3357話
「これは一体……いや、考えるまでもないか。レイ、遊んでいるところを悪いが、少しいいか? 指輪とブルーメタルを持ってきたぞ」
中庭にやって来たダスカーは、走り回っている――正確には早歩きといった速度だが――レイとセトを見て、若干呆れつつもそう声を掛ける。
声を聞いたレイは、すぐに足を止める。
セトも残念そうにしながらも、足を止めた。
セトは出来ればもう少し遊んでいたいと思いはしたのだろうが、レイが足を止めた以上はそのまま遊び続けることも出来ず、残念そうにする。
「セト、また後で遊ぼうな」
そう言い、レイはセトを軽く撫でるとダスカーのいる場所に向かう。
ダスカーの側には数人の騎士や兵士の姿があり、それぞれブルーメタルを持っている。
(あ、何だ。ここにいないと思ったら)
その中の何人かは、レイが中庭に来た時にいた者達だった。
つまり、レイが中庭に戻ってきた時にセト以外誰もいなかったのは、ダスカーによって呼び出されていたからなのだろう。
「では、まず試してみるか。レイ、まずはブルーメタルを縦に切断してみてくれ」
「分かりました。……じゃあ、悪いけどブルーメタルを一個空中に投げてくれないか?」
「これ、結構重いんだぞ?」
レイはダスカーの言葉に頷くと、ミスティリングからデスサイズを取り出す。
いつもならデスサイズ以外に黄昏の槍も取り出して二槍流とするのだが、今回必要なのはあくまでもデスサイズだけだ。
念の為にレイとブルーメタルを持っていた男の一人……兵士は、手に持っていた数個のブルーメタルを地面に置くと、その中から一個だけ持ってダスカーから離れる。
レイの技量で何かがあるとは思えないが、万が一に備えるのは悪くない。
ましてや、今回切断するのはブルーメタルだ。
ブルーメタルのインゴットが出来てからそのようなことはやったことがない為、何らかの妙な……それこそレイにとって予想外の反応がある可能性は十分にある。
「よし、行くぞ」
兵士の言葉に無言で頷くレイ。
それで兵士もレイの準備は整ったと判断したのだろう。
力を入れ、手に持っていたブルーメタルを空中に放り投げる。
とはいえ、ブルーメタルの重量は重い。
その軌道は決して高くはなく、レイの頭部よりも少し下といったところだ。
だが、レイにしてみればその程度の高さにあるブルーメタルを切断するのは難しい話ではない。
デスサイズに魔力を流し、回転しつつ飛ぶブルーメタルのインゴットが目の前に来た瞬間、一閃が放たれる。
斬、と。
その一撃は鋭く、金属を切断したというのにブルーメタルのインゴットは空中でもくっついたままだった。
そのまま地面に落ちると、その衝撃で縦に二つに切断される。
「うお……凄いな……」
ブルーメタルのインゴットを投げた兵士は、自分が見た光景に驚きの声を上げる。
ダスカーの部下ということもあり、兵士は相応の強さを持つ。
兵士もそんな自信があり、冒険者の本場とも言えるこのギルムにおいてもレイを始めとした異名持ちや高ランク冒険者のような上澄みには勝てないが、それでもその辺の冒険者を相手にした場合は自分の方が強さは上と思っていた。
だが、そんな兵士の目から見ても、レイの今の一撃はほぼ見ることが出来なかったのだ。
何かが光ったと思った次の瞬間には既にデスサイズの一撃は放たれていたのだから。
もし兵士がレイの一撃を食らったら、それこそ今のインゴットのように自分が切断されたとは全く思わず、気が付けば左右に、もしくは上下に切断されていただろう。
「確かにレイの一撃は凄まじいな。……それで、その切断したインゴットを更に切断出来るか?」
地面に落ちて二つとなったブルーメタルのインゴットを見て、ダスカーがそう言ってくる。
ブルーメタルのインゴットは、ほぼ同じ重量になるように真っ二つにされている。
それこそ普通に斬るだけではここまで同じ重量になるように切断するのも難しいだろう。
半分になったブルーメタルのインゴットを、更に同じように切断出来るかと言われ、レイは頷く。
「今の一撃の感触からすると、特に問題はないかと思います」
「では、頼む」
ダスカーはそう言い、ブルーメタルを投擲した兵士に視線を向ける。
その視線の意味を理解するのは、難しい話ではない。
兵士はすぐに切断されたインゴットの場所に移動すると、そのインゴットを手にレイに視線を向ける。
「行くぞ」
「ああ、やってくれ」
「それ!」
その言葉と共に投擲されるインゴット。
ただし、重量が綺麗に半分になったこともあり、投擲されたインゴットは先程よりも高い場所を飛ぶ。
これでレイがその辺の冒険者なら、先程と全く違う軌道のインゴットを切断するようなことは出来ないかもしれない。
だが、レイは異名持ちのランクA冒険者だ。
意識せずとも、半ば反射的に先程よりも高い場所を飛ぶインゴットに向けて、デスサイズを一閃する。
先程同様、殆ど抵抗もなくデスサイズはブルーメタルのインゴットを切断した。
そしてこちらもまた先程同様、空中ではくっついたままで、地面に落ちた衝撃で切断された場所から二つに割れる。
「おお」
標的が小さくなっても、先程同様に全く同じ大きさとなるように切断したレイに、見ていた者達から驚きと称賛の声が上がる。
レイにしてみれば、同じことをやっただけといった認識なのだが。
「では、これを……そうだな、もう数回切断して貰うか。今の様子を見る限り、レイならそれこそかなり細くまで出来るかもしれないが、全てをそのようにすると時間が掛かりすぎる」
レイとしてはそこまで時間が掛かるとは思えなかったが、それでも今は出来るだけ早くトレントの森に戻り、インゴットで囲んだ場所を昨日と同じ大きさにしたい。
それ以外にも、現在はインゴットのままで置かれているのを切断して少しでも数を増やしたいと思っていた。
「分かりました。じゃあ、次々に行きましょう。俺の方はデスサイズを振るうだけなので、特に疲れませんし」
「……俺が言うのもなんだが、そんな重量級の武器を、よくもそこまで軽々と振り回せるな」
呆れ混じりの言葉を口にするダスカー。
もっとも、その言葉はレイにも十分に理解出来た。
自分とセトが持った場合、デスサイズはその辺の小枝か何かのような重量しか感じないし、実際にその程度の重量で振り回すことが出来る。
だがレイとセト以外の者がデスサイズを持とうとすれば、百kg近い重量となるのだ。
このエルジィンは剣と魔法の世界、いわゆるファンタジー世界だけに、素の身体能力が地球の人間とは比べものにならないくらい高い者もいる。
あるいはスキルや魔法、マジックアイテムによって身体能力を強化させることも可能だ。
そのような者達なら、それこそデスサイズを持って振るうことは可能だろう。
だが、それでもレイのように軽々と振るえるかと言えば、それは否だ。
……勿論、レイよりも遙かに上の力を持っている者なら可能かもしれないが。
「これはセトとは違った意味で俺の相棒ですしね」
「そういうものか。俺も自分の武器にはそれなりに拘りはあるが、相棒とまで呼ぶ程かと言われれば微妙なところだ」
ダスカーは元騎士だ。
それだけに自分の武器には相応の愛情があるのだろうが、それでもレイのように自分の相棒と呼ぶような物ではないのだろう。
「ともあれ、インゴットの件は任せる。それとこれは例の指輪だ。くれぐれもなくさないようにな。もしダグラスが何か思いついたら、またこの指輪を持ってきて貰うようなこともあるかもしれん」
デスサイズについての話を一段落すると、ダスカーはレイに指輪の入った入れ物を渡す。
非常に危険な指輪だけに、間違っても触らないようにしてるのだろう。
しかし、レイはそんな指輪の入った入れ物を受け取ると、即座にミスティリングに収納する。
幾ら使用者に害を与えるような指輪であっても、ミスティリングの中に入れてしまえば何の問題もないという判断からの行動だった。
「羨ましいな。量産型のアイテムボックスでは、とてもそのような真似は出来そうにない」
ダスカーもギルムの領主として、様々なマジックアイテムを持っている。
以前レイに渡したマジックテントのように。
しかし、そんなダスカーにとってもレイの持つデスサイズやミスティリング、ドラゴンローブ、黄昏の槍といったようなマジックアイテムは、とてもではないが持っていない。
その代わり、それよりランクが少し劣るような……マジックテント級のマジックアイテムであれば、それなりに多く持っているのだが。
そういう意味では、レイもダスカーを羨ましいと思っていた。
「その代わり、量産型は普通に……いや、高額だから気軽にではないですけど、高ランク冒険者とかなら買おうと思えば買えるじゃないですか」
「そうだな。これでもっと収納出来る量が多くなってくれればいいんだが。その辺は将来に期待か。……じゃあ、俺は行く。まだ仕事がそれなりに残ってるからな」
ダスカーは部下達にレイの手伝いをするように言ってから、中庭を後にする。
「さて、じゃあ始めるか。レイ、俺達は順番にインゴットを放り投げていけばいいのか?」
「……いや、それだと時間も掛かる。順番にじゃなくて、次々にインゴットを投げてくれ。俺はそれを切断しつつデスサイズの範囲外に飛ばすから、切断されたインゴットを拾って俺に投擲してくれ」
「そんなことをしても、本当にいいのか? 下手をしたらブルーメタルのインゴットが妙な形で切断されるんじゃないか?」
心配をしつつ、それでもレイがデスサイズの一撃で狙いを外すとは思っていない辺り、レイに対する信頼度の強さを表していた。
「問題ない。こういうのでも少しは訓練になるし。……あ、けどちょっと待っててくれ」
そう言うと、レイは少し離れた場所で寝転がっているセトに近付いていく。
「グルゥ?」
自分に近付いてくるレイに、どうしたの? と喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でながら、待っている者達に見えないようにドラゴンローブの中からニールセンを取り出す。
幸い……もしくは図太くもと言うべきか、先程までレイがそれなりに激しく動いたにも関わらず、ニールセンは特に具合を悪くしたりはせず、眠っていた。
あの揺れの中で眠っているのは素直に凄いとレイも思うのだが、ニールセンだからで自分を納得させておく。
「ニールセンを預かっておいてくれ。このままだと……うん。この様子を見ると普通に大丈夫な気もするが、起きた時に激しく動いていてドラゴンローブの中で混乱して暴れられたりしたら困るし」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトの背中の上にニールセンを置く。
セトの身体は柔らかな体毛や羽毛に包まれており、ニールセンが背中にいても見つかることはない。
……もっとも、起きたニールセンが自分がどこにいるのかも分からず、いきなり飛んだり騒いだりすれば隠れ続ける訳にもいかなかったが。
ただし、それはあくまでもニールセンが起きたらの話だ。
今の様子をみる限り、満腹になって寝ているニールセンが起きるにはそれなりに時間が必要だろう。
なら、それまでにブルーメタルのインゴットを全て切断してしまえばいいだけの話だ。
「じゃあ、頼むな」
そう言ってセトの頭を一撫ですると、レイは兵士や騎士達のいる場所に戻る。
「待たせたな、悪い。セトにこれから派手に動くけど、何も問題はないと言ってきたんだ」
何をしてきたのかと尋ねられる前に、レイは誤魔化しておく。
そんなレイの言葉に納得したのか、それとも嘘であっても自分達には問題がないと判断したのか。
とにかく何か不満を言う様子もなく、それぞれがインゴットを手にする。
「じゃあ、行くぞ」
インゴットを手にした者の一人が代表して尋ねると、レイはデスサイズを手に頷く。
レイが頷いたのを見てすぐ、レイと話していた男がブルーメタルのインゴットを投擲する。
外見とは裏腹にかなりの重量を持つブルーメタルのインゴットだったが、それでもダスカーに仕える騎士や兵士にしてみれば、一個程度ならそのくらいの重量の物を投げるのは難しくはない。
レイは攻撃範囲に入った瞬間にデスサイズを一閃し、ブルーメタルのインゴットを切断する。
その際、刃がブルーメタルのインゴットを切断した瞬間に手首を軽く動かす。
すると切断されて二つになったブルーメタルのインゴットは、それを投げた者の足下に落ちていく。
手首の動きによってブルーメタルのインゴットは空中で既に二つに分かれていたが、それも拾う方にしてみればやりやすい。
自分の足下に飛んできたブルーメタルのインゴットに驚きながらも、騎士は急いでその片方を拾うのだった。