3273話
穢れの関係者の拠点で捕らえた二人の男。
その男達から情報を引き出すべく、レイ達は幻影の岩から離れた場所まで引きずって移動していた。
今は少しでも情報を収集する必要があるので、それを思えば何らかの情報は引き出したいところだった。
(俺が深紅のレイだと認識されないようにすること。ただ……セトについては気が付いてるのかどうか分からないけど、こっちは難しいな。セトをグリフォンだと認識してないで、他のモンスターであると認識してくれるとこっちとしてはありがたいんだが。どうだろうな)
地面に倒れた男達を背中から前足で押して動けなくするといった行為をしたセトだったが、その時にセトの姿をしっかり見たかどうかというのは、この場合大きいだろう。
マリーナの精霊魔法やニールセンの妖精魔法によって、首もろくに動かせないようにされていたので、セトの姿をしっかりと確認出来たかどうかはレイにも分からない。
微妙なところ、というのが正直なところだろう。
洞窟から十分に離れたところで、レイは男達に尋問する準備を行う。
その際には、レイやセトの姿を見られないようにしっかりと目隠しもしている。
手足がロープで結ばれて身動きは出来ず、目も、そして今は猿轡をされているので喋ることもろくに出来なくなっていた。
「さて、これからお前達には色々と話をしてもらう」
「んー!」
「むぐぅ!」
尋問の手始めとしてレイが二人にそう言うと、それを聞いた二人が何かを喋る。
猿轡の為に何を言ってるのかは分からなかったが、それでも何となく喋ることは何もないといったようなことを言ってるのだろうと予想は出来た。
「そうだな。俺達が誰なのか分からないのは、そっちにとっても不安だろう。以前、ここから離れた場所にある森でお前達の仲間が騎士団と戦ったな?」
ビクリ、と。
レイの言葉を聞いた二人は、驚きに動きを止める。
まさかここでそのような内容が出てくるとは、思ってもなかったのだろう。
(いや、それは少し考えすぎか? 自分達が狙われる根拠としては、騎士の一件が一番大きいのは理解してるだろうし)
男達の様子を見つつ、レイは言葉を続ける。
「俺達はその時の件もあって調べていた。すると昨夜ギャンガとかいう奴が再び襲撃をしてきたので、倒した」
「むぐぅっ!?」
「ぐむむ!」
レイの口からギャンガという名称が出たのが衝撃だったのだろう。
話を聞いていた二人は、信じられないといった様子で呻き声を上げる。
それでも最初から嘘だと決めつけないのは、レイの口からギャンガという名前が出たからだろう。
レイとしては、ギャンガという名前はこの二人が洞窟の中で話していたのを聞いただけでしかない。
また、昨夜レイ達が戦い、ヴィヘラによって倒された穢れの関係者がギャンガであるという確証はなかったのだが、状況証拠的に恐らく間違いないだろうと思って口にしたのだ。
二人の様子を見る限り、レイの判断は間違っていなかったらしい。
「そんな訳で、俺達がここに派遣されてきた訳だ。……つまり、あの洞窟の中がお前達の拠点だというのは既に判明している。無理に隠さない方がいいと思うぞ」
そう言い、レイは片方の男の猿轡を取る。
瞬間、その男はこれ幸いと叫ぶ。
「ギャンガ様を倒しただと!? 馬鹿を言うな! 御使いの加護を受けているギャンガ様が、倒される訳がない! もし本当にギャンガ様と戦ったのなら、御使いによって消滅している筈だ!」
その叫びに、レイはなるほどと納得する。
今の男の言葉から、御使いというのは穢れのことなのだろうと。
(穢れを御使いと呼んでいるということは、もしかして穢れが実は危険だというのは知らないのか?)
レイにとって、穢れというのは最悪この大陸を滅ぼしてもおかしくない存在だ。
それは長……数多の見えない腕から聞いた話だったのでそのまま信じるのはどうかと思わないでもなかったが、穢れを見た時の本能的な嫌悪感を考えると間違っていないと思う。
(この連中も穢れを見れば本能的な嫌悪感を抱くのは間違いない。なのに、何でそんな穢れを御使いなんて呼ぶ? ……聖光教がこの件に関わってないよな?)
御使いという言葉に、ふとレイは今まで何度か揉めた宗教団体を思い出す。
元々レイと活動する場所は重なっていない為か、ここ暫くの間は聖光教と遭遇するようなことはなかった。
だが御使いという単語のことを考えると、穢れの関係者に聖光教が関わっている可能性は否定出来ない。
(いや、けどないか? 聖光教が崇めるのは、大いなる聖なる光とかそういうのだ。穢れのような存在を御使いとして崇めるとは到底思えない。下手をすると、聖光教で内部分裂が起きたりしてもおかしくはないし)
そう思ったレイだったが、一応念の為に聞いておく。
「聖光教というのに聞き覚えはあるか?」
「聖光教? 何だそれは?」
予想外のことを聞かれたといった様子の男。
もしかして何かを誤魔化しているのではないかと思ったものの、レイが見た感じではそのような様子ではない。
ここまで上手い具合に誤魔化すというのは、そう簡単にできる話ではない。
そう思いながら、レイはもう一人の方……まだ猿轡によって喋ることが出来ない男の方にも視線を向けるが、そこでも理解出来ないといった様子だった。
(聖光教は関係ないのか)
そのことに安堵したレイだったが、改めて御使いについて考える。
(御使いと聖光教は関係ないとして、何で穢れを御使いと呼ぶのかだよな)
実際には洞窟の中のことも気になるレイだったが、穢れの関係者についての情報は殆ど入手出来ていない以上、この二人からある程度は情報が欲しいところだ。
「お前達が御使いと呼んでいるのは、黒いサイコロや黒い円球のことだな?」
尋ねるレイに、男は……猿轡の男と一緒に頷く。
それは隠すべきことではなく、何故そんな当然のことを聞いてるのかといったようにすら思える。
そんな相手に、レイは男達の後ろで待機しているマリーナ達に視線を向ける。
このまま更に突っついてもいいか。
そう尋ねる為の視線だったのだが、マリーナとヴィヘラは揃ってレイの視線に頷く。
セトは周囲の警戒をしているので、レイの視線には気が付いているものの、特に反応はない。
木の枝に座ってるニールセンは何か言いたげだったものの、結局口を開くことはなかった。
ニールセンの存在が穢れの関係者に知られると、色々と不味いと思ったのだろう。
ともあれ、更に突っつくのに反対の者はいなかったので、レイは二人に……主に猿轡をしておらず、普通に話すことが出来る男に向かって口を開く。
「ちなみにだが、お前達が御使いと呼んでいる存在だが、俺達は穢れと呼んでいる」
そう言った瞬間、二人の男達は最初何を言われたのか分からないといった様子で呆気にとられ、そして次第に顔が赤く……いや、赤黒く染まっていく。
「御使いを……穢れと呼ぶ、だと? 本気か貴様ら」
ここで爆発をしても意味はない。
それどころか、自分達にとってはマイナスでしかない。
そう思ったのか、男は怒鳴りつけたい衝動を無理矢理抑えつけ、顔を赤く……いや、赤黒く染めながら押し殺したような声で言う。
そんな様子に、少し急所を突きすぎたかと思いながらも、レイは頷く。
「そうだ。お前達も穢れを知ってる通り、穢れは見た者に本能的な嫌悪感を抱かせる。そのような存在を穢れと御使いのどちらで呼ぶかと聞かれれば、普通は穢れと呼ぶだろう」
「き……貴様……ぐぎ……ぐが……」
穢れという単語を連呼したのが気にくわなかったのか、男は何を言っているのか理解出来ないような声を発する。
少しやりすぎたかと思うレイだったが、相手が興奮することで、普段は決して言えないだろう内容の言葉を口にするという可能性もある以上、ここで退くような真似は出来なかった。
……もう少しやりようがあったのでは? とは、思わないでもなかったが。
とはいえ、本能的な嫌悪感について穢れの関係者がどう思っているのかは、知りたい内容だったのも事実。
ニールセンが以前見た騎士団を蹂躙した男や、昨日遭遇した、恐らくはギャンガという男もそうだったが、穢れを自由に使いこなしていたにも関わらず、嫌悪感はなかったように思える。
もっともニールセンが見た方はあくまでもニールセンから話を聞いたり、イエロの記憶を見たエレーナからの言葉だったので、正確には分からなかったが。
穢れを見た時に抱く、本能的な嫌悪感。
これは穢れと戦う上で避けては通れない道だ。
その嫌悪感をどうにか出来るのなら、それはレイにとっても決して悪い話ではない。
……なお、トレントの森の野営地にいる研究者達は普通に穢れの観察を続けているものの、嫌悪感がない訳ではない。
嫌悪感を抱きつつ、それを我慢し、あるいは無視して穢れの観察を行っているのだ。
そのような研究者達の行動は、参考になるようでならない。
あるいは延々と穢れを見続けるといった真似をすれば、嫌悪感にも慣れるのかもしれないが。
そのような我慢は、レイとしては出来れば遠慮したい。
だからこそ、目の前の二人が穢れに対する嫌悪感の対策を知ってるのなら、是非とも聞き出したかったのだが……
「貴様らに話すことなどない」
自分達が御使いと呼んでいる存在を穢れと呼んだのが我慢出来なかったのか、男は端的にそう言う。
猿轡をしている男の方もその意見には同意なのだろう。
二人揃って、憎悪に近い雰囲気を浮かべていた。
もし目隠しをしていなければ、その視線には憎悪が色濃く宿っているのだろうと予想出来る。
(しくじったか? 穢れに対する嫌悪感をどうにかする方法を知りたかったんだが……こうなると、洞窟の中に向けての話を聞くのも難しそうだな)
話の順番を間違ったか?
そう思いつつも、穢れについての情報が非常に重要なのは間違いない。
もしここでその件を後回しにした場合、最終的に困るのは穢れと戦う自分達だという思いがあった
「そうか。お前達が穢れについてそう思うのなら、仕方がない。ただ、事情について分からない以上、その件について聞かないと他の者に説明する時は穢れと表現するしかないな」
「……御使いを穢れと呼ぶのか」
「お前達が何も言わない以上、こっちでつけた名称で呼ぶしかないだろう? 何かきちんとした理由があるのなら、穢れではなく御使いと呼ぶかもしれないけどな」
レイとしては、どのような理由であろうとも穢れを御使いと呼ぶつもりはない。
だが、男達にとっては、レイが具体的にどのような存在なのかは分からないのだ。
レイの説明からすると、レイは騎士団の仲間、もしくは騎士団に雇われた者と認識されてもおかしくはない。
そうである以上、穢れという呼び名から御使いという呼び名に変更すると男達が思う可能性は十分にあった。
「だから聞かせてくれ。何故お前達は見ただけで本能的な嫌悪感を抱く存在を御使いと呼ぶのか」
レイの尋問方法は、決して上手いとは言えない。
だが、寧ろそのような拙い尋問方法だったからこそ、男達はレイの言葉がもしかしたら本当なのかもしれないと思った。
……尋問する相手が盗賊なら、レイもこれまで何度も経験しているのでそれなりに慣れてはいる。
しかし今回は穢れの関係者に対する尋問だ。
相手を痛めつけたりせず、言葉だけで相手から情報を引き出す必要があった。
「……」
男はレイの言葉が真実なのかどうか、たっぷり数分の間考え……やがて口を開く。
「本当に御使いについて話せば、穢れなどという不名誉な名前で呼ぶようなことはないのだな?」
「絶対とは約束出来ない。ただ、その可能性はある」
本当に僅かだけどな。
そう言葉には出さず、心の中だけで呟く。
レイにしてみれば、穢れを御使いなどと呼ぶようなつもりは全くない。
穢れは穢れである以上、レイにとっては消滅すべき存在なのだ。
……実は長から聞いた、最悪大陸を滅ぼすような存在であるというのが間違いだったら、話は別だが。
いや、見ただけで本能的な嫌悪感を抱くような存在だ。
もし間違いであっても、御使いなどと呼ぶつもりはない。
「分かった。俺が知ってることは話そう。それによって、お前達の御使いに対する見当違いの考えが修正されるのなら、構わないだろう」
貴様らからお前達と呼び名が変わっているのは、多少なりともレイに対しての感情が敵対的なものではなくなった為か。
もし目の前にいるのが深紅のレイであると知っていれば、恐らく絶対にそのような態度を取ることはなかったのだろうが。
「じゃあ、まずは御使いについて聞かせてくれ」
そう尋ねるレイの言葉に、男は口を開くのだった。