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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3308/3865

3308話

「何とか無事にオーロラを運び込めたな」


 客間の中でレイはそう呟く。

 そんなレイの声が聞こえたのか、オーロラはレイを睨み付ける。

 既に猿轡はされていないが、レイに向かって不満を口にする様子ではない。

 今ここで何かを言っても、それがレイにとって全くダメージにならないと知っているからだろう。

 あるいは、本当に僅かにではあるがレイに感謝をしているのかもしれない。

 セト籠から出してここまでオーロラを連れてくる際、レイがミスティリングから取り出した布でオーロラを覆った。

 その為、廊下ですれ違った相手には不思議そうな視線を向けられたものの、実際に何を……誰を運んでいるのかは、知られることはなかった。

 オーロラにしてみれば、縛られている自分を他の者に見られなかったというのは羞恥心的な意味で助かったのは間違いない。

 冷静な性格をしているオーロラだが、だからといって羞恥心がない訳ではない。

 多少なりとも胸を強調される縛り方をされているのを、誰かに見られるのは絶対に避けたかった。


「後はダスカー様達が来るのを待つだけか。……おっと」


 もう部屋には自分のことを知っている者しかいないと判断したのか、ドラゴンローブの中からニールセンが飛び出す。

 既に何度か来た部屋なので、自分のいる客室を見ても特に驚いたりといったことはなく、興味深そうに部屋の中を確認する。

 以前来た時と比べて何か面白いものでもないのかと、そんな風に思っているのだろう。

 オーロラとヌーラがいるのにニールセンが出て来たのは、レイにとっても少し驚きだったが。

 なお、ヌーラは客室にあるソファに座ってゆっくりと寛いでいる。

 セト籠から降ろされた時に目を覚ましたのだが、やはりその体質は便利だとレイは思う。

 もっともセト籠に乗っている時は気絶している以上、もし何らかの理由でセトが襲撃されたり、もしくは手違いでセト籠を落としてしまった時、全く無防備なままで地面に落ちてしまうという事になるのだが。


「ヌーラは随分と落ち着いてるな。これからダスカー様……ミレアーナ王国でもかなりの力を持ってる人と会うんだが」

「そう言われても、私が知ってる情報はもうレイに話した。もう私が出来ることはない。……いや、これからの身の振り方を考えておく必要はあったか」


 どうすればいい? と、そうレイに視線を向けるヌーラ。

 この客室にある家具は、ソファも含めて全てが高級品だ。

 だというのに、ヌーラはそのような家具を使い慣れていると言わんばかりにリラックスをしていた。

 いや、実際に洞窟の中では遊んで暮らしていたのだから、恐らくこのような高級な家具を使うことも珍しくはなかったのだろう。


(しまったな。今更だけど、こういう家具とかを奪ってくればよかった。……それどころじゃなかったのは事実だけど)


 マリーナとニールセンがオーロラの家を探して家捜しする時間を稼ぐ為に、レイは洞窟の中にいた住人達の注意を自分に向くようにしていた。

 結果として、レイがオーロラやヌーラの家を家捜しするといったことをしている余裕はなかった。

 レイはあの時の戦いについて思い出し、どうやっても自分が家捜しをしているような余裕はなかったと、しみじみとそう思う。


「レイ? どうしたの?」


 マリーナが不思議そうに自分に視線を向けてくるのを感じたレイは、何でもないと首を横に振る。


「ちょっとこれからどうするのか、考えていただけだ」


 オーロラがここにいる以上、冬に穢れの関係者の本拠地を襲撃するということはレイも言わない。

 もし万が一にもオーロラがここから逃げ出して、その情報を穢れの関係者に知らせたらレイの考えはその時点でボツになるのだが。

 また、自分達に寝返ったとはいえ、万が一を考えるとヌーラにもこの件については情報を漏らしたくない。

 ヌーラの性格……いや、状況を考えると、とてもではないが今更穢れの関係者達に情報を流すとは思えないが、それでも万が一を考えれば慎重になってしまう。


「それより、ようやくギルムに戻ってきたんだし、これからどうするのかが気になるわね。レイはどうするの?」


 ヴィヘラの問いにレイは部屋の中を飛び回っているニールセンを見る。


「一度、ニールセンを妖精郷に戻す必要があるから、多分妖精郷に行くことになると思う。もしかしたら、今日は妖精郷に泊まってくるかもしれないな。それに俺がいない間にトレントの森に一体どれくらいの穢れが出たのかも気になるし。もし穢れがいたら、出来るだけ早く倒す必要があるしな」


 レイの口から出た穢れという言葉に、オーロラは険のある視線を向ける。

 穢れのことを御使いとして自分よりも上位の存在だと考えているオーロラにしてみれば、そんな御使いを倒すと口にするレイはとてもではないが許せる相手ではなかったのだろう。

 レイにしてみれば、穢れは穢れである以上、それに対して特に何かを思うようなことはないのだが。

 それこそ、寧ろ一刻も早く穢れは倒してしまった方がいいと思う。

 ……問題なのは、今まで何匹もの穢れを倒してきたのだが、それで穢れが減ったという印象が全くないことだ。

 無制限に増えているのではないかと思えるくらい、延々とトレントの森に姿を現している。

 しかもその形も進化するかのように変わっているのだ。

 外見が変わっても、能力的にはあまり差がないので、対処する方としては問題ないのだが。


「あら、来たみたいね」


 オーロラがレイを睨むのを全く気にした様子もなく、マリーナが呟く。

 レイやヴィヘラもその言葉で部屋に近付いてくる気配と……そして少ししてから足音が聞こえてくる。

 その気配と足音の主が客室の扉の前で止まると、ノックをしてくる。

 そしてマリーナの入ってもいいという声が響くと、何故か数秒扉の前にいる人物は躊躇した。

 ヌーラやオーロラは一体何故ノックをして入るように言ったのにすぐ入ってこないのか疑問に思っていた様子だったが、レイはヴィヘラには……そして中に入るように言ったマリーナには、その意味が十分に理解出来た。

 数十秒が経過し、扉の向こうにいた人物も覚悟を決めたのか扉を開ける。

 そこにいたのは、レイが予想した通りダスカーの姿だった。

 部屋の中に入ったダスカーは、マリーナを見て微妙に嫌そうな様子を見せる。

 自分の黒歴史を知っており、しかもそのカードを使うことに躊躇しないのがマリーナだ。

 ダスカーにしてみれば、マリーナは色々と頼れる人物であるのは間違いないものの、それでもある種の苦手意識がある。

 そんな複雑な気持ちを抱いたまま、ダスカーは部屋の中を一瞥する。

 レイ、マリーナ、ヴィヘラ、ニールセン。

 ここまではいい。

 ダスカーも知ってる者達だ。

 だが、初めて見る二人がそこに追加されると、それが誰なのかといった疑問の視線をレイに向ける。

 古い知り合いのマリーナではなくレイに視線を向けたのは、ここでマリーナに聞いたら何か言われるかもしれないと思ったからだろう。

 実際には、マリーナも時と場所を弁えているので、このような状況でダスカーの黒歴史を喋るつもりはないのだが。


「こっちはヌーラ。洞窟の中に住んでいた穢れの関係者の中でも貴重な血筋のものだということでしたが、勝ち目がないと判断してこちらに寝返りました。扱いについてはダスカー様にお任せします」

「ふむ。色々と気になることがあるが、それは後で聞くとして。……寝返りか」


 ダスカーとしては、元騎士だけあって寝返りのような行為は好ましくないのだろう。

 だが、ギルムの領主として考えれば、穢れの関係者の中でも貴重な血筋だというヌーラの寝返りは歓迎すべきことでもあった。


「私がヌーラだ。よろしく頼む」


 偉そうな態度のヌーラだったが、ダスカーは特に気にした様子もない。

 辺境にあるギルムの領主だ。礼儀は大事だが、だからといってそれを重視しすぎるせいで自分達が損をする可能性があると理解している為だろう。


「ダスカーだ。このギルムの領主をしている。今はレイの雇い主といった方が正しいか? ……それで、レイ。そちらの私を強烈な視線で睨み付けている、縛られた女は?」


 自分を睨んでいる女……オーロラを見て、ダスカーが尋ねる。

 オーロラにしてみれば、ダスカーがレイの雇い主というのが大きかったのだろう。

 自分がこうして捕まっていることや、洞窟に大きな被害を与えたのはダスカーがレイを雇ったからこそ……つまり、レイの雇い主のダスカーこそがオーロラにとっては恨むべき対象ということになる。


「オーロラです。探索した洞窟には大勢の穢れの関係者達が住んでいたのですが、その纏め役というか、指導者というか……穢れの関係者の中でも、ヌーラ以上のかなりの地位にいるらしいです」

「ほう」


 レイの説明に、ダスカーの視線が鋭くオーロラを射貫く。


「っ!?」


 ダスカーの視線の鋭さにオーロラは息を呑む。

 今までとは全く違う視線の鋭さは、オーロラにとっても予想外だったのだろう。

 最初に自分を見た時の視線の鋭さとは全く違うその視線に気圧されるオーロラだったが、それでも負けられないといった様子で睨み返す。

 数秒の間、二人の視線が空中で火花を散らす。


「ダスカー様、取りあえず色々と報告したいことがあるのですが、構いませんか?」

「……分かった、話を聞こう」


 オーロラとの睨み合いはレイの言葉で一旦終了する。

 そこまで長い間睨み合っていた訳ではなかったが、オーロラの顔には疲労があった。

 それを表に出さないようにはしているが、見る者が見ればすぐに分かるだろう。


(あれ、もう少しダスカー様との睨み合いで消耗させた方がよかったか?)


 そうすれば、尋問やら何やらを含め、色々と手間が省けたのでは?

 そう思うレイだったが、もうダスカーに話し掛けた以上はそうもいかないだろう。


「そうだな。それで、ここで話をするのか?」

「いえ、オーロラがいる場所ではさすがに。……なので、オーロラはダスカー様に身柄を渡すので、尋問するなりなんなり、好きにして下さい。ただ、オーロラは穢れを使うので、それに対処出来るヴィヘラが一緒にいる必要がありますが……」

「いや、問題ない」


 レイの言葉を遮るように言うダスカー。

 そんなダスカーの様子に、レイは……いや、レイだけではなく他の面々も不思議そうな視線を向ける。

 それはヌーラやオーロラも同様だった。

 特にオーロラは、自分が尋問されるのならその側にはヴィヘラがいるとばかり思っていたので、ダスカーの言葉が理解出来ないといった視線を向けている。


「どういう事です? ミスリルの釘があるから大丈夫ってことですか? けど、それでも……」


 レイがトレントの森の防衛から外れて洞窟に行くことが出来た理由。

 それがレイの炎獄と同じような効果を発揮するミスリルの釘だった。

 しかし、そのミスリルの釘も量産をするには名称通り魔法金属のミスリルが必要になるし、それを作るのにも相応の技量が必要となる。

 ギルムにいる錬金術師は、相応の腕の持ち主が多いが、それでも気楽に量産することは難しいだろう。

 トレントの森で使う分は、何とかなるのだが。

 とはいえ、そんなミスリルの釘であっても絶対ではない。

 ダスカーもそれは知っている筈だと思うレイだったが、そんなレイの様子にダスカーは笑みを浮かべる。


「心配するな、ミスリルの釘の件ではない。オイゲンとゴーシュ達の研究によって、穢れが侵入出来ないようにすることが出来るようになった」

「……は?」


 ダスカーの言葉に、レイは驚きの声を上げる。

 他の面々もダスカーの言葉に驚きの表情を浮かべている。

 特に穢れを御使いと認識しているオーロラにしてみれば、ダスカーの言葉はとてもではないが信じられない……そして信じたくないものだった。


(オイゲンとゴーシュ率いる研究者達は、全く何も成果を出していないとは思っていたが、俺達がいない短時間の間にそこまでの成果を出せるとは思わなかった)


 ダスカーの口から出た言葉をすぐに信じるというのは難しい。

 だが、この状況でダスカーが嘘を吐くとも思えない。


(いや、ヌーラやオーロラにブラフとして話すという意味では、嘘を吐く理由もあるのか? けど、ダスカー様はこの二人の件を知らなかった。であれば、咄嗟の嘘という訳でもない限り、そんな心配はいらない筈だ。だとすれば……事実なのか?)


 素早く考えを纏めたレイは、ダスカーを見る。

 そんなレイの視線を受けたダスカー、自信満々といった様子で頷く。

 それを見たレイは、恐らくダスカーの言ってることはブラフでも何でもなく事実なのだろうと判断するのだった。

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