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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3246/3865

3246話

「うわ、これは……」


 兵士の一人が、レイの出した二頭の馬の死体を見てそう呟く。

 そんな風に言うのも無理はない。

 馬車が横転した影響で首の骨が折れており、身体の一部は潰れてすらいる。

 例えばこれが戦場であれば、このような光景を見ても特に驚くようなことはないだろう。

 しかし、ここは戦場ではなく日常の場だ。

 ……もっとも、レイの場合は日常であっても普通に戦闘が入り込んでいるので、このような死体があってもおかしくはないのだが。

 だが、兵士達にしてみれば違う。

 いきなり目の前に壊れた馬車と二頭の馬の死体が出てくれば、それに驚くなという訳にはいかなかった。


「レイ、この馬車……何だってこんな傷を受けてるんだ? 普通に考えて、馬車の車軸にこんな傷跡が残るとは思えないんだが」


 馬の死体に兵士達の視線が集まる中、兵士の一人は馬車の車軸の損傷を気にしていた。

 これが、例えば牙や爪によるものであれば、兵士も特に疑問を抱かなかっただろう。

 だが、車軸の損傷は穢れによるものだ。

 具体的には穢れに触れた場所が黒い塵となって吸収されている。

 グリムアースにとって幸運だったのは、夜にも関わらず馬車が結構な速度を出していたことだろう。

 そのお陰で、馬車の車軸は穢れに触れるといったようなことになったが、その時間はほんの一瞬ですんだのだろう。

 ……もっとも、その一瞬であっても車軸を使い物にならなくするには十分なものだったのだが。


「ああ、それはモンスターの仕業だ。この馬車はモンスターに襲われたんだから当然だろう?」

「いや、だが……」


 レイの言葉を聞いても、兵士は素直に納得出来ない。

 明らかに車軸にある傷が、兵士の知っているモンスターによるものと違っていたからだ。

 勿論、兵士も別にモンスターの全てを知っている訳ではない。

 ……もしモンスターの全てについて知っていれば、兵士などやらずに研究者か何かになっていただろう。

 あるいは、その知識を活かしてモンスターを倒す冒険者として活動していたか。

 ともあれ、兵士はそこまでモンスターについて詳しくないのは事実だ。

 それと比べると、レイは冒険者……それもランクA冒険者で、異名持ちですらある。

 そんな腕利きの冒険者であるレイがモンスターだと言ってる以上、兵士もここでこれ以上レイに聞くことは出来なかった。


(何とかなった……か? まぁ、これ以上強引に聞いてくるようなら、ダスカー様に丸投げすることになったと思うけど。そういう意味では、この兵士の判断は間違ってなかったんだろうな)


 何とか誤魔化せたことに安堵しつつ、レイは口を開く。


「じゃあ、この馬車と馬の死体はここに置いておいてくれ。ダスカー様が戻ってきたら、グリムアースの屋敷に届けるように指示が出ると思う。……馬の死体はともかく、馬車はどうやって届けるのかは分からないが」


 馬の死体であれば、荷馬車か何かで運ぶようなことも出来るだろう。

 だが、馬車はどうするのか。

 車軸が壊れている以上、馬で牽いて運ぶといった真似は難しいとレイには思えた。


(だとすると、車軸を応急修理して馬で牽いて運ぶのか? 応急修理なら、完全に直すといった真似はしなくても、取りあえず貴族街にあるグリムアースの屋敷まで移動出来ればいいんだし)


 その後、グリムアース達が馬車を廃棄するのか、修理して使うのか決めるのだろう。

 レイは恐らく修理して使うのだろうと予想する。

 馬車というのは……それも貴族が使う馬車ともなれば、相応の値段となるのだ。

 これが爵位の高い貴族であれば、車軸が壊れた馬車など廃棄して新しい馬車を購入するだろう。

 だが、グリムアースの家は爵位もそこまで高くないし、何より三大派閥にも入っていない影響で、決してその財政は豊かではない。

 新しい馬車を買うとなると、当然だが貴族らしい物を購入する必要がある。

 結局のところ、それは見栄でしかないのだが。

 ただし、その見栄を怠れば他の貴族から侮られる。

 ……いや、侮られるだけならともかく、貴族として活動する上で色々な不利益を受けるといったような事にもなりかねない。

 だからこそ、グリムアースは新しい馬車を買うのではなく、車軸を修理してそのまま馬車を使い続ける必要があった。


「じゃあ、ここでの用事は終わらせたから、俺はそろそろ行くけど……構わないよな? 何か特に問題があったりしないか?」

「いや、特に問題はないから、そのまま好きにしてくれていいぞ」


 そう言う兵士に感謝の言葉を告げ、レイはセトの背に跨がるのだった。






「ふむ、私が予想していたよりも随分と早いな」


 レイから事情を聞き、出来るだけ早く穢れの関係者の拠点に向かうということを話すと、エレーナはそう口にする。

 もっとも、予想していたよりも早いとは言いつつ、その表情に驚きはない。

 予想以上の早さではあったが、それでもそこまで予想が外れたという訳でもないということなのだろう。


「俺も少し驚きではあったな。……もっとも、穢れの件は早く解決出来ればそれだけこっちにも利益になる。俺もマリーナの家で寝泊まり出来るようになるし」

「ふふっ、そうかもしれないな。ただ、そのようなことになれば、また多くの者がレイに会いたいとやって来るかもしれないが」

「そういう面会は断るという方向で。エレーナに会いに来た相手はどうしようもないけど」


 レイの言葉に、エレーナも特に反対はしない。

 エレーナにとっても、その判断は間違っていないと思ったのだろう。

 もっとも、そのようなことが出来るのは本当に穢れの件が解決した後での話で、それが具体的にいつになるのかはまだ全く不明だったが。


「それにしても、マリーナもヴィヘラもいないとは思わなかったな」

「マリーナは知り合いに会って来ると言っていたな。ヴィヘラはビューネと共に遊びに行くと言っていた」

「遊びにって……今か? 人が少なくなったから、ある程度自由に動けるんだろうけど」


 踊り子や娼婦のような、向こう側が透けて見える薄衣を着ているヴィヘラは、その美貌や芸術的な肢体もあり、多くの者に言い寄られていた。

 増築工事をしている時は大勢が仕事を求めてやって来るので、ヴィヘラを見てもそれが誰か分からない者も多い。

 そのような者達にしてみれば、それこそヴィヘラが娼婦か何かのように見えるので、口説いたり一晩を買おうとしたりという風に行動をしてもおかしくはなかった。

 ただ、近くにヴィヘラのことを知ってる者がいれば、それを止めたりもするが。

 そうして止めた者から話を聞かされれば、大抵の者はヴィヘラを口説こうとしたり、言い寄ったりといった真似はしなくなる。

 だが、中には自分ならそのような相手であっても問題なく口説けると考えたり、ヴィヘラの強さは大袈裟な評判でしかないと思って口説こうとして、呆気なく負けてしまう者もいるのだが。

 ヴィヘラが強いと信じていなかった者も、その光景を見れば信じるしかない。

 そうしてヴィヘラについての話は広まっていくのだが、それでもギルムにやって来る者の数を考えると、ヴィヘラについて知らない者は多かった。

 だが、冬になって働きに来た者の大半がいなくなれば、ギルムに残るのは増築工事前から住んでいた者が大半で、金の問題や何かそれ以外の理由によってギルムに残る少数だけとなる。

 そうなると、以前からギルムにいた者の大半はヴィヘラについて知ってるので、言い寄る者もいない……もしくはいても、かなり少なくなる。

 そういう意味で、ヴィヘラにとって今のこの季節は非常に行動しやすいのだろう。


「取りあえず二人が戻ってきたら、その件について話しておいてくれ。……もしくは、今夜にでも俺が対のオーブで話した方がいいか?」

「私から話すが、レイも対のオーブで話した方がいいだろう。あの二人もレイから話を聞いたりしたいだろうし」

「エレーナがそう言うのなら、そうしよう。とにかく穢れの関係者の拠点は出来るだけ早くどうにかしたいし」

「言っておくけど、かなり危険な場所なのは間違いないわよ!」


 そう言ったのは、イエロに乗りながらレイとエレーナの話を聞いていたニールセンだ。

 岩の幻影のある洞窟を直接自分の目で見ているだけあって、あの洞窟の中が危険だというのは十分に理解出来ているのだろう。

 そう忠告してくるニールセンに、レイとエレーナ……そして少し離れた場所で新たにエレーナに紅茶を淹れる準備をしていたアーラもそれぞれ頷く。

 ただ、アーラの場合は今回の一件に主君のエレーナは殆ど関わっていないので、そこまで真剣な様子ではなかったが。


「危険だというのは理解している。……そもそも穢れの関係者の拠点だぞ? その時点で危険じゃないなんてことはないだろうし」


 最悪、この大陸が崩壊するかもしれない存在が穢れだ。

 ある程度対処法が確立しつつある今なら、そこまで危険な相手とは思えない。

 しかし、それでも穢れが危険な存在なのは間違いなかった。

 触れればその部位が黒い塵となって吸収される。

 恐らく一瞬……本当に一瞬穢れが触れただけで、グリムアースの乗っていた馬車の車軸は破壊され、横転することになったのだ。

 そういう意味では、穢れの存在を甘く見るといった真似は到底出来なかった。


(とはいえ、野営地の冒険者や研究者達の中には穢れを侮る……とまではいかないが、自分達ならどうとでも出来ると、そんな風に思ってる奴もいるんだよな)


 その侮りが、いざという時に大きな悲劇に繋がるのは間違いない。

 出来ればそのような侮りは捨てて欲しいとは思うのだが、レイはすぐに首を横に振る。


「穢れの関係者の拠点か。……それこそ、内部を調べなくてもいいとか、そういう理由ならいっそ魔法を使って外から一気に滅ぼすといったことも出来るんだが」

「それは難しいだろう。いや、レイであればやろうと思えば出来るのだろうが、そうすると穢れの関係者の本拠地がどこにあるのか分からなくなるのは痛い」

「分かってるんだけどな、それは。それでもこっちに被害が出るようなら容赦するつもりはないけど」

「ふふっ、レイらしい」


 レイの言葉を聞いても、エレーナは不満に思ったりはせず、寧ろ納得した様子を見せていた。


「まさかそんな風に言われるとは思ってなかったな」

「レイのことだ。そのようなことになっても不思議はない。……もっとも、だからといって軽い考えでそのような真似をするのはどうかと思うが」

「勿論、軽い考えでやろうとは思ってない。まぁ、その辺りの判断はマリーナ辺りに任せておけばいいだろうし」


 ここでレイがヴィヘラの名前ではなくマリーナの名前を出すのは、やはりヴィヘラが戦闘狂だからだろう。

 もしヴィヘラがすぐにでも敵を倒すといったようなことを考えた場合、もしかしたら最初の一手が魔法による大規模攻撃という手段を選ばないとも限らない。


(あ、でも微妙に違うか? 戦闘を好むヴィヘラなんだから、自分が直接敵と戦いたいと考えたりする可能性も……うーん、そうなるとヴィヘラが穢れと戦う方法をどうするかが問題になるな)


 レイが知ってる限り、ヴィヘラはまだ穢れを相手にしっかりと戦闘が出来るようにはなっていなかった。

 夜に対のオーブで話をしたりもするのだが、訓練はしているものの、まだこれといって明確な方法は見つけられないとか。

 そういう風に聞いているレイにしてみれば、本当に上手い具合にどうにか出来るのか? といったように思ってしまう。

 もっとも、そう思いながらもヴィヘラならどうにかしてしまうのではないかと思ってしまうのだが。

 戦闘狂のヴィヘラは、当然ながらただ戦闘を好むだけではなく、きちんと自分の実力を分析している。

 その辺が普通の……何も考えず、取りあえず戦えればいいと思うだけの戦闘狂とは違うところなのだろう。

 また、ヴィヘラが穢れの存在を知ってからそれなりに時間も経っている。

 そうであると考えれば、それこそ最終的には穢れに有効的なダメージを与える方法を見つけても、おかしくはないと思った。


(もっとも、穢れに有効な攻撃方法を入手したら、ヴィヘラにとって穢れがどういう存在になるのかというのはちょっと疑問だけど)


 今のところはヴィヘラが穢れにダメージを与えることは出来ないので、ヴィヘラも穢れに攻撃する手段を何とかしようと頑張っている。

 しかし、もしヴィヘラが穢れを相手にダメージを与える方法を手に入れたらどうなるか。

 穢れは倒す方法さえ確保してしまえば、倒すのは難しい話ではない。

 それこそプログラムで動いているロボットのような存在だけに、倒せるようになればすぐにあきるのではないか。

 そんな風に思いつつ、レイはエレーナとのお茶会を楽しむのだった。

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