって解体された素材の質も上がるのだ。

 このドワイトナイフはレイがダスカーから諸々の報酬の一つとして貰ったマジックアイテムだったが、こういう時は非常に便利な代物だった。

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