3299話
「……は?」
レイはマリーナの言葉を聞き、意表を突かれたような声を出す。
実際、それだけマリーナの言葉はレイにとって予想外だったのだ。
「一応確認しておくけど、ベスティア帝国ってこのミレアーナ王国の隣にある大国だよな? 俺が知らない間に、ベズティア帝国とか、ヘスティア帝国とか、そういうのが出来ていて、そこが実は穢れの関係者の本拠地だったとか、そういうのじゃなくて」
「ないわね、私が……いえ、正確には私とマリーナが協力して見つけた手掛かりよ。そんな妙な存在について書かれている訳がないでしょう?」
自信満々といった様子で言うニールセン。
レイとマリーナ以外の全員が気絶しているので、隠れたりせず表に出ていた。
「そうか。……それにしてもベスティア帝国か……」
レイにしてみれば、ベスティア帝国に穢れの関係者の本拠地があるというのはかなり予想外だった。
何しろ、現在レイ達がいるのはミレアーナ王国だ。
そうである以上、ミレアーナ王国の中に穢れの関係者の本拠地があると、そう思い込んでいたのだ。
「ん? けど、待てよ? ヌーラの言葉とそれは矛盾してないか? ここからベスティア帝国までは、結構な距離がある」
「そうね。私もそれは疑問だわ。レイに対して、あそこまで簡単に嘘を吐けるとは、ちょっと思えないもの。その辺を聞く為にも、そろそろ戻らない? いつまでもここにいる必要はないでしょう?」
「そうだな。この連中がいつ目覚めるか分からないし。ヴィヘラにもこの件は知らせる必要があるしな」
「……そうね。ヴィヘラがどう思うのかは少し気になるけど」
既に出奔したとはいえ、ヴィヘラはベスティア帝国の元皇女だ。
また、弟のメルクリオが危険だと言われれば、それを助けに国に戻るくらいには肉親に愛情を抱いている。
それだけに、ベスティア帝国に穢れの関係者の本拠地があると知れば、どうなるか。
レイとしては、別にベスティア帝国の元皇女だからといって、ベスティア帝国の全てに責任を感じる必要などはないと思っている。
だが、ヴィヘラが具体的にどう思うのかは、それこそ実際にヴィヘラに言ってみなければ分からないというのが正直なところだ。
「え? もう行くの? もう少しゆっくりしていってもいいんじゃない?」
ニールセンのその言葉は、苦手なオーロラと会いたくないからだろう。
そんなニールセンの気持ちも分からないではなかったが、だからといってレイもいつまでもここにいる訳にいかないのは事実。
「ニールセンには悪いが、ここにいればこの連中が目を覚ましてまた襲ってきたりするのかもしれない。それはごめんだ。それなら、さっさとここから立ち去った方がいい」
「珍しいわね。殺さないの?」
ニールセンはレイの性格を十分に知っているので、そう尋ねる。
マリーナも当然だがレイの性格を知っていたものの、ニールセンよりも深くレイの性格を知っている分、ここでそれを聞かなくても何となく理解していた。
「殺してもいいんだが、この連中は基本的に無力だ。ヌーラから聞いた話によれば、オーロラを含めて世界が崩壊した方がいいといった経験はしているらしいけど、それでも特に戦闘に長けている訳でもないし。なら、わざわざ殺して恨みを買ったりしなくてもいいだろ」
「……ヌーラやオーロラと一緒に来た相手は全員殺したのに?」
「あっちはそれなりに戦闘に自信のある連中だったし、何より今とは少し状況も違うしな」
そう告げるレイの言葉に、ニールセンはそういうものかと納得する。
もしニールセンが本当に穢れの関係者について心配しているのなら、もっと深く突っ込んで聞いただろう。
だが、ニールセンにしてみれば今の質問はあくまでも時間稼ぎのようなものだ。
少しでもオーロラのいる場所に行くのが遅くなる為の。
「とにかく移動するぞ。詳しい話はその途中で聞かせて貰う」
そうレイが宣言すると、マリーナは特に抵抗することもなく、そしてニールセンは渋々といった様子でその場から移動する。
「はい、レイ。これがオーロラの家で見つけた書類よ。私が持っていてなくしたり破けたりするかもしれないから、レイが預かっておいてくれる? それとこの指輪も隠されていたから、何か大事な物だと思うわ」
「分かった」
マリーナが持っていれば余程のことがない限り、書類が破けたりすることはない。
だが、そんな余程のことが普通にあるかもしれない以上、絶対に安全な保管場所があるのなら、そこに……レイのミスティリングに収納しておいた方がいい。
レイもそれは承知してるので。歩きながらマリーナから受け取った書類と明らかに何らかの意味があるのだろう指輪をミスティリングに収納する。
その際、少しだが書類を流し読むのだが、確かにそこにはベスティア帝国について書かれている。
マリーナからその話を聞いていた以上、それはまず間違いないと理解していた。
理解はしていたが、それでも万が一……もしかしたら本当に万が一があるかもしれないと思っての行動だったのだが、残念ながらそれは外れた形だ。
「それと、はいこれ。お土産よ」
書類に続けて、マリーナは魔剣をレイに渡す。
レイも普段マリーナが使わない魔剣を持っていたのには気が付いていたが、まさかそれが自分へのお土産だとは思わなかったらしい。
「いいのか?」
「ええ。オーロラの家で見つけた魔剣よ。ベッドの下に隠してあったということは、それなりに大事な物だったんでしょうね」
「……枕の下じゃなくてか?」
普通に考えれば、寝室にある武器というのは寝ているところを何者かに襲われたりした時に対処する為の武器だ。
特にオーロラは美人と呼ぶに相応しい顔立ちをしている以上、普通よりも危険は大きいだろう。
そんな時に対処する為の護身用の武器を用意していてもおかしくはないが、そのような武器ならレイが言うように枕の下にでも隠しておくのが普通だ。
だというのに、ベッドの下に置いておく……あるいは隠しておくというのは、普通なら考えられない。
「ええ、ベッドの下よ。どういう効果を持つのかは、実際に使ってみないと分からないけど。私が持つよりは、レイが持っていた方がいいでしょう?」
「そう言うのなら、貰うけど」
マジックアイテムを集めるのが趣味のレイにしてみれば、魔剣も十分に収集対象だ。
魔剣の効果は、実際に使ってみなければ分からないものの、それでもこれが魔剣であることだけは間違いのない事実だった。
(とはいえ、俺が魔剣を貰ってもあまり使い道がないのは事実なんだよな。ヴィヘラ……は、格闘だし、そうなるとエレーナか? けど、エレーナは連接剣のミラージュがある。なら、アーラ? パワー・アクスがあるか。だとすればビューネか)
魔剣の使い道を考えるレイだったが、レイの仲間で長剣を使うのはエレーナだけだが、そのエレーナが使う長剣も連接剣と呼ばれる魔剣で、エレーナの戦闘方法はそのミラージュを使ったものが基本となっている以上、新しい魔剣を渡す訳にはいかない。
それ以外の面々は斧や弓、格闘、長物といった感じで、自分独自の武器を持っている。
そうである以上、残るのはビューネくらいしかいない。
「この魔剣、ビューネに使わせてもいいと思うか?」
「え? まぁ、レイにあげたものだから、レイがどう使うのかは自分で考えてもいいと思うけど、ビューネに使える? ビューネの武器は基本的に短剣と長針でしょう?」
「そうだけど、他に使えそうな奴がいないんだよな」
「それは……まぁ、そうね」
レイの言葉に、マリーナも自分達の仲間について考えると素直に同意する。
だが、同意したからといって、ビューネに魔剣が使えるかどうかというのはまた別の話だ。
「でも、ビューネに魔剣を使いこなせる? 元々ビューネは小柄だから、短剣でちょうどいいくらいの武器なのに、魔剣……長剣の魔剣を使うのは難しいと思うわ。実際にどういう効果があるのかは、後で確認しておく必要があるでしょうけど」
「その辺は実際に使わせてみて、それでどうしようもなかったら別の方法を考える」
「ねぇ、レイ。私は?」
レイとマリーナの会話に、不意に割り込んで来る声。
それがニールセンの声なのはすぐに分かったが、同時に呆れもする。
「長剣型の魔剣だぞ? ニールセンに使えると思うのか?」
ニールセンの外見は、それこそレイの掌くらいだ。
そんな大きさのニールセンが長剣型の魔剣を使える筈もない。
短剣でも厳しいだろう。
それこそビューネの使っている長針をニールセンが持てば、騎兵が使う突撃槍のような感じに見えなくもないといったところか。
「むぅ。それは……仕方がないかもしれないけど……」
レイの言葉に不満を口にするニールセン。
ニールセンも、自分が本当に魔剣を使えるとは思っていなかったのだろう。
だが、自分の存在が完全に無視されているのが気にくわなかったらしい。
「ニールセン用の武器は……欲しいなら探してもいいけど、そうなったらニールセンも本格的に戦いに参加する必要が出てくるぞ?」
「あ、やっぱりいらない」
あっさりと掌を返すニールセン。
そんなニールセンに呆れながらも歩いていると、やがて視線の先にヌーラの姿と見張り用の部屋の扉が見えてくる。
レイ達からヌーラが見えると、ヌーラからもレイ達の方が見える。
ましてや、ヌーラは特に何もやることがなく放置されている状態だ。
「おお、レイ。そちらの美人も……妖精はどうした?」
ヌーラの言葉に先程までニールセンのいた方に視線を向けると、既にそこにニールセンの姿はない。
どこにいったのかを思ったレイだったが、ドラゴンローブの中で動く感触があったので、すぐに分かった。
これからオーロラに会うので、自分は会いたくないと思ったのだろう。
(けど……何でこうも後ろめたい様子がないんだ?)
ニールセンがいなくなったことについて考えている訳ではなく、ヌーラの自分達に対する態度だ。
オーロラの家にあった書類から、穢れの関係者の本拠地はベスティア帝国にあるのが判明している。
ヌーラは以前本拠地に行く時、目隠しをされて移動したと言っていた。
そうなると、そこには矛盾がある。
ここからベスティア帝国までは、馬車でも数日程度の距離ではないのだから。
それはつまり、ヌーラが嘘を吐いていたということを意味している。
にも関わらず、何故こうしてレイ達を前に平気な顔をしているのか。
マリーナもそんなヌーラの様子に疑問を抱く。
美人と呼ばれてたことについては、特に気にしていない。
マリーナも自分の顔立ちが整っている……それも少し程度ではなく、かなり整っているのは知っている。
だからこそ、男から……場合によっては女から言い寄られるのも珍しくはない。
「ニー……妖精の件はともかく、ちょっとヌーラに聞きたいことがある」
ニールセンの名前を出しそうになったものの、慌てて修正しつつ、レイはヌーラに言う。
ヌーラもニールセンの名前を知っていてもおかしくはないが、それでも一応ということで名前を呼ぶのを止めたのだ。
「聞きたいこと? 私が知ってる情報については、全て話したと思うが」
「そうだな。その情報の中に、ヌーラが本拠地に行く際には目隠しをしていたというのがあったな?」
「ああ、それが?」
あっさりと、それこそ全く後ろめたい様子もなく頷くヌーラ。
そんなヌーラの様子に、レイは改めて疑問を抱く。
何かがおかしい、と。
とはいえ、今は少しでも情報を聞き出す必要がある以上、話を進める。
「洞窟の先にある場所でオーロラの家を見つけた」
「ああ、そう言えばその情報は言ってなかったな。悪い、知っていて当然だと思ったんだ」
ヌーラはレイの様子から、自分の話した情報の中にオーロラの家がなかったことを怒っているのかもしれないと考える。
それについては、ヌーラも意図して話さなかった訳ではない。
ヌーラにしてみれば、その情報は知っているのが当然というものだったのだ。
だからこそ、その件については話すのを忘れていたのだ。
しかし、レイはそんなヌーラの言葉に首を横に振る。
「いや、その件について聞きたい訳じゃない。……オーロラの家の場所については、こっちも気が逸っていたから仕方がないだろう」
そんなレイの言葉に安堵するヌーラ。
だが、ならば何故このような……それこそ改めて尋問でもされているような状況になっている?
そんな疑問を抱くヌーラに対し、レイは徐々に……本当に少しずつだが視線に力を込めながら口を開く。
「オーロラの家にある書斎で、俺達は……いや、マリーナはとある書類を見つけた。それによると、お前達穢れの関係者の本拠地はベスティア帝国にあるということになってるんだが? ヌーラの説明と矛盾すると思うが、その辺はどう思う?」
「……え?」
レイの言葉に、ヌーラは間の抜けた声を上げるのだった。