3330話
穢れを殺すことが出来るかもしれない能力を持つ魔剣。
はっきりとレイにそう言われたダスカーは、そこまで驚いた様子はない。
全く驚いていないという訳ではないのだが。
レイの様子を見て、もしかしたら……そんな風に思っていたのだが、その予想が見事に当たった形だったので、そこまで驚くようなことはなかったのだろう。
「そうなると、問題なのはその魔剣を誰に使わせるかだな。場合によってはこれが穢れに対する切り札となるかもしれんし」
そう言いつつ、ダスカーの視線はダグラスに向けられる。
ここで自分が口にした穢れという言葉をダグラスが聞いていたのだと思い出したのだろう。
もっとも、レイが魔剣の能力を予想した時にダグラスに視線を向けて、穢れについて口にしてもいいのかと視線で尋ねてきた時に構わないと判断したのはダスカーだったのだが。
「穢れ、ですか。……迂闊な好奇心は抱かない方がよさそうですな。ここで聞いた話は一切外では漏らしません」
「そうしてくれ」
長い間マジックアイテムの鑑定をしていただけあって、迂闊に首を突っ込んでもいいかどうかという判断は、ダグラスにとっても慣れているのだろう。
また、ダスカーはダグラスを強く信頼してるのか、その言葉だけで完全に問題はないと判断する。
ダスカーはダグラスに感謝の視線を向けると、改めてレイに向かって言う。
「それで、その魔剣だが……どうする? そもそも本当に穢れに特別な効果があるのか?」
「分かりません。この魔剣が穢れに特別な効果……特攻を持つというのは、あくまでも予想に予想を積み重ねたものでしかないですし。もしかしたら穢れとは全く関係ない能力かもしれませんし」
「つまり、実際に試してみるしかないか。幸い……という言い方はどうかと思うが、トレントの森の件があるしな」
そのダスカーの言葉に、レイは頷く。
未だにトレントの森には穢れが現れている。
また不幸中の幸いと言うべきか、ボブが穢れに見つかっている。
もし穢れが何らかの方法で穢れの関係者にその件を知らせていれば、妖精郷の近くに穢れが多く現れるかもしれない。
魔剣を使ってその効果を発揮するかどうか、確認するのはそう難しくはない。
(問題なのは、俺があまり長剣を使い慣れていないということだろうな)
基本的にレイが使う武器はデスサイズも黄昏の槍も、双方共に長物だ。
それ以外の武器では、槍の投擲やネブラの瞳によって生み出された鏃といった攻撃方法もあるものの、長剣の類はあまり使うことはない。
勿論使えないという訳ではないが、それでも決して得意な訳ではないのだ。
とはいえ、それでも魔剣の効果を確認するくらいなら問題はないし、何よりも穢れは基本的に移動速度もそこまで速くはなく、簡単なプログラムをされたロボットのような存在だ。
長剣の扱いに慣れていないレイであっても、その程度の相手に魔剣を使うのは難しい話ではないだろう。
「というか……今更ですが、オーロラが何で穢れに特攻を持つ魔剣を持ってるんですかね? 穢れの関係者にとって穢れは自分達よりも上位の存在という認識の筈なのに」
それはレイにとっても素直に疑問だった。
その辺の状況を考えると、もしかしたら魔剣が穢れに対する特攻を持つというのは間違っている可能性は十分にあった。
……ただ、それでも状況から考えると恐らく間違いないだろうと思えたのだが。
「オーロラの性格を考えると、その可能性は低いのか?」
「オーロラが何を求めているのかを考えれば、可能性は低いでしょうね」
オーロラの希望は、世界の崩壊だ。
レイとしては、死ぬのなら自分達だけで死んでくれ。自殺に他の者を巻き込むなというのが正直なところなのだが。
とはいえ、狂信的なまでに世界の破滅を望んでいる者にそんなことを言っても、到底話を聞くとは思えない。
であれば、オーロラには注意するだけ無駄なのは明らかだった。
(とはいえ、それでも穢れに特攻を持つ魔剣を持つ意味は分からないんだよな)
オーロラが穢れに心酔している訳ではないのは、レイも分かっている。
オーロラにとって重要なのは、あくまでも世界の破滅であって、それが別に穢れによって行われなければならないという訳でもない。
もし穢れ以外でもっと確実に世界を破滅させる方法があるのなら、恐らくはあっさりとそちらに乗り換えるだろうと。
(あ、もしかしてだからか? もし穢れ以外でもっと確実に世界を破滅出来る方法があって、そっちに乗り換えようとした時、穢れが邪魔になるかもしれないし、当然ながら穢れの関係者はオーロラを許さないで追っ手を掛けてもおかしくはない。その時の為に……)
そう考えたレイは、あくまでも予想だと言ってから自分の予想を口にする。
……既にダグラスがそこにいるのを全く気にした様子もなく。
そのダグラスは自分の前で行われる物騒な――世界の破滅云々を物騒だと思わない者もいないだろう――会話に頬をひくつかせるが、賢明にも沈黙を保っている。
自分は何も聞いてませんよと、そう態度で示しているのだ。
ダスカーはそんなダグラスの様子を気にしていたものの、レイの予想を聞いて納得したように頷く。
「色々と穴はあるが、レイの予想は筋が通っている。……だとすれば、穢れに特攻のある魔剣をここで入手出来たのは悪くないか」
「そうなりますね。……それでさっきも少し話に出ましたけど、誰がこの魔剣を使います?」
「それは俺が聞きたい。レイは誰が持つといいと思う?」
ダスカーにしてみれば、もし穢れの関係者の本拠地に奇襲を行う場合、レイの存在は必須だ。
何しろセト籠を使うのが前提条件なのだから。
そんなレイなら、誰に穢れに対する特攻を持つ魔剣を使わせるのか、気になったのだろう。
「うーん、そうですね。やっぱりエレーナでしょうか」
「……待て。エレーナ殿だと? 何故ここでエレーナ殿の名前が出る?」
ダスカーもその理由は十分に予想出来る。
予想出来るのだが、可能であれば違っていて欲しいという思いでレイに尋ねる。
だが……レイはそんなダスカーの希望を両断するかのように、あっさりとその理由を口にする。
「それは勿論、奇襲を行う場合エレーナも行くと言ってるからですけど」
「それは……」
ダスカーにしてみれば、以前薄らとレイからそんな話を聞いたような覚えはあったように思う。
あるいはマリーナからだったか。
しかし、相手はエレーナは姫将軍の異名を持つ貴族派の象徴だ。
そんなエレーナがギルムにいるのは、エレーナの個人的な感情が大きいからというのもあるが、表向きの理由としてはギルムの増築工事において、貴族派の貴族からの妨害が何度かあったからというのが大きい。
それを防ぐ為に、エレーナはギルムにいるのだ。
冬の間は増築工事は基本的に行っていない。
ギルムに残っている本職の技術者が遅れている場所を追加で行ったり、増築工事が行われた場所でおかしな場所がないか。
そんな風に色々と調べたりといったことはするが、それは本当に例外だ。
そうして増築工事が行われていないのなら、一応建前としてはエレーナがギルムにいなくてもいいという事にはなる。
なるのだが、だからといってそれを本当にやってもいいかというのはまた別の話だろう。
貴族街にいるエレーナには、面会を希望する者もいる。
そういう相手の対処もエレーナの仕事なのだから。
何より、ダスカーとしては穢れの関係者の本拠地を奇襲するのにエレーナが参加し、その結果としてエレーナが死ぬ……もしくは大きな怪我を負ったりということを考えると、胃が痛くなる。
「止められないのか?」
「無理でしょうね。本人もやる気ですし。それにもしエレーナをここに残すとすると、魔剣はどうします?」
「それはこっちで何とでも出来る」
レイの言葉に即座に断言するダスカー。
とはいえ、それは何の当てもなく言ってる訳ではない。
オーロラの魔剣は長剣だ。
そして冒険者の中で……いや、冒険者に限らず、兵士や騎士でも長剣を使う者は多い。
そうである以上、奇襲をするメンバーの中でレイ達以外に選ばれた者の中から長剣を使う者を選ぶのは、そう難しいことではなかった。
「魔剣はそれでいいかもしれないですけど、もしエレーナをここに残すのなら、ダスカー様が説得するしかないと思いますよ」
「……分かった。だが、もしエレーナ殿を説得出来ない場合、最悪奇襲そのものが中止になるかもしれないということだけは覚えておいてくれ。もっとも、今の時点でもまだ完全に決まった訳ではないのだがな」
「分かりました。ただ、エレーナ本人はやる気だったのは間違いないですね。……ともあれ、魔剣についてはこれでいいとして、次は……」
これ以上エレーナの件で話をしても意味はないと判断したのか、レイはテーブルの上にある指輪に視線を向ける。
ダグラスに鑑定を頼んだのは、魔剣以外にこの指輪に対してもだ。
魔剣の効果が穢れに対する特攻――あくまでも予想で確定した訳ではないが――だということで、ベスティア帝国に存在する穢れの関係者の本拠地の奇襲についての話題になったものの、指輪についてはまだ何も聞いていない。
魔剣についてこれ以上話すと、色々と気まずいことになりそうだと判断したレイは、話題を移すべく、指輪について口にする。
そうしてレイが指輪について口にすると、今まで黙って話を聞いていた……より正確には自分は話を聞いてませんよといった態度を取っていたダグラスが、少しだけ緊張した様子のまま指輪に視線を向ける。
自分は何も聞いていない。ここで聞いた話は決して外に漏らさない。
そのつもりでいたダグラスだったが、それでもレイとダスカーの会話は色々な意味で危険だった。
本来であれば決して自分が知ってはいけないような、そんな会話。
ダスカーもレイもそれを知った上で、ダグラスなら問題ないだろうということで話をしたのだろうが……そんな話を聞かされたダグラスにしてみれば、それは決して好ましくない。
とはいえ、もうこうして実際に聞かされてしまった以上はどうしようもないのだが。
「この指輪は、魔剣と違って特に何か特殊な能力はない。ただ、特定の場所で使った場合は鍵の役割を持つと思う」
「……なるほど。それはつまり、穢れの関係者の本拠地の扉か何かを開ける鍵代わりだということか?」
ダグラスがレイに説明するのを聞いていたダスカーがそう口を挟むと、ダグラスは頷く。
「その可能性はあるかと。勿論、実際に試してみないと何とも言えませんが」
レイに対して話していた時とは違い、幾分か丁寧な言葉遣いでダスカーに返すダグラス。
レイはそんなダグラスの様子を気にせず、テーブルの上の指輪を手に取る。
(ダスカー様が言うように、この指輪が鍵だとすれば、その扉の中で一番高い可能性は穢れの関係者の本拠地だろうな。とはいえ……)
じっと指輪を見るレイ。
ダグラスには劣るものの、レイもまたマジックアイテムを集める趣味を持っている以上、それなりにマジックアイテムを見る目はある。
とはいえ、それでも指輪を見てダグラスより詳しくその能力を理解出来たりはしないのだが。
ただ……
「うーん……なぁ、ダグラス。これは本当に鍵としての能力しかないのか? 俺はお前よりもマジックアイテムを見る目がないのは分かってるけど、何となく……本当に何となくだけど、この指輪にはもっと何かあるような気がするんだけど」
「……何?」
レイの言葉を聞いたダグラスは手を伸ばす。
それを見たレイは素直にその指輪をダグラスに渡した。
ダグラスは受け取った指輪を改めて見る。
「レイ、ダグラスでも分からなかった指輪の効果をどうやって見破った?」
鑑定をしているダグラスの邪魔をしないように、ダスカーがレイに小声で尋ねる。
ダグラスはダスカーも信頼している人物だ。
そのマジックアイテムを見る目は、それこそ一流だと断言出来る程に。
そんなダグラスでも見つけられなかった何かを、レイが見つけた……かもしれない。
だとすれば、それをどうやって見つけたのか、気になるのは当然だろう。
とはいえ、そう尋ねられたレイは少し困った様子を見せる。
「どうやってというか……何となくそう感じたというのが正しいですね。何か根拠があって言った訳ではないですし」
「つまりは勘か」
ダスカーの言葉にレイは特に隠すでもなく頷く。
実際に指輪を見ていたレイが疑問を感じたのは、何となくそのように思ったというのは間違いなく、そこに何か明確な理由がある訳でもない。
そんなレイの様子に、ダスカーは何故か納得した様子で頷くのだった。