3361話
斬、と。
レイが振るったデスサイズには間違いなく何かを斬った手応えがあった。
レイがいるのは土煙の中なので、目を瞑り、気配を察知しての一撃だ。
それだけに具体的に雷蛇のどの部位にダメージを与えたのかは分からないが、それでも間違いなく手応えはあった。
セトのファイアブレスを食らっても鱗が多少焦げるだけで、レイが黄昏の槍を投擲しても、身体に突き刺さりはするが貫くことは出来ない。
セトの、恐らくはパワーアタックを使ったと思しき一撃を食らっても、ダメージこそあるものの、肉片となって爆散したりせず、地面をのたうちまわる元気がある。
それだけの非常に高い防御力を持つ雷蛇だったが、デスサイズの一撃を防ぐことは出来なかったらしい。
デスサイズを握るレイの右手には、鱗や皮膚に弾かれたり、肉や骨によって途中で一撃が止められたりするようなことはなく、間違いなく対象を切断したという手応えがある。
それが具体的にどの部位なのかと言われれば、生憎とレイにも分からなかったが。
とはいえ、それでも雷蛇に大きなダメージを与えたのは間違いない事実。
「シャギャアアアアアアアアアアアアア!」
それを示すかのように、雷蛇の悲鳴にも似た声が周辺一帯に響き渡る。
妖精郷だけではなく、それこそ野営地や生誕の塔、湖といった場所までその雄叫びが聞こえていてもおかしくはないと思えるような、そんな声。
(致命傷とはいかなかったか)
その雄叫びと共に土煙の中で雷蛇がこれまでにない程に暴れ回っているのが気配で分かった。
雷蛇の動きによって周囲には今まで以上に土煙が舞っている。
もしレイの放った一撃が雷蛇にとって致命傷だった場合、ここまで元気に暴れるといったことは不可能だっただろう。
つまり、レイの一撃は雷蛇の身体を切断するような大きなダメージを与えたものの、それでも致命傷となる程のダメージではなかった。
(取りあえず土煙の中から脱出した方がいいな)
レイは気配を察知出来る能力を持っている。
しかし、この土煙の中で雷蛇のような巨大な敵を相手にするのは非常に厄介なものだった。
気配を感じてもその気配が大きいので、咄嗟に把握するのが難しいのだ。
だからこそ、レイは一度この土煙から出た方がいいだろうと判断する。
……とはいえ、雷蛇程の巨体を持つモンスターが必死になって暴れているのだ。
その土煙の範囲は一体どこまで広がっているのかレイには分からない。
そんな訳で、とにかくレイは雷蛇のいない場所に向けて走り出す。
「グルルルルゥ!」
土煙の中を走るレイは上から聞こえてきたセトの鳴き声を聞き取る。
その鳴き声でセトが何を考えているのかを理解したレイは、地面を蹴ってスレイプニルの靴を発動し、そのまま同じように何度か空中を蹴って土煙の中から出る。
空中を跳躍したまま素早く周囲を見れば、少し離れた場所にいるセトがレイに向かって飛んでくるところだった。
そしてレイは再度スレイプニルの靴を使って空中を蹴ると、セトの背中に乗る。
「グルゥ!」
安心したように、そして嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、レイと雷蛇が土煙の中にいるのを見て、一体どのようになっているのかが気になっていたのだろう。
これが土煙がなく、きちんと地上の様子を確認出来ていれば、レイの姿をしっかりと確認出来たのだろうが、土煙によって地上がどうなっているのか分からなかった。
それでもセトは鋭い五感を持つので、全く何も分からなかった訳ではないのだが。
レイが土煙の中から出た時、セトが側にいたのはそれが理由だ。
「悪いな、セト。……さて……」
両手にそれぞれデスサイズと黄昏の槍を手にしたまま、レイはセトに感謝の言葉を口にして地上の様子を見る。
未だに雷蛇が暴れているので、土煙が消えることはない。
それでも上空にいることで、土煙の中から飛び出す雷蛇の一部を見ることが出来る。
「尻尾側二mから三mくらいの場所……か? セト!」
「グルゥ!」
土煙の中で暴れている雷蛇の様子から、レイは恐らく自分が切断したのは尻尾から二mから三m程と予想する。
だが、その予想と同時に不意に土煙の中から雷蛇の頭部が現れたのを見て咄嗟に叫ぶ。
セトはレイの言葉に即時に反応し、翼を羽ばたかせながらその場から移動する。
次の瞬間、レイとセトがいた場所をサンダーブレスが貫く。
「面倒な」
消えていくサンダーブレスを見ながら、レイは呟く。
今の一撃は、雷蛇が空を飛ぶセトと、そのセトの背中に乗っていたレイを狙った一撃だったと判断した為だ。
(だとすれば、土煙の中で暴れていたのも演技か? ……演技か)
演技なのかもしれないというレイの疑問は、土煙の中から出て来た雷蛇を見て解決する。
もっとも全てが完全に演技だったという訳でもないのだろう。
それを示すように、雷蛇の尻尾は切断され、胴体にはセトのパワーアタックでつけられたと思しき傷がある。
デスサイズの一撃によって切断された尻尾と違い、セトのパワーアタックによる一撃は、鱗を剥ぎ、皮を破き、肉を抉っている。
骨がどうなっているのかまではレイには確認出来なかったが、それでも雷蛇に大きなダメージを与えたのは間違いない。
「あのサンダーブレスが邪魔だな」
遠距離から攻撃出来て、近くで受ければ回避が難しいのがサンダーブレスだ。
セトのファイアブレスは威力が高いものの、ブレスの速度そのものはそこまで速くはない。
だが、雷蛇のサンダーブレスはその名の通り雷速。
見てから避けるのは難しく、予想して避けるしかない威力を持つ。
そんなサンダーブレスだけに、レイやセトでも楽に対処出来る訳ではない。
ましてや、例えばこれがセトの持つレベル一のサンダーブレスならともかく、雷蛇というランクAモンスターの放つサンダーブレスなのだから。
「セト……かなり無茶をする必要がある。それでもこれ以上あの雷蛇を妖精郷で好き勝手にさせる訳にはいかない」
レイとセトが来てから、妖精郷の者達に被害は出ていない。
絶対ではなく、恐らくとしかレイも言えなかったが。
だが、レイ達が来るまでの間に妖精郷の妖精や霧の空間を守っている狼達が受けた被害は大きい。
そしてレイとセトが来てから命は奪われていないものの、雷蛇のサンダーブレスや地上で暴れ回っている時のように戦闘の余波で妖精郷に生えている木々はかなりのダメージを受けているのは間違いなかった。
これ以上戦い続ければ、妖精郷の被害が増すのは間違いない。
(ボブとかピクシーウルフとか……大丈夫か?)
一瞬だけそんな考えを抱くも、レイは憎悪の視線を向ける雷蛇を睨み返す。
ボブやピクシーウルフのことは心配だったが、今はまず雷蛇を倒す方が先だと。
(出来ればここじゃなくて別の場所で戦いたいんだけどな。……いや、それも込みで雷蛇はここにいるのか)
レイの攻撃手段は魔法にしろスキルにしろ、強力なものが多い。
だがその中でもレイの持つ莫大な魔力を使って放たれる魔法の多くは、効果範囲が広いものが多かった。
雷蛇がその全てを知ってるとはレイにも思えなかったが、それでもここが……妖精郷が自分達の守る場所であると理解し、だからこそここでレイが本気で戦うようなことはしないと考えたのだろう。
雷蛇はランクAモンスターで間違いなく、そのような強敵だけにその外見とは裏腹にそのくらいのことを考えるだけの頭を持っていてもおかしくはない。
(というか、蛇というのは頭がいい、もしくはずる賢いってイメージがあるしな。……ついでにしつこいというのもイメージにはあるか?)
雷蛇の憎悪の視線に、レイはそんな風に思う。
もっとも、雷蛇にしてみれば自分の身体を数m切断されたのだ。
ましてや、偶然その程度の傷ですんだが、場合によっては胴体の半ば、もしくは頭部を切断されていてもおかしくはない。
だからこそ、自分を殺しかねなかったレイを雷蛇は憎悪の視線で睨み付けていた。
「お前の気持ちは分かるが、狙った場所が悪かったな。……セト、行くぞ! これで決める!」
「グルルルルルルルルルルルゥ!」
レイの合図にセトは即座に反応する。
放たれたのは、王の威圧。
ちょうど先日クリスタルドラゴンの魔石によって、王の威圧のレベルはスキルの効果が別物と思える程に強化されるレベル五に達していた。
その威力は、スキルを習得した場所からそれなりに離れているこの妖精郷の妖精達にまで効果があった程。
今回はセトが妖精郷で使っているので、妖精郷にいる者は雷蛇以外標的とされていない。
それが幸いし、セトの口から放たれた王の威圧は雷蛇以外に効果は発揮されなかった。
そして雷蛇は王の威圧の効果によって動きを止め……雷蛇が空を飛んでいる何らかの方法、恐らく魔力によるものだとレイは予想していたが、それも止まった為か雷蛇は地上に向かって落下していく。
そんな雷蛇を追うレイ。
セトが王の威圧を使った瞬間、既にレイはセトの背から降りて、スレイプニルの靴を使って空中を蹴って雷蛇に迫っていた。
(これで決める!)
このまま戦闘を続ければ、妖精郷は壊滅的な被害を受けるだろう。
今でも既に妖精郷には雷蛇によって結構な被害を受けているのだから。
だからこそ、ここで一気に雷蛇を倒してしまう必要がある。
そう判断したレイは、空中を跳びながら黄昏の槍を雷蛇に向かって投擲する。
頭部を狙って放たれた黄昏の槍は、真っ直ぐ雷蛇に向かい……
「ギ……ギシャアアアアアアアアア!」
頭部を貫くかと思われたその瞬間、雷蛇の口から雄叫びが周囲に響き渡り、頭部が動く。
王の威圧の効果がこのタイミングで切れたのか、それとも雷蛇がランクAモンスターとしての力を発揮して王の威圧の効果を無理矢理破ったのか。
それはレイにも分からなかったが、黄昏の槍を投擲した動きのまま空中で身を捻り、デスサイズを構えつつ、どちらでも構わないと判断する。
レベル五に達して強化された王の威圧だが、それでも相手はランクAモンスターである以上は命を奪う一撃を放つまで動けないでいるとはレイも思っていなかった。
それでも頭部を狙った一撃を雷蛇に完全に回避されなかったのは、レイにとっても幸運だったのだろう。
蛇の頭部より少し下……人間でなら首に近い場所に黄昏の槍が突き刺さったのを見ながら、レイは何度も連続でスレイプニルの靴を発動させ、地上にいる雷蛇との間合いを縮める。
雷蛇も自分の身体を貫いた黄昏の槍の痛みを無視し、自分に迫ってくる存在……死の象徴とも呼ぶべきレイに向かい、口を開く。
「ちぃっ!」
あともう少し、本当にあともう少しといったところだというのに、そのあと少しが間に合わない。
先程のように痛みで暴れたりすれば、レイもその心配はいらなかっただろう。
だが……雷蛇にとっても自分の危機については理解しているのか、痛み暴れるよりも前に自分に死をもたらす存在の排除を決める。
「マジックシールド!」
開いた雷蛇の口の中に光を……それも炎のような光ではなく、眩い光を見たレイは、反射的にスキルを発動する。
生み出されたのは、全ての攻撃を一度だけ防ぐ光の盾。その数は三枚。
つまり、サンダーブレスを三度食らってもその攻撃は全て防げるということを意味していた。
それだけではなく、雷蛇に向かって落下……いや、降下しながらドラゴンローブを今まで以上にしっかりと身に纏う。
瞬間、轟音と共に雷蛇によるサンダーブレスが放たれ、光の盾が一枚消滅する。
(よし!)
消えた光の盾は一枚。
それはつまり、サンダーブレスは一度しか放たれなかったということを意味する。
……もっとも、元々レイは雷蛇に向かって降下していたのだ。
雷蛇の行動がもう少し遅ければ、サンダーブレスを放たれるよりも前に一撃を放つことが出来た。
そう考えれば、レイの迎撃に雷蛇がサンダーブレスを一度しか使えなかったのはそうおかしな話ではない。
「多連斬!」
光の盾を二枚浮かべたまま、レイはデスサイズが使えるスキルの中でも最大級の攻撃力を持つ一撃を放つ。
多連斬は、レイが一度攻撃をした場所に追加で斬撃が発生するというスキルだ。
そして多連斬のレベルは六で、追加で発生する斬撃の数は二十。
それはつまり、レイが振るうデスサイズの一撃を二十回……最初に放つ一撃も加えると、二十一回くらうということを意味していた。
斬……斬、斬、斬、斬……斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬。
非常に頑丈な雷蛇の鱗も、デスサイズによる二十一回の攻撃には耐えられない。
雷蛇の胴体は、中心部分で真っ二つに切断されるのだった。