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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3341/3865

3341話

 ギルドの中を進むレイは、酒場で騒いでいる者達に視線を向ける。

 レイは酒を好んでは飲まない。

 飲んでも美味いとは思わないからだ。

 だが、酒を美味いと思っている者は多く、あるいはそこまで美味いとは思わなくても酔っ払う為だけに酒を飲むといった者もいる。

 とはいえ、現在酒場にいるのは殆どが酒が美味いと、後は雪が解けて春になるまでは休みだという解放感から騒いでいる者達が大半だったが。


(多分、あの中の何人かは、飲みすぎて冬越えの資金を使い続けてしまうんだろうな。まぁ、冬も仕事がない訳じゃないから、その辺は問題ないと思うけど)


 酒場で飲んでいる冒険者達は、きちんと冬越えの資金は貯めていた筈だった。

 しかし、こうして酒を飲んでいると気分が高揚し、いつの間にか本来使う予定だった以上の金を酒盛りに使ってしまう。

 それでも一日二日くらいなら、後で飲まない日に少し安い食事をするなりなんなりして調整すればいいのだが、中にはそんなのは関係なく、今日くらいいいだろう。今日もいいだろう。今日も構わないだろうと、金を酒に使い続け、気が付けば冬越えの資金が決定的なまでに足りなくなるということになるとレイには予想出来た。

 レイにしてみれば、酒でそこまで金を使うのはどうかと思うのだが、冒険者……それも増築工事前からギルムにいた冒険者にしてみれば、普段から飲んでいるのと同じようなペースで飲んでしまうのだろう。

 一度贅沢を覚えれば、なかなか生活の質を落とすことは出来ない。

 ましてや今年は、例年よりも雪が降るのはかなり遅かった。

 それだけに稼ぐ時間は例年よりも多かった。

 ……雪が降るのが遅くなるというのは予想出来ることではないので、例年と同じような額しか稼いでなかった者も多いのだが。


「俺には関係ないけどな」


 呟き、レイはギルドの中を進み、やがてカウンターのある場所に到着する。

 ここもいつもと比べると冒険者の数が少ない。

 元々日中に依頼ボードやカウンターのある場所にいる冒険者の数は多くない。

 その上で冬になった今となっては、普段よりも冒険者の数が少ないのは当然だろう。

 これがもう少し後になれば、酒場や娼館、賭博で金を使いすぎた者が稼ごうと集まってきてもおかしくはないのだが。


(取りあえず人に見つかる様子はない、と)


 レイに視線を向ける者はいるが、その相手がレイだと認識している者はいない。

 レイが見た限りでは、だが。

 そのことに安堵しつつ、レイはカウンターに向かう。

 カウンターには少し前まで倉庫にいたレノラやケニーの姿もある。

 仕事は一段落したという話を聞いていたのだが、それでも何らかの書類に目を通し、それに何かを書き加え、それぞれの仕分けをしていた。


「ちょっといいか?」

「あ……もういいんですか?」


 声を掛けられたレノラは、レイの名前を呼びそうになるも、それを何とか我慢する。

 倉庫の前を通ってきた以上、レイに会いたいと思っている者がどれだけいるのか、十分に理解している為だ。

 もしここでレイの名前を呼んで、それを誰かに聞かれたらどうなるか。

 最悪、倉庫の前にいる者達が全員ここにやってくるという可能性は十分にあった。

 そうならないようにする為には、レイの名前を口に出さないのが最善なのは間違いない。

 隣ではケニーがもしレノラがレイの名前を口にしようとしたら、口を塞いで止めようとしているのを見たからというのもあるが。

 そんなレノラの気遣いを感じたレイは、小さく頷く。


「ああ、問題ない。……とはいえ、倉庫の中にはまだ樽があるけど。あの樽の買い取りはどうするんだ?」

「それが、その……上の方でも、一体どのくらいの値段で買い取ればいいのか迷ってるらしくて」

「だろうな」


 レイが倉庫に残してきた数個の樽。

 そこに入っているのは、クリスタルドラゴンの体内に残っていた排泄物だ。

 そんな排泄物でも使い道は多数ある。

 ……とはいえ、レイとしてはそんなのをミスティリングに入れて持ち歩くのはごめんなので、ギルドに売ることにした。

 レイがギルドに来る必要があったのは、その辺も関係している。


「なので、その……取りあえずということで白金貨十枚でどうでしょうかと上から言われています。この後、もっと詳細な検査して、話し合い、それで足りない分があればその差額を追加でお支払いするということで」

「それだと、もし白金貨十枚の価値がないと判断された場合、俺がその差額を返すのか?」

「いえ、それはありません。その時は今回支払う白金貨十枚はそのままです」

「それは……いいのか? いや、聞いた俺がそう言うのもなんだけど」


 白金貨というのは、一枚が金貨十枚分の価値がある。

 そういう意味で白金貨十枚というのは、かなりの臨時報酬だ。

 レイにしてみれば、金に困っている訳ではない。

 だからといって、くれるというものを貰わないという選択肢もレイにはなかった。

 そんな訳で、レイはレノラに一応尋ねるものの、渡すというのなら普通に貰う。


「はい、問題ありません。クリ……いえ、あの素材の価値を考えれば、それこそもっと高額でもいいのではないかという意見もあったんですが。今回支払うのは取りあえずということなので。そういう意味では、後から追加の報酬があるのはほぼ間違いないと思ってもいいかと」


 そう言い、レノラはカウンターの上に布袋を置く。

 白金貨のまま渡さないのは、そうなると目立ってしまうからというのを理解しているからだろう。

 現在ギルド……酒場ではなく依頼ボードのある方にいる冒険者の数は少ないが、それでもいない訳ではない。

 そのような者の中には、もしレノラがレイに白金貨を渡しているのを見れば、妙な考えを抱く者も出て来るかもしれない。

 レイをレイだと認識出来ていれば、そんなことを考える者は……いない訳ではないが、それでも圧倒的に少数だろう。

 だが、今のレイはドラゴンローブのフードを被っているので、遠目にはレイだと認識出来ない。

 ……相手の身体の動きを見て強さを認識出来るのなら、それでも馬鹿な真似を考えはしないだろうが。

 ともあれ、レノラとしては冒険者同士で余計な騒動を起こさないようにする為、布袋を用意したのだ。

 これが安い報酬……それこそ銅貨数枚、銀貨数枚といった程度の報酬ならギルド側も布袋を用意したりはしない。

 布袋も用意するには相応にコストが必要になるのだから。


「ねぇ、お祝いとかしない?」

「ちょっと、ケニー。いきなり何を言ってるのよ」


 布袋をレイがミスティリングに収納したところで、今まで黙っていたケニーが不意にそう言う。

 レノラにしてみれば、ここでレイに迷惑を掛けるようなことは避けたいと、そう思ったのだろう。

 だが、ケニーはそんなレノラの考えを分かった上で言葉を続ける。


「だって、レイ君は疲れてるんじゃない? 最近のレイ君が具体的に何をしていたのかは分からないわ。けど、それでもレイ君のことだから、ただ黙って休んでいたとか、そういう訳じゃないんでしょう?」

「ちょっと、名前を出すのは……」


 自分がレイの名前を出さなかったのに、それを台無しにするつもりか。

 そう言いたげな様子でケニーを睨むレノラだったが、そのケニーは特に気にした様子もなく口を開く。


「今のギルドで私達のことを気にしてる人はいないわよ。殆どが酒場にいるし、依頼を探してる人達も数が少ないし、何より自分がどういう依頼を受けるのかを必死になって考えてるじゃない」

「それは……」


 ケニーの言葉に、レノラは依頼ボードの前にいる少数の冒険者達を見る。

 たしかにそこでは、自分がどの依頼を受けるか。そしてその依頼を受けた場合にどのくらいの労力で稼げるのかといったことを必死になって考えているように思えた。

 また、ギルドのカウンター内部にいる受付嬢やギルド職員は、レイが来たのに気が付いている者も多いが、それを気にした様子もない。

 ……レイと話しているレノラとケニーに羨ましげな視線や、仕事を続けろといった視線を向ける者はいたが。

 これが春から秋に掛けてなら、ギルド職員の忙しさは今とは比べものにならないだろうから、もっと鋭い視線を向けられていたりもするだろう。

 そういう意味では、ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。


「でしょう? だからレイ君の名前を出しても気にしなくてもいいのよ。……それで、どうレイ君」


 期待を込めて尋ねてくるケニーだったが、レイは申し訳なさそうに首を横に振る。


「悪い、これから色々とやることがあって、あまり暇はないんだよ。それにどこかの店に行くにしても、個室とかじゃないと騒動になるし」

「個室のあるお店くらいなら幾つか知ってるけど、肝心のレイ君が忙しくて時間がないのならしょうがないわね」


 がっかりとした様子のケニーだったが、それ以上しつこくしないのはケニーのいいところだろう。

 これがもしケニー以外の、自分のことだけを考えているような女の場合、自分の誘いを断るなんてと騒いでもおかしくはない。

 それこそ場合によっては仕事と私のどっちが大事と聞いてきたりするだろう。

 そういう意味では、レイはケニーに好かれている分だけ幸運だった。


「悪いな、忙しさが一段落したら誘うよ」

「本当? じゃあ、それを楽しみにしているわね。約束よ」


 そう言うケニーにレイは頷く。

 実際、もしこの後で特にやるべきことがなければ、ケニーと打ち上げに行っても構わないとは思っていた。

 しかし、レイはこの後マリーナの家に行かなければならないし、それが終わったらトレントの森で昨日ボブが襲撃された場所の近くにブルーメタルを使って穢れが入れないような場所を作る必要がある。

 実際にはそうすることにあまり意味はないのだが、もし穢れが何らかの方法で穢れの関係者にボブを発見したという報告をしている場合、その近くにブルーメタルがあれば、そこに多数の穢れが集まってくるかもしれない。

 そうなった時、纏めて穢れを倒せるというのはトレントの森に現れた穢れの対処を任されているレイにとって有効な罠なのは間違いない。

 実際にはミスリルの釘があるので、必ずしもレイでなければ穢れに対処出来ないという訳でもないのだが。

 また、それ以外にも今回回収した魔石で魔獣術を使う必要もあった。


「ああ、約束だ。……それで、倉庫に持ってきて貰った宝箱の返却をしたいんだが」

「え? 持ってきてくれたんですか? 後で倉庫まで取りに行こうと思ってたんですけど。……ああ、でもレイさんですしね」


 レノラはレイがミスティリングを持っているのを思い出し、そう言う。

 冒険者が数人……それも相応の実力を持つ冒険者が数人で持って運べる宝箱である以上、その重量は相当なものだ。

 ミスティリングがあれば、その辺の心配はいらないのだが。


「それで、宝箱はどこに置けばいい?」

「えっと……じゃあ、こっちにお願いします」


 レノラがレイをカウンターの内部に入るように促す。

 本来なら冒険者がカウンターの内部に入ることは基本的にない。

 とはいえ、レイは今まで何度もカウンターの内部に入ってるのだが。

 そうしてカウンターの内部に入ると、レノラに連れられて上司と思しき男の席に向かう。

 その男はレイとレノラの会話を聞いていたのだろう。

 一言二言レノラと会話をすると、カウンターの中でも少し開けている場所を指さす。

 ……この開けている場所も、増築工事で忙しかったついこの前までは書類の山が積み重なっていたりしたのだが、今となってはその書類の山も消えている。

 持ってきた宝箱を置くには十分な広さがあった


「レイさん、ここにお願いします」

「分かった」


 レノラの言葉に、レイはあっさりとミスティリングから宝箱を取り出す。

 ギルド職員の中には、レイがミスティリングを持っていると知ってはいても、実際に見たことがない者もいる。

 そういう者達にしてみれば、こうしてレイが実際にミスティリングを使ったのを見るのは初めての経験で、宝箱のような大きな物がいきなり出て来た光景に驚いている者もいた。

 とはいえ、レイにとってそのような反応はいつものことなので、特に気にした様子はなかったが。

 そうして宝箱を置くと、レイはカウンターから出て……


(しまったな)


 依頼ボードの側にいた何人かの冒険者が不思議そうにレイを見ているのに気が付き、自分の軽率な行動を反省する。

 基本的に冒険者がカウンターの中に入ることはないのに、レイは普通にカウンターの中に入ったのだ。

 それを見ていた者達が、一体何をしているのかと疑問に思ってもおかしくはない。

 ミスティリングから宝箱を出すところを見られていなかったのは、せめてもの幸運だったが。

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