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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3342/3865

3342話

 自分の行動が軽率だったと理解したレイは、ここで自分のことが他の者達に知られる前にギルドを出ることにする。


「悪いが、俺はそろそろ行くよ。また近いうちに顔を出す。……樽じゃなくて、他の素材の買い取り金額については後でまた取りに来る」


 レイの言う他の素材というのは、今回のギルドで解体して貰った素材のうちの一部をギルドが買い取るということになっていた為だ。

 ギルドが買い取る素材の中にはクリスタルドラゴンの素材もある。

 その金額が結構な……いや、かなりの額になるのは間違いない。

 それこそクリスタルドラゴンの排泄物とはくらべものにならないくらいの金額になるのは間違いない。


「分かりました。上の方にはそう報告しておきますね」

「ちなみに……本当にちなみにの話だが、白金貨や光金貨の類じゃなくて、俺が興味を持つようなマジックアイテムがあれば、報酬をそこから天引きしてもいいぞ」

「それは……どうでしょう。上の方でどう判断するかです」


 そう言いつつも、レノラはレイの提案は決して悪くないと思う。

 ギルドの歴史は長く、その影響で今まで多数のマジックアイテムが持ち込まれている。

 特にこのギルムのギルドはミレアーナ王国唯一の辺境ということで、希少な素材を使ったマジックアイテムも多数保管されていた。

 そのマジックアイテムで報酬となるのなら、それこそレイに渡すことで報酬をそこから天引きして、報酬の額を安く出来る。

 普通ならギルドがそのようなことは行わない。

 未知のモンスターの素材が持ち込まれることもあるが、その時の対応も報酬は上がるものの、それだけだ。

 だというのに、今回に限ってこれまでと違う対応が行われるかもしれないというのは、レイの倒したモンスターがクリスタルドラゴンという、未知のドラゴンだからというのが大きいだろう。

 ドラゴンは全てのモンスターの頂点に立つ存在だ。

 そしてドラゴンについては、未だに解明されていない生態も多い。

 そんな中で今まで未発見だった未知のドラゴンが発見されたのだ。

 ギルドとしては、何としてもその情報を入手し、どのような生態を持つのかを調べる必要があった。

 そういう意味で、何としてもレイからクリスタルドラゴンの素材を買い取りたいとギルドは思う筈だった。

 そういう意味ではレイの提案はギルドにとってもありがたいのは間違いない。


「金で支払うのなら、それはそれでもいい。ただ、俺としてはマジックアイテムの方がありがたいけど。……ともあれ、その辺の判断はギルドの上層部に任せる」


 そう言い、レイはカウンターの前から立ち去る。

 ケニーが残念そうな表情を浮かべていたものの、ここでレイを止めるようなことをすればレイに迷惑を掛けるようになるだけだと理解出来ているので、特に何かを言う様子はない。

 そうしてギルドから出ようとしたレイだったが、依頼ボードの前にいた何人かが視線で追う。

 やがてそのうち、一人の冒険者がレイに近付こうとして一歩踏み出し……


「痛っ! おい、気を付けろよ」

「ああ、悪い。ちょっと急いでいてな」


 そう言い、男はその場から立ち去ってレイに向かおうとするものの……


「待てよ。もう少し話を聞かせて貰おうか」

「は? おい、いい加減にしろよ。ちょっとぶつかったくらいで、一体何を考えてやがる」

「うるせえ、ちょっと来い」


 そう言うと、ぶつかられた男はぶつかった男を無理矢理引っ張っていく。

 身体能力という点ではぶつかられた男の方が上らしく、ぶつかった男は何とか逃げようとするが、それも出来ない。

 そうして引っ張っていく男は、レイがギルドから出たのを見て内心で安堵する。

 この男は、レイがレイだと認識していた。

 身体の動かし方を見れば、それがレイだと判断するのは難しくない。

 それでもレイに声を掛けたりしなかったのは、レイがそれを望んでいないように思えたからだ。

 ……クリスタルドラゴンの件を考えれば、レイがそのように思うのは無理もないと男にも思える。

 そんな男だっただけに、レイに声を掛けようとした者がいたのを見ると、それを防ぐべく行動に出た。

 レイの強さを尊敬していた一面もあるし、何よりギルドの中で騒動を起こされるのは男としてもごめんだった。

 色々とあって冬越えの金が少し足りない男としては、ここで騒動が起きたことによって依頼を受けることが出来なくなるのは困るのだ。

 そういう訳で、男はレイに声を掛けようとした男を強引に連れ出すのだった。






「ん? 何かあったか?」


 ギルドから出たレイはそう呟く。

 何となくギルドの中で何かがあったような気がしたが、ギルドから出た以上はわざわざ戻ったりはしない。

 現在もギルドの外にはそれなりに多くの者達が集まっているのだから。


(とはいえ、騎士の演説についてはもう終わったみたいだけど。一体どういうことを言ったんだろうな)


 騎士の演説を聴けなかったことを残念に思いながら、ギルドから少し離れる。

 レイがギルドに来る時に乗ってきた馬車は、ギルドの側ではなく少し離れた場所で待機していた。

 レイは馬車の詳しい見分けは出来ないが、馬車にはラルクス辺境伯の家紋が彫られているので、そういう意味では非常に見分けやすい。


(ああ、もしかして俺が乗ったらすぐに馬車が出発出来るようにしてるのか?)


 レイがラルクス辺境伯の家紋が彫られた馬車から出て来たのは、何人かが見ている。

 実際に馬車から出た時にそれらしい声を聞いたのだから。

 そうである以上、馬車に乗るのがレイだ。

 つまり、馬車に乗りそうになった相手に接触出来れば、それはレイである可能性が高かった。

 馬車の御者や護衛の騎士達も、その辺りについて十分に理解しているからこそ、レイを乗せたらすぐ出発出来るように準備を行っているのだろう。

 もっともそれはあくまでもレイがそうであろうと予想しているだけで、実際には全く違う可能性も否定は出来なかったが。

 とはいえ、その予想が当たっているのかどうかは実際に馬車に乗れば分かる訳で……

 レイは何気ない風を装いながら馬車に近付いていく。

 馬車が停まっているのは大通りなので、その側を移動する者は多い。

 レイもそんな者達の中に紛れ込んだ形だ。

 ……もっとも、転ぶなりなんなりして馬車に少しでも傷を付けるといったことになるかもしれないと考えると、馬車の側を通る者はいるが、それでも馬車からはある程度離れて移動している者が多かったが。

 そんな中でレイは普通に馬車の側を歩く。

 そうなると馬車に乗る者がいないかどうかを確認している者達の視線が鋭くなるが……


「よっと」


 馬車の中にいた者達は、レイが近付いてくるのを察知していた。

 レイが馬車に近付いた瞬間、突然扉が開く。

 扉が開いたと見た瞬間、馬車の様子を見ていた者達の多くが一気に馬車の近くにいるレイに向かって走ろうとするが、レイの身体能力は扉が開いた瞬間すぐに馬車の中に入ることを可能とした。

 レイが馬車に入ると即座に扉が閉まり、馬車が出発する。

 これがその辺の馬車であれば、無理矢理馬車の前に出て停めるといったことも可能だろう。

 しかし、この馬車はただの馬車ではなくラルクス辺境伯家の家紋が彫られた馬車だ。

 ギルムにおいてその馬車にいらないちょっかいを出そうとするのは、自殺行為でしかない。

 だからこそ、レイが馬車に乗る瞬間に接触しようとしていたのだ。

 見張っていた者達とレイの身体能力の差を考えると、対処するのは難しかったが。


「ふぅ、助かった」

「ギルドでの用事はもういいのか?」


 馬車の中で最初にレイに声を掛けてきたのは、倉庫の中に来た騎士だ。

 レイがギルドに向かう時に演説を行い、その場にいた者達の注意を集めた人物。

 そのような人物だけに、こうしてレイが戻ってきたのを見てギルドでの用事が終わったのかと心配したのだろう。

 そんな騎士に、レイは素直に頷く。


「ああ、ギルドの用事はもう大体終わらせた。実は何かを忘れていたりしたら……今度はそんなに目立たないようにしてやって来ればいいし」


 倉庫にはもう用件はないので、ギルドに入る時にレイをレイだと認識出来なければ、特定されることはない。

 倉庫に行かないというだけで、ドラゴンローブのフードを被っていれば、そう簡単に見つかるようなことはないというのがレイの予想だった。

 もっとも、セトと一緒に行動していればすぐにレイだと認識されてしまうが。


「そうか。まぁ、俺達はお前を貴族街にあるマリーナさんの家まで送っていけば、それで仕事は終わりだけど」


 マリーナをさん付けで呼んだ騎士に少し疑問を抱いたレイだったが、長年ギルドマスターをやって来た実績があり、ダスカーとも古い付き合いであることを考えると、さん付けであってもおかしくはないのかと思い直す。


「マリーナの家に行けば、後は何の問題もないし、それで十分だと思う。倉庫の前では助けて貰ったし」


 マリーナの家にはセトがいて、レイはダスカーから正門を通らず自由に空を行き来してもいいと許可を貰っている。

 もっとも、その許可はあくまでもギルムの増築工事が終わるまで……より正確には新たに結界が展開されるまでの話だが。

 それでも今は自由に空からギルムに出入り可能な以上、セトがいるマリーナの家に行けばまず安心だった。

 ……セトの件がなくても、マリーナの家は精霊で守られているので悪意を持った者は中に入ることができないのだが。

 とにかくレイにしてみれば、ギルドでの用事を終わらせてこの馬車に戻った時点でもう心配は何もない。

 だからこそ、馬車が進む中でゆっくりとしていたのだが……


「うおっ!」


 突然馬車が激しく揺れ、リラックスしていたレイは椅子から転げ落ちそうになる。

 それでも何とか転ぶのを防ぐことに成功するものの、騎士達はそうはいかなかった。

 騎士の象徴である金属鎧の類は着ていなかった騎士達だったが、それでも突然の馬車の挙動には咄嗟に頭部を庇うくらいがせいぜいで、椅子から落ちて身体を打ったり、馬車の壁にぶつかったりする。

 そのような状況になりつつも、大きな怪我の一つもしなかったのは騎士として鍛えていた成果か。


「何があった!?」


 転ぶのを防いだレイが咄嗟に叫ぶも、それがすぐに分かる訳がない。

 ただ、馬車の動きが停まっているのは間違いなく、何らかの突発的な理由があるのは間違いなかった。


「痛ぅ……ちょっと待ってくれ。俺が外に出て確認してくる。お前達はレイの護衛と、何かあった時に俺の援護をしてくれ」

「分かった。気を付けろよ」


 騎士の中でも最初に起き上がった男がそう言うと、他の騎士達に指示を出してから馬車の外に出る。


「何が起きたと思う?」


 尋ねるレイに、騎士は首を横に振る。


「分かりません。馬車が……しかもダスカー様の馬車を無理矢理どうにかする相手がいるとは思えませんし」


 レイと話していた騎士と違い、丁寧な言葉遣いをする騎士。

 ある意味こちらの方が騎士らしいと思っていると、扉が開いて先程外に出た騎士が戻ってくる。

 その表情に緊迫の色はなく、取りあえず襲撃の類があった訳ではないとレイは安堵して口を開く。


「何があった?」

「事故だ。……というか、馬が暴走して大通りを走っていったらしい。この馬車の前をかなりの速度で走っていって、それで馬車を牽く馬が驚いたようだな」

「それは、また……」


 驚くレイ。

 ラルクス辺境伯家の家紋を彫られた馬車を牽く馬だけに、その辺の適当な馬という訳ではない。

 きちんと厳しく訓練を行われ、それこそ近くで戦闘があっても本来なら臆病な性格を持つ馬であるにも関わらず、逃げるということをしない。

 それどころか御者に指示をされれば普通に戦場の中に突っ込むように訓練された馬だ。

 そんな馬が、驚きで馬車にあれだけの衝撃を与えるように揺らしたのだから、暴走したという馬がどれだけの勢いだったのか予想するのは難しくない。


「で、その暴走した馬は?」


 尋ねるレイに騎士は首を横に振る。


「暴走してるって言っただろう? もうとっくにどこかに行ったよ。……それで、だな。レイには悪いけど、ちょっとここで時間を使ってもいいか? 暴走している馬のせいで結構怪我人が出てるんだよ。幸い死人はいないようだが、中には足を思い切り暴走した馬に踏まれたとか、そういう奴もいる」

「分かった。俺が行くのは……」

「駄目だ。この馬車から出ると、妙な騒動になる可能性がある」

「だろうな」


 この馬車にレイが乗ったのは、馬車を見張っていた者達の多くが見ている。

 そんな中でレイが馬車から出ると、間違いなくそんなレイに接触してくる者が出てくるだろう。


「なら、これを使ってくれ」


 そう言い、レイはミスティリングの中から低ランク――それでも軽い怪我くらいは治療出来る程度――のポーションを二十本程取り出して騎士に渡すのだった。

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