3355話
ブルーメタルについての話が終わったところで、レイは次の話題に入る。
ブルーメタルの件が重要なことだったのは間違いないが、こちらもまたブルーメタルに負けず劣らず重要なことだ。
「それで、ダスカー様。奇襲の件についてはどうなってます?」
「難航している」
そう言うダスカーの様子を見れば、誤魔化しの為にそう言っている訳ではなく、本気でそう言ってるのは間違いない。
「一応、ブロカーズ殿に話をして、そちらについては問題ない。貴族派の方は……こちらが問題でな」
「エレーナの件ですか?」
ダスカーにはエレーナが奇襲に参加する気満々だというのを、既に知らせている。
それがダスカーを困らせているのではないかと思ったレイだったが、意外なことにダスカーは首を横に振る。
「そちらについては……もう仕方がないと諦めた」
うわぁ、と。
ダスカーの言葉にそう言いたくなるのを我慢するレイ。
実際、ダスカーの立場としては貴族派の象徴たるエレーナが奇襲に参加するのは止めて欲しいと思っているだろう。
だが、止めて欲しいとは思っているが、ダスカーはエレーナの上司という訳ではない。
一応エレーナもギルムにいるということで、ダスカーからの要望には可能な限り従うつもりではいるものの、今回の奇襲については話が別だった。
また、貴族派のエレーナが中立派のダスカーと共に世界を滅ぼそうとする者達を倒すという意味でも、ダスカーが断ることは難しい。
だからといって、エレーナの望むように奇襲に参加させ、その結果としてエレーナが死んだ……あるいはそこまでではなくても、重傷を負ったということにでもなれば色々と不味いのだが。
「えっと、エレーナの件に納得したのなら、他には何が?」
「幾つかあるが、一番大きいのはやはり穢れの関係者の本拠地のある場所がベスティア帝国の領土内ということだろう。当初の予定ではベスティア帝国には秘密で、もしくは事後報告という形で話を進めるつもりだった」
「そう言ってましたね。それで問題はないのでは?」
「……そう、少し前までなら問題はなかった」
「えっと……何かあったんですか?」
今の言葉から、そこには何らかの意味があってのものだというのはレイにも予想出来た。
ただ、実際にそれが何なのかは分からなかったが。
「昨日、俺の知り合いが雇ったテイマーのテイムした鳥がやって来た。穢れの関係者の本拠地と思しき場所からそう離れていないところにベスティア帝国軍がいるらしい」
「……それは、また……」
あまりにタイミングが合っている。
一体何がどうなってそうなったのかと疑問を抱くレイ。
だが、ダスカーもそんなレイの視線に首を横に振るだけだ。
「俺にも一体何がどうなってそうなっているのかは分からん。だが……穢れの関係者の本拠地があるのは、ミレアーナ王国との国境付近という訳ではない以上、国同士の戦いにはならないと思う」
「でしょうね」
ダスカーが心配していることについては、レイもそこまで気にしてはいない。
ベスティア帝国で起こった内乱によって、現在のベスティア帝国はミレアーナ王国に友好的な態度を取っているのだから。
勿論、それはベスティア帝国の牙が抜かれたという訳ではない。
もしミレアーナ王国側がベスティア帝国を攻撃するといったようなことをすれば、ベスティア帝国も即座に反撃してくるだろう。
そうなると、再び以前のように戦争が起きる可能性が高い。
レイとしては、それは出来れば遠慮したい。
相手を殺すのが嫌だとか、そういう理由ではない。
レイは敵対した相手を殺せないということはないのだから。
殺さないのと、殺せない。この二つは似ているようで大きく違う。
ただ、戦争ともなれば……それもミレアーナ王国とベスティア帝国という、この大陸で大きな力を持つ大国同士の戦いとなれば、かならず面倒なことになる。
「ヴィヘラがいるから、その辺は問題ないんじゃないですか?」
元ベスティア帝国皇女のヴィヘラは、ベスティア帝国内でも人気が高い。
そのヴィヘラが一緒に奇襲に参加する以上、ベスティア帝国内部で何かがあっても問題はないと思えた。
「その可能性が高いのは事実だ。だが……ヴィヘラ殿は既に出奔した身であるのも事実。そうである以上、ベスティア帝国内部で行動している者達と遭遇した時、万が一があるかもしれない」
「……ヴィヘラなら大丈夫だと思いますけどね」
レイは実際にベスティア帝国の内乱において、ヴィヘラと共に行動をしている。
その時、ヴィヘラがベスティア帝国内でどれだけの人気があるのかは実際に自分の目で見ていた。
勿論、レイが見たのはヴィヘラの弟であるメルクリオの部下達、もしくはヴィヘラがメルクリオ軍にいるということでヴィヘラを慕っていた者達が集まってきた者達なので、ベスティア帝国の全てがヴィヘラに対してどのように思っているのかは正確には分からなかったが。
それでもベスティア帝国の次期皇帝であるメルクリオが主流となっている以上、今のベスティア帝国がミレアーナ王国に敵対するとは思えなかった。
「そうかもしれん。だが、もしそれが出来なかった場合、最悪戦争になる可能性があるのはレイも理解出来るだろう?」
「人間って面倒臭いのね」
ダスカーの言葉に答えたのは、レイ……ではなくニールセン。
妖精のニールセンにしてみれば、レイとダスカーの話し合いは面倒臭いとしか思えなかったのだろう。
「ニールセンにとってはそう思うかもしれないけど、その辺の打ち合わせとかは重要なんだよ。下手をすれば、その辺の打ち合わせをしなかったばかりにベスティア帝国と戦争になるかもしれない。そうならないようにする為には、自分達はベスティア帝国を攻撃しに来たのではないと証明する必要が……あ」
「レイ?」
話を途中で打ちきったレイの様子に、ニールセンは疑問を抱く。
ダスカーもまた、言葉には出さないが一体どうした? といった視線をレイに向けている。
そんな二人の様子も目に入っていない様子で、レイはミスティリングの中から一枚の金属のカードを取り出す。
ギルドカードと同じくらいの大きさのカードだが、その金属のカードには曲線と直線を幾重にも重ねた、単純でいながら精緻な彫り物がされている。
レイは手にしたカードを改めて見る。
そこには『この者はベスティア帝国の友である』という文章。
このカードは、ベスティア帝国の内乱が終わった後でレイがベスティ帝国の皇帝トラジストに謁見した時、報奨として貰った物だ。
本来なら爵位をといったように言われたのだが、それをレイが断った結果、このカードを貰ったのだ。
今まですっかりとこのカードのことを忘れていたレイだったが、ダスカーやニールセンとの会話の中で、不意に思い出した。
「そのカードは?」
レイがミスティリングから取りだしたカードを見て、ダスカーは不思議そうに言う。
見るからにギルドカードとは違う金属のカードが、ダスカーには何なのか分からなかったのだろう。
「これ、見て下さい」
そう言い、レイはカードをダスカーに渡す。
そのカードを受け取ったダスカーは、このカードが何なのかと疑問に思いながらカードを見て……
「このカードは確か以前見せて貰った……」
最初はこのカードが一体何だったのかと疑問に思ったダスカーだったが、そのカードに『この者はベスティア帝国の友である』というのを見て、以前見せて貰ったことを思い出してそんな声を出す。 もっとも、ダスカーは自分がそんな声を出したとは全く気が付いていなかったようだが。
その後も数秒、渡された金属のカードを見る。
最初にレイに渡された時のように、何気なく眺めたのではない。
じっくりと、自分の持っている金属のカードの意味を確認するかのように、念入りに調べていた。
だが、その金属のカードはやはり以前に見たカードと同じ物なのは間違いなかった。
彫られている模様についても、かなり高い技術を持つ者が彫ったのだと、そう理解出来るような物であり、何よりも書かれている文章を見間違う筈もない。
「レイ、これは確か……」
「はい。以前にも見せたと思いますが、ベスティア帝国の内乱が終わった後で、皇帝に貰った物です。そのカードがあれば穢れの関係者の本拠地を奇襲する時、もしベスティア帝国軍と遭遇してもどうにかなるんじゃないですか? それに……俺が言うのも何ですけど、俺はベスティア帝国で有名ですし」
「有名は有名でも、そこには悪い意味での有名もあると思うぞ」
「……レイ、何をしたの?」
呆れたようなダスカーの言葉に興味を惹かれたのか、ニールセンがサンドイッチを食べる手を止めてそう尋ねる。
そんなニールセンに、レイはどう説明するのがいいのか迷いつつも、口を開く。
「ミレアーナ王国とベスティア帝国の間で戦争があった時、俺がちょっと目立った活躍をしただけだよ」
「ちょっと目立った、か。あの戦いで戦争の行く末が決まった……とまでは言わないが、こちらに勢いが出たのは間違いなく、それが戦争の勝敗に大きく影響したんだがな」
レイの説明に若干の呆れと共に付け加えるダスカー。
そんなダスカーの様子に、レイは少し不本意そうに反論する。
「けど、悪い印象はベスティア帝国の内乱で活躍したので、大分少なくなったと思いますよ。……貴族の中にはそれでも俺を許せないという奴はいるでしょうけど」
民衆達は、良くも悪くも噂に流される者が多い。
それに比べて、貴族達は自分の家族をレイに殺された者も多く、実際にレイがベスティア帝国にいる間は、何度も刺客と戦うことになった。
(メルクリオが次期皇帝となることが決まり、現在の皇帝のトラジストも俺に友好的……友好的? まぁ、多分友好的だと思う。貴族にしてでも俺を取り込もうとしたのを断っても、怒らないでこのカードをくれた訳だし)
普通、レイのような個人で圧倒的な、それこそ戦局を一変するような力を持ちながら、どこにも所属していないように見える戦力がいるというのは、為政者にしてみれば決して好ましいことではない。
レイの所属となると、冒険者という意味でギルドか……もしくはダスカーがレイを自分の手の者と周囲に思わせるようにしているので、ダスカーの部下と思われてもおかしくはない。
だが、その辺も含めてトラジストはレイを自分の手元に置こうとし、レイはそれを断った。
にも関わらず、トラジストはレイを責めたりするようなことはなく、自分の……ベスティア帝国の友であると書かれたカードを渡してすらいる。
もっとも、そのような甘い対応になったのはベスティア帝国を出奔したとはいえ、トラジストの娘のヴィヘラがレイのことを愛しているからというのも大きな理由なのかもしれないが。
「とにかく、セトを連れていればベスティア帝国軍がいてもいきなり攻撃をするといったことはないと思います。その上でヴィヘラもいればより安全になるかと」
「このカードのことを知ってる者がいれば、ベスティア帝国に行っても最上級の……それこそ、レイが望めば国賓待遇になってもおかしくはないだろうな。このカードにはそれだけの効力がある」
そう言われたレイだったが、普通なら嬉しくなるところを、微妙な表情になる。
とはいえ、ダスカーはそんなレイを見ても特に小言を言うようなことはしない。
レイが堅苦しいことを嫌っているのは、ダスカーも十分に理解しているからだ。
それこそもしレイが堅苦しいことが得意、もしくは好むようなら、ダスカーもレイの存在を大々的に表彰していただろう。
……もしそのようなことをすれば、レイは暫く領主の館に……いや、それどころかギルムに近付かないかもしれないと知っているので、そのようなことをするつもりはなかったが。
この辺、ダスカーの優秀なところだろう。
これが並の貴族なら、自分達に表彰されたり、大々的に式典を行われるのは名誉なことで、それを断ったりは絶対にしないと思い、そして実際にレイがそれを断ると面子を潰されたと怒り狂うのだ。
そう考えると、ダスカーのレイの扱いは満点……という訳ではないにしろ、及第点を超えているのは間違いなかった。
ダスカーはともかく、レイはその辺について全く気にしている様子はないのだが。
「じゃあ、このカードがあれば奇襲は問題ないですか?」
「そうだな。接触したベスティア帝国軍にこのカードの意味を理解出来ないような奴がいなければ、の話だが」
そう言うダスカーの言葉に、そういうこともあるのか? とレイは思うのだった。