3348話
セトがクリスタルドラゴンの魔石を見ている。
レイは何とかセトにそれを諦めさせようとしたのだが、セトがレイの言葉を聞く様子もない。
先程、本来ならデスサイズに使おうとした巨狼の魔石をセトが使ったから……というのも言おうとしたが、それはちょっと弱い。
それに何より、レイはセトがかなり自信満々といった様子なのが気になった。
「セト、本当に……本当にクリスタルドラゴンの魔石を使っても大丈夫なのか?」
「グルゥ!」
最後の確認といった意味で尋ねたレイに、セトは任せてと喉を鳴らす。
ここでレイが何を言っても、セトは話を聞かないだろう。
そう判断したレイは、不承不承セトに向かって口を開く。
「分かった。じゃあ、セトがクリスタルドラゴンの魔石を使ってもいい。けど、セトが無理をしそうなら、すぐに止めるからな」
そう言うレイの言葉に、セトは自信に満ちた鳴き声を上げる。
(本当に大丈夫なんだろうな?)
そこまで自信満々のセトを見ても、レイは完全に安心は出来ない。
クリスタルドラゴンの魔石の大きさとセトのクチバシ、そして喉の太さを考えれば、レイが不安に思うのはおかしくない。
とはいえ、セトがここまでやる気になっている以上、レイが出来るのはこのまま結果を見届けるだけだ。
もし……本当に万が一の話だが、セトがクリスタルドラゴンの魔石を飲み込めなくて危険な状態になったら、それこそセトの喉を蹴るなり、デスサイズの柄で叩くなりして、どうにか魔石を吐き出させる必要があった。
とはいえ、レイが本当にその通りに出来るかどうかは分からなかったが。
セトがクリスタルドラゴンの魔石に近付いていくのを、レイはデスサイズを握ってじっくりと見る。
そして……
「え?」
目の前で起きた光景に、レイの口から出たのは間の抜けた声だった。
ひゅん、と。
そんな表現が相応しいような様子で、クリスタルドラゴンの魔石はセトの口の中に吸い込まれていったのだ。
一体何がどうなっているのか。
クリスタルドラゴンの魔石は明らかにセトのクチバシや喉で飲み込めるような大きさではない。
だというのに、全く……それこそまるで液体か気体にでもなったかのようにセトの口の中に入っていったのだ。
自分が見た光景に動揺しているレイだったが……
【セトは『王の威圧 Lv.五』のスキルを習得した】
脳裏に響いたアナウンスメッセージにより、我に返る。
「クリスタルドラゴンの魔石をどうやって飲み込んだのかはともかく……王の威圧か」
取りあえず魔石の件については置いておくとして、王の威圧がレベル五になったのはレイにとっても嬉しいことだ。
ドラゴンはモンスター達の王と呼ばれることも珍しくはない。
そんなドラゴンの魔石だったのだから、王の威圧がレベルアップするのもおかしくはないだろうと。
「グルゥ!」
セトは王の威圧がレベルアップしたことで、嬉しそうに喉を鳴らす。
それは自分のことを心配していたレイに対して、どんなもんだいと、そう言ってるようにすら思える様子。
そんなセトの様子に、レイは力が抜けた笑みを浮かべる。
「よくやったな」
レイが出来るのは、そう言ってセトを撫でるだけだ。
レイに撫でられるのが好きなセトは、気持ちよさそうに目を細める。
そうして五分程が経過したところで、レイはセトに向かって疑問を口にした。
「それで、結局どうやってクリスタルドラゴンの魔石を……あんなに大きな魔石を飲み込むことが出来たんだ?」
「グルゥ? グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らす。
ただ、具体的に何がどうなって魔石を飲み込めたのかという説明はレイにも理解出来ない。
何となくの雰囲気で伝わってくるのは、まるで自分がクリスタルドラゴンの魔石を飲み込めるのは当然といったようにセトが認識していたことか。
(もしかして……本当にもしかしてだけど、魔獣術で生み出されたセトは魔石がどんなに巨大でも無条件に飲み込めたりするのか?)
普通の生き物なら、そのようなことは到底不可能だろう。
しかし、セトはグリフォンの姿をしており、その能力もグリフォンをベースとしているものの、実際にはレイの莫大な魔力を使い、魔獣術によって生み出された存在だ。
そうである以上、普通のグリフォンの筈がない。
魔獣術の肝とも呼ぶべき、魔石を吸収する行為を妨げるような何か……今回の場合はクリスタルドラゴンの魔石の大きさのようなものを、何らかの手段で克服出来る手段があってもおかしくはない。
「セトがドラゴンの魔石も飲み込めるのなら、次からはあまり心配しなくてもいいだろうな」
レイの言葉に、セトは勿論! と喉を鳴らす。
そんなセトの様子に笑みを浮かべ……それから少し真面目な表情となって口を開く。
「さて、セト。王の威圧……レベル五になったけど、それを試してみるか。とはいえ、目で見てはっきりと効果が分かるようなスキルではないけど」
セトの持つ王の威圧というスキルは、その雄叫びによって自分より弱い者、格下の存在の動きを止めるという、非常に強力な効果を持つ。
一応抵抗に成功すれば動きを封じられることはないものの、それでも王の威圧の効果によって動きがかなり鈍くなる。
だが、それを敵のいないこの場所で使っても、効果ははっきりとは分からない。
(レベル五になってスキルが強化された筈だから、あるいは見て分かる効果もあったりするのかもしれないけど)
とにかく試してみなければ、何も分からない。
そう判断したレイによってセトは促され……
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルゥ!」
王の威圧を発動する。
(違う)
その雄叫びを聞いたレイは、一瞬にして王の威圧というスキルがレベル五になって強化されたのを、本能的に理解する。
レイは今までセトが王の威圧を使うのを、何度も見てきたし、聞いてきた。
だが……今レイの近くでこうして雄叫びを上げている姿は、明らかに今までの王の威圧とは違う迫力があった。
レイが分かるのは、あくまでも迫力が以前よりも上がっているということだけだ。
具体的にどのような能力が強化されたのかまでは、レイにも分からない。
とはいえ、王の威圧の迫力を考えると間違いなく何らかの能力が強化されているのは明らかだった。
「具体的にどういう風に強化されたのかは、それこそ実際に見てみないと分からないか。……この王の雄叫びで、トレントの森のどの辺まで効果があったかだよな」
もう冬とはいえ、トレントの森にはまだ多くの動物やモンスターが棲息している。
そのような者達が、今のセトの王の威圧でどのような効果を受けたのか。
王の威圧は、物理的な破壊力を持ったスキルではない。
その為、木々によって周囲の状況は確認出来ないものの、それでも周囲にいる生き物は今のセトの王の威圧で色々と被害を受けたのは間違いない筈だった。
場合によっては、半ば暴走……いわゆるスタンピードと呼ばれるような現象になっていてもおかしくはないと、そうレイには思える。
もっとも、王の威圧の効果を考えると暴走するのではなく動けずに大人しくなるのではないかと、そう思えたが。
(スキルレベルが五になってスキルがかなり強化された。……今更だけど、一から五になって強化されたということは、十になればやっぱり更に強化されるのか?)
ふと、レイはそんな風に思う。
実際にそのようになるのかどうかは、生憎とレイにも分からない。
分からないが、それでもこのまま魔獣術でセトやデスサイズが強化されていけば、スキルレベルが十になるのはそう遠くないことの筈だった。
「グルルゥ?」
スキルレベルについて考えていたレイだったが、そんなレイに対してセトはどうしたの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトに対し、何でもないと首を横に振りながらその身体を撫でる。
「このままセトが強くなったら、一体どこまで強くなるのかと、そう思っただけだよ」
「グルルゥ? グルルゥ、グルルルルルゥ!」
レイの言葉に、自分はどこまでも強くなると態度で示すセト。
レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「それにしても、クリスタルドラゴンの魔石で王の威圧……まぁ、それらしいスキルなのは間違いないんだけど、出来ればドラゴンに変身出来るスキルとか、そういうのでもよかったよな?」
「グルゥ?」
そう? とレイはセトの言葉に首を傾げる。
セトにしてみれば、ドラゴンに変身出来るのは少し面白そうなのは間違いないものの、実際には自分が変身するのが少し分からないといった感じなのだろう。
そんなセトの様子を見て、レイも笑みを浮かべる。
「そうだな、もうクリスタルドラゴンの魔石は使ってしまったんだし、今更そんなことを考えても仕方がないか。それに、またいずれドラゴンと遭遇するようなこともあるかもしれないし。……ある、か? 最悪魔の森に行けばクリスタルドラゴンとまた遭遇出来るかもしれないのは間違いないよな」
魔獣術では一種類のモンスターの魔石は一回しか使えない。
もう一度クリスタルドラゴンを倒しても、その魔石をセトが使うのは不可能だ。
ただし、レイの魔獣術で生み出されたのはセト以外にデスサイズもある。
そちらはクリスタルドラゴンの魔石を使うことが可能だった。
レイの持つ規格外の魔力の影響で生み出されたデスサイズだが、魔石を二種類分使うことが出来るというのは、レイにとって非常に幸運なのは間違いない。
「グルルゥ」
羨ましいと喉を鳴らすセトだったが、魔の森に行けばクリスタルドラゴン以外のドラゴンがいる可能性は十分にある。
そうして少し話をし……もうここにいる理由もないだろうと判断、妖精郷に戻ることにする。
(ブルーメタルは、問題ないな)
少し離れた場所にある、ブルーメタルで作った一畳程の空間。
未だにその周辺に穢れの姿はなかったものの、今はこれ以上ここで様子を見ていても意味がないと判断する。
(確認するとしても、明日だな。もし穢れがここに現れても、恐らく臨機応変な対応とかは出来ないだろうし)
レイにとって穢れとは、オーロラのような穢れの関係者が操っているのならともかく、このトレントの森に転移してくるような穢れは基本的にプログラム通りに動くロボットといった認識だった。
それだけに、もしボブと遭遇したこの辺りに転移してきても、ブルーメタルを見つけたらその中には入れないにも関わらず、それでも延々とその中に入ろうとするだろう。
まさに、プログラムされたロボットのように。
そうである以上、ブルーメタルで囲んだ場所を延々と眺めている必要はない。
……気が付いたら、穢れが大量に集まってきて手に負えなくなる可能性は十分にあったが。
とはいえ、大量に集まった穢れというのはレイの魔法にとっては一網打尽の的でしかない。
そうなったらそうなったで楽だろうと思いつつ、レイはセトと共に妖精郷に向かうことにする。
「ニールセンは諸々について長に話したかどうかだな。……上手い具合に話が終わっていれば、俺が特に追加で話すようなことはないんだが」
呟きつつ、レイはセトの背の上で流れる景色を眺める。
基本的にセトに乗って移動する時は、空を飛ぶことが多い。
しかしレイは地上を疾走するセトに乗るのも、決して嫌いではなかった。
セトもまた、レイを背中に乗せて走るのは嫌いではない。
いや、寧ろ好きだ。
こうしている今も、セトの機嫌はいい。
とはいえ、セトの速度で走ると目的の場所……妖精郷にはすぐに到着する。
空を飛ぶ時程ではないにしろ、セトの走る速度はその辺の馬、それこそ名馬と呼ばれるような馬よりも上だ。
そして普通なら馬にとって林や森のような場所は決して走るのに向いている訳ではないのだが、セトならその辺についても普通に走ることが出来る。
「グルゥ」
到着したよと、嬉しそうな、それでいて残念そうな様子でセトが言う。
レイはそんなセトの様子に気が付いたものの、特に何を言うでもなく感謝を込めて背中を撫で……そしてレイとセトは妖精郷を守っている霧の空間に入る。
(あ、セトの霧の爪牙を試すのって、もしかしてここで試せばよかったのか?)
一瞬そう思うレイだったが、霧の空間で暮らしている狼達はセトに畏怖の感情を抱いてる。
セトが妖精郷と敵対をするのなら、狼達は死ぬ気でセトと戦うだろう。
だが幸いなことに……本当に狼達にとって幸いなことに、レイやセトと妖精郷は非常に友好的な関係だ。
そうである以上、狼達はセトの前に出たりはしない。
ましてや、先程の王の威圧で行われた遠吠えは妖精郷にまで届いていたのだから、尚更だった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.五』new『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.七』『衝撃の魔眼 Lv.四』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.四』『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.一』『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.二』
王の威圧:自分より弱い敵に対して、怯えさせて動きを止めることが出来る。動きが固まらない相手に対しても、速度を四割程低下させることが可能。ただし、自分と同等以上の相手には効果はない。レベル五に達し、基本的にレベルが下の相手は何か特殊なスキルや突出した能力を持っていない限り抵抗できず問答無用で動きを止めることになる。また、その効果範囲もレベル四の時と比べると倍近くまで広がっている。