3340話
倉庫にある扉の近くまで来たレイは、そっと倉庫の外の様子を窺う。
どうにかして倉庫から出てギルドの建物に入るにも、まずは倉庫の外の様子を把握しなければ、どのようにすればいいのか分からない。
まずは情報をということで、倉庫の扉を少しだけ開けて外の様子を窺うのだが……
「ん?」
何人もが集まっているのは気配や声で分かる。
分かるのだが、レイが想像していたような騒動が起きている様子は全くない。
そのことを疑問に思ったレイだったが、だからといってここであっさりと顔を出したりは出来る筈もなかった。
もしここで迂闊に顔をだしたりして、それを倉庫の外にいる誰かが見つけた場合、間違いなく大きな騒動となってしまう。
レイはそんな目に遭うのは絶対にごめんだった。
そうしてこっそりと外の様子を窺っていると……不意に扉の方に誰かが歩いてくる足音が聞こえる。
もしかして倉庫の前に集まっている者達に自分の存在を知られたのか?
そう思ったレイだったが、扉が開くとそれが自分の護衛としてダスカーから派遣された騎士の一人だと知り、安堵する。
「驚かせないでくれ」
「悪い。けどいつまで待っても倉庫から出て来る様子がなかったからな。もしかしたら俺達が知らない場所でレイが誰かに連れ去られたのではないかと思ったんだよ」
「……俺がそんなに簡単に連れ去られるように見えるのか? いや、言わなくてもいい」
見えるのか? と言ったレイに騎士が何かを言おうとしたの察したレイは、慌てて騎士の口を閉じさせる。
自分の背が小さく、身体付きも決して筋骨隆々といったものではないのは理解している。
本来の実力はともかく、外見だけではレイは明らかに弱いと思われるのだ。
実際に今まで何度もその外見から弱いと勘違いした者達に絡まれたことも多く、その度に面倒なことになってきた。
「変な奴だな。……それで、もう倉庫の中での用事は終わったのか?」
そう言いつつ、騎士は倉庫の中を見てみる。
倉庫の中には何もなく、倉庫の大きさもあってどこか圧倒されるような雰囲気を騎士に感じさせた。
とはいえ、そのことで騎士が動揺したりする筈もない。
「どうやら見た感じ終わったみたいだけど、これからどうする?」
「ちょっとギルドの方に顔を出しておきたい」
「……本気か?」
どうする? と聞いた騎士だったが、レイの口からはすぐにここを離れるという言葉が返ってくると思っていたのだ。
だがレイが言ったのは、ギルドに行きたいというもの。
倉庫の表の状況を知っている騎士が本気か? と言ってしまうのも仕方がないだろう。
「素材を入れる為に宝箱型のマジックアイテムを用意してもらったんだが、それも返さないといけないしな。クリスタルドラゴンの魔石を入れていたということは、相応に高価なマジックアイテムだろうし。それを倉庫に置きっぱなしにする訳にはいかないだろう?」
「それは……まぁ、そうだけど」
騎士もマジックアイテムについてはそれなりに詳しい。
日常生活に使うような安いマジックアイテムならともかく、レイが言うようにクリスタルドラゴンの魔石を収納しておいたということは、かなりの高級品なのだろうというくらいにはマジックアイテムについて知っていた。
ダスカーに仕える騎士だけに、マジックアイテムについての知識もある程度必要なのだろう。
あるいは騎士として魔剣のようなマジックアイテムを使っているのか。
その辺りの詳細についてはレイにも分からなかったが、とにかく騎士がマジックアイテムについて詳しいのだけは理解出来た。
「だろ。だからギルドには顔を出しておきたいんだよ。ただ、このまま俺が普通に倉庫から出てギルドに向かうと、間違いなく騒動になる。それこそ倉庫の前にいる連中がギルドの中に集まってくるかもしれない。どうしたらいいと思う?」
「考えられるとすれば、俺達がギルドの扉の前に立ち塞がって、表にいる連中をギルドの中に入れないようにするといったところか。ただそうなると、ギルドに用事がある奴もギルドに入れるのは難しくなるが。それにギルドから出て来た奴も」
それはちょっと困る。
そうレイは思うが、実際すぐに思いつく方法はそれしかないのも事実。
「倉庫の前にいる連中に気が付かれないように脱出出来ればいいんだけどな。セトでも呼ぶか?」
「いや、セトを呼ぶってどうやってだよ? 今は離れた場所にいるんだろう? なら呼んでもそう簡単にやってこないと思うが」
「セトならきっと何とかしてくれるような気がしないでもない」
いやいや、無理だろう。
そう言いたげに騎士は首を横に振る。
騎士もセトが貴族街にあるマリーナの家に向かったのは知っていたからこその感想。
ここから貴族街まで……そしてマリーナの家まで、一体どれだけ離れていると思っているのか。
ダスカーに仕える騎士だからこそ、ギルムの広さについては十分に知っていた。
もっともギルムの広さについて知っているという点では、セトに乗って空を自由に飛べるレイもまた同様だったが。
それを知った上で、レイはセトを呼べば恐らくセトは第六感、あるいはそれ以上の感覚を使ってでもレイが呼んでいるのを察知するだろうと思えた。
とはいえ、それは本当に最後の手段なのだが。
もしそのようなことになれば、間違いなく周辺……特に倉庫の前に集まっている者達は大きな騒動となるだろう。
レイとしてはそんな騒動は可能な限り避けたい。
そういう意味でも、実際にセトを呼ぶつもりはなかった。
ここでそのような真似をすれば、ギルドにもダスカーにも迷惑を掛けてしまう。
……もっとも、現在進行形でレイは迷惑を掛けられているのだが。
「俺が取りあえず外に出て注目を集めるから、レイはその隙を狙って素早く倉庫から出て、裏口かどこかからギルドの中に入るというのはどうだ?」
「それがいいか。倉庫から出る瞬間すら見られなければ、ドラゴンローブの効果のお陰で俺がレイだと確実に認識出来るとは限らないし。もっとも、ドラゴンローブの隠蔽を見破る奴がいる可能性もあるけど」
ドラゴンローブの隠蔽は決して使用している者を見た者に気が付かなくさせるといったような能力ではない。
あくまでもドラゴンローブの希少さを隠す為に、その辺で売っているローブと同じようなローブに見せ掛けるといった効果なのだ。
だが、その辺で売っているローブと同じように思われるという事は、それこそそのようなローブを着ている者は大勢いるということになり、それが結果としてドラゴンローブを着ているレイを他の者達と同じような存在と思わせる効果となる。
特に今はもう冬で、寒さ対策としてローブを着ている者も多い。
それだけに、倉庫から出るのを見られなければレイをレイだと認識するのは難しい。
問題なのは、レイが言ったようにドラゴンローブの隠蔽の効果を見破れる者がいないとも限らないということか。
実際に今までレイが会った相手の中にも、ドラゴンローブがただのローブではなくマジックアイテムだと……それこそ非常に高性能なマジックアイテムだと見破った者がそれなりにいた。
それこそ今日ギルドに来る前に領主の館で魔剣や指輪について鑑定して貰ったダグラスもそれなりの中に入る一人だ。
レイと接触したいとやって来ている者の中に、マジックアイテムについて詳しい者がいないとも限らない。
いや、クリスタルドラゴンの素材についてレイと話したいと思う者であったり、レイがマジックアイテムを集める趣味を持つという情報を持っている者にしてみれば、その辺りの情報について詳しい者が派遣されてもおかしくはないだろう。
(そういう風にマジックアイテムに詳しい相手なら、少しは話を聞いてもいいんだけど)
そんな風に思いつつ、レイは騎士に向かって口を開く。
「俺が見つかるかどうかはお前に掛かっている。上手い具合に倉庫の外にいる連中の注目を集めてくれよ」
「任せろ。なら、それが終わったら俺達はギルドに出入り出来ないようにすればいいのか?」
「いや、俺がギルドに入ったと分からないのなら、別にそこまでする必要はないと思う。そういうことをすると、寧ろ俺がギルドの中にいると判断されるかもしれないし」
「そうか? ……そうだな。なら、俺は他の奴と一緒に馬車で待っている。けどそうなると、もしお前が倉庫の前にいるような連中に捕まっても助けることは出来ないぞ。それでもいいのか?」
「その時は……そうだな。適当にその場から逃げ出すよ。もしかしたらそうなった時は馬車に戻れないかもしれないから、騒動が起きて俺が戻ってこなかったら領主の館に戻ってくれ」
そう言うレイの言葉に騎士は完全に納得していない様子だったが、それでも最終的には頷く。
騎士はダスカーから直々にレイの護衛をするように言われたのだ。
そうである以上、その任務をすっぽかして領主の館に戻り、ダスカーに報告するのは出来れば避けたかった。
とはいえ、レイの言ってることが正しいということも間違いない。
ギルドでの用事を終わらせ、その後でレイの正体を見破られて騒動になり、それでも馬車に戻って来いというのは、レイの行動をかなり縛ることになる。
自分達の為にレイにそのようなことをさせたりすれば、それこそダスカーから叱られる可能性が高い。
騎士もそれを理解しているからこそ、レイの言葉に従うことにしたのだろう。
「じゃあ、そういうことで。……ただ、出来れば俺達の馬車に戻ってきてくれると助かる。こっちも上から命令されてるしな」
「出来るだけそうするよ。集まってきた連中の中に、俺の存在に気が付くような奴がいないことを祈っててくれ」
そう言うと、騎士は微妙な表情を浮かべる。
レイのことをそれなりに知っているだけに、レイがトラブルに関わることが多いと理解しているのだろう。
だからこそ、今回の一件でも本人にそのつもりがなくても何らかの騒動に巻き込まれるのではないかと予想してもおかしくはない。
とはいえそのように思っても、結局のところレイの行動はレイに任せるしかない以上、どうしようもないと判断し、騎士は扉から出る。
その瞬間、倉庫の前にいた者達の視線が一斉に扉から出て来た騎士に向けられる。
騎士は自分に視線が集まるだろうことは想像していたものの、それでも予想以上の視線の量と鋭さに半ば反射的に数歩後退ろうとする。
しかし自分の役割について思い出すと、何とかその場で踏みとどまった。
そうして一歩、また一歩と扉の前から移動する。
扉の……正確には倉庫の中で扉のすぐ側にいるレイから意識を逸らす為の行動。
十分に扉から離れると、騎士は大きく手を叩く。
「注目して欲しい」
その言葉に、倉庫の前にいた者達の視線の多くが騎士に集まった。
「私はダスカー様に仕えている騎士だ。現在レイの護衛をしている。……何故そのようなことになっているのかは、言うまでもなく理解出来るとおもう」
騎士が話……より正確には演説をしている間に、レイは少しだけ開けた扉から素早く出る。
そんなレイの姿に気が付いたのは、倉庫の護衛を請け負っている冒険者達だけだ。
それだけレイの動きが素早かったことの証だろう。
だが護衛の冒険者達はレイを見ても驚きの声を上げたりはしない。
それどころか騎士の話に夢中になっている者達からレイが見えないようにそっと立ち位置を移動する。
「悪いな」
冒険者達を遮蔽物としてその場から離れつつ、その冒険者達だけに声が届くように言う。
冒険者達はそんなレイの言葉に軽く頷く。
そんな冒険者達の様子はその場を通りすぎたレイには分からなかったが、雰囲気で何となく理解するとその場から素早く走り去る。
ギルドの正面の扉に行けば目立つので、他にも幾つかある扉……それも倉庫から一番近い場所にある扉ではなく、訓練場の側にある扉からギルドの中に入る。
幸い……もしくは当然と言うべきか、雪が降り始めている今、訓練場で訓練をしている者はいなかった。
それによって、レイは誰に見られることもなくギルドの中に入ることに成功する。
「ふぅ」
今は特に雪も降っていなかったので、ドラゴンローブが濡れるといったこともない。
そのまま何食わぬ顔でギルドに顔を出す。
(ギルドの中はいつも通りか。……いや、いつもより少し騒がしいか? 雪が降ったばかりだし、それも仕方がないか)
春休み、夏休み、冬休み。
レイが日本で高校生をやっていた時も、長期の休みが始まった日、あるいは終業式が終わった日は解放感から皆で騒ぐのは珍しいことではい。
そういう意味では、この状況もおかしくはないのだろうと判断しながら、ギルドの中を歩くのだった。