3353話
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「あー……やっぱり駄目だったか」
赤いドームが消え、その中にいた数百匹の穢れが焼滅した。
それはレイにとっても問題のないことだったのだが、その結果として穢れ達が集まっていた中心に存在した物……つまり、ブルーメタルまでもが綺麗に消えてしまっていた。
「魔法金属とはいえ金属なんだし、溶けるとかはしても、何とか残るかもしれないと思っていたんだけどな」
「……跡形もないわね。蒸発したのかしら? いえ、魔法金属に蒸発したという表現が相応しいかどうかは分からないけど」
レイの頭部の横を飛んでいるニールセンが、呆れ混じりにそう言う。
ニールセンにとっても、まさか金属が蒸発するといった結果になるとは思わなかったのだろう。
「魔法金属だからこそかもしれないな。……もしくは溶けて地面に染みこんだとか? だとすれば、あの中心部分を掘れば、もしかしたら液状となって固まったブルーメタルが出てくるかもしれないけど」
そう言うレイだったが、それがあくまでも希望的な観測で、実際には完全にブルーメタルが消滅……いや、焼滅してしまっているだろうと思っていた。
「それで、これからどうするの? 穢れを全部倒したんだし、もう戻る?」
「いや、また同じ罠を仕掛ける。効果があるかどうかは分からないが、もし穢れがここだけに集まるのなら、トレントの森はかなり安全になるだろうし」
「え? でも、ブルーメタルはもう殆ど残ってないんでしょう?」
「そうだな。だから昨日と全く同じ大きさを場所を囲むことは出来ない。けど、昨日よりも狭い範囲を囲むことは出来る」
昨日レイがブルーメタルで囲んだのは、一畳程の大きさだった。
残っているブルーメタルの量を考えると、その半分……半畳程を囲むことは出来るだろうというのがレイの予想だ。
「とはいえ、これからも同じことを続けるとなると、今日も領主の館に行ってブルーメタルを貰ってくる必要があるか。……くれればいいんだけど」
レイがダスカーから聞いた話だと、ブルーメタルは作るのに結構な手間とコストが掛かるという話だった。
そのブルーメタルのインゴットを、纏めて焼滅させるようなことを毎日繰り返させて下さいと言って、それをダスカーが承知するかどうか。
「出来るとすれば、インゴットじゃなくてもっと細い……糸状にして貰えばいいんだけど」
「じゃあ、頼んだら? 向こうもブルーメタルの消耗を少なく出来るのなら、それくらいは配慮してくれるんじゃない?」
「だといいんだけどな」
レイはブルーメタルがどのような性質を持つのかは知っていても、具体的にどう作るのかは分からない。
もし加工するのが非常に大変だというのなら、糸状、もしくはもう少し太く紐状にするのは断られるかもしれない。
勿論、それは最悪の場合で、もしかしたら全く問題なく受け入れて貰える可能性もあったが。
(最悪、マリーナに頼んでみてもいいかもしれないな。……ダスカー様には恨まれそうだけど)
自分の黒歴史を知っているマリーナに頼まれれば、ダスカーもそう簡単に断ることは出来ない。
マリーナを通して頼む場合であっても、それがギルムにとって利益をもたらさない、それどころか悪影響を与えるのであれば、黒歴史の件があってもダスカーは断るだろう。
だが、今回のレイの提案は決してギルムにとって、そしてダスカーにとっても悪い話ではない。
(とはいえ、もしそれを受け入れられたら、それはそれで今日インゴットを無駄にしたことに呆れられそうな気はするけど)
そんな風に考えつつ、レイは穢れが集まっていた場所……地面が焼き焦げ、炭化している場所から少し離れた場所にインゴットを使って半畳程の空間を囲んでいく。
ニールセンはそんなレイの様子を眺め、セトは周囲を警戒する。
半畳程を囲むだけなので、その作業はすぐに終わった。
「さて、じゃあ早速ギルムに……と言いたいところだが、その前に一度妖精郷に戻る必要があるか」
「そうでしょうね。長も今日の件には驚いた筈よ。その結果は……長ならもう分かってるでしょうけど、それでも実際に聞きたいでしょうし」
魔力でトレントの森とその周辺をレーダー的に把握することが出来る長だが、それだけにいきなり数百匹もの穢れが転移してきたことには驚いた筈だった。
今まで転移してきた穢れの数とは、文字通りの意味で桁が違ったのだから。
だが……それでもその魔力のレーダーによって、数百匹の穢れが消えたことは理解している筈だった。
それをどうやってやったのかも、今までのレイの活動を見ていれば予想するのは難しくない筈だ。
しかし、もし万が一のことがあった場合を考えると、レイ達から話を聞いておきたいのは間違いない。
レイもそれを理解していたので、ニールセンの言葉に素直に頷き、妖精郷に戻るのだった。
「なるほど、やはりボブの件が。……そう考えるとブルーメタルは大きな効果がありますね」
そう言う長に、レイも頷く。
「ああ。今回の件はかなりの意味を持つと思う。……もっとも、それはあくまでも穢れに対してのみで、穢れについて知らない者にしてみればブルーメタルが一体どういう魔法金属なのかと疑問に思うだろうけど」
「ふふっ、そうかもしれませんね。ただ、ブルーメタルはまだ出来たばかりの魔法金属なのですから、もしかしたら穢れ以外にも何かあるかもしれませんよ?」
「なるほど。そういうこともあるかもしれないな。……さて、そんな訳で今は少しでもブルーメタルを確保しておきたいから、俺はそろそろギルムに行ってくる。一応さっきの場所に少し小さいけどブルーメタルを置いてきたから、もしかしたら俺がいない間にまた穢れがやって来るかもしれないが、あの様子を見ると放っておいても問題はないと思う」
これで穢れがきちんと考える頭を持っていれば、ブルーメタルで囲んでいる場所に入れないということで、何か他の手段を探して周辺に散らばったりといったことをするかもしれない。
だが、穢れはプログラムされたロボットか何かのような存在で、一度目の前に目標が現れると、それを無視することが出来ない。
場合によっては非常に厄介な性質ではあったが、今回のような時にはレイ達にとって好都合なのは間違いなかった。
「分かりました。ただ、穢れも今回のように多数が一気に来た場合、どのような影響があるか分かりません。出来れば早く戻ってきてくれると助かります」
「ああ、今日は領主の館で用事をすませたらすぐに戻ってくるよ」
そう言い、レイはその場を後にするのだった。
「じゃあ、セトはいつも通りここで待っていてくれ。多分、料理人が何か料理を持ってきてくれると思うし」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは領主の館にある中庭で喉を鳴らす。
そんなセトをその場に残し、ドラゴンローブの中にニールセンを隠したレイは騎士にダスカーに面会を希望している旨を伝えて貰い、メイドから既に慣れた客室に案内される。
メイドは紅茶と焼き菓子を用意すると、部屋から出ていき……
「お菓子、お菓子」
メイドが部屋から出た瞬間、ニールセンはドラゴンローブの中から出て、テーブルの上にある焼き菓子に飛び付く。
そんなニールセンの様子に若干呆れつつも、既に慣れたレイは焼き菓子を手に取り、食べる。
クッキー、それも薄いクッキーに近いサクッとした食感と共に口の中に果実の香りが広がる。
見たところでは特に果実の類は使われていないように思えるのだが、それでも間違いなく口の中には果実の香りが広がっている。
「ねぇ、レイ。これ……どうなってるの?」
レイと同じ疑問を抱いたのだろう。
ニールセンは不思議そうな視線をレイに向ける。
自分とは違って、多くの場所で美味い料理を食べているレイなら、何故果実が入っていないのに焼き菓子に果実の香りがあるのか、疑問に思ったのだろう。
だが、レイにもそれは分からない。
「どうなんだろうな。予想するとなると……」
そう言い、レイは日本にいた時に見た料理漫画について思い出し、予想を一つ口にする。
「果実そのものは直接使ってなくても果実の汁、焼き菓子を作るときに果汁を生地に練り込んだとか? いや、でも焼けば小麦粉とかの香りに負けそうな気もするけど……俺がすぐに思いつくようなのは、これしかないな」
「ふーん、そういう方法もあるのね。やっぱり人間の料理って凄いわ」
「そうだな」
ニールセンの言葉に頷くレイだったが、その料理の知識は日本にいる時に漫画で読んだものである以上、この世界でも使えるかどうかは分からない。
「けど、果汁を入れたって割には、焼き菓子の生地の色はそれっぽくないわよ?」
「果汁の色が透明なんじゃないか?」
「ふーん。……あ」
レイの説明に納得したのかどうかは分からなかったが、話している途中でニールセンは焼き菓子を手に素早く部屋の隅に移動する。
突然のニールセンの行動だったが、レイは特に驚くようなことはない。
一体何故ニールセンがそのようなことをしたのか、すぐに理解出来たからだ。
この部屋に近付いてくる気配を察知して。
(けど、隠れなくてもいいんだけどな。ダスカー様だし)
近付いてくる気配がダスカーのものだと察したレイだったが、今はそれを口にすることはしない。
もし違っていたら、ニールセンの姿を他人に見せてしまうかもしれないのだから。
やがて扉がノックされ、レイが返事をすると扉が開く。
そこにいたのは、やはりダスカー。
ただ、昨日と違うのは真剣な表情を浮かべているということか。
その真剣な表情を、部屋の中にいるレイを見て少し和らげ、口を開く。
「悪いな、待たせたか?」
「いえ、そんなに待ってません」
そう言うレイだったが、実際その言葉はそう間違ってはいない。
レイとニールセンが焼き菓子を食べて、その謎について話している間にダスカーはやって来たのだ。
レイ達が来たと知らされてから、まだそう時間は経っていないくらいで。
それはつまり、ダスカーがレイ達が来たと聞いてすぐにやってきたことを意味している。
レイが言った、そんなに待っていないという言葉は決してお世辞でも何でもない。
それをダスカーも理解したのだろう。
ソファに座り、紅茶を飲もうとして……そこに自分の紅茶がないことに気が付く。
するとそのタイミングを待っていたかのようにメイドが現れ、ダスカーの前に紅茶を、そしてまだ焼き菓子があるテーブルの上には、追加で一口サイズのサンドイッチを置いて部屋から出る。
昨日と同じサンドイッチなのは、昨日用意されたサンドイッチを綺麗に食べたからだろう。
本来なら同じ客に同じ料理を続けて出すのは、あまり良いことではないのだが。
それでもサンドイッチを出したのは、レイはその方が喜ぶと思ったのと、ダスカーに少しでも栄養を取って貰おうと思ってのことなのだろう。
冬になって仕事が少なくなり、ダスカーも今は来年の春に向けて体力を回復し、体調を整えている。
その為、ダスカーには少しでも栄養を取って欲しいと思い、メイドや料理人を含めて、領主の館で働く者達は一生懸命だった。
レイはその辺の事情を知らないものの、サンドイッチが二日続けて出て来たのは嬉しいことなので、何も問題はない。
メイドが出て行ったのを見ると、部屋の隅に隠れていたニールセンが姿を現す。
当然だが、ダスカーはニールセンを見ても特に驚いたりといったようなことはない。
「それで、レイ。どうした? 急に来たんだから、何かあったんだろう?」
「何かあったのは間違いないですが、ダスカー様の方も何かあったように見えますけど?」
そう言うレイの言葉にダスカーは少し考えてから口を開く。
「そうだな。まずはこっちから話しておこう。あまり面白い話ではないが、それでも構わないか?」
「ええ、何の問題もないです」
「私もそれでいいわ」
レイとニールセンの言葉を聞くと、ダスカーはあまり気が進まない様子を見せつつも口を開く。
「昨日の指輪があっただろう?」
「指輪……ああ、オーロラの家から見つけたマジックアイテムですよね?」
「そう、それだ」
頷くダスカーに、レイは指輪についてどうするのかという話を思い出す。
「罪人に使わせてみるという話でしたけど……その様子を見ると……」
レイに最後まで言わせず、ダスカーは頷く。
「そうだ。端的に言えば、指輪を使った者は死んだ」
ダスカーの表情は、苦々しげな色がある。
ただ死んだだけであれば、ダスカーもそのような表情は浮かべないだろう。
以前は騎士をしており、ギルムの領主になってからも戦争に何度も参加している。
そんなダスカーだけに、ただの死体は見慣れている筈だが……それでも今のような苦々しげな様子を見せるというのは、明らかに何かがあったと、そう言ってるようなものだった。