3350話
「さて、それではレイ殿。色々と話を聞かせて下さい」
妖精郷の奥、長が普段からいる場所に到着すると、すぐに長はそうレイに尋ねる。
長にしてみれば、レイから話を聞く必要があると判断していたのだろう。
レイも別に何か隠す必要がある訳でもない以上、長の言葉に頷いて話し始める。
とはいえ、魔石を使う魔獣術については話すことが出来ないので、その辺については適当に誤魔化したが。
「なるほど、話は分かりました。……幾つかニールセンから聞いていないこともありましたが」
そう言い、長の視線はニールセンに向けられる。
そんな長の視線に、ニールセンはビクリとした。
単純に話し忘れていたのか、それとも話すと自分にとって都合が悪いと判断したので黙っていたのか。
その辺はレイにも分からなかったが、それでもニールセンが何かやらかしたのは間違いない。
(ご愁傷様って奴だな)
この後、ニールセンが長からどのような目に遭うのかはレイにも分からない。
言葉だけの注意なのか、それともニールセンが恐れているお仕置きなのか。
ともあれ、ニールセンにとっては決して楽しい時間ではないのは間違いない。
長がニールセンを見る視線にも、この後で話があるという意味が込められていた。
そうしてニールセンを見ていた長だったが、不意にレイに視線を戻す。
「それで、レイ殿、明日以降の予定は?」
「どうだろうな。特に何かやらないといけないってのはないな。ただ、明日になったらブルーメタルを置いてきた場所を確認しに行きたいとは思うけど」
ボブが穢れと遭遇した場所に置いてきたブルーメタル。
もし穢れが何らかの手段で穢れの関係者にボブのことを知らせていれば、明日にはブルーメタルを置いてきた場所に多数の穢れがいるというのがレイの予想だった。
(あ、でもスキルを試した件の後始末はまだやってなかったな)
セトのアシッドブレスによって幹から折れた木はミスティリングに収納したものの、それ以外はそのままだ。
もし何も知らない者がブルーメタルを置いた場所にやってくれば、あの場所で一体何があったのかと疑問に思ってもおかしくはない。
ましてや、地面には一畳ほどの広さ――といってもこの世界の人間には分からないが――をブルーメタルで囲っている。
そんな場所にやってくれば、ここは一体何なのかと思ってもおかしくはないだろう。
もっとも、妖精郷の近くにまでやって来る者がいるかどうかはレイにも分からなかったが。
生誕の塔で暮らしているリザードマン達のうち、それを率いる……つまりリザードマンの中で最強の戦士たるガガなら、もしかしたら妖精郷の近くまでやって来ることもあるかもしれないが。
(とはいえ、雪が降り始めたし、リザードマン達も頻繁に行動は出来なくなるか)
そう思いつつ、レイは長との会話を続ける。
「ブルーメタルを置いてきた場所を見れば、特にこれといってやることはないと思う。ただ、エレーナを通してダスカー様から緊急の連絡が来るかもしれないけど」
具体的には、オーロラの家にあった指輪の件だ。
何らかの危険な能力を持つ指輪だが、ダスカーはそれを罪人に使わせてみると言っていた。
その件で何らかの進展があった場合は、対のオーブを持つエレーナを経由して連絡が入る可能性は十分にあった。
指輪の件で何か進展があった場合、レイも再びギルムに行く必要がある。
「そうですか。では、レイ殿は自分で最善だと思った行為をして下さい。ただ、ギルムから出るときは一応言っておいて欲しいのですが」
「分かった。そうしよう」
「ありがとうございます。それと、ブルーメタルでしたか。よろしければ一つ見せて貰えませんか?」
レイはその言葉にミスティリングからブルーメタルを取り出す。
ボブのいた場所でブルーメタルを使ったものの、それでも全てのブルーメタルを使った訳ではない。
まだミスティリングの中には、それなりの数のブルーメタルが入っている。
そのブルーメタルをどのように使うのかはまだ決まっていないが、穢れへの対処方針として考えれば悪い話ではない。
(出来ればもっと多くのブルーメタルを確保出来れば、穢れの関係者の本拠地を奇襲する時、使い道は結構あると思うけど。その辺は、それこそ後でダスカー様に聞いてみるしかないだろうな)
ブルーメタルは作るのにもかなりのコストや希少な素材が必要である以上、そう簡単に大量生産は出来ない。
とはいえ、レイにしてみれば今のところブルーメタルは穢れに対してしか効果はないのだ。
この先、ブルーメタルを研究した結果、また新たな使い道が出てくるかもしれないが。
「これがブルーメタルですか。……魔法金属というより、どこか宝石のようにも思えますね」
ブルーメタルという名前の通り、青い魔法金属のインゴットを見て、長がそう言う。
ニールセンも少し離れた場所でブルーメタルに目を奪われていた。
領主の館でレイがブルーメタルを回収した時、そこにニールセンはいなかった。
そしてトレントの森に戻ってきてからも、レイはギルドで回収してきた魔石を使う為にニールセンには長に事情を説明しておくようにと言って別行動となっている。
ニールセンにしてみれば、ブルーメタルという名前は聞いていたが、実際に直接自分の目で見るのは初めてなのだ。
その分だけ、ブルーメタルに目を奪われるようなことがあってもおかしくはない。
とはいえ、宝石のように見えても実際にはただの魔法金属のインゴット。
宝石のように見る者の目を奪うような、そんな不思議な魅力はない。
それを示すように、数秒ブルーメタルのインゴットに目を奪われた長とニールセンだったが、すぐにそこから視線を逸らす。
「なるほど、これがブルーメタルですか。……レイ殿、もしよろしければ、このインゴットだけでいいので、ブルーメタルを貰っても構わないでしょうか?」
「それは……」
このブルーメタルは、ダスカーが……いや、より正確には穢れの研究をしていた者達の手によって作り上げた物だ。
今のところ、このギルムにしか存在していない。
……もっとも、世の中には同じことを考える者が少なからずいると言われている。
もしかしたら、本当にもしかしたらだが、ブルーメタルと全く同じではなくても、似たような魔法金属が作られている可能性はあった。
(ブルーメタルはないな)
レイは自分の想像を即座に否定する。
何故なら、ブルーメタルはあくまでも穢れに対処する為に作られた魔法金属だ。
そして現時点において……あくまでもレイの知ってる限りではだが、穢れの関係者が大々的に動いている場所はトレントの森だけだ。
降り注ぐ春風の妖精郷の近くでも穢れの関係者はそれなりに騒動を起こしていたが。
ともあれそのような状況である以上、ブルーメタルと全く同じ物が作られるとは思わない。
また同時に、穢れの対抗に特化したブルーメタルだけに、ここで長にインゴットを一つくらい渡しても問題はないだろうと判断する。
「いいぞ。ただ、一応このブルーメタルは貴重な物だ。長にインゴットを一つ渡したとダスカー様に報告するが、それは構わないか?」
「はい、それで問題ありません。私もこのブルーメタルを研究して何かマジックアイテムが作れないか考えてみようかと。……ああ、勿論レイ殿から頼まれたマジックアイテムについてもしっかりと考えていますので」
レイが長に頼んだマジックアイテムは、通信用のマジックアイテムだ。
通信用というだけであれば、レイは対のオーブを持っている。
だが、それはあくまでもエレーナが使う為のマジックアイテムとなる。
レイがもう一つ……あるいはそれ以外にも幾つかマジックアイテムを欲してるのは、ダスカーと連絡を取りたい時にそのマジックアイテムを使いたい為だ。
なお、他にもモンスターの解体に使えるようなマジックアイテムを頼んでいたのだが、こちらはダスカーから諸々の報酬としてドワイトナイフという魔導都市オゾスで作られたマジックアイテムを貰っているので、既にキャンセルしていた。
元々妖精の作るマジックアイテムというのは、高性能ではあるものの、作るのに時間が掛かる。
レイが以前貰った霧の音という、霧を生み出すマジックアイテムは、既に長が途中まで作っていたので、そこまで時間を掛けずに完成させることが出来たということがあったが、それは本当に幸運だったからこその話だ。
通信用のマジックアイテムは霧の音と違って全く何もないところから作る必要がある。
そういう意味では、妖精の作る他のマジックアイテムと同じように、相応の時間が必要だった。
「分かってる。長は無理がない範囲でやってくれればいいから」
少し前なら是非とも通信用のマジックアイテムが欲しかったが、今はそこまででもない。
いや、勿論通信用のマジックアイテムがあれば非常に助かるのは間違いなかったが、現在における最優先事項である穢れの関係者の殲滅については、本拠地のある場所を把握し、そして冬の間に奇襲を仕掛けることが半ば決定している。
もっとも、ダスカーは何とか奇襲にエレーナが参加するのを止めさせたい様子だったが。
その辺については、レイの予想としてはダスカーの考えも恐らく無駄だろうと思っている。
ダスカーとしては、エレーナが奇襲に参加することによって怪我をしたりといった被害を受けるのは可能な限り避けたいと思っているのだろうが、既にエレーナは自分が奇襲に参加すると決めている。
そうである以上、エレーナの考えを止めさせるのはちょっとやそっとでは難しいだろう。
それこそエレーナの父親のケレベル公爵から直接止めて貰うといったようなことでもない限りは。
そんな訳で、レイはほぼエレーナが奇襲に参加するのは確定だと思っていた。
(魔剣も結局はエレーナが使うことになるみたいだし)
穢れを倒すことが出来るだろう魔剣は、当初ビューネに持たせるつもりだった。
ビューネは奇襲に参加するのではなく、後方で待機することになっている。
そうである以上、もし穢れの関係者と遭遇するということを考えれば、魔剣を持っておいた方が安全なのは間違いないだろう。
もっともブルーメタルもあるので、それを使えば穢れに対処は出来る。
後は穢れを使わず、生身で攻撃をしてくる穢れの関係者との戦いだが……そちらに関しては、ビューネの実力を知っているレイは、恐らく大丈夫だろうと思っていた。
「とにかく、このブルーメタルを研究して穢れに対する何らかの効果を発揮するマジックアイテムでも作ってくれれば、俺としては言うことはない」
「はい。私もそうしたいと思います。……もっとも、そのマジックアイテムを作るにも相応の時間が必要となるでしょうが」
「だろうな。とはいえ、ブルーメタルは大量に……って訳じゃないけど、それなりの数がある。量産は少し難しいみたいだけど、決して不可能だって訳じゃないみたいだし。そのブルーメタルのインゴットを一個渡すくらいは、ダスカー様もそこまで問題はないと言うと思うぞ」
これが、例えば長ではなくどこか別の街……あるいは中立派ではない貴族に持ち込んだりすれば、ダスカーもそう簡単に許しはしないだろう。
だが、今回渡すのは長にだ。
穢れについての情報をもたらしてくれた長だけに、渡されたブルーメタルを妙なことに使うとは思えない。
……ニールセンのような悪戯好きな妖精がブルーメタルを手にしたら、一体どういうことをするのか少しレイも疑問ではあったのだが。
とにかく長なら、それこそ万に一つの可能性としてブルーメタルで穢れに対して有効な何らかのマジックアイテムを作ってくれるかもしれない。
もし駄目でも、ブルーメタル一個が無駄になっただけでしかない。
「では、このブルーメタルはお預かりします」
そう長が言うと、地面に置かれていたブルーメタルは不意に浮かび上がる。
そのまま移動する様子は、まるで見えない手によってブルーメタルが持たれているようにすら見えた。
数多の見えない腕と呼ばれる長の面目躍如といったところか。
そんな光景に、ニールセンは驚くよりも怖がるように、我知らず数歩後退る。
ニールセンは今まで何度も長にお仕置きをされており、その時のことを思い出したのだろう。
(悪戯をやめればいいと思うんだが……そもそも止めることが出来ないからこそ、今まで何度も長にお仕置きをされてるんだろうな)
そう思いつつ、レイはブルーメタルが動く光景を眺めるのだった。