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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3298/3865

3298話

 マリーナとニールセンがオーロラの家を出た頃、レイはデスサイズと黄昏の槍を手に、洞窟の住人達と向かい合っていた。

 数人が地面に倒れているのは、レイに攻撃をしようとした結果だ。

 血の気は多いものの、特に鍛えている訳でもない者達……あるいは多少は鍛えているものの、素人に毛が生えた程度の者達。そんな者達がレイに勝てる筈もない。

 結果として、そのような者達が数人地面に倒れたところでレイに攻撃をする者はいなくなった。

 ……もっとも、それはあくまでも攻撃をするのは止めたというだけで、レイと打ち解けた訳ではない。

 現在ここに集まっている者達の多くがレイに向けているのは、憎悪の視線となっている。

 自分達が絶対に勝てないのは理解出来るが、だからといってレイのいいように使われるつもりはないと、そう態度で示していた。


「どうした? そうやって睨み付けてるだけか?」


 挑発するレイだったが、集まってきた者達が動く様子はない。

 もっとも、レイにとってもこの膠着状態は望ましいのだが。

 重要なのは、あくまでも時間稼ぎなのだから。

 しかし、ここであからさまに時間稼ぎをしているように見せた場合、相手が何か余計なこと……それこそレイの狙いが時間稼ぎであると判断する可能性もある。

 だからこそ、レイは相手を挑発するような言動をしていた。

 ……もっとも、レイの狙いは時間稼ぎだが、だからといって攻撃をしない訳ではない。

 目の前にいるのは全員が穢れの関係者で、しかも世界の破滅を願っている者達なのだ。

 純粋な戦闘力については気にする必要がないような相手だったが、それでも誰がどのような能力を持っているのか分からない。

 例えば戦闘力は低くても、錬金術師として高い能力を持っている可能性は十分にあった。

 もしくは鍛冶師として武器や防具を作ったり、商人として高い能力を持っていて穢れの関係者の資金源を集めるといったように。

 そのように何らかの能力に長けている場合、穢れの関係者という組織を弱体化させるという意味で、ここで殺してしまった方が手っ取り早いのは間違いない。

 だからこそ、レイとしては相手が迫ってくるのなら、それはそれでどうでもいい。


(とはいえ、俺がここに来てからもう結構な時間が経つ。俺を囲んでいる連中も、何かおかしいと思ったりする奴が出て来てもおかしくはない。あるいはオーロラと一緒に来た中でまだ生きてる奴が目覚めて、そいつが穢れを使えるのならこっちにやって来る可能性は十分にある。ヴィヘラのいる方に向かう可能性も否定は出来ないけど)


 ここに集まっている者の中にも、相応に頭の働く者はいる筈だ。

 そのような者にしてみれば。レイの様子を見て……それこそこうして向き合っているにも関わらず、全く攻撃してくる様子を見せないことに疑問を抱く者が出て来てもおかしくはない。

 レイとしては、そのような相手に自分の考えを察せさせないようにする必要があった。


(もう少し、挑発を強くしてみるか? とはいえ、御使いを穢れと呼ばれた時点で既に挑発は限界に近く……いや、違うな。俺が最初に穢れと呼んだ時、まだここにはいなかった奴も多い。その後でこうして集まってきた連中にとっては……)


 自分達の希望たる御使いが、本当にそのように言われているのか。

 他の者達から聞いてはいるものの、実際に自分で聞いていない者もいる。

 だからこそ、ここでレイがそれを口にすれば……一体どうなるのか。

 挑発をするには、これ以上ない方法なのは間違いなかった。


「どうした? 穢れを使える奴はお前達の中にもいるんだろう? 俺が集めた情報によると、オーロラと一緒に来た連中の他にも何人かいるらしいって話だったし。その連中はどうして俺に挑んでこない?」


 ざわり、と。

 レイの口から出た言葉の威力は、非常に大きかった。

 それを聞いていた者達……レイの周りに集まってきた者達の雰囲気が一気に危険なものになる。

 憎悪や殺気すら感じさせるような、そんな様子。

 そんな相手に対し、レイは敢えて呆れた様子で口を開く。


「自分の身が可愛いのなら、こうして俺の前にいないで家に戻ったらどうだ?」


 その言葉を聞き、一人の男が前に出る。

 目は憎悪に染まっており、相手を殺すことだけを考えているかのような視線をレイに向けていた。


「ちょっ、おい。フォルム。何をするつもりなんだ。やめておけって。あのレイってのとまともに戦って勝てるとは思ってないだろう!?」

「うるせえ! 御使いを馬鹿にされて、このまま黙ってられるかってんだ!」


 仲間の声に男は叫ぶと、手にした短剣……ではなく、包丁を手にレイに向かって突っ込んでくる。

 短剣ではなく包丁を持っているのは、男にとってそれが一番身近な武器だったからだろう。

 つまり、普段はそのような荒事をすることがない性格の男……という可能性は十分にあった。

 そんな男でも、自分の拠り所となる穢れ……御使いを馬鹿にされ、我慢出来なくなったのだろう。

 レイにしてみれば、穢れのことでそこまで怒らなくてもと思わないでもなかったが、穢れの関係者のことを考えれば、それはそれで仕方がないのかもと思ってしまう。

 レイは包丁を持って突っ込んでくる男……フォルムと呼ばれた男の一撃を回避し、黄昏の槍を振るう。

 やろうと思えば、黄昏の槍の穂先で男の腕を切断することも出来たし、穢れの関係者を相手に手加減をする必要もない。

 しかし、今のレイがやるのはあくまでも時間稼ぎだ。

 そうである以上、ここで他の者達を驚かせ、怯えさせ、このまま逃げられるような真似は絶対に避けたかった。

 その為、今はまだ目の前の相手を殺したりは出来ない。

 そう考えたレイの振るった一撃は、男の手首に命中する。

 黄昏の槍の穂先ではなく、その下……柄が。

 バギ、という手首の骨が砕ける音が周囲に響く。


「う、わああああ!」

「お?」


 レイは自分の一撃によって、手首が砕かれた以上、もうどうしようもないと……それこそ、男は手首を押さえつつその場に蹲るか、場合によっては泣き喚くのではないかと思った。

 しかし、レイの予想は外れる。

 右手を砕かれ、その痛みと衝撃に悲鳴を上げつつも、男は残った左手でレイに向かって殴り掛かったのだ。

 勿論、そんな素人の一撃がレイに命中する筈もない。

 レイはあっさりとその一撃を回避し、デスサイズの石突きを男の鳩尾に突き刺す。

 右手首を砕かれる一撃には耐えられたフォルムだったが、その一撃は根性で耐えられるようなものではない。

 あっさりと意識を絶たれ、地面に崩れ落ちる。

 そこまではレイにとっても特に驚くべきことではなかった。

 問題なのは、それを見ていた者達の何人かが、大声を上げながらレイに襲い掛かってきたことだろう。


「うおおおおおおおっ!」

「死ねえぁっ!」

「くそ野郎がぁっ!」


 荒事に慣れている訳でもないフォルムが、それでもレイに向かって攻撃したのだ。

 しかも側で聞いていて分かるくらいに骨の砕ける音を周囲に響かせながらも、その痛みを我慢してレイに向かって攻撃した。

 それを見て、自分達もこのまま黙って見ているだけではいけないと、そう判断したのだろう。

 だが……


「甘い」


 殴り掛かってきた三人の攻撃を回避しながら、デスサイズや黄昏の槍を使って次々に気絶させていく。

 レイにしてみれば、奇襲をして攻撃しようとしているのに、わざわざ声を上げるのは理解が出来ない。

 ……もっとも、素人が相手である以上、例え奇襲をする時に声を上げていなくても、その攻撃を回避し、反撃をすることは難しくはなかったが。

 だが、戦力的には意味がなくても、レイという存在に怒りつつも圧倒的な力の差からどうしようもないので攻撃をすることは出来ずにいた。

 そのような中でフォルムが動き、それに続いて男達が動いたのだ。

 そうなると一種の流れのようなものが出来る。

 レイも、その流れを止めようと思えば止めることも出来ただろうが、それは敢えてしない。

 相手が自分に怯えつつも冷静でいるよりは、怒りつつも攻撃してきた方がレイにとっては都合がいいのだから。


(出来ればこのままの流れで全員が襲い掛かって来てくれればいいんだが……いや、これは期待出来るか?)


 敵の攻撃を回避し、反撃して気絶させる。

 敵が攻撃をしようとしたところで機先を制して攻撃し、気絶させる。

 敵の攻撃を回避し、受け流しつつ他の敵に向かって投げ飛ばし、それで慌てたところで一撃を放った二人纏めて気絶させる。

 そんな戦い……いや、レイにしてみれば戦いとも呼べないような戦いをしつつ、頭の中でこれからどうするべきなのかを考えていた。


(流れに乗って、ほぼ全員が俺に攻撃をしてきている。……元々俺の挑発で頭にきていたのが影響してるのは間違いないだろうけど、それでもここまで綺麗に挑発に引っ掛かるとは思わなかった。けど、こうして見た感じだと戦闘訓練を受けてる奴はあまりいないな。いっそ全員殺してしまうか?)


 そう考えた瞬間、少しだけ力が入って棍棒をレイに向かって振るってきた男に対する反撃で、肋骨を予定以上に砕いてしまう。

 レイにしてみればちょっとしたミスだったものの、実際にそれを受けた方にしてみればたまったものではない。

 致命傷……とまではいかないが、それに近い一撃を受けたのは事実。

 とはいえ、レイにしてみれば結局のところ敵の扱いだ。

 出来れば死んで欲しくはないものの、死んだら死んだで構わないという思いがそこにはあった。

 血が流れない戦い……いや、実際には顔面を殴られて鼻血を出したり、口の中が切れたり歯が折れたりして血が全く流れていない訳ではない。

 しかし、レイが戦いを行うにしては流れる血が非常に少ない。

 それはレイが意図的にデスサイズの刃や黄昏の槍の穂先を使わずに戦っているからというのが大きかった。

 レイがそのように戦っていたのは、血を多く見せることになれば、それに恐怖して集まってきた者達が逃げてしまうのではないかと思っての行動。

 今はここにいる者達の多くがレイに向かって攻撃をしてきている以上、もう刃を使って殺してもいいのではないか。

 そう考えつつも、この状況であってもまだ自分に攻撃をしてこない者もいる。

 戦いに恐怖しているのか、それとも冷静に状況を観察しているのか。

 前者でも後者でも、レイにとっては面白くない。


(まずはあっちを倒すべきか? このままだと、俺を攻撃してきている者達全員倒されたら、そのまま逃げるとかしそうだし)


 幸い、まだレイに向かって攻撃をしてきていないのは数人だ。

 そのような者達を攻撃するのは、そう難しい話ではないだろう。

 素早くそう判断すると、レイは敵の攻撃を回避する振りをしながら大きく跳躍する。


「え?」


 レイが着地したのは、様子を見ていた者達の一人の近く。

 まさかこの状況でレイが自分の側にやって来るとは思わなかったのか、その男の口からは間の抜けた声が出る。

 レイはそんな相手に対してデスサイズを振るう。


「ぐげ!」


 予想外の一撃に、悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちる男。

 レイはそれを見る様子もなく、一気に他の場所に向かう。

 そこにいたのは、こちらもまた様子を見ていた女。


「きゃあ!」


 こちらもまた、悲鳴を上げつつ地面に崩れ落ちる女。

 そうして二人が倒され、三人、四人と倒されたところで、まだ様子見をしていた者達も理解する。

 自分達が狙われているのは決して偶然という訳ではなく、あくまでもレイが意図的に自分達を狙っているのだと。


「に……逃げろ! こいつは俺達を狙ってるぞ! このま……」


 咄嗟に逃げろと叫んだ男だったが、それこそレイによる一撃であっさりと意識を奪われてしまう。

 続いて他の様子を見ていた者達も、この場から逃げようとした者から優先してレイの一撃を食らって気絶していく。

 戦闘訓練を受けていない、あるいは受けていても簡単な戦闘訓練しか受けていない者が、レイから簡単に逃げられる筈もない。

 次々と倒されていく者達。

 数分と経たず、気が付けばこの場に立っているのはレイだけだった。


「さて……これからどうするかだな」

「あら、ここから脱出すればいいんじゃない?」


 レイの呟きにそう答える声。

 その声を聞いたレイは一瞬驚きの表情を浮かべたものの、聞き覚えのある声だった以上、それに対して過剰な反応はしない。


「戻ってきたのか、マリーナ。それで収穫は?」


 尋ねるレイに、マリーナは精霊魔法を解除し、かなり疲れた様子を見せつつも、笑みを浮かべる。

 ……その疲れた表情で浮かべる笑みがいつもより余計に女の艶を感じさせるが、レイはそれを意図的に無視して視線で自分の問いに対する答えを促す。


「穢れの関係者の本拠地、見つけたわ」


 そう、マリーナは告げるのだった。

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