3331話
「うーむ……これは……」
レイとダスカーの視線の先にいるダグラスが、やがてそんな声を出す。
ダグラスが改めて指輪の鑑定を行ってから、たっぷりと十分程が経過していた。
そんな時間が経過した中で、ようやくダグラスの口から出たのがそのような言葉だった。
どうやらダグラスの鑑定も上手くいっていないらしいとレイは思う。
(とはいえ、それはあくまでも指輪に鍵としての機能以外があった場合の話だけど。結局俺が感じたのは勘によるものだった以上、実は指輪に鍵以上の能力がないと言われれば、納得するしかないんだよな)
レイにしてみれば、ダグラスに再度鑑定させておいて実は追加で何もありませんでしたという事になるのは、出来れば避けたい。
どのような効果であってもいいから、是非ともそこに何らかの効果があって欲しい。
そう思いながらダグラスを見ていると……
「なるほど」
再度指輪の鑑定をしていたダグラスが、そう言いながら大きく息を吐く。
それによって鑑定が終わったと判断したらしく、ダスカーが視線を向ける。
わざわざ言葉で聞かなくても、ダスカーが何を聞きたいのかを理解しているダグラスは、真剣な表情で口を開く。
「さすが異名持ちのランクA冒険者といったところですな。確かにこの指輪には鍵以外にも隠されている……それも相当高度な、あるいは未知の技術で隠されている効果がありました」
「具体的には?」
「恐らくこの指輪は、製造する時に使う者を限定する為に、その使用者の魔力を登録してあるんでしょう。もしそれ以外の者が指に嵌めると……具体的にどうなるかは分かりませんが、何らかの被害はあるでしょうな」
「それは……厄介だな」
間違って指輪を嵌めると、それが具体的にどのような効果があるのかは分からない。
分からないが、ダグラスの言葉から予想するのはそう難しい話ではない。
そして自分で試そうとも思えない。
「犯罪者が何人かいたな。後で試してみた方がいいか」
ダスカーはお人好しの部分もある。
だが、それでもミレアーナ王国唯一の辺境にあるギルムの領主だ。
そうである以上、非情になるべきところでは非情になる。
犯罪者を実験に使うということくらいは平気で行う。
とはいえ、レイもそれを不満に思ったりはしないが。
そもそもレイは盗賊狩りをして盗賊を奴隷として売り払うことも珍しくはない。
そうである以上、犯罪者を実験に使うと聞いても特に不満に思ったりはしない。
これが例えば、何の罪もない、その辺を通り掛かっただけの一般人を実験に使うと言えば、レイも止めただろうが。
「分かりました。……あ、その前に一応聞いておきたいんだけど……」
ダスカーの言葉に頷いた後、ふと指輪を見て気になったことがあったレイはダグラスに視線を向ける。
「何かな?」
「この指輪が何らかの鍵として使われているのは分かった。そして特定の者……この指輪があった場所を考えると、オーロラだろうけど。そのオーロラ以外が使ったら酷い目に遭うというのも。けど……例えば、指輪を嵌めないで、掴んだ状態のままで鍵として使おうとしたらどうなる?」
「……あー……それは……どうだろう」
レイの質問が予想外だったのか、ダグラスは戸惑った様子を見せる。
「普通に考えれば、指輪のマジックアイテムは指に嵌めて使うというのが一般的だ。指に嵌めないで、ただ持って使うというのは……実際に試してみないと何とも言えないな」
「そうなると、これも犯罪者で試すか。ただ、この指輪はあくまでも鍵としての効果が重要である以上、その効果が発動してるのかどうかを確認出来るかどうかは分からないが」
「何か分かりやすい現象……例えば光を出すとか、そういうのがあればいいんですけどね」
ダスカーの言葉にそう言うレイだったが、実際にそのように分かりやすくなってるかどうかは微妙なところだろうと思い直す。
何しろ穢れの関係者は今まで決して表舞台に出るようなことがなかったのだ。
そのような目立つ真似をするかと言われれば、恐らく否なのだから。
「とにかく、この指輪については扱いは慎重にする必要がある。罪人に使わせてみる必要もあるし、この指輪は俺が預かってもいいか?」
「問題ありません。ただ、扱いには注意して下さい。魔剣よりも指輪の方がかなり危険なマジックアイテムだと思えますし」
レイの言葉に、ダスカーは分かっていると頷く。
ダスカーもダグラスの説明からこの指輪が非常に危険なものだというのは十分に理解している。
だからこそ、出来るだけ早いうちにこの指輪の性能をしっかりと確認しておく必要があった。
「ダスカー様、取りあえずこの中に入れておいて下さい」
ダグラスが懐から取り出したのは、木で出来た箱。
片手で持てる程度の、指輪を入れるには十分な大きさの箱だった。
「これは?」
「儂が普段から持ち歩いている箱です。マジックアイテムはこの指輪のように、小さな物も多いですから。そういう時はこの箱に入れておけば、そう簡単になくなったりはしません」
「なるほど、小さいマジックアイテムはそれなりに多いのか。……だが、それを俺が使ってもいいのか?」
「ええ、この箱も一応はマジックアイテムですが、そんなに高価な物ではありませんから。ダスカー様の安全を確保する為に使うのなら、全く問題はないかと」
「……感謝する」
そう言い、ダスカーはダグラスから木箱を受け取ると、その中に指輪を入れる。
「音がしないな」
木箱の中は特に何かが入っている訳でもない。
そんな木箱の中に指輪を入れれば、本来なら音がする筈だった。
木箱の中には特に布が入っていたりする訳でもないのだから。
しかし、木箱を軽く振っても指輪の音がしない。
「言ったでしょう。一応それもマジックアイテムだと。効果は中に入っている物の音がしないという、それだけですが。ただ、音がしないだけで木箱を振ればしっかりと指輪は木箱に当たっています。なので、強い勢いで何度も木箱を振るといった真似はしない方がいいかと」
音というのは、馬鹿に出来ない。
何かあった時、指輪が木箱に当たる音が原因でダスカーがピンチになるかもしれないと思えば、ダグラスが用意したマジックアイテムは決して悪い物ではないのだろう。
ダスカーにしてみれば、音だけではなく中にあるマジックアイテムが傷つかないように保護してくれる機能もあれば、より最善だったのだが。
「分かった。その辺は気を付けよう。……さて、取りあえずこれで話は終わりか?」
「そうですね。エレーナが奇襲に参加する件については、まだどうなるか分かりませんけど」
そう言うレイの言葉に、ダスカーが微妙な表情を浮かべる。
ダスカーにしてみれば、エレーナの件は出来るだけ考えたくなかったのだろう。
「エレーナ殿の件は、どうするべきかをもう少し考えさせて貰う。とはいえ、時間はもうあまり残っていないがな」
冬の間に穢れの関係者の本拠地を奇襲するのなら、それこそ必要以上に準備に時間を掛ける訳にはいかない。
もしそのようなことになった場合、それこそ気が付けば既に雪が解けて春になっている可能性も十分にあるのだから。
そうして春になってしまえば、まさか冬に奇襲をするとは思っていないという相手の意表を突くようなことは出来なくなってしまう。
ダスカーもその辺については十分に……それこそ場合によってはレイ以上に理解していてもおかしくはなかった。
「それと、ギガントタートルの件ですが……」
「ああ、それか。出来るだけ早くやってくれると助かる」
「クリスタルドラゴンの素材をどうにかしないと、どうしようもないと思うんですが」
「……そうか。それがあったか。スラム街の連中を使う以上は、あの倉庫は必須だな」
ダスカーの言葉にレイは頷く。
ギルドの中でも高い解体技術を持っている者達によって、レイが倒してきたクリスタルドラゴンの解体が行われている倉庫。
その倉庫はギルドが幾つか持つ倉庫の中でも最も大きな倉庫だ。
以前ギガントタートルの解体を行った時、スラム街からやって来た者達が寝泊まりをした場でもある。
基本的にギガントタートルの解体は、スラム街の住人が冬に凍死や餓死をしない為にということで、レイがギルドやダスカーに提案した依頼だ。
純粋に人助けをする為だけのものではなく、巨大な……それこそ怪獣、もしくは大怪獣と呼んでも大袈裟ではないギガントタートルの解体であると考えれば、レイだけでやるより他の者の手を借りた方がいいのは事実。
また、解体の技量もそこまでいらないし、本当に必要な解体は冒険者の中で冬越えの資金が足りなくなった者に任せるということも出来る。
ともあれ、スラム街の者達にしてみればギガントタートルの解体で金を稼ぎ、スラム街から脱出出来るかもしれないという意味で重要な仕事だった。
そのような仕事である以上、ギガントタートルの解体をして報酬を貰ってスラム街に戻れば、その報酬を奪われるかもしれない。
そのような者達を守る意味でも、ギガントタートルの仕事をした者は倉庫で寝泊まりをさせていたのだ。
そうして去年から今年の冬に行われた解体によって、多くの者達――それでもスラム街の規模から考えると少数――がスラム街を出ることに成功している。
その後は街中で働いていたり、冒険者として働いていたり、商人に雇われてギルムを出ていったりと、様々な場所で活動している。
そのような者達が街中でレイと出会うと、感謝を込めて頭を下げるといったことをしたりもする。
ダスカーにとっても、スラム街の住人が社会復帰してきちんと働くというのは悪いことではない。
いや、寧ろギルムをより発展させる為の人員というのは、多ければ多い程にいいのだ。
そういう意味では、ギガントタートルの解体は是非ともレイにやって欲しいところだった。
「倉庫に置かれている素材や魔石の回収は必須です。それに、あの倉庫を守る為に相応の強さを持つ冒険者も護衛として雇われていますし」
そう言うレイだったが、護衛として雇われている冒険者にしてみれば、仕事はそれなりに楽な割に報酬は高い、割のいい仕事なのは間違いない。
勿論、貴族や商人の中には力でどうにかしてクリスタルドラゴンの素材を奪おうと考える者もいる。
だが、ギルドの倉庫を襲うなどといったことをした場合、その者に待っているのは破滅だ。
……その破滅を覚悟の上で襲撃する者もいない訳ではなかったが、ギルドにとってもクリスタルドラゴンの素材という非常に希少な素材を奪わせる訳にはいかない。
だからこそ腕利きの冒険者が護衛として雇われており、それでも対処が難しい場合はギルドにいる冒険者に緊急の依頼を出すことで対処も可能だ。
そういう意味で、クリスタルドラゴンの素材を守るのは万全の態勢だった。
……寧ろ報酬が高くなっているのは、力でどうこうしようとする訳ではなく、貴族や商人が権力でどうにかしようとするのを、何とか阻止する必要があるということだろう。
具体的には、倉庫の護衛を任されている冒険者の恩人を連れて来て、その恩人に少しだけでもクリスタルドラゴンの素材を見せて貰えるように頼む……といったように。
そうして一度見ることが出来れば、そこからは以前も問題なかったのだからということでなし崩し的にクリスタルドラゴンの素材を手に入れようとする者もいる。
そのような者達の相手をするのを含めて報酬が高額になっているのだと考えれば、人によっては割に合うかどうかの判断は分かれるところだろうが。
「レイがクリスタルドラゴンの素材を回収しないといけないが、そうなるとレイが来たということで騒動になるか」
「そうなります。もっとも、ギガントタートルの解体をする時にはどうしても俺が出ないといけないので、その時も同じように騒動になるとは思いますけど」
現在ギガントタートルの死体はレイのミスティリングに入っている。
その解体を行う以上、レイが毎朝ギルムの外にやってくる必要があった。
レイに接触したいと考えている者にしてみれば、これ以上ない好機だろう。
「その辺もどうにかしないといけないか。……かといって、外に出したままにすると、夜にモンスターがやって来て喰い散らかすだろう。護衛も、一日中となると少し厳しい」
「それですが、場所があればある程度はどうにか出来るかもしれませんね」
「何? どういう意味だ?」
「ようは、ギガントタートルが大きいからギルムの外で解体をすることになって、モンスターが近付いてこないように護衛を用意したりする必要があるんですが……足を切断してそれぞれを別々の場所で解体して貰うという風にすれば、ギルムの中で出来るのでは?」
そう言うレイに、ダスカーは納得した様子で頷くのだった。