3259話
盗賊との戦いは、驚く程にあっさりと終わった。
戦いが終わった時点でまだ何とか息のある者もいたが、そのような相手はレイの手によってあっさりと片付けられる。
そうして戦い……いや、より正確には蹂躙と呼ぶべきものが終わった後で……
「この連中のお宝、どこにあるんだ?」
レイの口からそんな言葉が出る。
普通に考えた場合、盗賊達は洞窟を拠点とすることが多い。
あるいは洞窟ではなく猟師が使うような山小屋の類を拠点にしたりもする。
そのような場所を使う理由は、自分達が雨風を避けたいというのもあるが、何よりもお宝に傷を付けたくないという思いの方が強い。
盗賊にしてみれば、自分達の集めたお宝というのは大事にする必要がある。
場合によっては、お頭以外の盗賊達を洞窟の外や山小屋の外で寝泊まりさせても守るべき物なのだ。
勿論、それはあくまでも一般的な盗賊の話で、中には何よりも仲間を重要視するという盗賊もいたりするが。
ともあれ、そのような盗賊の習性を知っているレイだったが、困ったのはこの辺には洞窟とかがないということだ。
つまり、この盗賊団が持っていたお宝がどこにあるのか分からない。
(もっとも、五人……偵察に来た奴を入れても六人の盗賊団だ。もしお宝を持っていても、そこまで価値のある物はないだろうけど)
そんな風に考えつつ、レイは近くにいたセトに声を掛ける。
「セト、この連中のお宝がどこにあるのか、匂いで分からないか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
レイの言葉にセトは嗅覚上昇のスキルを使う。
周囲に漂う匂い、そして地面から漂ってくる匂い。それらを辿って林の中を移動していく。
「レイ、どうしたの? 戦いは終わったんでしょう?」
ちょうどそのタイミングで、林の外にいたマリーナが姿を現す。
逃げようとした盗賊の足を止めたように、精霊の力によって林の外にいながらにして中でどのようなことが起きていたのかは十分に理解していたのだ。
それだけに、現在レイやセトが何をやっているのかが気になったのだろう。
「戦いは終わったけど、盗賊達のお宝がどこにあるのか分からなくてな。セトに探して貰ってるところだ」
「それは……いえ、でも……うーん……洞窟の類がないし、どこか隠せる場所がないのも事実ね。そうなると……」
林の様子を見つつ、マリーナは考える。
マリーナの精霊魔法なら、セトと一緒にお宝のある場所を探せるのではないか。
そう思っていたところで、不意にセトの鳴き声が聞こえてくる。
「グルルルルルゥ!」
「セト?」
「どうやら私達が考えるよりも前にセトが見つけたみたいね。……行きましょうか」
「分かった。……ちなみにマリーナはどこに隠していると思う? 俺が考えつくのは、それこそ地面を掘ってそこに埋めておくくらいだけど」
「そうね。この盗賊団はかなりの小規模だし、もしお宝を持っていてもそんなに多くはないわ。だとすれば、地面を掘って埋めておくというのもあるでしょうけど……そうなると、埋めた場所を忘れないようにする必要があるわ」
「なら、目印になる物……それこそ木の枝か何かでも地面に刺しておけばいいんじゃないか?」
「そうすれば忘れたりはしないと思うけど、あからさまにそういう場所があれば、それこそそこに何かがあると予想出来るわ。もし盗賊以外の誰かがこの林にやって来てあからさまに怪しい木の枝があったらどうする? ましてや、この林はあの村の子供達が遊びに来たりするのよ?」
マリーナの言葉に、レイは子供達が地面に埋まっている木の枝を見つけ、それが刺さっていた場所を掘り返す光景を思い浮かべる。
それは全く不自然ではなく、実際にあってもおかしくはないだろう光景だった。
「そうだな。そういう真似は出来れば避けたいか。もっとも、あの盗賊達にそこまで頭が回ればだけど」
自分達以外の誰かが地面に埋めてある木の枝に興味を持たないとは限らない。
盗賊達のことを思い出すと、そんな風に考えてもおかしくはないとレイには思えた。
レイとマリーナは会話をしながら進み……やがてセトの姿を見つける。
「なるほど、木のうろか」
木のうろ、それは樹洞とも称されることがある、木の幹にある穴だ。
セトのいる木の幹にはうろがあり、恐らくはそこにお宝を隠したのだろうと想像するのは難しい話ではない。
「レイの予想は外れたわね」
「地面よりも、木のうろの方が危ないと思うんだけどな」
鳥の中には宝石のように輝く物を集める習性を持つ種類もいるし、ゴブリンが偶然木のうろの中にあるお宝を見つけてそれを持っていく可能性も十分にある。
そういう意味では地面に埋めるよりも、危険度は高い。
盗賊達が何を考えてこのような場所にお宝を隠したのかは、レイにも分からなかった。
(あの様子だと、多分何も考えないで、丁度いい場所があったからここに隠そうとしただけなのかもしれないけど)
倒した盗賊達の事を思いながら、レイはセトに近付いて木のうろに手を入れる。
最初は何らかの罠があるかも? と思ったものの、あのような盗賊達に罠を仕掛けるという高度な真似が出来るとも思えなかった。
「これか」
木のうろの中に伸ばした手が何かに触れる。
その何かを取り出すと、それは布の袋。
決して大きくはないその布を縛っている紐を解いて中を見てみると……
「あの規模の盗賊にしてみれば上々、か」
袋の中に入っていたのは宝石。
緑、赤、青、紫といった色の小粒の宝石が十個程。
宝石である以上は、相応の価値があるのは間違いない。
(これが日本とかなら、偽物の宝石とかそういうのもあるんだろうけど。TV番組で人工ダイヤと自然のダイヤは専門家でも見分けが付かないっていうのがあったし)
そんな日本と比べると、このエルジィンでは偽物の宝石を作ることは出来ない……ことはないかもしれないが、それでもそんなに一般的な技術ではないだろう。
レイが見つけたこの袋に入っていた宝石も、恐らく本物であるのは間違いない。
「レイ、どう?」
「こんな具合だな」
尋ねてきたマリーナに、レイは宝石を見せる。
小粒の宝石だが、相応の美しさはある。
それを見たマリーナが、感心した様子で口を開く。
「綺麗ね」
「そうだな。……って、マリーナなら宝石は見飽きてるんじゃないか?」
元ギルドマスターという立場のマリーナだ。
また、地位を抜きにしてもその美しさから言い寄ってくる相手は幾らでもいる。
そんな者の中には宝石をプレゼントとして持ってくる者もいるだろう。
「馬鹿ね」
レイの言葉にマリーナは呆れた様子で言うと、戸惑った様子のレイに向けて言葉を続ける。
「あのね、こういう宝石は誰と一緒に見るかで変わってくるのよ。レイと一緒に見るからこういう風に思うに決まってるでしょう?」
「……そうなのか」
マリーナの言葉に、申し訳なさそうな、それでいて照れた様子でレイがそう返す。
そんなレイの様子を見て満足したのか、マリーナはセトを撫でつつ口を開く。
「じゃあ、用事も終わったことだし、死体の後始末をしたら村に戻りましょうか。……それにしても、本当にヴィヘラが来なくてよかったわね。もしヴィヘラが来ていたら、間違いなく今回の件は我慢出来なかった筈よ」
「ヴィヘラだしな」
戦闘狂のヴィヘラにしてみれば、レイが倒した程度の盗賊と戦うのは爽快感どころかストレスにしかならない。
だからこそ、ヴィヘラは万が一に備えて村に残ったのは結果的に見れば大正解だった。
「そうね。ヴィヘラだし」
「グルゥ」
そんなやり取りをしつつ、レイは盗賊の死体を魔法で燃やしつくしてから村に戻るのだった。
「って、おい。あれ? 何で!?」
村の入り口にいた見張りが、セトに乗って戻ってきたレイとマリーナを見て驚きの声を上げる。
「あ、そう言えば村を出る時はここを通らなかったんだな。……まぁ、それはそれとして。中に入るぞ」
「分かった……って、ちょっと待て! 少しは説明をしろよ! 一体何がどうなってこうなったんだよ!」
不満そうな様子で叫ぶ男。
男にしてみれば、自分がここで見張りをしているのに、いつの間にか村から出て行ったレイがこうして戻ってきたのだ。
それに驚くなというのは無理だし、事情を説明して欲しいと思うのも当然だった。
「後で村長に話を聞いてくれ。簡単に言えば盗賊のアジトを潰してきたところだ」
「え? ちょ……盗賊!?」
まさかこの小さな村で盗賊がどうという話を聞くとは思わなかった男が驚きの言葉を発しているものの、レイはそれを聞き流して村の中に入る。
見張りの男はそんなレイを止めるような真似はしない。
盗賊のことを聞いて驚いているというのもあったし、それをどうにかしたというレイの行動を止めるのはどうかというのもあったし、何より……マリーナが向けてきた笑顔に見惚れていたというのもある。
そんな男の側を通り、セトは村長の家に向かう。
夜の村は、レイ達が先程盗賊の討伐に出掛けた時と同じように静かなままだ。
そんな村の中を進み、やがて村長の家に到着した。
「じゃあ、セトは外で待っていてくれよ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。
そんなセトをそのままに、レイは村長の家に入る。
「レイさん!?」
居間にいた村長がレイとマリーナの姿を見て驚きの声を上げる。
そんな村長達は、レイが寝る時に邪魔なので部屋の隅に寄せていた椅子やテーブルを元の場所に戻し、そこに座っていた。
村長の言葉に、待っている間に眠ってしまっていた娘が目を覚まし、慌てて周囲の様子を見る。
やがて娘の視線がレイとマリーナに向けられ、こちらもまた父親の村長と同じように大きく口を開く。
「ど、どうしたんですか!? もう戻ってきたということは、盗賊はいなくなっていたとか、そういうことですか?」
「いや、盗賊はいた。けど、人数が少なかったから倒すのに問題はなかった」
実際、盗賊達の技量は決して高くはなかった。
レイではなく、それこそ冒険者になって少し経験を積んだ者であれば倒せる程度の実力しかなかったのだ。
……もっとも、そのような冒険者の場合、人を殺すという行為が出来るかどうかという話もあるが。
「そう……だったんですか? あまりにも早かったので……早かったのよね、父さん? 私が寝ている間に、実はもう朝になりそうだとか、そういうことはないわよね?」
慌てた様子で叫ぶ娘の言葉に、それを聞いていた村長は頷く。
「ああ、お前が寝ていた時間はそんなに長くない。レイ殿、その……疑う訳ではないのですが、本当にこの短時間で盗賊達を?」
村長にしてみれば、レイが盗賊を倒す為に家から出て行ってから、一時間も経っていないのだ。
そんな状況でもう盗賊を倒して戻ってきたとレイが言っても、素直に信じろという方が無理だった。
だが、レイはそんな村長の心配をよそにあっさりと頷く。
「ああ、本当だ。そもそも盗賊団とはいえ、全部で五人、偵察に来た奴も含めて六人の小規模な盗賊団だったしな。腕もそんなに立つ訳でもなかったし」
レイの言葉を素直に信じてもいいものかどうか、村長は迷う。
レイの様子を見る限り、特に何か嘘を吐いているようには思えない。
だが同時に、レイやマリーナがそんなに簡単に盗賊を倒せるのかといった疑問もある。
レイやマリーナの外見を見た者としては、そんなにおかしな話ではない。
一応、レイの持つギルドカードでランクA冒険者だと知ってはいるのだが、それでも疑問に思ってしまうくらいにはレイとマリーナは特殊な存在だった。
小柄でとても強そうには思えないレイに、この村の住人では一生に一度も着ることが出来ないようなパーティドレスを着ているマリーナなのだから、村長がそんな風に疑問に思っても無理はない。
これで村長が……あるいは他の誰かが相手の実力を見抜けるだけの目を持っていれば話は違ったかもしれないが、生憎とそのような者はいない。
仕方がないので、レイはミスティリングから布の袋を取り出す。
「この布の中身が、盗賊達の持っていたお宝だ。大きな盗賊団なら、もっとお宝を持っていたりしたんだけどな」
そう言い、布袋の中から小粒の宝石を取り出す。
おお、と。
村長の娘が宝石に興味を示す。
女として、やはり美しい宝石には興味を抱いたのだろう。
「そんな訳で、林にいた盗賊は倒した。後はここで捕らえている盗賊だけだな。……どうするか決めたのか?」
「はい。村から追放ということで」
レイの問いに村長がそう答える。
それを聞いたレイは、微かに眉を顰めるものの、この村を纏める村長がそう決めたのならと、納得するのだった。