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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3336/3865

3336話

 レノラは最初レイが口にした言葉の意味を理解出来なかった。

 だが、数秒が経過するとレイが何を言ったのかを理解する。


「えっと……私の聞き間違えじゃなければ、このクリスタルドラゴンの排泄物をギルドに……その、売ると、そう言ったんですよね?」


 ギルドに押し付けると表現しようとしたレノラだったが、それでもギルド職員としてそのような表現を使うのは何とか堪える。

 普通に……本当に一般的に考えた場合、レイはドラゴンの素材をギルドに売ろうとしているのだ。

 それは喜ぶことではあっても、断ることではない。

 これが場末のギルドで、買い取る金貨、白金貨、光金貨が足りなければ話は別だが、ここはギルムのギルドだ。

 辺境にあるギルドだけに特殊なモンスターの素材を買い取ることも珍しくはなく、金銭的な余裕という意味では何の問題もない。

 レノラもそれら諸々については理解しているものの、だからといって今回の件では素直に喜べない。

 何しろレイが売ろうとしてるのはクリスタルドラゴンの排泄物なのだから。

 とはいえ、それはあくまでもレノラの個人的な感情にすぎない。

 ギルドの利益として考えた場合、レイからの取引は受け入れないという選択肢は存在しなかった。


「わ……分かりました……」


 絞り出すような声でレノラがそう言う。

 レノラの個人的な感情では、絶対に受け入れたくはない。

 しかし、それでもギルドの利益を思えば買わないという選択肢はないのだ。

 自分の個人的な感情で、ギルドに大きな……それこそ非常に大きな利益を与えてくれるだろう素材を買い取らなければ、それはギルド職員失格だろう。

 ギルド職員としてのプライドと、乙女としてのプライド。

 その二つが争い、かろうじて……本当にかろうじてギルド職員としてのプライドが勝利したらしい。


「そうか。じゃあ、あの樽はこのままここに置いておくな。買い取り金額の方は……まぁ、具体的にどのくらいになるのかは分からないが、そっちで算出して欲しい」


 これがワイバーンのような存在の排泄物なら……あるいはドラゴンはドラゴンでも知られているドラゴンの排泄物なら、どのくらいの値段で買い取れるかといったことは決められる。

 だが、これはクリスタルドラゴンという、新種のドラゴンの排出物だ。

 そうである以上、具体的にどのくらいの値段が相応しいのかは分からない。

 極論、この排泄物は価値がないと判断すれば、銅貨一枚で買い取るといったようなことも十分に有り得る。

 あくまでそれは極論の話で、実際にはそのような馬鹿なことはしないのだが。


「クリスタルドラゴンというのは、人の言葉は理解出来なかったんですよね?」

「そうだな。意思疎通出来れば、もしかしたら戦わなくてもよかったかもしれないけど」


 もし……本当に万が一クリスタルドラゴンが意思度通出来るようなドラゴンであった場合、良好な関係を築けたかもしれない。

 もっともそれはあくまでもかもしれないで、もし意思疎通の出来る相手であっても戦いや相手を殺すことを好むような性質を持っていた可能性も高かった。

 そう出来なかった以上、今はもう考えても意味はない。


「値段を出すのが大変そうですね」


 レノラが他人事のように言うのは、レノラはギルド職員の中でもあくまで受付嬢だからというのが大きい。

 新種のモンスター、しかもドラゴンの素材の値段を決めるのはギルドの専門部署だ。

 レノラが関与することは……レイの担当ということで多少は意見を聞かれるかもしれないが、それでも大きな役目を果たすといったことはない。

 だからこそのレノラの態度だろう。


「その辺はギルドに任せるよ。何なら俺から買い取ったら後で、そのままクリスタルドラゴンの素材を欲している者達に売ってもいいだろうし」

「そうできればいいんですけどね。その辺はギルドマスターが決めると思います」


 レノラにしてみれば、そうなったらそうなったでいいとは思うものの、出来なければそれはそれでクリスタルドラゴンの素材をギルドで使うのだろうと思う。


「ところで話は変わるけど……いや、変わらないのか? とにかく倉庫にあったクリスタルドラゴンの素材はあそこにある樽以外は俺が全部収納した。けど、それ以外の……魔石とか、貴重な内臓とか、そういう部位の素材はどうなった? ここにないということは、別の場所に保存してるんだろう?」

「え? ああ、はい。そう聞いています。レイさんが来たのはもうギルドの方に知らせが来ているので、そう遠くないうちにギルドの人がやって来ると思います」


 レノラの言葉に、レイはそうかと少し残念そうな表情を浮かべる。

 レイとしては、出来るだけ早く素材や魔石を受け取っておきたかったのだ。

 何しろこうしてレノラと話している間にも、倉庫の外で結構な人数が集まっていると気配で察知出来るのだから。


「倉庫の前にかなりの人数が集まってるみたいだけど、ギルドから来るという相手は問題なく来ることが出来るのか?」

「え? それは……その、いざとなれば他の冒険者の力も借りることになると思うので、問題はないと思います。……多分」


 レノラでもはっきり大丈夫だと言えないのは、人数が集まれば、それはそれで面倒なことになると理解しているからだろう。

 冒険者達が倉庫の護衛の仕事を受けている以上、一般人がそれを突破出来るとは思えない。

 しかし、それでも集まった者達が一体どう行動するのか。

 数が多くなれば自然と気が強くなり、無理矢理レイのいる倉庫の中に入ろうと考える者がいてもおかしくはない。

 そうなると、勿論腕利きの冒険者である護衛は倉庫の中に通しはしないだろうが、代わりに集まってきた者達に怪我人が、そして場合によっては死者すら出てしまう。


「いっそ、俺がさっさとここから出て、ギルドに行った方がいいのか?」

「いえ、そうなればもっと騒動に歯止めが掛からなくなるかと」


 今はレイが倉庫の中にいて、集まってきた者達から見えないので、まだ暴発はしていない。

 だが、実際にレイが姿を見せてしまえばどうなるか。

 レノラとしては、とてもではないが考えたくなかった。

 ましてや、直接姿を見せたレイがギルドの中に入ったりしたら、レイと接触したい多くの者がギルドに入ってきて、実際にレイに声を掛けたりするだろう。

 そのようなことになると、ギルドの中は完全に密集状態になってしまう。

 それなら、まだレイは倉庫の中にいた方がレノラとしては助かる。


(ケニーがここにいないのは、良かったのか悪かったのか……微妙なところね)


 レノラは自分がレイと二人だけでこうして倉庫にいるのを思い出し、そう考える。

 レイに好意を持っているという点では、レノラも同様だ。

 だが、レノラがレイに抱いているのは、あくまでも弟に対するような感情なのに対し、ケニーがレイに抱いてるのは男女間の意味での好意だった。

 もしケニーが今のレノラの事情を知ったら、一体どうなるか。

 それは考えるまでもなく明らかだろう。

 幸い……本当に幸いなことに、レイを知った時にケニーはちょっとした雑用でカウンターにいなかったので、現在の状況は知らないが。

 ただし、それはあくまでも今はの話だ。

 雑用が終わってカウンターに戻ってくれば、ケニーもレイが来たということを知るだろう。

 その時、一体ケニーがどういう行動に出るのか……今更ながらの話だが、レノラは少し心配になる。


「じゃあ、俺は取りあえずここで待ってればいいのか?」

「そうして下さい。レイさんがギルドに向かうよりも、こうして倉庫にいる方が安心は出来ますので」


 そういうものか。

 レイはレノラの言葉にそう思うも、別にどうしてもこの倉庫から出てギルドに行きたいと思っている訳ではない。

 レノラがそちらの方がいいと言うのなら、それはそれで問題ないだろうと思えた。


「分かった。まぁ、ギルドに預けてあった素材を持ってくるのなら、倉庫にいた方がいいだろうし。……俺が素材のある場所まで行くのが一番手っ取り早いと思うんだが」

「そうかもしれませんが、それでもやはりこうしてここで待っていて貰った方がギルドとしては助かります」


 レイが倉庫の外に出て騒動になるよりは、ギルド職員が倉庫まで素材や魔石を持ってきた方が安全なのは間違いなかった。

 素材を持ってくる時は倉庫の前を通らないといけないので、それによって素材を欲している者達との間で何らかの騒動が起きる可能性もないとは言えないのだが……それでもレイが表に出るよりはいい。


「レノラがそう言うのなら、ここで待っていてもいいけど。……けど、今ここでこうしてるにしても、もう何もやることがなくて暇なんだよな」

「取りあえず、私が話し相手にはなりますから。……そう言えば、レイさんは最近トレントの森で寝泊まりしてるという話でしたが、雪も降ってきましたし、大丈夫なんですか?」

「え?」

「……え?」


 自分の言葉に何故レイが意表を突かれたような声を発したのか分からず、レノラの口からも同じような声が出る。

 そんなレノラの様子を見て、レイは自分の失態を察した。

 レイは最近は基本的に妖精郷で寝泊まりをしていたし、それだけではなくオーロラが仕切っていた洞窟の調査――というより半ば襲撃――をしに離れていたこともある。

 そういう意味では、トレントの森にある冒険者達の野営地で寝泊まりをするといったことは暫くしていない。

 だが、その辺の事情……特に穢れの件について知らないレノラにしてみれば、ずっとトレントの森の野営地で寝泊まりをしていると思っていたのだ。


「あー……うん。そうだな。そろそろ寒くなってきたから気を付けないといけないな」

「そうですね。ふふっ」


 レイの様子から、何かあったというのはレノラも理解したらしいが、それを口にするようなことはしない。

 もしこの場でその件について聞いてもレイが素直に話すとは思えないし、何より話してはいけないからこそ、レイもレノラに対して実際に事情を説明したりしないのだろう。

 それ以外にも、レイの誤魔化し方が決して上手くないからというのも思わず笑った理由なのだが。


「トレントの森では最近どういうモンスターが出るんですか?」

「色々だな。トレントの森は出来てから、まだそんなに経っていない。その為に、モンスターや動物の縄張りとかもまだ明確に決まってないから、自分の縄張りを欲して色々なモンスターや動物がやって来るんだよ。だからトレントの森にいれば色々なモンスターと遭遇することもある」

「高ランクモンスターと遭遇することもあったりしますか?」

「あるな。実際、俺はランクBモンスターと遭遇して倒したことがあるし」

「……ランクB、ですか」


 レノラにしてみれば、レイの話し相手として……あとはついでにトレントの森において何か新しい情報を入手出来たらラッキー程度の気持ちでレイに尋ねたのだが、まさかランクBモンスターが出るのはかなり予想外のことだった。

 ギルムが辺境である以上、高ランクモンスターが出てくるのはそこまで珍しい話ではない。

 そういう意味では、レイの話もそこまでおかしくはないのだが。


「俺の場合はセトもいたから特に問題はなかったが、これからもトレントの森には高ランクモンスターが出て来たりするだろうな。厄介なことではあるだろうが」

「そうですね。けど、トレントの森に派遣されているのは全員が優秀な冒険者達です。高ランクモンスターが現れても……それこそランクAモンスターや、有り得ないとは思いますけどランクSモンスターでもない限り、問題はないと思います」


 そう言うレノラは、実際にトレントの森にいる冒険者達を信頼しているのだろう。

 実力は勿論、性格的な意味でも問題のない者達を集めたのだから、レノラがそこまで信頼するのも当然だった。

 ……もっとも、ニールセンと行動を共にしているレイにしてみれば、野営地の冒険者の中には妖精好きの者もそれなりにいて、ニールセンが姿を現すとそちらに集中する者が多くなってしまうのはどうかと思わないでもなかったが。


「そうだな。実力という点ではかなり高いのは知っている。……まぁ、俺に言われるのは向こうもどうかと思うだろうけど」


 野営地に派遣されている冒険者は、全てがレイよりも冒険者として活動しているのは長い。

 それだけに、言ってみれば全員がレイの先輩と呼ぶべき存在なのだ。

 そもそも、レイがランクBまでランクアップするのが早すぎた弊害だろう。

 そこからランクA冒険者になるにも、それなりに時間は掛かったものの、それでも一般的な意味ではかなり短い。

 そんなレイに先輩扱いされるのは、普通の冒険者なら遠慮してくれと言ってもおかしくはなかった。

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