3328話
このライトノベルがすごい!2023が始まりました。
レジェンドも投票作となっています。
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今日の23:59分が回答期限の最終日となりますので、レジェンドに投票を是非お願いします。
「これは……見たところ、発動するのにとんでもない魔力を使うようだが?」
ダグラスはレイから渡されたネブラの瞳を一通り調べると、そう言う。
レイもその言葉に異論はないのか、素直に頷く。
「ああ、そうだ。これは元々矢を魔力で生み出すというマジックアイテムだったんだが、それを無理矢理ではなく矢の先端にある鏃だけを生み出すように改良して貰ったんだ。その結果、起動するには普通にマジックアイテムを使うよりも圧倒的に魔力を必要とするようになった」
「それは……レイ殿以外の者にしてみれば、欠陥品だな」
しみじみといった様子でダグラスが言う。
実際、その判断は正しい。
ネブラの瞳はレイだからこそ、使いこなせている一面があるのは事実なのだ。
もしレイ以外の者がネブラの瞳を使うのなら、絶対に誰も使えないという訳ではないだろうが、それでも使える者は決して多くはないだろう。
「そうだな。それは認めるよ。けど、俺が使うんだから、俺の魔力で起動するのなら問題はない。今までにも何度もネブラの瞳には助けられているし」
魔力を流せば、それだけで鏃が出来るのだ。
それをレイの身体能力で投擲するのだから、その威力は凄まじいものがある。
それでいて、投擲して数十秒程度で鏃が消えるというのも、レイにとっては便利な効果なのは間違いなかった。
投擲によって使った鏃が敵に再利用されるのを避けられるという意味でも。
「ふむ、レイ殿が専門にして使うのなら、魔力を大量に使うのでも問題はないのか」
「そうなるな」
ダグラスが返してきたネブラの瞳を、レイは腰に装備する。
そんなレイの様子を見ていたダグラスは、不意に口を開く。
「レイ殿のローブも、マジックアイテムなのでは?」
「やっぱり気が付くか」
ダグラスの言葉にレイは驚いたりはせず、寧ろ納得していた。
元々ダグラスはダスカーがオーロラの持っていた魔剣や指輪を鑑定して貰う為に呼んだ人物だ。
そうである以上マジックアイテムを見る目が確かなのは間違いない。
レイの着ているドラゴンローブは、そのローブを普通のローブであると見せ掛ける隠蔽の効果を持つ。
しかし、ダグラスはそのドラゴンローブの隠蔽の効果を見破ったのだ。
「随分と高価なマジックアイテムのようだな」
「そうなる。エスタ・ノールが作ったマジックアイテムだし」
「……あのエスタ・ノールの……」
今となってはゼパイル一門に所属していたエスタ・ノールは、伝説の錬金術師と呼ばれている。
そんなエスタ・ノールの作ったマジックアイテムとなれば、ダグラスも気になるのは当然だった。
「ああ。このドラゴンローブはエンシェントドラゴン程ではないにしろ、かなり年を取ったドラゴンの革を使って作ったローブだ。俺にとっては絶対に手放せないマジックアイテムだよ。このミスティリングと同様に」
「アイテムボックス……」
しみじみと呟きながら、ダグラスの視線はレイの右手……正確には手首の腕輪に向けられる。
ダグラスもレイがアイテムボックスを持っているのは当然知っていたし、それが右手首の腕輪だというのも知っていた。
とはいえ、アイテムボックスについては迂闊に触れると色々と面倒なことになるだろうと予想もしていたし、何より迂闊にミスティリングに触れるとレイがどのような反応を示すのか分からなかったので、今までは触れてこなかったのだ。
だが、そのレイが自分からミスティリングについて話を振ったのだから、ダグラスもその件を話題にしても構わないのだと判断し、レイの右腕に視線を向ける。
「なるほど、レイ殿のアイテムボックスはエスタ・ノールの作品だったのか」
「それは知らなかったのか?」
「うむ。レイ殿のアイテムボックスに手を出せば殺されるという噂があったのでな」
「……いや、別に殺すとまでは……」
もしミスティリングを奪おうとした相手がいた場合、レイもそのままにはしない。
だが、それでも絶対に殺すかと言われれば、即座に首を横に振るだろう。
もっとも、盗賊狩りの件ではなく戦争で異名を得たことを考えれば、そのように思われてもおかしくはないのかもしれないが。
「まぁ、噂というのは広がるに従ってどうしても大きくなっていくものだ。レイ殿も気にしない方がいい」
「そうだな。……ちなみにエスタ・ノールが作ったマジックアイテムというなら、これもそうだぞ」
話題を変えようと思ったのか、レイが次に見せたのは自分が履いている靴だ。
スレイプニルの靴という、空中を蹴って飛ぶことが出来る能力を持つ。
もっとも、レイがこの世界に来てから使っていた物を、今では強化して空中を跳ぶ回数を増しているが。
「ほう、これはスレイプニルの靴かね。なかなか見事な……」
スレイプニルの靴そのものは、別にエスタ・ノールだけが作れたという訳ではない。
現在においてもそれなりに作れる者はいるし、ダンジョンから見つかることもある。
そういう意味では、ネブラの瞳やドラゴンローブ、そしてミスティリングのように非常に希少なマジックアイテムという訳ではない。
実際、レイ以外にもエレーナも同じスレイプニルの靴を持っている。
もっとも、それはあくまでもそれらの非常に希少なマジックアイテムと比べての話で、一般的常識で考えれば十分に貴重なマジックアイテムなのだが。
「こうして見ると、やはりレイ殿は素晴らしいマジックアイテムを多数持っているのだな」
「そうなるな。他にもダスカー様から貰ったマジックテントやドワイトナイフ。俺が自力で入手した懐中時計に、依頼の報酬として受け取った流水の短剣まで」
「ほう、流水の短剣!」
レイが口にしたマジックアイテムの中で、ダグラスが真っ先に反応したのは、流水の短剣だった。
「何でも魔力を水に変えて、武器として使えるとか。レイ殿なら、さぞ強力な武器となるのでは?」
興味津々といった様子のダグラスだったが、レイは首を横に振る。
「いや、生憎と俺は炎属性に特化していてな。流水の短剣を使っても武器としては使えない」
そのレイの言葉に、ダグラスは勿体ないといった表情を浮かべる。
ダグラスにしてみれば、レイの説明からこのマジックアイテムがかなり強力なのだろうと予想出来る。
だが、レイがそのマジックアイテムの性能を存分に発揮出来ないのなら、持っている意味がないのではないかと思う。
「では、レイ殿。この流水の短剣というマジックアイテムを儂に売る気はないかな? レイ殿の説明を聞く限りではかなり強力なマジックアイテムではあるが、レイ殿がその性能を使いこなしていないという話だ。であれば、儂ならもっと強力にこのマジックアイテムを使える者を捜すことも出来るが」
「いや、売る気はない」
一瞬も検討する様子を見せず、それこそ反射的にという表現が相応しい速度でレイはダグラスからの提案を拒否する。
ダグラスも自分の提案が素直に受け入れられるとは思っていなかったものの、それでもまさか一瞬の躊躇もなく断られるとは思っていなかったのだろう。
訝しげな様子で口を開く。
「何故、と聞いてもいいかな? レイ殿の説明を聞く限りでは、この流水の短剣は炎に特化しているレイ殿には使いこなせない筈。流水の短剣は確かに強力なマジックアイテムかもしれないが、だからといって使えないレイ殿が持っていても……こう言ってはなんだが、意味がないのでは?」
「そうだな。武器として使うのなら意味がないのは間違いない。それは認める。だがそれは、あくまでも武器として使おうとした時の話だ」
「……つまり、武器以外にこの流水の短剣に使い道があると?」
「ああ。それもちょっとやそっとで替えが利かないような使い道がな。……論より証拠だ。少し試してみるか」
そう言い、レイはミスティリングの中から木のコップを一つ取り出す。
ダグラスはまさかここでコップが出てくるとは思わなかったのか、驚きの表情を浮かべる。
しかしレイはそんなダグラスの様子は全く気にせず、流水の短剣に魔力を流す。
「一体何を!?」
流水の短剣が魔力を使って水の武器を生み出すマジックアイテムだと聞いていたダグラスは、レイがいきなり流水の短剣を起動したことに驚く。
だが、レイはそちらも無視して流水の短剣が生み出した水をコップに入れる。
そうして十分に溜まったところで、そのコップをダグラスに向かって差し出す。
「飲んでくれ」
「……飲む? 武器から出た水を?」
「そうだ。その水を飲んでみれば、俺がこの流水の短剣を手放すつもりがない理由を理解出来ると思う」
そうレイに言われたダグラスだったが、それでも武器から生み出された水を飲むのは少し躊躇する。
これが例えば壺型のマジックアイテムが生み出した水であれば、ダグラスもそこまで躊躇することはなかっただろう。
だが、レイが渡したのは武器から出た水なのだ。
ダグラスが飲むのに躊躇してもおかしくはない。
「安心しろ、毒じゃない。普通に飲める水だ。今まで俺も何度となく飲んでるし」
そうレイが言う。
ただし、その内心では天上の甘露のような味なので、それこそ何度でも飲みたいと思ってもおかしくはないと続けていたが。
そんなレイの様子にダグラスも覚悟を決めたのか、恐る恐る一口飲む。
「……ん? っ!? これは……」
最初に飲んだ一口だけで、ダグラスはこの水の美味さを理解した。
水だ。それは間違いないのだが、とんでもなく美味い水なのだ。
何らかの果実の果汁が入っていたり、果実を漬け込んでいたりといったようなことはしていない。本当にただの水。
だが、その水はとんでもなく美味い。
それこそ一口だけではなく、もっと飲みたいと思ってしまう程に。
「……え?」
もう一口。
そう思ってコップに視線を向けたダグラスは、その中が空になっていることに気が付く。
「何故? まだ水は一口しか……」
「いや、全部飲んだぞ、気が付かなかったのか?」
「……全部? 儂が?」
ダグラスにしてみれば、自分は一口しか飲んでいないつもりだった。
しかしレイの言葉を信じるのなら、自分でも気が付かないうちにコップの中の水を飲んでしまったということになる。
とてもではないがレイの言葉は信じられない。
だが同時に、コップを自分が持っていた以上はその中の水がどこかに行くとも思えなかった。
だとすれば、やはりコップの中にある水はダグラスが飲んでしまったのは間違いない。
「どうだ? 美味かっただろう? それが俺がこの流水の短剣を手放さない理由だ」
「……なるほど」
ダグラスの口からは、納得したような言葉が出る。
実際に自分でレイの出した水を飲み、それによって自分でも気が付かないうちにその水を飲み干していたのだ。
それこそ貴族……いや、王族にこのことが知られれば、考えたくない事態があってもおかしくはない、それ程に美味い水。
「なるほど。……なるほど」
流水の短剣の水の美味さが予想以上だった為だろう。
ダグラスの口からは『なるほど』という言葉が何度も続けて出される。
それを見ていたレイは、そんなダグラスを我に返す為に口を開く。
「さっきも言ったと思うが、この流水の短剣は使用者の魔力によって水を生み出す、生憎と俺は炎属性に特化してるから、流水の短剣を使っても水で武器を生み出すことは出来ない。ただ、起動出来る以上は水を生み出すことが出来る訳だ。そして俺の魔力は大きい。その結果として、水の長剣とか鞭とか棍棒とか、その他諸々の武器にはならないけどな」
「つまり、レイ殿の魔力が大きいからこそ、あれだけの味を持つ水になると?」
「正解だ。ちなみに言うまでもないけど、俺の魔力だからこそこういう水になるのであって、他の者が同じように流水の短剣を使っても同じことは出来ない。……というか、普通に武器となる」
実際、レイが水を生み出すことが出来るのは、炎属性に特化した能力を持つレイと流水の短剣というマジックアイテムの組み合わせだから。
もしどちらかがなければ、あるいは少し能力が違っていれば、流水の短剣で天上の甘露の如き水を生み出すことは出来なかっただろう。
「レイ殿にとって、この流水の短剣というのは武器ではなく、飲料水を出す為のマジックアイテムなのか」
「別に飲料水と限定してる訳じゃないけどな。普通に手を洗ったりとかにも使うし」
「何っ!?」
叫ぶダグラス。
ダグラスにしてみれば、あのような美味い水を手を洗ったりするのに使うというのは、とてもではないが信じられなかった。
勿体ないと、心の底からそう思う。
とはいえ、レイにしてみれば美味い水ではあるのだろうが、その水は幾らでも生み出すことが可能なのだ。
そうである以上、飲料水以外に使うのも当然のことだった。
……それでダグラスが納得出来るかどうかは、また別の話だったが。