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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3281/3865

3281話

「さて、ヌーラ。お前達が聖光教と関係がないのは分かった。そうなると次の……」

「ちょっと待ってくれ。聖光教というのは分からないが、それが具体的にどのような存在なのかを教えて貰えないか?」

「却下だ」


 ヌーラが少しでも自分達の情報を集めようとしているのに気が付いたレイは、即座にそう告げる。

 自分が素直に情報を話すのだから、レイ達から少しでも情報を引き出せないかと考えての言葉だったのだろうが……それが、ヌーラにとっての失敗。


「ひっ」


 一瞬にしてヌーラは後ろから首に鋭い何かを突きつけられる。

 それはヴィヘラの手甲から伸びた、魔力によって形成された鉤爪。

 もしヴィヘラが少しでも力を入れれば、ヌーラの首は一瞬にして斬り裂かれてしまうだろう。

 それ程の鋭さを持つのは、ヌーラも自分がその鉤爪を突きつけられているので、すぐに理解出来た。


「俺とお前の立場が対等だと思ったのか?」

「い、いや。その……調子に乗った。すまない」


 今は痛みこそないとはいえ、右手の指を数本切断されたばかりのヌーラだ。

 もしここで自分がいつもの……洞窟で暮らしてる者達に向けるような態度で話した場合、あっさりと自分が殺されるというのは理解出来た。

 その辺りの判断が出来たのは、ヌーラにとって不幸中の幸いだったのだろう。

 本人がそれを喜ぶかどうかは別として。

 何しろ、レイ達が何かあったらすぐに自分を殺すつもりだというのは理解出来てしまったのだ。

 場合によっては、自分が情報を話し終わったら後は口封じとして殺されてしまう可能性は十分にあった。


「分かればいいわ」


 そうヌーラの耳元で声が聞こえると、首筋に触れていた鉤爪がそっと離れる。

 ヌーラはそのことに安堵しつつ、自分の耳元で聞こえた声にゾクリとしたものを感じた。

 それは死の恐怖といったものではなく、不思議な程に惹かれる何かだ。

 ヴィヘラの顔やその服装を見た訳でもないに、その声だけで自分の命を握った相手はかなり魅力的であると理解したのだろう。

 ヴィヘラの姿を見ていないということを考えると、ある意味ヌーラの審美眼とでも呼ぶべきものは非常に優れていることを意味していた。

 もっとも、いつ自分の命がなくなるかもしれないというこの状況で、そのような審美眼を発揮してるのはどうかと、事情を知る者がいれば突っ込んだかもしれないが。

 幸い……かどうかはともかく、レイはヌーラのそんな様子に気が付かず口を開く。


「質問を続けるぞ。お前は穢れの関係者の中で相応の地位にいると言っていたな? お前が着ている服を見ても、それは理解出来る。それでお前は具体的にどのくらいの地位にいる?」

「どのくらいって……そう言われても。そうだな。私の地位は組織全体で見れば、十番くらいに偉いと思う」

「それは……本当に偉いのか?」


 組織の十番と言われたレイは、目の前の男の言葉が本当なのか? と疑問を持つ。

 だが実際に豪華な服を着ている以上、相応の地位にいるのは間違いないのだ。


「そうだ。言っておくが、組織の中で私くらいの地位にいる者はそんなに多くはないのだぞ」

「そう言われても、十番程度じゃな。まぁ、血筋の影響もあるという話だったし、それを考えれば相応の地位にいてもおかしくはないのかもしれないが。ただ、具体的にどのくらいの影響力を持っているのか分からないと、こっちとしても素直にお前の言葉に頷くようなことは出来ない」


 これがトップとは言わずとも、二番、三番といった地位にいるのなら、レイも具体的にどのくらいの偉さなのかを想像出来るだろう。

 だが、十番……これが国の中で十番目ということなら、十分に高い地位にいると理解出来る。

 だが小さな組織の中で十番と言われれば、それなりに幹部ではあるのだろうがその程度という認識になってしまう。

 ニールセンから、ちょっとした村に匹敵するくらいの人数がこの洞窟の中で暮らしているという話を聞いている以上、ちょっとした組織とは表現出来ない、それこそ組織としてはかなり大きいと想像するくらいは出来るので、レイは自分が予想していたよりはヌーラが偉いのだろうと考える。


「組織での地位についてはまた後で聞くとして。……ちなみにだが、この洞窟の中で一番偉いのはヌーラか?」

「違う。ここでの偉さということで考えれば三番くらいの地位になる」

「十番の地位にいる者が三番の地位に……やっぱりこの洞窟は穢れの関係者にとって相応に重要な場所な訳か。あ、そうだな。ちなみにこれは聞くのを忘れていたが、この洞窟は穢れの関係者の本拠地という訳でもないんだよな?」


 これについて聞くのを忘れていたと、尋ねるレイ。

 もっとも、ヌーラの様子から考えてここが本拠地ではないのは明らかだったのだが。

 もしそうなら、ここで最初からそのように言っていたのは間違いない。

 そのように言わなかったのだから、ここはそのような場所ではないのは明らかだった。

 そんなレイの予想を裏付けるように、ヌーラは頷く。


「そうだ。ここは重要な拠点なのは事実だが、本拠地ではない」


 その言葉に、マリーナ、ヴィヘラ、ニールセンが揃って残念そうな表情を浮かべる。

 今までの話の流れから、恐らくここが本拠地ではないのは予想出来ていた。

 しかし、その予想がヌーラによって肯定されてしまったのだ。

 マリーナ達にしてみれば、駄目だと思いつつも万が一の可能性を考えていたのだろう。


(何だったか……シュレディンガーの猫?)


 詳細な内容については、生憎とレイにも分からない。

 ただ大雑把な内容としては、今回の場合はまだこの洞窟が穢れの関係者の本拠地であるとはっきりしていなかった以上、半分の確率でこの洞窟は穢れの関係者の本拠地であるというものだ。

 これはあくまでもレイの認識でしかないのだが。

 ともあれ、そんな疑問をヌーラがはっきりと否定したので、この洞窟が穢れの関係者の本拠地ではないとはっきり結果が出てしまったのだが。


「じゃあ、本拠地はどこにある?」

「分からない」


 レイの問いに、ヌーラはあっさりとそう告げる。

 悪びれた様子もなくそう言うヌーラに、レイはヴィヘラに視線を向ける。

 その視線を向けられたヴィヘラは、レイが何も言わずとも何をするべきなのかを理解し、先程同様ヌーラの首筋に魔力によって生み出された鉤爪を突きつける。


「ほっ、本当だ! 嘘じゃない! 本拠地はもっと上の地位にいる者だけが住むことが出来るんだ! 幹部以外の者はそれなりにいるけど!」


 叫ぶヌーラに、レイは疑惑の視線を向ける。


「お前は自分で組織全体の中では十番くらいには偉いと言っていただろう? そのくらいの偉さなのに、お前は本拠地に行けないのか?」

「い、いや。行ける。行けるけど、その時は本拠地がどこか分からないようにされるんだ。だから、本拠地に住んでいる普通の連中は本拠地から出ないようになっている!」

「……なるほど」


 ヌーラの言葉にそう返すレイに、マリーナとヴィヘラ、ニールセンは信じるのかといった視線を向ける。

 普通に考えて、ヌーラの言葉を素直に信じるのはどうかと、そう思ったのだろう。

 レイも何の意味もなく、相手の言葉を信じた訳ではない。

 ヌーラの言葉にそれなりに真実味があると判断したからこそ、信じてもいいと思ったのだ。

 もっとも、それで実は嘘だったりした場合、レイも相応の処置をしただろうが。

 そんなレイの様子を見て、ヴィヘラはそっと首筋に突きつけていた鉤爪を離す。

 ヴィヘラが――ヌーラはその姿を見てはいないが――その気になれば、一瞬にして自分の命を奪える武器が離れたことに安堵するヌーラ。

 だが、レイはそんなヌーラを前にしても楽天的な表情を浮かべることは出来ない。


「それなりに偉い地位にいるのは分かったが、それも役に立たないと意味はないな。……いや、待て。ヌーラよりも偉い奴がこの洞窟にはいるんだよな? そいつは本拠地についての情報を何か持ってるのか?」

「持ってるとは思う。だが、それも確実ではない」


 持っていると断言しなかったのは、もし情報を持っていなかった場合、自分のせいになるかもしれないと判断したからか。

 その辺りの理由はともあれ、レイにしてみればヌーラよりも情報を持っている相手がいるというのはありがたい話だ。


「となると、問題なのはそのお偉いさんがどういう奴かだな。まぁ、そう簡単に情報を話すようなことはないと思うが」


 そう言い、ヌーラを見る。

 そこにはヌーラと違ってと言いたげな視線があったものの、そのような視線を向けられてもヌーラは特に何も反応したりはしない。

 自分が呆気なく情報を話したことは、十分に理解しているのだろう。

 とはいえ、レイ達はそのお陰であっさりと情報を入手することが出来たのだから、責めるつもりは全くなかったが。


「オーロラは……そうだな。一言で表現するとすれば鉄の女だ。いや、鉄では足りない。オリハルコンの女と言ってもいいかもしれない」

「つまり、それ程頑固な性格をしていると?」

「そうだ。実務能力も高く、この洞窟を運営しているのも大半がオーロラの力だ」


 なら、お前は何をしてるんだ?

 そう突っ込みたくなったレイだったが、ここで突っ込んでもろくな返事はないだろうと思い、別のことを尋ねる。


「オーロラというのが真面目な性格をしてるというのは分かった。……そういう奴が、何で穢れの関係者になってるのかはともかくとして。それともヌーラと同じように、そういう血筋なのか?」

「いや、オーロラは別にそういう血筋ではない。村を領主に焼かれた時の生き残りだったらしい」

「それは、また……」


 その説明だけで、レイは何となくオーロラという女が何故穢れの関係者になったのかを理解する。

 穢れの関係者になれば、最悪この大陸が滅ぶ。

 だがその女の場合は、あるいは……それをこそ望んでいるのではないかと。


(穢れの関係者としての力を使って、その領主に復讐するだけじゃ駄目なのか?)


 レイは復讐という行為に対し、決して否定的ではない。

 寧ろ推奨すらしている。

 復讐は復讐を生むだけだという者もいるが、レイにしてみればそういう綺麗事は実際に自分がそういう目に遭ってから言えと思う。

 そういう意味では、オーロラという人物が貴族に対して復讐をするのは構わない。

 だがその結果として、この大陸が道連れになるのなら許容は出来なかった。


「そのオーロラが実務能力が高いのは分かった。けど、戦闘力という点ではどうだ?」

「強いぞ。使徒……いや、お前達風に言うのなら穢れか。その穢れを使いこなせる能力では、組織の中でもかなり上位に位置する」

「厄介だな」


 穢れが普通に行動しているだけ……具体的には、トレントの森で出てくるような相手なら、レイにとっても対処はどうとでも出来る。

 魔法を使って殺すことも出来るし、炎獄を使って捕らえることも出来る。

 だが、それはあくまでも穢れが馬鹿……もしくはプログラムされたような行動しか出来ないからというのがあった。

 ギャンガのように人が自由に操るといった場合、それを相手にレイの魔法で対処出来るかどうかは微妙だろう。

 もしレイがそのような真似をしても、オーロラが穢れを自由に操れるのなら穢れの対処は出来ない。

 それどころか、穢れに触れると黒い塵となって消えていくのを考えると、相手の攻撃に命中すればそれだけで致命傷となってもおかしくはなかった。

 だからこそ、レイがオーロラと戦う時に手っ取り早く勝つのなら、奇襲なり先制攻撃なりといった手段が考えられた。

 だが、相手から情報を聞き出すということを考えると、オーロラを殺す訳にはいかない。

 それでいて、穢れを操る力がある以上、ただ動きを封じる……具体的には手足を縛っても意味はない。


「穢れを操るのはどうやるんだ? ……いや、ヌーラは穢れを操れるのか?」


 今更ながらに、レイはそんなことに気が付く。

 そもそも穢れを操れるのなら、マリーナの精霊魔法によって動きを封じられても対処出来る筈だ。

 それ以前に、穢れがいる以上は精霊魔法が普通に使えないだろう。

 そんな疑問を抱くレイの視線を向けられたヌーラは、そっと視線を逸らす。


「え? もしかしてお前……穢れを使えないのか? 穢れの関係者なのに?」

「言っておくが、穢れを自由に使えるのは組織の中でも限られた者だけなんだぞ。もし俺が穢れを自由に使えたら、それこそ十番目程度ではなく五番目くらいの地位にはいた筈だ」

「いや、それって自慢するところか? 穢れの関係者、しかも相応の地位にいる奴が穢れを使えなくてどうするんだよ?」


 呆れたようにレイは言うのだった。

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