3344話
レイが騎士と会話をしている間も馬車は進み、貴族街に入り……そしてマリーナの家の前に到着する。
(十人ちょっとか。……ギルドの一件が原因だろうな)
少し前までは、マリーナの家を見張っている者の人数は五人前後になっていた。
だが、今となっては十人以上いるのが気配であったり、目で見て把握出来る。
レイがギルドに姿を現した情報は、既に十分に広まっている筈だった。
暴走した馬の件もあり、そこで騎士達が事態を収拾させ、治療したり、瓦礫の片付けをしたりしていたので、その間に貴族街にレイが姿を現したという情報が伝わったのだろう。
その結果として、いつもより見張りの数が多くなったのだ。
(とはいえ、俺がマリーナの家に入れば、もうそこからセトに乗って飛んで移動すると分かってると思うけど。見張ってる意味があるのか? 万が一に期待してるのかもしれないが)
何らかの理由で、レイがセトに乗って移動するのではなく、普通にマリーナの家から出て来る可能性に賭けているのではないか。
そう思うレイだったが、この寒い中でご苦労さんとしか思えない。
レイは馬車の中にいるし、なによりドラゴンローブの簡易エアコン機能によって全く寒くない。
だが、今は冬だ。
それも例年より遅いとはいえ、既に雪が降り始めている。
幸いにも今は雪が降っていないが、それでもいつ雪が降ってもおかしくはない気温の低さだ。
そのような状況の中でマリーナの家を見張っているのだから、まさにレイにしてみればご苦労さんとしか言いようがない。
レイがマリーナの家を見張っている者達のことを考えていると、やがて馬車が停まる。
「レイ、ついたぞ。マリーナさんの家だ」
「分かった。護衛、助かった」
「ダスカー様からの命令だったし、気にするな。色々と珍しい話も聞けたしな」
「……珍しい話?」
座っていた座席から立ち上がろうとしたレイだったが、騎士の言葉に疑問を抱く。
騎士達とは色々と話をしたが、だからといって別にそこまで珍しい話をした覚えはレイにはない。
「そんなに珍しい話をしたか?」
「レイにとっては珍しいと思っていなくても、俺達にしてみれば十分に珍しい話ってのはあるんだよ。例えば……そうだな。レイも騎士についてはあまり詳しくないだろうから、騎士にとっては常識でもレイにとっては驚くような内容だったりとか、そういう感じで」
「ああ、そういう意味で珍しいのか。そうなると俺の話は珍しいのかもしれないな」
高ランク冒険者で様々なトラブルに巻き込まれてきたレイだ。
そんなレイの話は、確かに騎士達にしてみれば珍しいと思うものは多かっただろう。
……中には、嘘だろうと思うような話もあったが。
珍しい話について納得したレイは、今度こそ座席を立つ。
「じゃあ、またな」
そう言い、馬車の扉を開ける。
ラルクス辺境伯家の家紋入りの馬車を任されている御者だけに、その操縦技術は高い。
馬車の扉を開けると、そこにはもうマリーナの家の門があった。
素早く門の中に……マリーナの家の敷地に入ると、何人か突っ込んで来た者達が悔しそうな表情を浮かべているのが見える。
そのような相手を一瞥すると、レイはそのような相手を気にした様子もなくマリーナの家に入っていく。
そのまま家の中に入るのではなく、中庭に向かう。
セトがいる以上、恐らく全員が中庭に集まっていると思ったのだ。
そうして中庭に向かうと、やはりそこには予想通りテーブルが用意され、エレーナ達の姿があった。
また、セトとイエロ、ニールセン、ビューネが中庭で遊んでいるのが見える。
「レイ」
最初にレイの存在に気が付いたのは、エレーナ。
そのエレーナが名前を呼んだことにより、他の面々もレイの姿に気が付く。
当然、この場にいる者の中で一番感覚の鋭いセトもレイの存在に気が付いていたが、今は遊んでいる最中なのでレイのいる方に行くことは出来なかったらしい。
「悪い、待たせたか?」
「うむ。もう少し早く来ると思っていたが、何かあったのか?」
エレーナの問いに、レイは何があったのかを考える。
この短い時間で色々とあったのは事実だっただけに、何を言えばいいのか迷う。
「魔の森のモンスターの素材……クリスタルドラゴンも含めて受け取ってきたり、ギガントタートルの解体について少し話したり、馬車で移動中に暴走する馬による騒動に巻き込まれたりしたな」
「……この短時間で、よくもまぁ……」
レイの言葉を聞いたヴィヘラが、呆れの表情で言う。
これで強敵と遭遇してレイが戦ったと言えば、ヴィヘラも羨ましそうな表情を浮かべただろう。
だが、暴れ馬ではヴィヘラにとって戦いたいと思う相手ではない。
レイが一瞬警戒したように、暴れ馬の件を陽動として暗殺者……それもただの暗殺者ではなく、腕利きの暗殺者でも襲ってきたのなら話は別だっただろうが。
「一つ一つは小さいことだったけどな」
「クリスタルドラゴンの素材を小さいことと言えるのは、レイくらいでしょうね」
元ギルドマスターだけに、マリーナは未知のモンスターの情報の重要性を理解している。
ましてや、その未知のモンスターがドラゴンの新種であるとなれば、その話はより重要度を増す。
「それで、レイ。魔剣は? ニールセンから聞いてはいるが、穢れに効果があるのだろう?」
以前もエレーナはオーロラの持っていた魔剣を見た筈だったが、その効果を知って改めて見たくなったのだろう。
レイに見せて欲しいと言ってくる。
別に勿体ぶるような物でもないので、レイはミスティリングから魔剣を取り出すとエレーナに渡す。
エレーナは魔剣を使う感覚を掴むように、テーブルから少し離れた場所で魔剣を振るう。
連接剣のミラージュを使っているだけあって、エレーナが魔剣を振るう姿は様になっている。
剣舞と表現しても間違ってはいないと思えた。
そんなエレーナの様子に目を奪われていたレイだったが、マリーナの声で我に返る。
「指輪の方はダスカーに預けてきたのよね?」
「そうだ。ダグラスっていうマジックアイテムの鑑定が出来る奴を知ってるか?」
「ええ、私も色々と世話になったことがあるわ」
マリーナもダグラスは知っていた。
ダグラスをダスカーに紹介したのはマリーナなので、マリーナの方がダスカーよりもダグラスとの付き合いは長い。
ギルドマスターをしていたマリーナだけに、判別の難しいマジックアイテムが持ち込まれることも少なくなかった。
その時にマリーナが頼ることが多かったのが、ダグラスだ。
「あ、そうなのか? 取りあえずそのダグラスの鑑定で、指輪は少し危ないかもしれないから、ダスカー様が少し罪人に使って試してみるらしい……て、ニールセンから聞いてないのか? 今の様子からすると、魔剣については聞いたんだろう?」
「ニールセンがずっと大人しくしていると思うの?」
そう言われれば、レイも素直に納得してしまう。
ニールセンの能力については、レイも十分に理解している。
だが同時に、ニールセンの性格についても十分に理解していたのだ。
「話は分かった。とにかく指輪はそんな感じで、今は俺の手元にないな。……エレーナ、それで魔剣はどうだ?」
レイの問いに、魔剣を振るっていたエレーナはその動きを止める。
「純粋な武器の質としては、悪くはないが良くもないといったところか。勿論、魔剣というマジックアイテムの中での話だが。ただ、この魔剣の本質は穢れを殺すことだろう。そう考えれば、純粋な武器として使うことは考えなくてもいいのだろう」
「もともと穢れに対抗する為に作られたと思われる魔剣だしな。……穢れによって世界の破滅を望むオーロラが、何だってこんな魔剣を用意したのかは分からないけど」
「考えられる可能性があるとすれば……そうね。そもそもこの魔剣は別にオーロラが作ったのではなく、誰か他のオーロラや穢れの関係者の敵対者が作った魔剣で、その相手を倒すなりなんなりして、その結果オーロラが魔剣を預かっていたとかはどう?」
オーロラと接したことがあり、何より実際に魔剣を発見したマリーナの言葉だけに、そこには強い説得力がある。
だが同時に、そんなマリーナの意見には疑問も抱く。
「敵対した相手から入手したのは分かる。けど、何だってそのまま持ってたんだ? 穢れにとって致命的なら、それこそ魔剣を折るなりなんなりして使い物にならなくすればいいと思うんだが」
「そうね。レイの言いたい事も分かるわ。それで第二の可能性。オーロラは穢れの関係者の中でもかなり高い地位にいたみたいだけど、高い地位にいればいるだけ敵も多くなってもおかしくはないでしょう? 特に同じ組織の中で」
高い地位にいる者の数は少ない。
つまり、その地位になれる者はそれだけ少ない、椅子取りゲームのようなものだ。
自分と同じ地位にいる競争相手を蹴落とそうとする者がいても、それはおかしくないだろう。
そのような相手から接収したのか、あるいはそのような相手が暗殺なりなんなりした時に対処する為なのか。
ともあれ、穢れの関係者の誰かが相手を殺そうとするのなら、やはり穢れを使うことが多いだろう。
何しろ穢れは触れれば黒い塵にして吸収するのだ。
死体が残ったり、血痕が残ったりといったことはない。
そのような時に穢れに対処する為に穢れに特攻を持つ魔剣をオーロラが用意してもおかしくはなかった。
そうレイが説明すると、ヴィヘラが首を傾げる。
「でも、穢れの関係者にとって穢れというのは高位の存在なんでしょう? そんな高位の存在を殺す為の魔剣を、あのオーロラが用意すると思う?」
「その意見は賛成するけど、だからといって穢れを相手に何も対処方法がない状態では不味いだろう? ……そう言えば、穢れに穢れをぶつけるとどうなるんだろうな。トレントの森を襲撃する穢れは、ぶつかっても反発して跳ね返るだけで特に何もなかったけど」
「敵対した者達がそれぞれに穢れを使えば違うと?」
エレーナのその言葉に、話を聞いていた他の面々もそれぞれ考え込む。
「俺が言ったのは、あくまでも可能性だ。絶対にそうなるとは限らない。ともあれ、あの魔剣を入手出来たのは大きいな。本来なら、魔剣はビューネに使わせるつもりだったんだけど」
ビューネはそれなりに高い戦闘能力を持ってはいるが、レイの仲間達の中では圧倒的に戦闘力は低い。
レイ、エレーナ、ヴィヘラといった三人は近接戦闘に長けており、マリーナは天才的な精霊魔法の使い手だ。
そんな四人には劣るものの、アーラもその剛力を利用した戦闘力はその辺の雑魚を数人纏めて吹き飛ばすだけの威力を持つ。
そのような者達と比べると、明らかにビューネの戦闘力は劣る。
もっとも、それはあくまでもレイ達のような存在と比べればの話で、ビューネは幼い割に盗賊の中ではかなりの戦闘力を持っている。
ただ、そんなビューネもレイ達と行動をする以上は、どうしても戦闘力が低いという扱いになってしまうのだ。
ビューネより戦闘力の低い者となると、それこそニールセンやイエロくらいしかいない。
そんな戦闘力の低いビューネだからこそ、レイは穢れに特攻を持つ魔剣を使わせた方がいいと思っていたのだ。
エレーナもそれは分かっているのだが、それでも譲ることが出来ないこともある。
「私が竜言語魔法で穢れを倒せるのは間違いないが、だからといって敵の本拠地の中で竜言語魔法を使うのは、色々と問題がある」
「……だろうな。トレントの森でも大きな騒動になったし」
エレーナは一度だけ、トレントの森で穢れと遭遇したことがある。
その時、エレーナの竜言語魔法によって放たれたレーザーブレスによってトレントの森を一直線に消滅させてしまった。
トレントの森を横断するとまではいかないが、それでもかなりの範囲がレーザーブレスによって消滅させられたのは事実。
それによって、トレントの森の中で動物やモンスターによる縄張り争いが激化した。
レイもエレーナも、そして他の面々もそれについては十分に理解している。
特にヴィヘラはビューネと共に仕事柄トレントの森の中を移動する時もあったので、特にその被害について真剣に理解していた。
「だからこそ、穢れの関係者の本拠地に奇襲する私が魔剣を持っていた方がいい」
「けどそうなると、ビューネはどうするの? ビューネが後方で待機している以上は……」
「ミスリルの釘を使えばいいのではないか? 聞いた話によれば、ミスリルの釘は結界を作るのだろう? それを使えるのなら、穢れに対処は出来るだろう、それにブルーメタルを使って穢れが入ってこられない退避場所とするのでもいい」
そう言うエレーナに、話を聞いていた者達はなるほどと頷くのだった。