3363話
カクヨムにて5話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16817139555994570519
また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
多連斬によって攻撃された頭部は、原形を留めていない。
そこまでやって、ようやく雷蛇を倒すことに成功したのだ。
レイは倒した雷蛇の死体を眺めている。
セトはまた雷蛇のようなモンスターが襲撃してきた時に備えているのか、周囲を警戒している。
(出来れば頭部は残しておきたかったんだけどな)
雷蛇はレイも知らないランクAモンスターだ。
……実際にはレイにとっても未知のモンスターである以上、本当にランクAモンスターなのかどうかまでは分からない。
分からないが、それでもレイが戦った経験からするとランクAモンスターと評するのに相応しい強さを持っていた。
そうである以上、この雷蛇をギルドに持ち込み、新しいランクAモンスターとして報告をするべきだし、レイもそうした方がいいと思う。
思うのだが、下半身は上半身だけではなく尻尾の先端も切断されており、上半身も内部はセトのアシッドブレスによって大きな被害を受け、頭部も多連斬によって原形を留めていない有様だ。
レイが倒したモンスターの中でも、ここまで損害の大きなものは珍しい。
……もっとも、ゴブリンを相手にする場合は肉片も残さずに消滅させたりするのも珍しくはないのだが。
それでも一応残っている部位から、蛇型のモンスターであるというのは理解出来るので、取りあえず問題はないだろう。ない筈。ないといいなぁ……とレイは自分に言い聞かせる。
後半になるにつれ、次第にその言い聞かせる言葉は弱くなっていったが。
「レイ殿、今回は助かりました」
雷蛇の頭部を見ていたレイに、そう声が掛けられる。
聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには長がニールセンを引き連れて浮かんでいた。
「いや、来るのが遅くなってしまった。もう少し早くきていれば、被害はもっと少なかったんだろうが」
レイの言葉に、長は首を横に振る。
いつもの冷静さによって無理矢理感情を剥き出しにするのを抑えている様子なのはレイにも理解出来た。
「いえ、それなら私がもっと早くニールセンに連絡をすればよかったのです。ですが、突然のことで妖精の皆を守る必要があり……それでも守れない者がいましたが」
「長!」
長の言葉が言い終わるかどうかといったところで、ニールセンの声が響く。
驚きに満ちたその声に、長は……いや、レイも視線を向ける。
自分が話している途中で一体何をと、長はニールセンを叱りつけようとするが……その目で見た光景に、驚きを露わにする。
何故なら、雷蛇の下半身……レイが多連斬で切断した切断面から、数人の妖精が姿を現したのだ。
「うえええ……助かったのはいいけど、これは……」
「ちょっと待ってよ。待ってってば……もう、羽根が……」
「血塗れ……狼達には感謝しないといけないのは分かってるけど、これは……」
そんな言葉と共に、よろよろと……それこそ酔っ払いの千鳥足ならぬ千鳥羽根とでも呼ぶべき飛び方で妖精達が姿を現す。
「貴方達……一体何故……?」
その妖精達の出て来たところを思えば、雷蛇に食われた妖精なのは間違いない。
だが、まさか生きて姿を現すというのは、長にとって……いや、長だけではなくレイも含めた他の者達にとっても完全に予想外だった。
「あ、長。えっとその……生き残った私達は狼の死体の身体の中に隠れてたんです。それで何とか……」
妖精というのは基本的に掌程度の大きさだ。
それだけに、雷蛇に食われた妖精達も牙によって噛み千切られない個体もいたのだろう。
幸運にも雷蛇の牙から逃れることが出来た妖精達は狼の死体の中に潜り込み、消化液から逃れることが出来た。
勿論、全ての妖精が生き残った訳ではないが、それでも雷蛇に喰い殺されたと思われていた妖精が生きていたのは、長やニールセン、そしてレイやセトにとっても喜ばしいことだった。
「よく生き残りましたね」
長が感情を押し殺した様子で、そう言う。
そんな様子を見ていたレイだったが、もしかしたら自分やセトが雷蛇を攻撃したことによって、妖精が死んでしまったのではないかと思えた。
レイの様子に気が付いたのだろう。長はレイに向けて口を開く。
「もしレイ殿がいなければ、そもそも妖精郷は壊滅していたかもしれません。そうである以上、レイ殿を責める者などいないでしょう。それに……そもそも、あのような方法で生き残ることが出来たのは、他にいるとも思えませんから」
「そうか? けど、もし俺と雷蛇の戦いの中で……いや、そうだな。そう思っておいた方がいいか」
これが、もしレイに敵対的な相手であれば、戦いの中で巻き込まれて死んでもレイは全く気にしないだろう。
しかし、妖精達は敵ではない。
多少の悪戯をしたりはするが、それでもレイに友好的な存在だったのだ。
そのような者達を戦いに巻き込んでしまったと考えれば、レイにも色々と思うことがある。
「あ、えっと……その、レイ。多分だけど、あの巨大な蛇……雷蛇っていうの? その雷蛇の身体の中で生き残っていたのは私達だけだと思うわよ? そんなに都合良く雷蛇の体内で身体を守る何かを見つけるのは難しかったし」
助かった妖精の一人がレイに向かってそう言う。
その言葉が正しいのかどうか、レイは分からない。
ただ妖精の性格を考えれば、恐らく……本当に恐らくだが嘘ではないように思えた。
「そうか。……そうか」
同じ言葉を二回繰り返し、レイは大きく息を吐く。
自分やセトが妖精を殺すことはなかった。
そう思っての言葉。
(とはいえ、雷蛇の体内には恐らく妖精の死体が残ってるんだよな。だとすれば、雷蛇をギルドに持っていくのは不味いか?)
レイは最初雷蛇の死体をギルドに持っていくつもりだった。
新種のランクAモンスターだと判断したのだから、それはおかしなことではない。
だが、ギルド職員達が雷蛇を調べた場合、その体内に妖精の死体が残っている可能性は十分にあった。
切断面から見えている狼の死体を見る限り、その大半がもう溶けてしまっている。
そうなると妖精のような掌くらいの大きさしかなければ、とっくに消化されて溶けてしまっていてもおかしくはなかった。
だが……それはあくまでも予想であって、本当に妖精の死体が全て溶けているのかどうかは分からない。
もしかしたら、何らかの理由で妖精の死体は溶け残っていたり、それどころか殆ど溶けてない死体が見つかる可能性は十分にあった。
一応妖精の件はギルドの上層部は知ってる筈だったが、ギルド職員全てが知ってる訳ではない。
そうである以上、もし妖精のことを知らないギルド職員が溶け残っていった妖精の死体を見つけたら……大きな騒動になるのは間違いないだろう。
(となると、雷蛇の調査はギルド職員の中でも事情を知ってる奴だけに任せるとか? ……そうなるとそうなったで、いつ終わるのかということになるか)
これで雷蛇がもっと小さいモンスターなら、数人で調査も出来る。
だが雷蛇の大きさを考えると、数人で調査をするのは非常に難しい。
なら、いっそのこと雷蛇はギルドに持ち込まない方がいいのかとレイは悩む。
雷蛇についての情報をギルドが知らないままになるというのは難点だったが、それでも妖精の件や……それ以外にも魔石についても話さなくてもいい。
雷蛇という新種のランクAモンスターを倒したのなら、ギルドはその魔石について調べさせて欲しいと言ってきてもおかしくはない。
実際、ランクSモンスターのクリスタルドラゴンの魔石についても、それなりの時間ギルドに預けておき、その時魔石について調べていた筈だった。
つまり、場合によっては雷蛇の魔石を使えるのは暫く先……クリスタルドラゴン程ではないにしろ、結構な時間が必要となる可能性があった。
また、話はそれだけではない。
もし魔石を調べた後でレイが返して貰ったとして、後日何らかの理由でまた魔石を見せて欲しいと言われかねない。
これがレイでなければ、魔石は売るなり、マジックアイテムに使ったりなりといったように誤魔化せるかもしれないが、残念ながらレイは魔石を集めるのを趣味としていると公言している。
そうである以上、レイからまた魔石を借りるといった選択肢がギルドには存在するが、実際には雷蛇の魔石は既に魔獣術に使ってしまった後となる。
(そうなると、クリスタルドラゴンの魔石に関しても……けど、クリスタルドラゴンの魔石を使わないという選択肢はなかったしな。もう、いっそ魔石を集める趣味があるという設定はやめた方がいいか?)
クリスタルドラゴンや雷蛇……それ以外にも少し前に使った魔の森で倒した高ランクモンスターの魔石は、非常に貴重な物だ。
再度それを入手しようとしても、そう簡単にはいかないだろう。
……レイの場合は、セトに乗って魔の森に向かえばそれなりに稼げそうな気もするが。
ただ、魔の森に棲息するモンスターは高ランクモンスターになるとクリスタルドラゴンのようなランクSモンスターもいて、そう気軽に行ける場所ではないのも事実。
「取りあえず……長、雷蛇によって破壊された妖精郷だけど、どのくらいで直せると思う?」
レイは雷蛇の中から妖精が出て来たことで感動したのか、動きを止めていた長に尋ねる。
長はレイの言葉で我に返り、その言葉に答えるべく周囲の様子を見て口を開く。
「そうですね。完全に元通りになるのは数年が掛かるでしょうが、戦闘の痕跡が消えるという意味でなら数日かと」
「……数日? え? 本当か?」
もしかしたら聞き間違えたのではないかと思い、レイは改めて長に尋ねる。
だが、長はレイの言葉にいつもの冷静さを取り戻した様子で口を開く。
「はい、本当です。もっとも、あくまでも戦闘で荒れた大地を元に戻し、植物をある程度生やすことが出来るといった程度ですが。雷蛇によって折られた木々は……どうしてもある程度の年月が必要となります」
「いや、それでも十分に凄いと思う」
妖精が寝るのに使っていたような木は、一年かそこらでそこまで生長するものではない。
十年、二十年……場合によっては数百年もの間生長を続ける木もある。
そちらに関しては、どうしようもないというのはレイにも分かるが、それ以外の面で大丈夫なら、それはレイにとっても助かる。
「ですが、春にはまたギルムから人が来るのでは? その時、前回来た時に生えていた木々がなくなっていれば、何かあったのかと疑問に思ってもおかしくはないかと」
「それは……そうだな。否定は出来ない。なら、妖精郷の外に生えている木々を移植するか?」
木々がないのなら、ある場所から持ってくればいい。
そういう考えで言うレイに、長も頷く。
「そうですね。冬になったとはいえ、まだ雪はそれ程降ってません。今のうちなら何とかなるかもしれませんが……レイ殿、申し訳ありません」
「何だ、突然?」
話の途中でいきなり謝罪をする長。
レイにしてみれば、一体何故長から謝られるのか分からず、そう尋ねる。
そんなレイに対し、改めて口を開く。
「雷蛇の襲撃の際、他の妖精達を守る為に魔力を限界近くまで使ってしまいました。最低限の魔力が回復するまで……具体的には明日か明後日くらいでしょうが、それまではトレントの森に穢れが現れても察知出来ません」
「それは……」
レイは何故長が謝ったのかを理解する。
現在のトレントの森とその周辺において、長の魔力によって穢れが転移してきたのを察知することは、穢れと戦う上で生命線に近い。
穢れが転移という能力で送り込まれてくる以上、トレントの森の周辺を幾ら警戒しても意味はない。
「せめてもの救いは、ブルーメタルやミスリルの釘があることだな。……それとボブとの一件とか」
ブルーメタルは穢れを寄せ付けないし、もし穢れと遭遇してもミスリルの釘があれば穢れを捕らえることが出来る。
そういう意味では、以前と比べるとトレントの森……特に野営地や生誕の塔は安全になったのは間違いない。間違いないのだが……
(問題なのは、何でもない場所に穢れが出てきた場合だよな)
穢れは触れた存在を黒い塵にして吸収する。
そして特定の方法……現在判明してる限りでは、レイの炎の魔法、エレーナの竜言語魔法、ヴィヘラの改良された浸魔掌、ミスリルの釘で捕らえて餓死させるという方法でしか倒せない。
そのような中で長の探知能力が使えないというのは、レイにとって非常に問題だった。
(明後日、魔力が回復したらトレントの森の半分くらいが消えていたとかならないといいけど)
そんな風に思いながら、レイは妖精達を守る為だったのだから仕方がないと長を慰めるのだった。