3319話
このライトノベルがすごい!2023が始まりました。
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回答期限は9月25日23:59分ですので、是非レジェンドに投票お願いします。
セトとピクシーウルフ達の追いかけっこ……もしくは狩りの練習は、レイ達が来てから三十分くらいが経過する頃に終わる。
短い距離でのやりとりだったが、ピクシーウルフ達にとってセトを追うのはそれだけ疲れたのだろう。
何しろセトは、ピクシーウルフ達の出せる速度よりも少しだけ速く移動しているのだから。
ピクシーウルフ達にしてみれば、常に自分達よりも少しだけ速く移動するセトだ。
それでも必死になって追っていたのは、それだけ必死になっていたのだろう。
「グルルゥ」
「もういいのか?」
セトやピクシーウルフ達から少し離れた場所にマジックテントを設営していたレイは、近付いて来たセトに向かってそう尋ねる。
そんなレイの言葉に、セトは特に疲れた様子もなく鳴き声を上げる。
「そうか。なら……うーん、今の状況で特に何かやるべきことはないんだよな。セトも今日は疲れただろう? ゆっくりすればいい」
今日はギルムに戻ってきて、そこからも色々と動き回ったのだ。
レイがダスカーと話をしている時、セトは領主の館の料理人からスープを食べさせて貰ったりしていたので、そこまで疲れてはいなかっただろうが。
「俺は少しゆっくりとするから、何かあったら教えてくれ。……妖精郷にいれば何か敵に襲われるとか、そういうことはないと思うけど」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
そんなセトを一撫ですると、レイは少し離れた場所を飛んでいる妖精を見る。
「それで、お前はどうするんだ? 俺はこれから少し寝るけど」
「えー……うーん、どうしようかな。そうだ、あの子達と遊んでくるわ」
妖精の視線の先にいるのは、走り疲れて寝転がっているピクシーウルフ達。
舌を出して激しく息をする様子は、ピクシーウルフ達がどれだけ疲れているのかを示していた。
「本気か? あそこまで疲れてるんだから、お前と遊ぶような余裕はないと思うぞ?」
「それならそれでいいわよ。今は暇なんだし、近くで様子を見たりするだけだから」
「……邪魔にならないようにしろよ」
レイはそれだけを言う。
もし本当に邪魔になったら、それこそピクシーウルフ達によって攻撃をされるかもしれない。
もっとも妖精達に攻撃を命中させるのはかなり難しいだろう。
レイが見る限り、ピクシーウルフ達が出来るかと言われれば、恐らく不可能だろう。
「分かってるわよ。その辺はしっかり考えてるから大丈夫!」
そう言い、妖精はレイの前から飛び去り、ピクシーウルフ達のいる方に向かう。
本当に大丈夫なのかと思いつつ、あの様子を見る限りなら恐らく特に問題はないし、何かあっても妖精の自業自得だろうと思っておく。
「じゃあ、セト。少し見張りを頼むな。……その前に、焚き火は用意しておいた方がいいか?」
「グルゥ? ……グルルルルルゥ」
焚き火は別にいらないと、そう告げるセト。
セトにしてみれば、真冬の夜中に吹雪いていても普通に外で眠ることが出来るのだ。
わざわざ焚き火を用意する必要はない。
もしレイが簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ていなければ、セトも焚き火を用意したかもしれないが。
だがその心配がない以上、わざわざ焚き火をする必要はないとセトは考えたのだろう。
「分かった。ただ、俺が休んでいる時にボブが戻ってきたら、焚き火を用意してやってくれ」
セトにはファイアブレスというスキルがあるので、それを加減して使えば焚き火を用意するのは難しい話ではない。
セトもレイの言いたいことを理解したのか、素直に喉を鳴らす。
「グルゥ」
セトも決してボブを嫌っている訳ではない。
もしボブがやって来て寒そうだったら、それこそレイが何も言わなくても焚き火を用意してやっただろう。
あるいはセトの体温は温かいので、レイがいつもやってるようにセトに寄り掛からせるか。
これでセトが嫌ってるような相手ならそんな真似はさせず、それこそ自分やレイに近付かせないようにするだろうが。
そんなセトの様子にレイはその頭を撫でると、マジックテントの中に入る。
「ふぅ……何だかんだと疲れたな。あるいは中途半端に眠ったから、余計に疲れたのか?」
一応、妖精郷に来る前にマリーナの家で昼寝をしている。
だがそこで中途半端に眠ったせいか、もしくは連日の野営でオーロラやヌーラがいたのでマジックテントを使わなかったから疲れたのか。
その辺の詳細はレイにも分からなかったが、それでも今はゆっくりと眠りたかった。
ダスカーやフラット、長といった面々と話をしたり、エレーナ達と話をしていた時は特に眠気を感じなかったのだが。
「とにかく寝るか」
眠いのに起きているのは無意味だ。
何かやるべきことがあるのならまだしも、今はそれもない。
なら、ここは素直に寝た方がいいだろう。
そう判断し、レイは眠る準備を始めたのだった。
「レイ、ちょっと起きて。レイってば!」
「んん……ニールセン……? どうしたんだ?」
眠っていたレイは、自分の名前を呼ぶ声に目を開ける。
するとそこにいたのは、レイにとっても既に見慣れたニールセン。
一体何故ここに? 長との勉強は終わったのか?
まだ少し眠い頭で、レイはそんな風に考える。
改めて周囲の様子を確認すると、マジックテントにある寝室なのは間違いない。
暗さもまだ夕方にもなっていない時間帯であることを考えると、レイが昼寝をしてから、まだそんなに時間が経っていないのだろう。
実際にレイの時間感覚もそう示していた。
もっとも若干寝惚けているレイの感覚なので、まだそれが正解なのかどうかレイも自分で確信を持てなかったのだが。
「穢れよ、穢れが出たわ。それもボブが襲われているみたい。私は長から話を聞いて、すぐここにやってきたの」
「……何?」
ボブが穢れに襲われている。
その言葉にレイのまだ若干寝惚けていた頭はすぐ我に返った。
「それは本当か?」
「私が悪戯でこんなことを言うと思う?」
言うと思う。
そうレイは返したかったし、実際に今までニールセンが行ってきた悪戯を考えると、素直にニールセンの言葉を信じることは出来なかった。
しかし、今こうして必死に自分を起こしているニールセンを見ると、その言葉は真実のように思えた。
そもそもそのような悪戯をしたら、まず間違いなく長にお仕置きされるとニールセンも分かっているだろう。
つまりこれは悪戯ではなく、本当にボブが穢れに襲われているということになる。
「分かった、すぐに向かう」
眠っていたベッドから起きると、レイはすぐに準備をし、マジックテントから出て……
「雪か」
レイが昼寝をする前には雪が降っていなかったが、マジックテントから出たレイが見たのはそれなりの勢いで降っている雪だった。
幸いだったのは、風はそこまで強くないことだろう。
お陰で吹雪にはなっていないのだから。
とはいえ、雪が降ってる中で穢れと戦うのはレイにとって嬉しいことではない。
穢れは雪が触れても、それを黒い霧として吸収するし、何より穢れには降ってくる雪を鬱陶しいと思ったりする感情はない。
また、穢れは空中を浮かんでいるので、雪が積もったり、それが解けたりして歩きにくくなっても関係ない。
(いや、待てよ? 雪が穢れに触れる……つまり、穢れは雪を攻撃として認識したりしないのか?)
そう思うが、雪が自然現象である以上は何となく敵とは認識したりしないんだろうなと予想する。
それが事実なのかどうかは、実際に見てみないとレイも何とも言えなかったが。
「グルルゥ?」
マジックテントから出て来て雪が降ってくる空を見ているレイに、セトがどうしたの? と喉を鳴らしながら近付いてくる。
セトはニールセンが急いでマジックテントの中に入っていくのは見ていたので、その状況でこうしてレイが出て来た以上、何かがあったのは間違いないと判断していた。
だからこそ、そのような状況で外に出て来たのに空を見上げているレイの様子に疑問を抱いたのだろう。
そんなセトの様子に我に返ったレイは、慌てて口を開く。
「悪いな、セト。ちょっと考えごとをしていたんだ。狩りに行ったボブが穢れに襲撃されているらしい。出来るだけ早く助けに行く必要がある」
「グルゥ!」
「ちょっと待って、私を置いていくつもり!?」
レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らすのと同時に、ニールセンがマジックテントから姿を現してそう言う。
レイが準備をしている時にマジックテントの寝室からは出て行ったのだが、すぐ外に出ないでマジックテントの中で何かをしていたらしい。
そんなニールセンに若干の呆れを込めた視線を向けるレイだったが、視線を向けられたニールセンはそんなことは全く気にした様子もなく、レイに向かって口を開く。
「ほら、早く行きましょう。私がいないとボブがどこにいるのか分からないでしょう?」
その言葉は決して間違ってはいない。
とはいえ、セトの視覚や嗅覚、聴覚があればニールセンがいなくてもボブを見つけるのは難しくないのだが。
それでも最初からボブのいる場所を知っているニールセンがいれば、ボブを見つけるのはもっと早くなるだろう。
「そうだな。じゃあ、行くか。セト、頼む」
「グルゥ!」
セトの背に跳び乗りながらレイが言うと、セトは任せてと喉を鳴らす。
ニールセンは置いていかれてたまるかと、レイの右肩に掴まる。
(あ、マジックテント……まぁ、短時間だろうし、大丈夫か)
出来ればレイもマジックテントを収納していきたかったが、ボブのことを思えば少しでも早く向かった方がいい。
……マジックテントを出て雪を見ている余裕があるのなら、その時にマジックテントをミスティリングに収納しておけばよかった。
そう考えたレイだったが、すぐにそれを否定する。
あの時、マジックテントの中にはまだニールセンがいた筈なのだ。
そうである以上、もしマジックテントを収納しようとしても、収納することは出来なかっただろう。
マジックテントについては後でということにして、セトに頼んで走って貰う。
これがもし何でもない普通の場所であれば、レイもマジックテントを放置してはいかなかっただろう。
だが、ここは妖精郷だ。
レイのマジックテントに悪戯をしたら、間違いなく長によってお仕置きされる。
そう分かっているからこそ、レイはマジックテントを一時的に置いていくといった選択が出来たのだ。
レイを背中に乗せたセトは、妖精郷の中を走る、走る、走る。
何人かの妖精がそんなセトの姿に気が付いたものの、全速力ではなくてもセトの走る速度はかなりのものだ。
妖精がセトに……正確にはセトの背に乗っているレイや、レイの右肩に掴まっているニールセンに声を掛けたものの、それがレイやニールセンの耳に届くことはなかった。
そのままの速度で妖精郷を出たセトは、霧の空間の中も全速力で走って抜ける。
霧の空間に住んでいる狼達も、セトにはちょっかいを出す様子はない。
元々セトとの格の違いについては、十分に理解している。
また、セトは妖精郷に自由に出入りする許可があるのだから、霧の空間の狼達が攻撃するといったことはまずなかった。
寧ろセトの前に出ろと言われれば、格の違いから嫌がるだろう。
霧の空間を抜けてトレントの森の中に出ると、すぐにニールセンがとある方向を指さす。
「向こうよ! 向こうにボブ達がいるわ!」
その言葉に、セトはレイが言うまでもなく進む方向を変える。
木々の間をすり抜けるようにして移動するその様子は、まさに縫うようにという表現が相応しいだろう。
「セト、もしボブ達がいたら、すぐにでも穢れに攻撃をしてこっちに引き付けてくれ。俺は魔法の用意をする」
「グルゥ!」
走るセトがレイの言葉に即座に頷く。
ここが野営地、もしくは野営地の近くであれば炎獄を使って穢れを捕らえたりもする必要があるだろう。
しかし、そうではない。
ならばわざわざ捕らえるといったことは考えなくても、魔法で穢れを焼き殺してしまえばいいだけだ。
セトもそれが分かっているので、レイの言葉を聞いて即座に反応したのだろう。
(ボブが狙われているのは、穢れにとってもそうおかしな話じゃない。いや、それどころか元々穢れはボブを殺す為にトレントの森に転移で送りこまれていたんだ。なら……問題なのは、ボブを見つけた穢れが一体どういう反応をするかだな)
レイが知っている穢れは、それこそ簡単なプログラムをされたロボットか何かのようなものだった
だが、それはボブが……標的がいないからこその行動かもしれない。
(とはいえ、今となってはボブよりも俺の方が穢れの関係者にとっては優先すべき抹殺対象になってると思うんだが。洞窟の一件もあるし)
そんな風に考えながら、レイはセトに乗りながらボブのいる場所を目指すのだった。