3297話
マリーナの言葉に、ニールセンは嬉しそうな笑みを浮かべる。
ここがオーロラの家だというのを我慢して……それこそ場合によっては無理矢理忘れるようにしながらも、穢れの関係者の本拠地に繋がる情報を探した甲斐があった。
そのことに喜びながらも、ふとニールセンは疑問を抱く。
「ねぇ、マリーナ。その長剣は何?」
「これ? これはオーロラの寝室で見つけた魔剣よ。レイなら多分喜んでくれると思って」
「魔剣? へぇ……これが魔剣」
魔剣を見るのは初めてだったのか、ニールセンの好奇心は既に書類よりも魔剣に向けられていた。
魔槍なら、レイが普段から使っている黄昏の槍がそうだし、デスサイズも同じような武器だ。
(魔大鎌とか、そういう風にいうのかしら?)
そう思うも、名称的に微妙なのはニールセンにも理解出来た。
「そう言えば、妖精の作るマジックアイテムは強力だという話だったけど、魔剣とかはないの?」
「うーん、長なら作ろうと思えば作れると思うけど、あまり好んではいないようね。レイが頼めば作ってくれるかもしれないけど。何故か長はレイに妙に甘いから」
ニールセンの言葉は決して何らかの確証があって口にしたものではない。
だが、レイと話している時の長の様子を見れば、長が喜んでいるのは十分に理解出来た。
それだけに、レイが長に魔剣を作って欲しいと言えば作るだろうと予想出来る。
……もっとも、レイはもう通信用のマジックアイテムを作って貰うように頼んでいる。
ましてや、レイの武器はデスサイズと黄昏の槍で十分間に合っていた。
もし魔剣を入手しても、実際にそれを使う機会があるかと言えば微妙なところだろう。
何しろレイは森の中や洞窟の中といった狭い場所……本来なら長柄の武器が使いにくい場所であっても、普通にデスサイズや黄昏の槍を使っているのだ。
魔剣を入手しても、使うとすればお遊び程度だろう。
「魔剣のことはいいとして、書類の中に本拠地についての情報があったんでしょ? 一体どこなの?」
「ベスティア帝国よ」
ニールセンの問いに、魔剣について語っていた時とは違う、若干の苦々しさを込めた様子でマリーナが言うが……
「ベスティア帝国? それってどこ?」
あっさりと分からないといった様子で言うニールセンに、マリーナは言葉に詰まる。
どうニールセンに説明すれば、分かりやすいのかと思ったのだろう。
ニールセンに……いや、妖精には国という概念はない。
それこそ妖精郷を作る為にミレアーナ王国からベスティア帝国に渡ったり、その逆だったり、もしくはそれ以外の国と行き来したり……といったようなことをしてもおかしくはなかった。
「簡単に言えば、ミレアーナ王国……この国の隣ね。そしてこの大陸において、ミレアーナ王国と二大国家と呼ばれているわ」
「ふーん、そうなの。でも穢れの関係者はそっちに簡単に行けるのよね? 私達もそんな感じ?」
「それは……そう言えばそうね。勿論、国境は全てが完全に見張られてるという訳ではないから、やろうと思えば出来るのでしょうけど」
ヌーラから聞いた情報によれば、穢れの関係者の本拠地に行った時には目隠しをしていたと言っていた。
数時間程度ならまだしも、国境を越えて移動するとなると、一日二日ではどうにもならない。
ましてや、マリーナの知識によればここからベスティア帝国との国境が重なっている場所まで、馬車でも半月程度は必要となる。
もしヌーラの証言が正しく、そしてこの書類の内容が正しい場合、ヌーラは半月以上もの間、ずっと目隠しをされたまま馬車で移動したということになる。
そのような事が出来るかどうかと言われれば、出来るだろう。
だが、出来るからといって実際にそれをやれるのかというのは、また別の話だ。
(もしかして、ヌーラが嘘を吐いた? もしくはこの書類が偽物?)
どちらかが偽物だとすれば、怪しいのはやはりヌーラとなる。
この書類はオーロラの家の執務室にあったのだ。
オーロラの様子を見れば、まさか洞窟に中に侵入者が来るとは予想していたようには思えない。
だとすれば、わざわざ偽物の書類を……それも机の引き出しの中に隠しておくとは思えない。
それと比べると、ヌーラはマリーナ達が洞窟の中に入ってきたのを直接見ている。
つまり、どちらの方が嘘を吐くかと言われれば、やはり怪しいのはヌーラだった。
(とはいえ、ヌーラも自分の情報が嘘だと判明すれば、それは致命傷の筈よね。レイを相手に、わざわざそんな馬鹿な真似をするかしら?)
怪しいのはヌーラだが、ヌーラも自分の情報が嘘だと知られれば、それが致命的だというのは理解している筈だ。
であれば、わざわざ嘘の情報を口にするとは思えない。
(ヌーラはその血筋で苦労知らずといった感じだったわね。だから甘く見て、嘘を吐いた? いえ、でもヌーラの性格からして、それこそあの状況で嘘を言ってると知られれば指の数本じゃすまないというのは理解出来た筈よね?)
尋問前……ヌーラと共にやって来た穢れの関係者との戦いにおいて、レイの攻撃に巻き込まれる形でヌーラは右手の指を数本失っている。
その時はレイが狙ってやった訳ではなく、他の相手に攻撃をした際に巻き添えという形でそうなったのだが、実際に自分の指を切断され、一緒に来た者達は全滅している。
そのような状況でヌーラが嘘を吐いた時にどうなるかを考えないとは、マリーナには思えなかった。
(つまり、ヌーラの情報も本当? ……いえ、その辺は直接聞けば分かるでしょう。まずは……)
いつまでもここで考えていても意味はないと判断し、マリーナはニールセンに声を掛ける。
「ニールセン、取りあえず一番欲しい情報はこの書類で入手したわ。けど、どうせなら他にも使える情報があるかもしれないから、この部屋の中を徹底的に探しましょう」
「分かったわ!」
マリーナの言葉に、ニールセンは即座にそう言って部屋の中を探し始める。
もしかしたら面倒に思われるかもしれないと思ったマリーナだったが、部屋の中を探す……ある意味で探検的な要素がニールセンをやる気にさせたのだろう。
それ以外にも、ここで頑張らなかったことを長に知られたらお仕置きされるかもしれないと思ったのかもしれないが。
理由はどうあれ、ニールセンはやる気になって部屋の中に何かないかと探していく。
マリーナもニールセンの行動を見ているだけではなく、部屋の中を探し始める。
先程の机の上には、魔剣と引き出しから見つけた書類が置かれ、自由になった両手で他の引き出しも次々と開けていく。
ただ、残念ながら他の引き出しには特に何か重要そうな書類の類はない。ないのだが……
「あら?」
ふと覚えた違和感。
引き出しの中には紙と羽根ペンとインクが置かれているだけだったが、ふと違和感を覚えたのだ。
その違和感が何なのか。
あるいは気のせいというだけかもしれないが、それでも今こうして家捜しをしている中で覚えた違和感である以上、そこには何かがある可能性は高い。
その違和感に突き動かされるように引き出しの中を見て……
「底が厚い?」
そう、マリーナが現在開けている引き出しの底は、明らかに他の引き出しよりも厚かったのだ。
そこまで思い当たれば、この引き出しの底が上げ底になっており、現在見えている底と本来の下の間に空間があり、そこに何かがあるのは間違いなかった。
(問題なのは、これをどうやって開けるかよね。まさか力で強引にという訳にはいかないでしょうし。だとすれば、何らかの仕掛けが……)
完全に引き出しを机から外したりはしない。
それが何からのスイッチとなり、罠として発動する可能性も否定は出来ないのだから。
そうならないよう注意しながら、引き出しの中にあった物を全て床に置く。
改めて引き出しの底を確認すると……
「これね」
手前の右隅に、小さな……それこそ針か何かが入るような穴があるのに気が付く。
問題なのは、その穴に何を入れればいいのかということだが……
「ああ、なるほど」
床に置いた引き出しの中身の中に、針のような物が一本あるのを見て取れる。
鍵を掛けた扉の横にその鍵をそのまま置いておくような不用心さではあるが、オーロラにしてみれば、まさかこの洞窟の中に誰かが……敵対している相手が侵入してくるとは、思ってもいなかったのだろう。
そう考えれば、針を同じ引き出しの中に入れておくのも十分に理解出来た。
マリーナはその針を手に、引き出しの隅……ようやく針が入るくらいの穴の中に先端を突き刺す。
すると次の瞬間、ガコッという音がして引き出しの底が浮き上がる。
浮き上がった場所を持ち上げると……
「きゃっ!」
「え?」
再びガコッという音と共に、ニールセンの悲鳴が聞こえてきた。
一体何があったのかと視線を向けると、ちょうどニールセンがいる本棚の近くにある壁に穴が出来ているのを発見する。
「これは……随分と凝ってる仕掛けね」
引き出しを完全に机から取り出さないでよかったと思いつつ、マリーナは引き出しをそのままに壁に向かう。
針の刺さった引き出しをそのままにしてもいいのかという疑問はあったが、この家に住んでいるのはオーロラで、他に誰かが住んでいるようには思えない以上、一人で仕掛けを発動させるようになっているのは明らかだった。
そう判断し、マリーナは壁のある方に向かったのだが……
「ねぇ、マリーナ。これ何かしら? マジックアイテムか何かだと思う?」
壁に空いた穴を見て、ニールセンがそう言ってくる。
その言葉にマリーナも壁の穴を見てみると、そこにあったのは一つの指輪だった。
ただの指輪がこのように手間を掛けた場所に隠されている筈がない以上、その指輪が装飾品という訳ではないのは明らかだ。
マジックアイテムというニールセンの予想は、決して外れていないように思う。
問題なのは、この指輪がマジックアイテムだとして、具体的にどのような効果を持つかだろう。
「嵌めてみる……訳にはいかないわよね」
どのような効果があるのか分からない以上、迂闊に嵌める訳にもいかない。
その辺に詳しい人物にしっかりと調べて貰う必要があるだろう。
「どういう効果を持っているのかは分からないけど、これを見つけたのは大きな結果ね」
書類もそうだが、この指輪はわざわざ隠してあったのだ。
そうである以上、まさかただの指輪という訳ではないだろう。
穢れの関係者にとって何か大きな意味を持つ指輪なのは明らかだ。
「それで、この指輪は持っていくのよね? 大丈夫なの?」
ニールセンの言葉にマリーナは少し悩む。
この指輪が大きな意味を持つのは間違いないものの、勝手に持ち出してそれによって何らかのトラブル……それこそ罠に掛かったりする可能性も十分にある。
とはいえ、折角見つけた指輪をこのまま置いていく訳にもいかない。
もしこの指輪を置いていった場合、また入手出来るとは限らないのだから。
オーロラがまたこの家に戻ってくるのは難しいだろう。
しかしオーロラを解放するつもりがレイにはないのは、マリーナも十分に理解している。
穢れの関係者の中でも高位の人物である以上、オーロラが知っている情報は多々ある筈だ。
レイ達は尋問をしても情報を引き出すことは難しかったが、それはあくまでレイ達が尋問について素人だからだ。
……一応、レイは盗賊狩りをした時に尋問をしたりするので、自分ではある程度の技量を持っているとは思っているものの、それはあくまでもレイの自称でしかない。
本当の意味の尋問……それこそオーロラのように絶対に何も言わない相手を尋問して情報を引き出すようなことは、レイには到底出来なかった。
それはマリーナやヴィヘラ、ニールセンも同様だろう。
オーロラはそういうレイ達とは違い、本当の意味で尋問の専門家に引き渡される筈だった。
その尋問がどういうものになるのかは、マリーナにも分からない。
予想は出来るが、それも決して愉快な予想ではない。
とはいえ、穢れの関係者の危険性を考えれば、そのようなことをするのも止めることは出来ない。
ギルムに連れ帰って尋問をするので、ダスカーが指示をすることになるだろう。
マリーナも貴族というのが綺麗事だけでどうにか出来る訳ではないと知っているので、その件でダスカーを責めるつもりはない。
「さて、そろそろ結構な時間も経ってるし……行きましょうか。これ以上探しても、多分他に何も出てこないでしょうから」
「え? もう行くの?」
「レイだけに引き付ける役目を任せる訳にはいかないでしょう?」
そう言われると、ニールセンも反対出来ず……やがて頷くのだった。