3324話
このライトノベルがすごい!2023が始まりました。
レジェンドも投票作となっています。
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回答期限は9月25日23:59分ですので、是非レジェンドに投票お願いします。
「見えてきた。セト、降りてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは見えてきた領主の館に向かって降下していく。
「もう少し遅くてもよかったんじゃない?」
レイの右肩に掴まっているニールセンが、レイにそう言う。
だが、レイはそんなニールセンに対して首を横に振る。
「ボブの件も話しておく必要があるし、魔法金属を用意するのなら、それはそれで時間が掛かると思うから、早い方がいい。それに魔剣を調べて貰うにも、専門家を呼ぶ必要があるしな。下手に遅くに行けば、最悪時間がなくて魔剣の鑑定は明日になるとかになるかもしれないし」
「そういうものなの?」
「そういうものなんだよ。ニールセンも俺と一緒に行動するようになってからそれなりに経つんだ。そのくらいのことは分かってもいいと思うんだが」
レイの言葉に不満そうな様子を見せるニールセン。
だが、そんなニールセンが何かを言うよりも前に、セトは地上への降下を完了する。
着地の瞬間に翼を羽ばたかせて飛行速度を落とすセトだったが、それによって地面に積もっていた雪が舞い上がる。
昨夜、レイが眠っている間に降った雪はそこまで多い訳ではなかったが、ここは雪掻きをしていなかったのか、いわゆるパウダースノーに近い雪質の雪が周囲を舞い上がる。
昨日とは違って雪が降っておらず、雲は幾らかあるが太陽の光もしっかりと見ることが出来る。
そんな太陽の光に舞い上がった雪が煌めき、見るだけなら非常に美しい光景だった。
「うわぁ……」
レイの右肩にいたニールセンも、そんな雪を見て感嘆の声を上げる。
レイもまた雪の景色に目を奪われていたが、セトが降りてきたのを見た騎士や兵士が数人やって来るのに気が付くと、まだ太陽の光に煌めく光景に目を奪われていたニールセンをドラゴンローブの中に入れる。
「ちょっ!」
レイのいきなりの行動に不満そうに声を発したニールセンだったが、それよりも前にレイが口を開く。
「悪いけど、ダスカー様に出来るだけ早く会えるようにしてくれないか? 色々と話をする必要があるんだ」
「話って……こんな時間からどんな話だ? レイが来たらすぐ通すように言われてるから、無理に聞こうとは思わないけど」
「あー……あれだ。ギガントタートルの解体についての話」
ここで穢れについての諸々を話してもいいのかどうか迷ったレイは、そう誤魔化す。
だが、実際にギガントタートルの解体の件については話さないといけないと思っていたので、その内容は騎士や兵士達が聞いても特におかしなものだとは思わなかったらしい。
「ギガントタートルの? ああ、そう言えば去年もやってたな。分かった、すぐにダスカー様に話をしてくるから、レイは客室で休んでいてくれ」
「そうさせて貰うよ。ああ、それと出来ればマジックアイテム……具体的には魔剣なんだが、その鑑定が出来る者を呼んで欲しいんだけど、出来ないか? ほら、俺はまだ街中を歩けないし」
「……大変だな。その件もダスカー様には聞いておくよ」
そう言い、騎士はレイ達の前を立ち去るのだった。
「ぷはぁっ! ……ちょっとレイ。この扱いはないじゃない?」
客室に案内され、メイドが紅茶とクッキーに似た焼き菓子を置いて部屋を出ると、それを待ってましたと言いたげにニールセンがドラゴンローブの中から飛び出てくる。
「そう言われても、まだニールセンの姿を何も知らない奴に見せる訳にもいかないだろう?」
「それは……分かるけど」
レイに文句を言いたい。
だが、妖精がいるのを、何も知らない者達に教える訳にもいかない。
それが分かっているニールセンは、レイの言葉に反論出来ない。
それこそもしここで何か不満を言えば、それが長に知られた時にどのようなお仕置きをされるのか分かったものではない。
長からのお仕置きだけはどうしても避けたいというのがニールセンの正直な気持ちだった。
レイもそれが分かっているので、今回のように乱暴な真似をしたのだろう。
とはいえ、ニールセンの機嫌が悪いままなのはレイにとってもいいことではなく……
「ほら、機嫌を直せって。そこにある焼き菓子はニールセンが食べていいから」
「え? ……そうね。レイにも色々と事情があるんだし、少しくらい私に乱暴な真似をしてもしょうがないのかしら」
チョロい。
ニールセンの言葉にレイは内心でそのように思ったものの、それを表情に出すようなことはしない。
もしそんなことを考えているとニールセンに知られたら、せっかく直った機嫌がまた急降下してしまいかねないのだから。
そうならないようにする為に我慢をするのは、レイにとっては当然のことだった。
「あ、美味しいわね。サクサクの食感で……何か木の実が入ってるけど、それが食感を変える感じになってるわ」
早速焼き菓子を食べたニールセンが、上機嫌にそう言う。
もしこの焼き菓子を作った者がその感想を聞けば、恐らく喜ぶだろう。
ニールセンのような妖精にそのように感想を言って貰ったのは、特に嬉しい筈だ。
「でも、セトも美味しい料理を食べてるのよね? 羨ましいわ」
ニールセンが羨ましそうに呟く。
焼き菓子も美味いが、やはり本職の料理人が作った料理には劣る。
そうである以上、ニールセンは出来ればそっちも食べたいと思ったのだろう。
「頼めばサンドイッチとかの簡単な料理くらいなら作ってくれると思うけど、頼んでみるか?」
レイがそう言ったのは、領主の館で出されるサンドイッチがお気に入りだからというのが大きい。
店で売ってるようなサンドイッチの場合は、基本的におやつというよりは食事としてのものなので、それなりに大きい。
だが、レイが今まで領主の館で食べたサンドイッチは、一口サイズのものが多かった。
恐らくはダスカーが仕事中に食べることを考慮して作ったサンドイッチなのだろう。
一口で全てを食べられるので、中途半端に囓ったサンドイッチを皿に戻したりといったことをしなくてもいいのは、書類仕事をしながら食べるには非常に便利だろう。
また、大きめのサンドイッチを半分くらい一口で食べると、その噛み切ったところからパンに挟んだ具材が出て来ないとも限らない。
それらが書類を汚すようなことになれば、それはダスカーにとって決して好ましいことではないだろう。
もし何らかの理由でその書類を誰か他の相手に……それもダスカーの部下でも何でもない相手に見せるといったことになった場合、それはダスカーにとって大きな恥となる。
「サンドイッチ? うーん、そうね。じゃあお願いするわ。私は少し隠れるから」
自分がいるとメイドを呼んだりも出来ないと判断したのだろう。
ニールセンは素早く部屋の中にある家具に隠れる。
(こういう時だけ素早いな)
ニールセンの様子に呆れつつも、レイは部屋の中に用意されていた鈴を鳴らす。
すると十秒もしないうちに扉がノックされた。
レイが中に入るように言うと、そこにいたのはレイをこの客室まで案内したメイド。
どうやらレイを案内したその流れで、そのままレイが今日領主の屋敷にいる間はレイの担当となったらしい。
「レイ様、何か御用でしょうか?」
「ああ、悪いけどサンドイッチが欲しい。ダスカー様もそのうち来るだろうから、多めに頼む」
そうレイが頼むと、メイドはすぐに頷いて部屋から出ていく。
すると扉が閉まったのを合図とするように、部屋の中に隠れていたニールセンが姿を現す。
「サンドイッチかぁ、一体どういう具材が挟まってるのかしら。サンドイッチは具材で味が全く変わるから、それが凄いわよね」
楽しみといった様子のニールセンだったが、その間もテーブルの上にある焼き菓子を食べるのを止めない辺り、サンドイッチが来ても本当に食べられるのか? とレイは一瞬疑問に思う。
思うが、すぐにそんな自分の予想を却下する。
今までニールセンと一緒に行動してきて、ニールセンの外見からではとてもではないが信じられない程の量を食べるのを何度も見てきた。
それだけに、ニールセンなら焼き菓子を全て食べても、追加のサンドイッチは全く問題なく食べられるだろうと予想出来る。
「一応ダスカー様の為にもって話で注文したんだし、俺も食うんだから、ニールセンだけで全部は食うなよ」
「分かってるわよ。全く、レイは私を何だと思ってるのかしら?」
「……言ってもいいのか?」
「え?」
「だから、俺がお前をどう思っているのか、本当にここで言ってもいいのかと聞いてるんだ。もしそれをニールセンが知りたいのなら、素直に話してもいいぞ」
改めてそうレイが言うと、ニールセンは焼き菓子を食べる手を止め……
「止めておくわ」
そう言った。
正直なところ、ニールセンもレイが自分をどう思っているのか聞きたいとは思う。
思うのだが、レイの様子から考えると、それを聞いた自分には大きなダメージがあるように思えてしまった。
それなら最初から聞かない方がいいだろうと判断したのだ。
ニールセンにとっては、かしこい選択だったのは間違いないだろう。
「そうか。じゃあ……いや、どうやら来たみたいだな」
レイが何かを言おうとしたものの、客室に近付いてくる気配に気が付く。
「え? サンドイッチ? もう来たの!?」
「いや、もうって言ってもメイドに頼んでからそれなりに時間が経つぞ? サンドイッチは作るのにそこまで時間が掛かる料理じゃないし」
パンにバターを塗ってから、具材となるチーズやハム、煮込み料理、焼き料理といった様々な料理を挟んで切るだけだ。
勿論、切る際にパンが潰れたり、具材がパンからはみ出したりといったように気を使う必要はあるものの、領主の館で働いている料理人ならその程度は容易に出来るだろう。
そして具材の作り置きがあれば、サンドイッチを作るのに時間は掛からない。
……実際には具材とパンを馴染ませる為に、軽く重しを置いて少し待つといった手間も必要になるのだが。
「待たせたな。サンドイッチの方も用意は出来てるぞ」
部屋にやって来たのは、ダスカー。
そしてダスカーの側にはメイドがいて、山盛りのサンドイッチの入った皿を持っていた。
そんなダスカーの様子を見たレイは、こっそりとニールセンがいた場所に視線を向ける。
だが、扉が開いた瞬間に即座に隠れたのか、ニールセンの姿は既にない。
……レイにとって幸いだったのは、ニールセンが焼き菓子を食べる時に周囲に破片を散らかすような汚い食べ方はしなかったということだろう。
もしそのような食べ方をしていれば、ニールセンのいた周辺には多数の破片が散らかることになり、レイがそのように汚く食べたと思われるか、もしくは何故か座っていたレイから離れた場所に破片が散らばっているのを見て疑問に思われていたのかもしれないのだから。
「サンドイッチはテーブルの上にでも適当に置いてくれ。それと俺にも紅茶を頼む」
ダスカーの指示に、メイドは即座に行動に移る。
サンドイッチをテーブルの上に置き、空いていたソファ……ダスカーが座ると思しき場所に淹れ立ての紅茶を置く。
用件が終われば、メイドは一礼して部屋から出ていった。
これぞメイドといったような、素早い行動。
そんなメイドが部屋を出ていくと、いつの間にか隠れていたニールセンが姿を現して文字通りの山積みとなったサンドイッチの皿に近付く。
「うわ、これ凄いわね。殆どが違うサンドイッチの具よ?」
ニールセンの言葉通り、サンドイッチの具は多種多様だ。
一口サイズに切っている以上、幾つか同じ具はあるだろう。
ただ、見た限りではその多くがそれぞれ違う具なのは間違いなかった。
「ふむ、美味そうなサンドイッチだな。……レイが報告に来た難しい話は後にして、まずはこれを食べるとしよう」
「賛成です。味は勿論、目で見ても楽しめるサンドイッチの山……それを崩すのは勿体ないと思いますけど」
「そうだな。だが、料理である以上はしっかりと食べなければいずれ悪くなってしまうだろう」
そう言い、ダスカーはメイドが用意してくれた紅茶のある場所に座り、サンドイッチに手を伸ばす。
この時はニールセンも最初にダスカーが食べるのが礼儀だと思っているのか、黙って見守っていた。
「うん、美味い。このガメリオンの肉はしっかりと煮込まれていて、味が染みているのにしっとりした食感はそのままだな。下手な料理人だと、肉の旨みが抜けてパサパサになったりするのだが」
ダスカーの食べたサンドイッチは、ガメリオンの肉を煮込んだものと葉野菜とチーズのサンドイッチ。
レイにしてみれば、照り焼きチキンチーズサンドといったように見えるサンドイッチだろうが。
そんなサンドイッチを目の前で食べるのを見れば、レイも我慢出来ない。
ニールセンと共に、サンドイッチに手を伸ばすのだった。