3362話
レイの放った多連斬によって、雷蛇はその胴体を真っ二つに切断される。
……いや、その表現は正確ではないだろう。
多連斬によって放たれた二十一回のデスサイズの斬撃は、雷蛇の胴体の中央部分を切断しただけではなく、切断された場所を中心にミンチと呼ぶに近い状態にまでしていたのだ。
地面に着地したレイは、デスサイズを一振りしてその刃に付着している血肉を払い、残っていたマジックシールドを解除すると、大きく息を吐く。
「何とかなった、か」
呟きつつ、レイは周囲を見る。
そこにあるのは、レイの知ってる妖精郷ではない。
多くの木々が薙ぎ払われ、サンダーブレスによって黒焦げになり……そしてようやく土煙が晴れると、戦いの前に見た……いや、それ以上の数の狼の死体が地面に転がっている。
そんな狼の死体に隠れるようにして、妖精の死体も見える。
雷蛇によって、一体どれだけの死がこの妖精郷に撒き散らかされたのか。
「グルルゥ」
そうやって周囲の様子を見ていたレイの側に、空から降りてきたセトが並ぶ。
セトの口から出るのは、残念そうな声。
セトにとっても、妖精郷は楽しく遊べる場所だった。
そこに雷蛇のような強力なモンスターが出たのだから、そのことを残念に思わない筈もない。
(せめてもの救い……本当にせめてもの救いは、この雷蛇がギルムに行かなかったことか)
ギルムには高ランク冒険者や異名持ち冒険者がかなりの数いる。
もし雷蛇がギルムを襲っていれば、雷蛇が死んだのは間違いないだろう。
だが同時に、ギルムには雷蛇に対抗出来ない民間人が多数いるのも事実。
雷蛇がギルムを襲っていたら、最終的に雷蛇が死ぬのは間違いないが、一体どれくらいの死人が出ていたか分からない。
そして死人だけではなく、建物の破壊も。
「ともあれ、倒せたんだし……」
そう言いながら、雷蛇の頭部の少し後ろに突き刺さっている黄昏の槍を手元に戻そうとした、その時。
ゾクリ、背筋が冷たくなり、レイは半ば反射的に後方に跳躍していた。
「グルゥ!」
そんなレイの行動を察した……もしく本能的に今の状態を察したセトが、鋭く鳴き声を上げる。
「シャギャアアアア!」
「嘘だろ!」
上半身……蛇にこのような表現が相応しいのかどうかレイは分からなかったが、とにかく胴体を半ば程で切断されたにも関わらず、雷蛇はまだ生きていた。
それも死んだ振りをして、レイやセトが自分の近くに来るまで待つという周到さを持ちながら。
ガチン、と。
一瞬前までレイの身体のあった場所を、雷蛇の牙が通りすぎる。
レイにとって幸運だったのは、まだ生きているとはいえ雷蛇が致命的なダメージを負ったのは間違いなく、サンダーブレスを使えなかったことだろう。
その為、噛みつくといった攻撃方法しか出来ず、レイは後方に跳躍することでその一撃を回避することが出来た。
地面に着地すると同時に、デスサイズの石突きを地面に突き立て、着地した場所から後方に下がるのを防ぎ……
「地形操作!」
その動きをそのまま利用し、デスサイズの地形操作を使用する。
地面が盛り上がり、その一撃が半ば打撃のような形で雷蛇の上半身を上空に持っていく。
「シャギャアアアア!」
雷蛇は突然のことに一体何が起きたのか分からず、混乱の声を上げる。
レイは雷蛇の身体が地面に持ち上げられるのを見つつ、すぐ次の行動に移れるようにし……盛り上がった地面が十mに達したところで、レイはすぐにその地面を元に戻す。
結果として、盛り上がった大地によって上空に打ち上げられる形となった雷蛇の上半身は自分の身体を支えるものが何もなく、地上に向かって降下していく。
サンダーブレスを使えなくなったのと同様に、上半身だけとなったことで空を飛ぶことも不可能になったのだろう。
あるいは今は無理でもダメージが回復すればまた空を飛べるのかもしれないが。
「セト!」
レイの声にセトは空から落ちてくる雷蛇を見る。
「グルルルゥ!」
衝撃の魔眼を発動。
その威力はそこまで強くはないものの、セトにしてみれば衝撃の魔眼はダメージを与える為ではなく、雷蛇が周囲の状況を認識出来なくする為に使ったスキルだ。
実際、衝撃の魔眼は使えば即座に効果を発揮するという意味で、今のセトのような使い方は正しいのだろう。
レイは衝撃の魔眼によって周囲の状況を確認出来なくなった雷蛇に向かい、左手で黄昏の槍を投擲する。
放たれた黄昏の槍は、今までと同じく雷蛇の上半身に突き刺さるが……これもまた同じく、その身体を貫くことは出来ない。
(駄目か)
レイとしては、雷蛇は既に瀕死に近い状態だけに、防御力も落ちているのではないかと思ったのだが。
魔力によって空を飛んでいた以上、セトのファイアブレスでも鱗が少し焦げる程度のダメージなのは、魔力を使って鱗を強化しているのではないかと。
だが、黄昏の槍の投擲が同じ効果しかもたらさなかったということは、雷蛇の持つ高い防御力は魔力云々は関係のない素のものだったということなのだろう。
「なら……セト、遠距離攻撃をして雷蛇の注意を逸らしてくれ!」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは即座にスキルを発動する。
水球が、風の矢が、氷の矢が、岩の矢がそれぞれ連続して放たれる。
ブレスを使わなかったのは、最初に使ったファイアブレスの効果が殆どなかったからだろう。
普通の冒険者のパーティなら即座に全滅してもおかしくない、それだけの攻撃が一気に雷蛇に向かって叩き付けられる。
レイはそんな様子を見つつ、黄昏の槍を手元に戻しながら雷蛇の隙を狙う。
身体中を滅多打ちにされながらも、雷蛇の視線はレイから外れることはない。
出来ればセトの攻撃を鬱陶しいと思って雷蛇の注意がセトに向いてくれるとレイにとってはありがたかったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
(黄昏の槍の攻撃ではダメージを与えるけど致命傷にならない。飛斬も無理。……そうなると、やはり地面に落ちてきてからだな。また王の威圧を使って貰うか?)
どう倒すべきか。
そう考えていたレイだったが……
「レイ殿、お手伝いします」
その言葉と同時に、地上に向かって落下していた雷蛇の動きが急加速し……轟音を立て、地面を揺らしながら地面に叩き付けられた。
地面に戻った以上、当然ながら雷蛇が暴れてもおかしくはない。
だが、雷蛇は地面に落ちた瞬間から一切動けなくなってしまう。
誰がそれをやったのか……それはレイにも先程の声から理解が出来た。
「長!」
「私だけではありません!」
「えーい!」
長の言葉と前後するように、こちらもまた聞き覚えのある声が響き、同時に長の念力によって動けなくなっている雷蛇の身体に地面から生えた何本もの植物が巻き付き、動きを封じていく。
「レイ、セト、やっちゃって!」
妖精魔法によって雷蛇の動きを封じたニールセンの言葉に、レイは鋭く反応する。
「セト!」
「グルルルゥ!」
レイの言葉を聞き、セトはレイと共に雷蛇に向かって走り出す。
「これで決める! パワースラッシュ!」
デスサイズのスキルの一つ、パワースラッシュ。
それは斬撃の鋭さよりも純粋に一撃の威力だけを追及したスキル。
一撃の威力の強さの代償として、デスサイズを握るレイが上手い具合に反動を逃がさなければ手首に大きなダメージを受けるというリスクの高いスキルだった。
……そう。だった、だ。
レベル五に達したことによって、パワースラッシュの反動はなくなり、レイも以前までとちがって気軽にそのスキルを使えるようになっていた。
その強力なスキルを食らった雷蛇は、長とニールセンによって動きを封じられているにも関わらず、大きくその身体が揺れる。
長とニールセンの力を超える一撃が放たれた証だった。
セトはそんなレイの援護をすべく、少し離れて動けない雷蛇に向かう。
「グルルルルゥ!」
そうして動いている時も、セトが大人しくしている訳ではない。
雷蛇との間合いを詰めながら、セトは衝撃の魔眼を連続して発動する。
一撃の威力は低いし、高い防御力を持つ雷蛇にダメージを与えることは不可能。
だが、それでもレイに向ける雷蛇の意識を少しでも逸らす為に衝撃の魔眼を使い続け……
「グルルルルルゥ!」
十分に間合いを詰めたところで、次にセトが使ったのはパワークラッシュ。
先程放たれたレイのパワースラッシュよりも遙かに大きく雷蛇の身体が揺れる。
「ちょっ、ちょっと! もっと違うスキルにしてよ! このままだと抑えきれない!」
パワークラッシュの一撃によって大きく揺れた雷蛇の動きによって、その身体を覆っていた植物の半分近くが千切れる。
それでもニールセンは急いで新たに植物を生み出し、雷蛇の身体を封じながら叫ぶ。
「ペネトレイト!」
ニールセンの言葉を聞き、レイは右手の中でデスサイズを半回転させると石突きを雷蛇に向かって放つ。
貫通力に特化したその一撃は、雷蛇の鱗や皮を容易に破り、肉を、そして骨をも貫く。
同時にレベル五に達したことで付与された螺旋の回転がデスサイズの石突きが突き刺さった周辺の肉を削り取る。
スキルの発動が終わったところで、左手の黄昏の槍を雷蛇の身体に突き刺し、その反動を使ってデスサイズの石突きを抜き、同時に黄昏の槍の穂先で雷蛇の身体を上に斬り裂きながら取り出す。
そこまでしても、レイの攻撃はまだ終わらない。
「地中転移斬!」
スキルを発動しつつ、レイは雷蛇から引き抜き、半回転させたデスサイズの刃を地面に潜らせる。
地中に潜ったデスサイズの刃は、地面を切断したり吹き飛ばしたりせず、まるで水中に刃を突き入れたかのように地面に沈み……
斬、と。
レイがデスサイズを半回転させた勢いのまま、地中を転移したデスサイズは雷蛇の身体の地面に触れている場所を斬り裂く。
そこまでの攻撃の時点で、既に雷蛇の目には憎悪よりも恐怖が、そして恐れ……いや、畏れが浮かんでいた。
身体を切断され、長とニールセンの力によって動けなくされ、レイとセトの攻撃を食らっているのだから無理もない。
「グルルルルルルゥ!」
セトがレイの邪魔にならない場所……多連斬によって胴体を真っ二つに切断されその切断面に向かって、アシッドブレスを放つ。
幾つか覚えているセトのブレス系の攻撃は、一番レベルの高いファイアブレスですら、鱗を少し焦げさせるだけだった。
それはつまり、雷蛇の持つ鱗の高い防御力にはセトのブレス系の攻撃は通用しないということを意味している。
だが……それはあくまでも鱗ありきの話だ。
もし鱗の強靱な防御力がない場所……胴体を切断された、その切断面に向かって放たれれば、防げる筈もない。
ファイアブレスではなくアシッドブレスを放ったのは、離れた場所にいるレイに被害を与えない為か。もしくは地上だけに妖精郷に生えている木々が燃えないように配慮したのか。
ともあれ、身体の切断面からアシッドブレスによって溶かされる痛みと恐怖は一体どれだけのものなのか。
そのようなこともあり、雷蛇はもう自分が助からないと半ば悟っていたのだろう。
あるいは長とニールセンがいなければ、身体を自由に動かすことが出来て上半身のみでもこの場から脱出出来たかもしれない。
もしくは、レイによって身体切断されていなければ長やニールセンの拘束を無理矢理引き千切って脱出することも出来た可能性がある。
だが、それも今はもう出来ない。
今の雷蛇に出来るのは、自分が死ぬのを大人しく待つだけだ。
そんな雷蛇の様子はレイにも理解出来た。
理解は出来たが、だからといって同情するようなことはない。
レイやセト、長、ニールセンといった者達から集中攻撃をされたという意味では、多数で一匹を攻撃したということで、雷蛇が不利な状況になったのは間違いないだろう。
だが、そもそも雷蛇が妖精郷に攻撃をしてこなければこのようなことにはならなかったし、雷蛇によって妖精郷を守る狼や妖精が多数喰い殺されているのだ。
そういう意味では、この結果は雷蛇にとって自業自得。もしくは戦いの結果でもあるだろう。
自分だけが一方的に相手を殺すではなく、戦いである以上は自分も殺される危険がある。
だからこそレイは戦いに挑む時は油断しないようにしているし、何かあっても即座に対処出来るよう、常に準備を整えている。……もっとも、何かあってもレイの場合はセトがいるので、ある程度安心出来るのだが。
(とはいえ、いつまでも無理矢理生を延ばすのはどうかと思うし……)
地中転移斬を放ち、手元に戻ったデスサイズを構え……そして、雷蛇を見る。
「じゃあな」
それだけを言い、レイはデスサイズを振るう。
「多連斬!」
放たれたのは、雷蛇の胴体を切断したのと同じ技。
その技が、今度は雷蛇の頭部に向かって放たれ……そして、雷蛇の生は終わるのだった。