3356話
穢れの関係者の本拠地を奇襲する件については、レイがベスティア帝国の内乱の際に報酬として皇帝トラジストから貰ったカードで何とかなる可能性が高くなり、ダスカーは笑みを浮かべる。
「後は、レイ達一行以外に一体誰を連れていくかだな。一応俺の部下からも一人は責任者として出す必要がある。後は、冒険者の中でも腕利きを何人か、か。お前はどう思う?」
ダスカーに尋ねられたレイは、炒めた卵とピリリとした辛みのある野菜の漬物と蒸した川魚の白身のサンドイッチを飲み込み、口を開く。
「自分で言うのもなんですけど、俺は冒険者の中にあまり知り合いはいませんしね。……顔馴染みで腕利きとなると、エルクですけど……今、いませんしね」
雷神の斧の異名を持ち、同名のランクAパーティを率いるエルクだったが、先程までの話の内容だったベスティア帝国の内乱において、パーティメンバーにしてエルクの息子であるロドスが色々と問題のある状況になった。
現在はそのせいでエルク一家……もしくは雷神の斧の者達は全員がギルムにはいない。
エルクはレイにとっても頼れる人物だったので、そのエルクがいれば奇襲でも大きな戦力になると思えたのだが。
(他にも知り合いだとミレイヌがいるけど、こっちは実力不足だな)
灼熱の風というパーティを率いているミレイヌは、若手のホープの一人と言われている。
もっとも、レイの存在によって若手の中でも突出した実力者の一人だったのが、それなりの実力者という扱いになってしまっているのだが。
また、レイがミレイヌと親しいのは年が近いからというだけではない。
ミレイヌがセト好きというのが大きい。
……セト好きが高じて、持っている金額の全てをセトの為に使おうとしたりと問題はあるのだが。
ともあれ、穢れの関係者の本拠地を奇襲するのに、ミレイヌやそのパーティメンバーは少し実力不足なのは間違いなかった。
「分かった。レイの知り合いで推薦出来る奴がいれば、それが一番だと思ったんだが」
「すいません」
ダスカーに謝るレイ。
実際には他にも何人か冒険者……それも腕利きの冒険者に知り合いはいるのだが、その冒険者達とはエルクやミレイヌのように何度も一緒に行動したり、私生活で何度も会ったりして気心が知れているという訳でもない。
そのような者達と行動を共にするのは、レイには危険だと思えた。
……もっとも、レイが推薦をしないのであればダスカーやワーカーが派遣する人材を決めるので、そういう意味では結局レイもそこまで親しくない相手と行動を共にすることになるという意味では変わらないのだが。
(とはいえ、俺が中途半端に知ってる相手よりも、ダスカー様やワーカーのようにしっかりと考えられる面々が選んだ方が、信用は出来るかもしれないけど)
レイの中途半端な知識で選んだ者が、実は途中で穢れの関係者に裏切ったり……といったようなことになった場合、レイはかなり後悔することになるだろう。
だからこそ人を見る目のある二人が推薦する人物に任せる方がいいのは間違いなかった。
「そう言えば、指輪の件はどうしますか?」
「どうするとは?」
「罪人に使わせたところで、悲惨な結果になったんですよね? そうなると、他の罪人に使っても同じような結果になると思いますし。いざという時のことを考えると、ミスティリングに収納しておいた方がいいんじゃ?」
オーロラの家から見つかった指輪は、かなり貴重なマジックアイテムなのは間違いない。
だが、そのマジックアイテムを使えないのなら、ダスカーが持っていても意味はない。
意味がないどころか、穢れの関係者にとって重要なマジックアイテムである場合、それを奪おうと穢れの関係者が襲撃してくる可能性もある。
距離的に考えれば難しいが、それこそ捕らえられているオーロラが逃げ出して指輪を奪い返そうとする……という可能性は十分にあるだろうとレイには思えた。
「ふむ、そうだな。誰かが万が一にでも指輪を嵌めてしまうなどといったことをした場合、無駄に被害者が出るか。分かった。すぐに指輪を持ってくるように言おう」
「あ、それとブルーメタルはどうします?」
「何? その件は鋼線状に加工するという話だっただろう?」
「そうですけど、結局今日ブルーメタルを置いてきたのは昨日の半分くらいの広さだけなんですよね。その半分が穢れにどう影響するのか分からない以上、出来れば昨日と同じくらいの広さをブルーメタルで囲みたいんですけど」
レイの言葉に、ダスカーは難しい表情を浮かべる。
レイの言ってることは分かるし、穢れを大量に殺せる機会を逃すのはどうかと思う。
思うが、ブルーメタルの希少さを考えると、レイの提案にすぐに乗ることが出来ないのも事実。
ここはブルーメタルがなくなるのを覚悟の上でレイにブルーメタルを渡すか、ブルーメタルを消耗しない為にレイに昨日の半分だけでどうにかしろと言うべきか。
そうして悩むダスカーだったが……
「レイなら、ブルーメタルを半分くらいには出来るんじゃないの? 鋼線状にするのは難しいかもしれないけど」
何気なくそう言うニールセンの言葉に、レイとダスカーの視線は同時に向けられる。
そして真っ先に口を開いたのは、レイ。
「なるほど。ニールセンの言うように、真っ二つ……いや、三つか四つくらいにはインゴットを斬ることが出来るかもしれない」
「出来るのか?」
即座にレイの言葉に真偽を確かめるダスカー。
ダスカーにしてみれば、ブルーメタルのインゴットを半分に出来れば実質二倍に、三等分に出来れば三倍に、四等分に出来れば四倍になるのだ。
鋼線状に加工するよりはコストが掛かるが、インゴットをそのまま使うのに比べると随分と楽になるのは間違いない。
「あくまでも出来るかもしれないです。実際にやってみないと何とも言えません。ただ……ブルーメタルは柔らかい魔法金属だという話ですから、問題はないと思いますが」
レイとしては、半ば本能的に問題ないだろうと判断していた。
だがそれは、実際にやってみないと何とも言えないのは間違いない。
もしブルーメタルを切断しようとして、それで駄目だったとなるかもしれないのだから。
「分かった。じゃあ、指輪と一緒にブルーメタルのインゴットを持ってこよう。ここは……狭いな。レイなら大丈夫だとは思うが、万が一にも部屋を傷付けたくはない」
「それなら、ダスカー様への報告も終わりましたし、セトのいる場所でやるのはどうですか? 人も少ないですから、下手に目立つことはないと思いますけど」
「分かった、ならそうしよう。俺は指輪とブルーメタルのインゴットを用意するから、レイはニールセンと一緒に中庭に向かっていてくれ。サンドイッチも食べ終わったようだし」
話している間、レイやダスカーもサンドイッチを食べていた。
丁度タイミングよくそのサンドイッチも食べ終わったところだったので、レイはダスカーの言葉に素直に頷く。
「分かりました。じゃあ、中庭で」
「ブルーメタルを複数持っていく以上、少し時間が掛かるかもしれないから、ゆっくりと待っていてくれ」
そう言い、部屋を出るダスカー。
そんなダスカーを見送ると、レイはテーブルの上で仰向けに引っ繰り返っているニールセンに視線を向ける。
(これ、背中に羽根がある筈なのに、どうなってるんだ? いやまぁ、そういうのを使っても全く何の問題もないだけかもしれないけど)
妖精の羽根は背中にある。
普通に考えれば、そんな状況で仰向けになれば羽根が痛むのではとレイには思えた。
だがこうして見る限りでは、特にニールセンが苦しそうには見えない。
だとすれば、恐らくはこれでも問題はないのだろうと判断し、声を掛ける。
「ニールセン、いつまでもそこで寝転がっている訳にもいかないだろうし、そろそろ行くぞ。ダスカー様を待たせる訳にもいかないだろうし」
「え? うーん、分かった。仕方がないわね。じゃあ、行きましょうか。……それにしてもここのサンドイッチは美味しいわね。レイがくれるサンドイッチよりも美味しかったわよ?」
「それは仕方がない。料理を作ってるのは、この領主の館で働いている料理人だぞ? 貴族に料理を出すことも珍しくない連中だ。さすがに街のパン屋で売ってたり、食堂で出されるサンドイッチとは違うだろうし」
レイの認識では、街で美味いと評判の店は、大衆食堂とでも呼ぶべき店だ。……勿論中には高級レストランのような店もあるが、それは多くはないし、そのような店ではレイがミスティリングに収納する料理を購入したりは出来ない。
それに対して、領主の館で働いている料理人は、それこそ一流のホテル……いや、大使館で働いている料理人といった認識の方が正しいだろう。
そのような者達同士で料理の技量を競うのが、そもそも間違っているようにレイには思えた。
「ふーん、そういうものなの? まぁ、話は分かったけど……ちょっと苦しいから、連れていってちょうだい」
そう言い、ニールセンはドラゴンローブの中に入る。
いつもなら自分の身体よりも大量に食べても動けなくなることはないニールセンなのだが、今日は不思議とサンドイッチを……それも自分だけではなく、レイやダスカーと一緒に食べただけで腹が一杯になってしまったらしい。
そんなニールセンの様子に疑問を抱きつつ、すぐにそれを否定する。
(もう慣れたけど、そもそも自分の体重以上の量を食べられるってだけで普通じゃないんだけどな。あるいは食べた端から消化してしまっているのか。……ニールセンなら普通にありそうだな)
ニールセンの重量を微妙に感じながら、レイは客室を出て中庭に向かうのだった。
「グルゥ!」
中庭にやって来たレイを見て、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
レイ達が領主の館の中にいる間に雪が降り始めたらしく、今も少しだけだが雪が降り続けている。
だが、セトはそんな雪の寒さを全く気にした様子もなく、レイを見て嬉しそうにしていた。
「あれ? 他に誰もいないのは珍しいな」
セトを撫でながら、レイは中庭の様子を見てそう言う。
料理人がいないのは、もうセトが美味しそうに食べたのを見て満足して帰ったからだろう。
だが、レイが知ってる限りだと中庭に何人かの騎士や兵士が常駐している筈だった。
レイとセトがいつ上空からやって来るのか分からないのだから。
……もっとも、夏や秋ならともかく、今は冬だ。
レイはドラゴンローブの簡易エアコンの効果で寒さは問題ないが、中庭に常駐している者はそうもいかない。
ましてや、革鎧ならともかく金属鎧ともなれば尚更に。
「まぁ、いないのならそれはそれでいいけど。ニールセンも出たくなったらすぐに出られるし」
そう言うレイだったが、ドラゴンローブの中のニールセンからは特に何の反応もない。
満腹になって眠っているのか、それとも単純にレイの言葉に反応出来ないくらいに腹が一杯になってしまっているのか。
その辺はレイにも分からなかったが、反応がない以上は放っておいた方がいいと判断する。
「セトはここで雪が降ってくるのを見て、喜んで遊んでいたのか?」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉にその通りだよと、嬉しそうな様子を見せるセト。
そんなセトの様子に改めて中庭を見てみるものの、そこには雪が積もったりはしていない。
それでもセトにしてみれば嬉しいのか、レイをその場において中庭を走り回る。
(犬だったら雪が降って走り回るってのが歌であったけど、セトはグリフォンなんだけどな)
セトはグリフォンだ。
そしてグリフォンというのは、鷲の上半身と獅子の下半身を持つ。
そして獅子は猫科の動物で、犬科ではない。
そんなセトだったが、雪の降っている中庭は楽しい遊び場なのか、嬉しそうに駆け回ってる。
(こたつで丸くなるんじゃないか? まぁ、猫じゃなくてグリフォンだからと言われれば反論は出来ないけど。ただ、雪が積もってる訳でもないのに、雪が少し降ってる中を走り続けても面白いのかどうかは微妙なところだけど)
そう思いつつも、セトが一緒に遊ぼうと喉を鳴らす。
レイはドラゴンローブの中にいるニールセンが大丈夫かと思いつつ、そこまで激しく走らなければ問題ないだろうと判断し、セトに向かって歩いていく。
セトはレイが近付いてくると嬉しそうに鳴き……そうして追いかけっことまではいかないが、一人と一匹は中庭の中で遊ぶことになる。
とはいえ、セトも思い切り走れる訳でもない。
だからこそ、傍から見ると遊んではいるがどこかゆっくりとした遊び方だろうと、そう思うのは間違いなかった。