3338話
「ん?」
ギルドの倉庫の中でレノラと話していたレイは、ふと倉庫の外で大きな騒動になっているような気がして、そちらに視線を向ける。
レイがいるのは倉庫の中なので、実際には倉庫から外に続く扉に視線を向けていたのだが。
「レイさん? どうしました?」
「いや、倉庫の外で何かがあったみたいだ」
「え? もしかして……倉庫の前に集まっていた人が暴走したとかじゃないですよね?」
「どうだろうな。そんな感じではないと思うけど」
そうレイが言ったのは、殺気のようなものが感じられなかったからだ。
もし倉庫の前までやって来た者達が暴走したのなら殺気を感じてもおかしくはない。
「そうですか。だとすれば……」
レイの言葉に安堵した様子を見せたレノラが何か言おうとした時、倉庫の扉が開いたのだ。
倉庫の扉が開くということは、倉庫の護衛として雇われた冒険者達が抜かれたか、あるいは冒険者が通したか。
普通に考えれば、倉庫の護衛を任されている冒険者は腕利きである以上、その相手を倒すなり、気が付かれないようにして倉庫の中に入るなりするのは難しい。
だからこそ、可能性が高いのは護衛の冒険者達が素直に通したということであり……その予想は正しかった。
「レイ君、お待たせ! レイ君がギルドに預けていた素材や魔石を持ってきたわよ!」
「ケニー!?」
姿を現した猫の獣人の女……レイやレノラにとっても馴染みのある人物だった。
そんなケニーの姿を見て驚きの声を発したのは、レイ……ではなくレノラ。
ケニーはそんなレノラに視線を向けると、満面の笑みを浮かべる。
それは、自分のことを出し抜けるとは思ってないでしょうねと、そのように態度で示していた。
……だが、そんなケニーに対して、すぐに後ろから声を掛けられる。
「おい、ケニー! 扉の側にいつまでもいるんじゃねえ! どけ! 素材とかを持ち込むことが出来ねえじゃねえか!」
「あ、ごめんなさい」
レノラに向けていた笑みは一瞬にして消え、すぐに倉庫の奥……レイやレノラのいる方に近付いてくる。
そんなケニーに向けてレノラが何かを言おうとしたが、それよりも前に扉から何人ものギルド職員……それも受付やカウンターで仕事をしているような者ではなく、力仕事を任されている者が姿を現す。
数人で一つの箱を持ち、その箱の中にはクリスタルドラゴンの素材……特にここにはなかった内臓であったり、魔石であったりといった諸々や、レイが魔の森で倒してきた各種モンスターの素材や魔石が入っている。
箱に入っているとはいえ、その箱もどうやら一種のマジックアイテムらしく、数人で箱を運んでいるにも関わらず箱の中が揺れるといったことはない。
また、ギルドからこの倉庫までという短い距離だったが、何人もの冒険者が護衛としてそこにはいた。
魔の森のモンスターという非常に貴重な……それも高ランクモンスターの素材だ。
それこそとち狂った者が、その素材を欲して襲撃したりしてもおかしくはないと、そのように思ったのだろう。
普通に考えれば、それは心配のしすぎだ。
だがそれでも、その素材や魔石の持つ価値を考えればギルドからこの倉庫までの移動に護衛を雇うというのは決して大袈裟なものではない。
それだけギルドとしても魔の森のモンスターの素材や魔石を大事に思っているのだろう。
もしくは、それを取ってきたレイの存在を重要視しているとも言える。
そして……最後に、箱は箱でも今までの箱とは違って見るからに頑丈そうな宝箱を持った者が姿を現す。
それが一体何なのか……考えるまでもない。
レイが魔の森で倒したモンスターの中でも、一番価値のある存在……クリスタルドラゴンの魔石だろう。
普通の魔石というのは、基本的に殆どのモンスターでそこまで大きさに違いがないことが多い。
しかし、クリスタルドラゴンのような巨大なモンスターの魔石ともなれば、それも違ってくる。
見るからに頑丈そうな……それこそ、クリスタルドラゴンの魔石について考えずとも、相応の価値があるだろうマジックアイテムの宝箱。
その宝箱を運ぶのは、ギルド職員……ではなく、こちらもまた緊急で雇われた冒険者だ。
それは単純に、宝箱が一般人ではそう簡単に持ち上げることが難しい重量だからだろう。
レイのような特殊な存在であれば話は別だろうが。
「レイ君、もう分かってると思うけど、あの中にクリスタルドラゴンの魔石が入ってるわ」
「随分と厳重に守ってくれたみたいだな」
ケニーの言葉にレイは感謝を込めてそう言う。
だが、そんなレイの言葉を聞いたケニーは、いつもならレイと話せるということで嬉しく思うのだが、今は真剣な表情のままだ。
「そうしなければいけなかったのよ。……七回。これが何か分かる?」
ケニーの言う七回というのは、その言葉だけでは正直なところ意味が分からない。
だが、この状況を思えば何となく予想出来る。
「クリスタルドラゴンが狙われた回数か?」
「正解。勿論、全て未然に防いだけど……それでもギルドに、しかも田舎にあるような小さなギルドじゃなくて、辺境にあるこのギルムのギルドでそんなことをしようとした人がいたのよ?」
「ギルドが忙しかったというのもあるんだろうな」
レイが魔の森から戻ってきてからも暫くの間、ギルムではまだ増築工事が行われていた。
とはいえ、その時はまだクリスタルドラゴンの解体は終わっておらず、解体が終わった頃には増築工事も今年の分はもう終わり初めていたのだが。
そうして解体が終わってから盗みに、あるいは奪いに来た回数が七回なのか、それとも解体前からクリスタルドラゴンを一部でもいいから欲した者達が行動に出たのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、それでもギルドにしてみればそちらの対処に人を割かなければならなかったのは間違いない。
「そうね。もっとも、そのお陰でギルドはかなりの臨時収入があったみたいだけど。……それが私達に還元されるかどうかは別なのよね」
ギルドで依頼を受ける冒険者は、報酬の高い依頼……つまり危険であったり面倒であったりする依頼を受ければ、その分だけ高い報酬を貰える。
そんな冒険者に対して、ギルド職員というのは基本的に貰える報酬は決まっていた。
地位に応じて報酬が高くなったりはするものの、それでも冒険者のように一攫千金とはいかない。
……もっとも、受付嬢は顔立ちの整った者が選ばれるので、その美貌を利用して稼いだ冒険者に貢がせるといったことをしている受付嬢もいたりするのだが、レノラやケニーはそのようなタイプではない。
レノラは生真面目な性格をしているし、ケニーは男にモテるが、だからといってそれを利用して金を稼ぐといったことはしない。
ケニーにしてみれば、そういうことをしているとレイに知られるのが嫌だからという考えもあるが。
ただし、ギルムの受付嬢ともなれば給料は結構な額となるので、他の……田舎のギルドの受付嬢からは考えられないくらいの高給取りだったりする。
もっとも、その分ギルムのギルドは忙しいのだが。
特にここ数年はギルムの増築によって、春から秋に掛けての仕事は殺人的と言ってもいい忙しさだ。
その忙しさを考えると、レノラやケニー達がミレアーナ王国に存在するギルドの中でも高額の給料をもらっているのはおかしな話ではない。
それこそ王都のギルドと比べても、明らかにギルムのギルドの方が忙しいのだから。
……あるいは王都でも増築工事が行われるとなれば、王都のギルドも忙しくなるだろうが、幸か不幸か今のところ王都に増築工事の予定はない。
「ともあれ、素材を狙った相手の襲撃は全て防いでいるし、その襲撃を指示した人達もギルドマスターからの報告で領主のダスカー様がきちんと処理をしたそうよ。……潰れたりとかいったことはなかったみたいだけど、大きな損失にはなったでしょうね」
「ちょっと待ってくれ。その言い方からすると、仕掛けて来たのは商人なのか?」
レイはてっきり、そのようなことをしたのは貴族だろうと思っていた。
実際、クリスタルドラゴンの素材……それこそ魔石や骨といった物は商人よりも貴族が持っている方がらしいと思えたからだ。
もっとも、その商人も結局商品を売るという意味では貴族にクリスタルドラゴンの素材や魔石といったものが渡る可能性が高いのは事実だったが。
「その辺の正確な情報は私達にも知らされていないわ。ただ、噂だとそういうことらしいわね。全く、レイ君が頑張って入手した素材とかを奪おうとするんだから……」
「おい、ケニー。話をするのはいいけど、しっかりと仕事をしてからにしてくれ。それで、このクリスタルドラゴンの魔石はどこに置けばいいんだ?」
宝箱を運んできた冒険者達が、嬉しそうにレイと話しているケニーにそう言う。
レイとの会話を邪魔されたケニーは面白くなさそうだったが、それでもギルド職員としての仕事を放り出すといったことは出来ず、宝箱を運んできた冒険者達に指示を出す。
「レイ君の近くに置いてちょうだい。それが今回レイ君に渡す素材の中で一番高いんだから、注意してよ」
「分かってるって。簡単な仕事で結構な報酬を貰えるんだ。粗末な仕事をする訳がないだろ。……それにしても、レイもかなり凄いことになってるな」
ケニーと会話をしつつ、男がレイにそう声を掛けてくる。
男はレイと親しい訳でもないが、生粋のギルムの冒険者だ。
ここ数年で急激に増えた、増築工事目当ての冒険者という訳ではなく、腕利きが揃っていると言われていた頃のギルムの冒険者。
それだけに、レイがギルムに来てから何度もギルドで顔を合わせていた。
特に親しい訳ではないが、顔を見れば挨拶をしたり、暇な時には話をしたりするといった程度には親しい相手だ。
それだけに、こうしてレイがクリスタルドラゴンという新種のドラゴンを倒したりするのに感慨深い思いもあるのだろう。
だからといって、レイにクリスタルドラゴンの素材を分けてくれといったようなことを言ったりはしないのだが。
男も腕利きの冒険者である以上、金を稼ごうと思えばそう難しい話ではない。
今回クリスタルドラゴンの魔石が入っている宝箱を運ぶのは、腕に関係なく――ギルドから倉庫に運ぶまでの短い距離で襲撃があれば話は別だったが――稼げるということで、男にとっては小遣い稼ぎのようなものだったが。
「凄いことというか、クリスタルドラゴンを倒してギルドの前で死体をお披露目してから、ようやく素材とかを回収出来るようになったのは嬉しいな。それに……そのお陰でと言うべきか、そのせいでと言うべきか、迂闊にギルムで活動出来なくなってしまったし」
そうレイが言うと、男は他の冒険者達と共に持っていた宝箱をレイの前に置きながら、笑う。
「わははは、それはしょうがねえだろ。何てったってドラゴンだぜ? しかも普通のドラゴンじゃなくて、新種のドラゴンなんだ。相応の地位にあってギルムに伝手のある者なら、間違いなく何とかしてレイと接触して、クリスタルドラゴンの素材を欲するか、あるいはクリスタルドラゴンについての情報を聞き出そうとするだろうよ」
そういう男の言葉に、一緒に宝箱を運んできた他の冒険者達も同意するように頷く。
そちらの冒険者達も、レイはそこまで親しい訳ではないが顔見知りといった程度の知り合いではある。
そのようなことになっているのは偶然……という訳ではなく、ギルドにとっても隣にある倉庫までという短い距離であっても、クリスタルドラゴンの魔石という超のつくお宝を運ぶのだ。
そうなれば当然だが、実力があって信頼の出来る冒険者に運搬を任せるだろう。
……この場合、実力もだが信頼というのが第一にくる。
信頼出来ない者の場合、それこそクリスタルドラゴンの魔石を運ぶ途中で他の冒険者に攻撃をして、魔石を奪ったりしないとも限らないのだから。
だからこそ、長年ギルムで活動していてギルドからも詳しく知られている者達が護衛に選ばれたのだろう。
「正直なところ、俺もドラゴンと……それも新種のクリスタルドラゴンと遭遇するとは思わなかった。そういう意味では、魔の森というのは凄い場所だと思う」
「羨ましいような、羨ましくないような……」
魔の森について聞かされた男は、どう反応したらいいのか微妙な表情でそう言う。
クリスタルドラゴンを始めとした、未知のモンスターを倒してそれを持ち帰れば、かなりの稼ぎになるのは事実。
だが同時に、魔の森のように未知のモンスターが大量にいる場所に行って生きて帰ってこられるかどうか。
その辺を考えると、魔の森というのは典型的なハイリスクハイリターンの場所だった。
もっとも、魔の森に行くには領主のダスカーから許可を貰う必要があるので、行こうと思ってすぐに行ける場所ではないのだが。