3277話
見張りの部屋の探索を終えたレイ達は、結局何も手掛かりらしい物を見つけることは出来なかった。
もっとも、見張り用の部屋に何らかの組織についての重要な情報が転がっている訳もなかったが。
「ねぇ、レイ。ここからはやっぱり罠とか警戒する必要があるの?」
何故か嬉しそうな表情でレイに尋ねるニールセン。
ニールセンにしてみれば、今のこの状況が重要だというのは分かっているのだろうが、それはそれ、これはこれといったところなのだろう。
妖精特有の強い好奇心を発揮して周囲の様子を確認していた。
「どうだろうな。恐らく罠はないと思うけど、実際に調べてみないとなんとも言えないな。穢れの関係者以外は無条件で罠が発動するかもって話に出てただろ? その辺もしっかりと注意した方がいいのは間違いない」
レイの言葉に、ニールセンは残念そうな様子を見せるものの、レイ達を置いて先に進むといった真似はしない。
ここでそのような真似をすると、それが致命的な失態になるかもしれないと理解しているからだろう。
「分かったわ。じゃあ、レイ達と一緒に行くわね。じゃあ、早いところ行こう。この先に具体的に何があるのかは分からないけど、少しでも早く行動した方がいいでしょう?」
「この洞窟の中に具体的に何人くらいいるのか分からないのが、この場合は痛いよな」
「さっきの尋問で具体的なことを何も聞き出せなかったのは痛いわね」
「ヴィヘラが言いたいことも分かるけど、あの状態からこの洞窟について聞き出すのは難しいと思うわよ?」
そんな会話を聞きつつ、ふとレイは疑問を抱く。
(もしかしてこの洞窟って……ボブが以前見たとかいう、穢れの関係者が何らかの儀式を行っていた場所だったりしないよな?)
ボブがそもそも穢れの関係者に襲われることになった理由が、それだった。
そして現在レイ達がいるのも洞窟である以上、もしかして……そのような疑問を抱くのは仕方がないだろう。
もっとも、レイはすぐにそれを却下する。
この洞窟の前にあった岩の幻影。
ボブがこの洞窟の近くに来たことがあっても、あの本物と見間違う……いや、本物にしか見えない岩の幻影を見抜けるとは思えなかった為だ。
もしかしたら、ボブの一件があったからこそ岩の幻影を使うようにしたのかもしれないが。
ボブも具体的にはどこの森だといったようなことは覚えてなかったので、もし聞くことが出来ても分からないが。
(いや、聞いても分からないけど、ここに連れてくれば周辺の景色から分かる……か? もっとも、それが出来ないのは分かってるから、意味はないんだが)
そんな風に考えつつ、レイは洞窟の中を進む。
そのまま進むこと、数分……罠があった時に咄嗟に素早く対応出来、ダメージを食らってもドラゴンローブによる高い防御力があるということで先頭を進んでいたレイが、不意に足を止める。
レイの右肩に立っていたニールセンが咄嗟にバランスを崩しそうになるも、何とか耐える。
レイの後ろを進んでいたマリーナとヴィヘラは、そんなニールセンとは違って特に失敗したりせずに足を止める。
「レイ? どうしたの?」
マリーナがいつでも精霊魔法を使えるようにしながら言う。
本来なら、マリーナは精霊魔法以外にダークエルフらしく弓も一流の技術を持っている。
だが、外ならともかくここは洞窟の中だ。
それなりの広さはあるが、戦いになった時に下手に弓を使えば、味方の動きを阻害するかもしれない。
もしくは、洞窟の壁に当たった矢が跳弾のように弾かれて、前衛のレイやヴィヘラに怪我をさせる可能性もあった。
その為、マリーナは今回精霊魔法に専念している。
単純に、弓の腕は一流だが、精霊魔法の腕は超一流であるというのも関係してるのかもしれないが。
「音が聞こえてくる。これは……話し声とかそういのじゃなくて、生活音?」
レイの耳が捉えたのは、生活音とでも呼ぶべきもの。
その中には何らかの会話の音があったり、地面を踏み締める音や、何かが何かにぶつかるような音、そんな雑多な音がレイの耳に聞こえてきたのだ。
(これは……ちょっと予想外だな。考えていたよりもこの洞窟で住んでる奴は多いのか? けど、こんな洞窟だぞ? そんなに大勢が移動出来るだけの余裕があるとは思えないんだが)
人というのは、太陽に当たらないとどうしても健康的に問題が起きる。
また、このような洞窟の中で暮らしているのなら、水や食べ物も必要になるだろう。
そんな疑問を抱くレイだったが、視線を向けてくるマリーナ達に向かって口を開く。
「どうやらこの先に結構な人数がいる。俺が予想していたよりもかなり多いみたいだ」
レイの口から出た言葉に、マリーナ達は揃って驚きの表情を浮かべる。
ここが穢れの関係者にとって重要な拠点である以上、ある程度の人がいるのは予想していた。
しかし、レイが予想していたよりも多くいるとなると、十人、二十人といった数でないのは明らかだ。
「こう言ってはなんだけど、こんな洞窟の中にそんなに人がいるの?」
ヴィヘラの口から出た疑問にレイは躊躇なく頷く。
「そうなるな。色々と無理があるが……その辺はマジックアイテムだったり、魔法だったりでどうにでもなるんだろう。ゴミとかそういうのは穢れに任せればいいんだし」
「でも、さっきの見張りのことを考えると、穢れにゴミの処理をして貰うとかしたら……」
怒髪天を衝くといった程度では収まらないくらい怒り狂うだろうな。
ヴィヘラの言葉にそうレイは言葉にせず、思う。
「水の方は、もしかしたら地下水とかがあるのかもしれないわね。水を生み出すマジックアイテムはそれなりに高価だし」
「俺の流水の短剣みたいにか?」
そう言うレイに、マリーナは呆れの視線を向ける。
「あのね、流水の短剣は別に水を出すマジックアイテムじゃないのよ? いえ、正確には水を出してその水で攻撃するというマジックアイテムだから、水を出すというのは間違ってないけど。レイのように飲料水にするのは色々な意味で間違ってるわ。……あの水で攻撃するのは許せないけど」
マリーナもレイが流水の短剣で出した水を飲んだことはある。
天上の甘露とでも表現すべき……いや、そのような言葉でしか表現出来ないような、圧倒的な味を持つ水。
水は水である以上、特に甘いとか苦いとか酸っぱいとかがある訳ではない。
ただ、水。圧倒的な水。
甘くはないのに天上の甘露という表現が相応しい程に美味い水。
そんな水を出せるのは、流水の短剣が使用者の魔力を使って水を出すといった機能を持ち、その魔力を提供するレイが莫大な魔力を持ちながら、それでいて水属性とは対極に存在する炎属性に特化しているという限定された条件だから。
色々な意味で特殊な条件が積み重なった上でのレイの出す水と、その辺で売っている水を出すマジックアイテムは比べるのがそもそも間違いだと言う。
「水を出すマジックアイテムと一口で言っても、その原理は色々とあるわ。レイのもつ流水の短剣のように使用者の魔力を使って水を出す物、空気から水分を吸収して水を出す物、地中から水を取り出す物……中には何であれ液体を水に変えるというマジックアイテムもあるらしいわね」
マリーナの説明を、レイは興味深そうに聞く。
レイはマジックアイテムを集める趣味がある。
それだけに、こうしてマジックアイテムについての話を聞くのもレイにとっては決して嫌いではないのだ。
とはいえ、ここは穢れの関係者の拠点の洞窟だ。
小声であっても、いつまでも話をしている訳にはいかない。
「他に色々とあるけど、マジックアイテムについてはこの辺にしておきましょう。それでこの先にかなりの人数がいるのは分かったけど、それからどうするの?」
「穢れの関係者には一緒の服を着てるとかそういうのはないから、紛れ込むのは……無理か?」
言葉の途中でレイの視線がマリーナとヴィヘラの二人に向けられる。
マリーナは胸元が大きく開いているパーティドレス。
ヴィヘラは踊り子や娼婦が着る、向こう側が透けて見えるような薄衣。
それでいながら、二人揃って歴史上稀に見る美貌の持ち主なのだから、そんな二人は人中に紛れ込むというのは決定的に苦手な筈だった。
ニールセンにいたっては、妖精なので論外だろう。
そういう意味では、レイだけがそういう役目に向いている。
ドラゴンローブの持つ隠蔽の効果によって、普通のローブに見えるようになっていた。
レイの顔立ちは女顔で整っているが、その辺はフードを被れば顔の大部分は隠せる。
もっとも、レイの性格がそのようなことに向いていなかったりするのだが。
「とにかく紛れ込むとすれば俺だけだけど、どうする? それとも紛れ込むとかじゃなくて、一気に鎮圧するか?」
紛れ込んでこっそり情報を探るよりも、正面から攻撃して鎮圧してもいいのではないか。
そう言うレイに、ヴィヘラが真っ先に反応する。
ヴィヘラにしてみれば、強敵と戦うことが出来るのが一番嬉しいのだ。
「うーん、でも相手は穢れの関係者よ? 多分、穢れを使ってくるわ。レイとヴィヘラはいいけど、そうなると私が対処するのが難しいのよね」
「私が浸魔掌を穢れに使えるようになったのは、多くの魔力を込めたからよ? マリーナも同じように出来ない?」
「簡単に言わないで。精霊魔法は色々と複雑なんだから」
スキルと精霊魔法では色々と違うのは間違いない。
ヴィヘラもそれは分かっているので、マリーナの言葉に反論はしない。
「ちょっと、ちょっと。いつまでもここで話していたら、誰かに見つかっちゃうわよ。とにかく私が向こうの様子を見てきたいと思うけど、どう?」
「ニールセンが? ……ニールセンなら、そう簡単に見つかるようなことはないから、いいのかもしれないけど」
そう言いつつも、レイは心配そうにニールセンを見る。
実際、ニールセンが口にしている内容は正しい。
掌程の大きさのニールセンだけに、天井付近を隠れながら移動すれば見つかる可能性はかなり低い。
ましてや、天井が鍾乳石に近い形状でニールセンが隠れる場所が多ければ、ニールセンが行動するのはかなり有利なのは間違いなかった。
間違いはないのだが、偵察に行くのがニールセンだというのを心配に思ってしまうのは、レイがニールセンのことをよく知っているからだろう。
とはいえ、レイ達に隠れるといった真似は出来ない。
気配を消すといった行為は出来るものの、それはあくまでも気配を消すのであって、姿を消す訳ではない。
見つかりにくくなるのは間違いなかったが、実際に見ればそこにレイ達がいるというのはしっかりと把握出来る。
ましてや、穢れの関係者なら穢れによって気配を消したレイ達の姿を確認出来てもおかしくはなかった。
(それを言うなら、鍾乳石とかにニールセンが隠れていても、穢れの関係者としての力でその存在を察知してもおかしくはないんだが)
穢れの関係者が妖精の心臓を求めている以上、何らかの手段……具体的には穢れの力を使って妖精を見つけてもおかしくはない。
とはいえ、それはもしかしたらそういうこともあるかもしれないというものである以上、現在の状況では結局ニールセンが偵察に向かうのが最善なのだが。
「分かった。ニールセンに任せるのが最善だと判断した。マリーナ達もそれでいいか?」
「レイが言うのならそれでいいけど……本当に大丈夫なの?」
マリーナが心配そうにニールセンを見る。
しかし、今回はニールセンが一番やる気になっている以上、そんな心配を全く気にした様子がない。
そんなニールセンの様子を見たマリーナは、これは何を言っても恐らく無意味だろうと判断し、ヴィヘラに視線を向ける。
マリーナに視線を向けられたヴィヘラは、少し考えてから口を開く。
「ニールセンが行くなら大丈夫だと思うけど。妖精は転移能力があるんでしょう? もしニールセンが誰かに見つかっても、最悪それを使って逃げ出せばいいだけじゃない」
「そうそう、ヴィヘラの言う通り! 何かあったら妖精の輪で逃げるから、心配はしなくてもいいわ。だから、ね? いいでしょ?」
まるで子供が玩具やお菓子を買って欲しいというように、レイを見るニールセン。
その姿は何も知らない者が見れば、すぐに頷いてもおかしくない程の愛らしさを持っていた。
ただし、レイはニールセンと行動することが多いので、それが擬態……とまではいかないが、自分の頼みを聞いて貰う為の演技だと知っている。
知っているのだが、今の状況を思えばそれが最善なのも間違いなく……やがて渋々と頷くのだった。