3315話
このライトノベルがすごい!2023が始まりました。
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回答期限は9月25日23:59分ですので、是非レジェンドに投票お願いします。
「お、見えてきたな。じゃあ、野営地に降りてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、地上に向かって降下していく。
既に何度も経験しているレイは、急速に近付いてくる地面を見ても特に驚くようなことはない。
慣れというのは凄いものだなと、半ば他人事のようにそう思ってしまう。
そうしてセトが地面に着地すると、野営地にいた冒険者達は鋭い視線を向けてくる。
レイとセト、そしてニールセンだと理解はしていたのだが、それでももしかしたら敵かもしれないと警戒したのだろう。
だが、そこにいるレイとセトを確認すると警戒を解く。
「レイ、戻ってきたのか。それで……どうだ?」
「そこはどうだじゃなくて、どうだった? と聞くんじゃないのか?」
そう言うレイだったが、野営地の様子は確かに以前と比べて変わっていた。
炎獄はまだ幾つか残っているものの、その中には当然だがもう穢れの姿はない。
ミスリルの釘を使った結界も、その数は大分減っていた。
つまり、以前……穢れが頻繁に襲撃してきた時と比べると、全く違う様子になっている。
「研究者達の研究の成果か?」
「何だ、知ってるのか。レイを驚かせようと思ってたのに」
「ダスカー様の領主の館に行ったんだろう?」
会話に割り込んで来たのは、レイにとっても見覚えのある男。
「フラット、久しぶりだな」
「そこまで久しぶりという気もしないけどな」
そう言い、この野営地を纏めているフラットはレイを見る。
「とにかく、無事に戻ってきたようで何よりだ。それで……どうにかなったのか?」
「そうだな。ある程度何とかなった」
ダスカーからは可能な限り穢れの関係者の本拠地についての情報を知らせないようにと言われている。
エレーナ達はレイの仲間ということで問題はなかったが。
「そうか。まぁ、穢れが出てくるといったことは、もう殆どないから構わないけどな。それより、そいつも言っていたがこの野営地も随分と変わったんじゃないか?」
「そうだな。オイゲンやゴーシュ達もいないようだが……もう穢れの研究はしてないのか?」
「いや、まだしている。ただ、毎日のようにここに来たり、もしくはこの野営地で寝泊まりをする必要はなくなったらしい」
「ふーん」
「……随分と軽いな。てっきりもっと驚くと思ったんだが」
「いやまぁ、驚きはしたけど、さっきフラットが言ったように領主の館に行ってきたから、何となく予想は出来てたし。それに……オイゲンやゴーシュを含めた研究者の護衛の中には、俺と相性の悪い奴もいただろう? その連中と揉めなくてもいいのなら、俺は大歓迎だし」
「あー……うん。そう言えばそういうのもあったな。ただ、さっきも言ったけど研究者達はもう全く来なくなった訳じゃなくて、それなりに来たりはするぞ?」
「そういう時は、向こうが挑発をしてこないように期待だな。それに俺は妖精郷にいることが多くなるだろうし。今日もこれから妖精郷に……あー、うん。久しぶりにあの光景を見たな」
言葉の途中で、ニールセンの周囲に集まっている冒険者達を見て呟く。
そこにいるのは、妖精好き……小さい頃に妖精の出てくる物語を聞いたことがある者、もしくは大きくなってから妖精の出てくる物語を聞いて心を奪われた者もいるだろう。
あるいは妖精の作ったマジックアイテムをどうにか入手出来ないかと思っている者もいるかもしれない。
とにかく、集まっている者の多くはニールセンに好意的な存在なのだが……
「あー、もー! いい加減にしてよね!」
そんな叫びと共に集団の中から飛び出したニールセンが、少し離れた場所にある木の幹に突っ込む。
本来なら木の幹に頭なり身体なりをぶつけてもおかしくないのだが、ニールセンはまるでそこに木の幹があるとは思えないような勢いで木の幹の中に入る。
これは妖精の持つ特殊な能力の一つ。
ニールセンがレイ達と一緒に行動している時はあまり使う機会がなかったが、基本的に妖精というのは木の幹の中で寝ることが多い。
その能力を使って、ニールセンは冒険者達から逃げ出したのだ。
(いやまぁ、この野営地にいる冒険者は基本的に優秀な冒険者だ。その気になれば、それこそ木の幹くらいはそんなに時間が掛からないで切断出来たりするんだろうが……だからといって、それをやったりする奴はいないだろうけど)
妖精好きの者達は、ニールセンと親しくなりたいのだ。
そうである以上、ニールセンが嫌がることはしない。
妖精のマジックアイテムを欲している者も、ニールセンを怒らせればマジックアイテムが入手出来る筈もないので、そちらもまたニールセンの嫌がることはしない。
こうして皆でニールセンを囲んで集まるというのが、ニールセンにとってはあまり好ましくないことなのだが。
「あの光景を見ると、レイ達が戻ってきたという感じがするな」
レイが見ていた光景をフラットも見ており、しみじみといった様子で呟く。
そんなフラットに突っ込みたくなったレイだったが、今の状況でそのようなことをしても意味がないだろうと止めておく。
「とにかく……いや、何の話だったか。ああ、そうそう。オイゲンやゴーシュ達がこの野営地に来ることもあるだろうけど、その時は基本的に俺は妖精郷にいるだろうから、護衛達とあまり関わったりはしないと思う。とはいえ、穢れがこの近辺に出れば話は別だけどな。まさかトレントの森全てに穢れが出ないようにしてる訳じゃないんだろ?」
レイが聞いた話によると、オイゲンやゴーシュ達が発見した、穢れを侵入させないようにする為には魔法金属が必要とあった。
そして魔法金属というのは非常に高価で、領主の館でも限られた場所にしかその設備は用意されていない。
そうである以上、このトレントの森全てに穢れが出て来ないようにすることは、まず不可能だろう。
野営地もかなりの広さがあるので、その全てに処理するのは難しい。
だとすれば、人の集まる場所に限定して魔法金属を使い処理してるのではないかとレイは予想する。
「限られた場所だけだな。そこ以外で穢れが現れたら、ミスリルの釘を使って捕らえる」
「基本的に転移してくる穢れは単純だしな」
オーロラを始めとして、穢れを自由に使う者達がいればある程度自由に穢れを動かすことによって、敵に攻撃することが出来る。
しかし、トレントの森に転移してくる穢れは基本的に単純なプログラムをされたかのような行動しか出来ない。
そういう意味では、オーロラ達のように穢れを自由に使う者達と戦うよりは格段に楽だった。
ただし、単純な行動しか出来ないからこそか、それなりに頻繁にトレントの森に送られてくるが。
「そちらの方はどうにかなる。……幸い、生誕の塔の方はかなり安全になったし」
「あー……まぁ、そうだろうな」
ダスカーにしてみれば、リザードマン達は異世界からやって来た客人だ。
そして生誕の塔から離れてギルムで暮らすといったことを拒否している以上、生誕の塔が穢れに襲撃されないようにする必要があった。
今まではレイがトレントの森にいたし、レイがいなくなってからはミスリルの釘があった。
出現すれば対処出来るようになってはいたのだが、研究者達の発見によって、そもそも穢れを近づけさせないといった方法を選択出来るようになった。
ダスカーの立場としては、リザードマン達が住んでいる生誕の塔を研究者達の発見した方法で安全を確立するのは当然の話だろう。
異世界からやって来たリザードマンの件は、既に王都にも報告されている。
そうである以上、ダスカーとしても穢れに対して何らかの手を打つ必要があるだろう。
「そう言えば雪が降り始めたら生誕の塔の中で暮らすって話だったけど、今日雪降ったよな? というか、今日が初雪だったのか?」
「ああ、今日が初雪だ。ただし、あれくらいの雪ならまだそこまで急がなくてもいい」
「随分と気楽だな」
「荷物がそんなに多い訳じゃないしな」
フラットの言葉に、レイはなるほどと頷く。
この野営地ではテントで暮らしている。
必然的に、荷物の量はそこまで多くはない。
普通に街や村で暮らしている者が引っ越しをする時に比べると、それこそ作業量はかなり少なくなる。
「とはいえ、必要ない物は少しずつ生誕の塔に運んでいるけどな。実際に移動するのはもう少し先になると思う」
「なんでそこまで無理をしてここで待機してるんだ?」
「……レイはすっかり忘れているかもしれないが、俺達の元々の仕事は穢れに対処するのではなくて、リザードマン達の護衛だ」
「……ああ」
フラットの言葉に、レイは数秒の沈黙の後で納得した様子を見せる。
穢れの件で話が大きくなったのでレイもすっかり忘れていたものの、この野営地はそもそもリザードマン達の護衛の為に用意されたのだと、そう思い出したのだ。
「やっぱり忘れてたな」
レイの様子にジト目を向けるフラット。
とはいえ、フラットもそこまで責める気はない。
フラット達も、自分達がリザードマンの護衛の為にここにいるというのを最近は忘れがちだったのだ。
リザードマン達の護衛ということになっているが、そもそもリザードマン達が普通に強い。
特に現在リザードマンを率いるガガは、その辺の冒険者では勝つことが出来ないだろう実力を持つ。
そのようなガガや他のリザードマンだけに、もし襲われてもガガ達が普通に倒す。
それどころか、食料となるモンスターや戦いを求めて自分達からトレントの森の中を探索したりする。
だからこそ、フラットを含めた冒険者達は自分達がリザードマンの護衛であるという認識は薄くなる。
それでいながら穢れの件で忙しくなっているので、自分達はリザードマンの護衛をしているのではなく、穢れに対処する為にここにいるのだと認識してもおかしくはない。
「悪いな」
「気にするな。何しろ俺達の中でも自分達は穢れの対処をする為にここにいると思ってる奴がいるくらいだ」
はぁ、と。
息を吐きながらそう告げるフラットに、レイは何と言えばいいのか迷う。
これでガガ達がもっと弱ければ、話も違っていただろう。
しかし、ガガ達は強く護衛は必要ない。
もっとも、ガガ達の外見はリザードマンだ。
もし何かの理由で何も知らない冒険者がトレントの森に入ってきた場合、ガガ達を見て普通の……この世界のリザードマンだと判断して、攻撃をするといったことにもなりかねない。
この野営地にいる冒険者達の役目の一つが、そのような時に戦いになるのを止めることだった。
「さて、それじゃあ顔出しも終わったことだし、俺はそろそろ妖精郷に戻るとするよ。何か問題はないか?」
「問題というか……ゾゾがいればレイに会いたいと思うだろうけど、ゾゾは今ガガと一緒にトレントの森に狩りに出かけてるしな」
「……大丈夫なのか?」
リザードマンは寒さに強い訳ではない。
今はもう止んでいるが、先程は雪が降ったのだ。
そんな中をリザードマンが行動するのは、色々と不味いのではないか。
そうレイが疑問を抱くが、それに対してフラットは首を横に振る。
「心配いらないらしい。普通のリザードマンなら寒さに弱いが、ゾゾやガガはある程度寒さに対する耐性を持っているらしいな」
「そう言えば、王族だか皇族だからしいしな」
リザードマンの王、もしくは皇帝の血筋であれば寒さに対する耐性を持っていてもおかしくはない。
それなら特に心配することはないかと、レイは安心する。
「ゾゾがいないのなら、仕方がない。また今度来るから、ゾゾとはその時に会うよ」
「分かった。ゾゾにはそう伝えておく」
フラットの言葉に頷くと、レイは冒険者達に可愛がられているセトと、先程ニールセンが入った木の幹に向かって声を掛ける。
「セト、ニールセン。そろそろ妖精郷に行くぞ。長を待たせる訳にはいかないだろう?」
そうレイが言うと、すぐに……セトが反応するよりも早く、ニールセンが木の幹から出てくる。
「いよいよね。……行きましょう。私達にとっては、これからが本番ね。私達の戦いはこれからよ」
「いや、それは止めろ」
本人は意識してないのだろうが、ニールセンの口から出た言葉がまるで漫画が打ちきりになる時のように思えたレイは、思わず突っ込む。
「え? 何よ?」
ニールセンはまさかそんな理由で止めろと言われたのが理解出来ず、不思議そうにレイを見る。
そんなニールセンにレイは何かを言おうとするものの、ここではどう説明したらいいのか分からない。
結局レイはニールセンを適当に誤魔化す為、名前を呼ばれたセトが近付いて来たのを撫でて、取りあえず残っていた炎獄を消去してから妖精郷に向かうのだった。