3302話
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「え? これは一体……何だ?」
レイが取りだしたセト籠を見て、ヌーラは疑問を口にする。
ヌーラにしてみれば、いきなり目の前に出て来た巨大な何かだ。
それに疑問を抱いてもおかしくはない。
「これはセト籠だ。お前はこれからこの中に入って運ばれるんだよ」
「セト籠? 運ばれる? 馬車のようなものか?」
「間違ってはいない。……セト!」
「グルゥ!」
「おわぁっ!」
レイが呼ぶと即座にセトが喉を鳴らしながら姿を現す。
レイ達が洞窟の中に入っている間、洞窟の周辺を散歩していたのだが、レイが出て来たのを察してやってきたのだろう。
そして突然現れたセトを見て、驚きの声を上げるヌーラ。
……それでも、腰を抜かしたりしていないのは、褒められてもおかしくはなかった。
「これが……セト……」
「そうだ。俺の相棒のグリフォン、セトだ」
「グルルルゥ?」
レイの言葉に、セトは不思議そうにヌーラを見る。
普通ならヌーラよりも縛られ、猿轡をされて気絶しているオーロラの方が気になってもおかしくはないのだが、セトにとってはそんな相手よりもヌーラの方が気になったのだろう。
あるいは、見知らぬ相手であるヌーラがオーロラと違って縛られていないから気になったのかもしれないが。
そして幸いなことに、セトはヌーラを嫌わなかった。
レイがそれなりに気に入っていると雰囲気で感じたのかもしれないが。
基本的に人懐っこいセトだったが、一度嫌った相手は徹底的に嫌うという性格をしている。
例えば、ランクAパーティ『雷神の斧』に所属するロドス。
初対面でロドスを嫌ったセトは、未だにロドスに対して気を許してはいない。
最後に会ってからもう随分と経つが、もしここにロドスが現れてもセトはやはり嫌ったままだろう。
そういう意味で、ヌーラがセトに好意を持たれたということは、ヌーラにとって悪い話ではなかった。
……もしヌーラが嫌われていた場合、最悪セト籠に乗せるのも嫌がっていたかもしれないのだが。
「セト、こいつはヌーラ。穢れの関係者だったが、裏切ってこっちの仲間になった」
「グルルゥ?」
大丈夫なの? と心配そうに喉を鳴らすセト。
レイの心配をしているのは明らかだった。
レイはそんなセトに問題ないと笑みを浮かべて言う。
「ヌーラがまたこっちを裏切るようなことがあったら、俺が殺すから心配するな」
殺す、と。
特別感も何もなく、本当に自然な様子で言うレイに、ヌーラは一瞬背筋が冷たくなる。
ヌーラも、別にレイ達を裏切るつもりはないし、騙すつもりもない。
そういう意味では、裏切ったら殺すというのなら殺せばいいと、そう思う。
だが……そう思っていても、今のレイが自然に言った言葉には驚き、恐怖すらしていた。
もしこれが、その辺の盗賊か何かが殺すと口にしたのなら、ヌーラもそこまで脅威に感じるようなことはなかっただろう。
それに比べて、レイは何でもないかのように……それこそ、その辺に落ちている石でも拾うかのような自然な様子で殺すと口にしたのだ。
それはレイにとって人を殺すというのが、それこそその辺の石を拾うかどうかといったような自然な様子で出来るということを意味している。
いや、実際にはレイもそこまで気にせず人を殺せる訳ではないのだが、それでもヌーラにはそのように思えてしまったのだ。
「だから……裏切ったりはするなよ?」
念押しをするように言うレイに、ヌーラは一瞬の躊躇もなく、本能に動かされたかのように頷く。
今まではずっと遊んで暮らしていたヌーラだったが、そんなヌーラでも自分の命の危険には本能が働いたらしい。
急いで頷くヌーラを見て満足そうに頷いたレイは、マリーナとヴィヘラに向かって口を開く。
「じゃあ、取りあえず出発するぞ。途中で一度休憩する……いや、もしかしたら野営をした方がいいのかもしれないが、とにかく途中で一度休憩するから、そのつもりでいてくれ」
レイの言葉に、マリーナとヴィヘラはそれぞれ頷く。
レイの言う休憩が、実は降り注ぐ春風の妖精郷にニールセンを向かわせることを言ってるのだと理解してのものだろう。
また、ドラゴンローブの中にいるニールセンも、その意見に同意するように軽くレイの身体を叩く。
ヌーラはレイの言葉の真意を理解することは出来なかったが、それでも今の状況を思えば自分が何かを言える状況ではないというのは、十分に理解出来ていた。
「それじゃあ、行くか。乗ってくれ。ヌーラは、セト籠についてはマリーナやヴィヘラから聞いてくれればいい。もっとも、特に難しいことはないけどな」
セト籠というのは、基本的にただ乗っていればいいだけの代物だ。
それこそ、中で暴れたりせずに黙っている……もしくは少しくらいは動いてもいいが、馬車に乗っているかのように大きく動いたりしなければ、何の問題もない。
そういう意味では、ただセト籠を運ぶセトと、そのセトに指示を出しているレイに全てを預けるといった感じの乗り物だ。
「分かった。そうするよ」
暴れるなと言われたヌーラは、初めて乗るセト籠に緊張した様子を見せる。
そんなヌーラのことをマリーナとヴィヘラに任せると、セトと共に準備をする。
……とはいえ、準備らしい準備は何もないのだが。
セト籠は、空を飛ぶセトが持って移動するものだ。
レイやセトにしてみれば、いつも通り飛ぶのとそう違いはない。
「じゃあ、セト。まず向かうのは降り注ぐ春風の妖精郷……正確にはその近くにある森だから、よろしく頼むな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
そんなセトを撫でてから背中に跨がると、次にレイはドラゴンローブに……正確にはドラゴンローブの中にいるニールセンに声を掛ける。
「そんな訳で、降り注ぐ春風の妖精郷で泊まることは出来ない。けど、色々と手伝って貰った以上は事情を説明する必要がある。まさかヌーラを妖精郷に連れていく訳にはいかない以上、俺達は森の中で野営をするか、休憩をしてるから、ニールセンは降り注ぐ春風に話をしてきてくれるか?」
「分かったわ。この面子を考えると、私が行くしかないでしょうし。けど……微妙な時間ね」
ニールセンの言葉に、レイはミスティリングから取りだした懐中時計で時間を確認してみる。
既に午後二時をすぎている。
そう考えると、ニールセンが言うように少し微妙な時間なのは間違いなかった。
(というか、腹が減ったな)
洞窟の中でそれなりに運動したというのもあるし、それを抜きにしても昼食を抜いている。
そう認識すると、余計に空腹になってきたように思えた。
(森に到着したら、少し早めの夕食にするか? 夜食を食べれば、夜に腹が減るってこともないだろうし)
そう思いつつ、レイはニールセンの言葉に頷く。
「ヌーラはともかく、オーロラの件もある。まだ正確には分からないが、今日は森で野営をすることになると思う」
オーロラの名前を聞くと、ニールセンの表情が嫌そうなものになる。
こうして離れていても、やはりニールセンにとってオーロラは苦手な相手なのだろう。
それでも多少は……本当に多少ではあるが慣れてきているように思えるのは、レイの気のせいという訳でもないだろう。
「じゃあ、話は決まったな。そういうことで。……セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に喉を鳴らし、セトは数歩の助走で翼を羽ばたかせると空に飛び上がる。
ニールセンは話を半ば強引に纏められたことに不満を持っていた様子だったが、それでもレイの言ってる内容が正しいのは間違いなく、不承不承といった様子だったが納得した。
レイとニールセンがそんな会話をしている時、セトは空中から地上に向かって降下し、セト籠を持ち上げるのだった。
「あの辺だな。丁度ブレイズ達が以前野営をしていた場所だから、野営の準備をするにも悪くはない」
セトの飛行速度により、出発してから妖精郷のある森まで戻ってくるのにそう時間は掛からなかった。
そんな中でレイが着地場所として選んだのは、ブレイズ達が野営をしていた場所……穢れの関係者のギャンガに襲撃された場所だった。
わざわざ野営をする為に木々を切ったりして場所を作らなくても、その場所を使えば特に苦労をしたりもしない。
もっとも、木を切断したりするのは、レイ達にしてみればそう難しい話ではないのだが。
それでもやらなくてもいいのなら、自分でやろうとは思わない。
「じゃあ、ニールセン。セト籠を下ろす前にお前は妖精郷に行って話を聞いてきてくれるか?」
「分かったわ。いつ戻ってくればいい?」
「明日、出発する前にだな。別に夜に戻ってきても構わないけど」
そうレイが言うと、ニールセンが微妙な表情を浮かべる。
戻ってくればオーロラと顔を合わせるかもしれないと思っているのだろう。
実際、もしニールセンが戻ってくればそういうことになる可能性は十分にあった。
現在はオーロラも気絶しているものの、いつまでもそのままという訳にはいかない。
また、気絶だけをさせておいても食事や飲み物は摂取させる必要があった。
他にも食べたり飲んだりすれば、出すものを出す必要がある。
その辺については、当然だがレイではなくマリーナやヴィヘラが世話をすることになるだろう。
「分かったわ。じゃあ、行ってくるわね」
そう言うと、ニールセンはそのまま妖精郷のある方に向かって飛んでいく。
ニールセンの後ろ姿を見送ったレイは、すぐセトにセト籠を下ろすように言うのだった。
「むーっ!」
野営地に到着し、セト籠から出て来たマリーナ達だったが、レイにとって予想外……いや、予想外とまではいかないが、出来ればもっと後になって欲しかったと思しき光景がそこにはあった。
(起きるのが随分と早いな)
呻き声を上げ、自分を睨み付けているオーロラを見ながらレイはどうするべきかを考える。
とはいえ、今のこの状況ですぐにどうするといったようなことはレイも考えていない。
レイとしては、それこそオーロラの世話についてはマリーナやヴィヘラに任せておけばいいだろうと考え、視線をヌーラに向ける。
「ん? ヌーラはどうしたんだ?」
ヌーラの方は、オーロラと違って特に縛られたりしている訳ではない。
つまり自由なのだが、その割には何故か黙り込んだ……というか、まるで魂が抜けたかのような様子だ。
「ああ、ヌーラはどうやら高い場所は駄目みたいよ? セト籠が浮かび上がった瞬間から挙動不審になって、最終的には今のような状態になったの」
「それは、また……予想外だったな。いや、そうでもないのか?」
レイ達にとっては、セトに乗って飛んだり、セト籠に乗って飛んだりというのは珍しい話ではない。
それこそ、既に普段の生活に取り入れられている……というのは、レイ以外の者達にしてみれば少し大袈裟かもしれないが、とにかく飛ぶのは珍しい話ではない。
だが、それはあくまでもレイ達だからこそだ。
この世界の一般人にしてみれば、空を飛ぶという経験は基本的に一生ない。
それだけに、高所恐怖症であったり、そこまでいかなくても高い場所が苦手な者がいてもそう簡単に判明することはない。
ヌーラはそのタイプだったということなのだろう。
「それは……色々と悲惨だな」
岩の幻影のあった洞窟から妖精郷の近くにある森までの飛行時間は、そう長い時間飛んでいた訳ではない。
だというのに、その短時間で半ば魂が抜けたという表現でもおかしくない状態である以上、明日以降ギルムに戻る途中で長く飛ぶことになったらどうなるのか。
(いや、あるいはこうして魂が抜けた状態である以上、今は特に何も感じている様子はない。だとすれば、このままでも実は問題なかったりするのか?)
ヌーラにとって、気が付けば別の場所……それこそギルムに到着するといったようなことになった場合、恐怖を感じないという点で非常に楽だろう。
レイにしてみれば、空を飛ぶのはそんなに怖いか? と思う。
上空から見ることが出来る景色は非常に雄大だ。
そんな光景を見ることが出来ることは、レイにとって怖いどころか喜ばしいことだ。
とはいえ、レイも高所恐怖症というのは知っているので、自分が見ている光景を見ても素晴らしいとは思わず、怖いと思う者がいるのは理解していた。
「じゃあ、ヌーラはその辺に適当に転がしておいてくれ。そのうち元に戻るだろ」
今のこの状況でどうすることも出来ない以上、レイとしてはヌーラをどうにかするつもりはない。
ポーションの類を使えばどうにかなるのかもしれないが、レイもわざわざポーションを使おうとは思わない。
「後は食事の準備でもするか」
レイの言葉に、マリーナとヴィヘラも空腹だったのか、素直に頷くのだった。




