3239話
生誕の塔の近くにある場所、リザードマンが赤ん坊を受け止めた場所に指輪を探す為にやって来たレイ達は、早々に自分達で指輪を探すのを諦め、セトに頼ることにする。
「セト、頼む。俺達が助けた馬車に乗っていた奴の匂いが残ってる……可能性がある」
「グルゥ! グルルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らしてから嗅覚上昇のスキルを使う。
そうして周囲の匂いを嗅ぎ分けているセトを見て、フラットが不思議そうに尋ねる。
「こうして頼んでおいて言うのも何だけど、本当に匂いで分かるのか?」
「セトの嗅覚……というか、五感はかなり鋭い。下手な犬や狼には負けないくらいにな。もしセトが匂いで見つけることが出来なかったら、それは指輪がこの近辺にはないと思った方がいい」
断言するレイに、フラットは完全に納得した様子はないものの、それでも頷く。
セトのような高ランクモンスターなら、自分の常識以上のことをやってもおかしくはないと、そう思ったのだろう。
「グルルゥ……グルゥ……」
周囲の様子をしっかりと丹念に確認していたセトだったが、やがてレイの方を見ると申し訳なさそうな様子で喉を鳴らす。
その様子から、指輪を見つけることが出来なかったのは間違いない。
「駄目か」
「どうする?」
「どうすると言われてもな。セトが探して見つからない以上、俺にはどうしようもないとしか言えない。この近辺には指輪はないと思った方がいい」
「グリムアースさんがそれで諦めると思うか?」
フラットの言葉に、レイがグリムアースの顔を思い浮かべる。
家に代々伝わるという指輪。
それをそう簡単に諦めるとは、レイにも思えない。
とはいえ、実際にここでセトが見つけられない以上、指輪を見つけるのは不可能……とまでは言わないが、極めて難しいのは間違いなかった。
「残念に思うだろうけど、見つからなかった以上はそれを見つけたといったように言うことが出来る筈もないんじゃないか?」
もしここで、見つけていないのに何とか見付かりましたとグリムアースに言えばどうなるか。
最初は喜ぶかもしれないが、最終的には悲しむことになる。
これでグリムアースがレイにとって気に入らないような相手であれば、レイもそういう風にしても別に構わないと言うだろう。
だが、レイから見てもグリムアースは貴族として非常に友好的な態度で接してきた相手だ。
レイも好意を抱くくらいには気安い態度で接してくる。
そんなグリムアースが残念に思うといったようなことは、レイとしてもやりたくはなかった。
「何もそんな風には思ってはいない。ただ、セトが探す以外にも何らかの方法があるかもしれないだろ?」
「具体的には?」
「具体的に……そう言われても、少し困るな。人海戦術は無駄だろうし」
「セトが見つけられない以上、恐らくこの周辺には指輪は落ちていない。そんな場所を探しても、そもそもないんだから見付かる筈はないと思う。もっとも、もしかしたら……本当にもしかしたら、指輪の匂いを覆い隠すように別の匂いがあったりするとか、そういう可能性はあるかもしれないけど」
そう言われると、フラットも何も言えなくなる。
あると思えば探してもいいとは思う。
だがない可能性の方が高いとなると、それを探すにも気力がない。
レイが言ったように、もしかしたら、万が一の可能性はあるかもしれないが、その可能性を信じて探せるかと言われれば、フラットも首を横に振るしかなかった。
「だろう? グリムアースには悪いが、ここで諦めて貰った方がいいんじゃないか? 指輪の件は悪いと思うけど」
「なら、私達が探そうか」
と、レイとフラットの言葉に急に割り込んで来た者がいる。
それは、赤ん坊を助け、レイ達をここまで案内してきたリザードマン。
「いいのか? 今までの俺達の会話を聞いてれば分かると思うけど、セトの嗅覚でも見つけることが出来なかったんだ。恐らく、この周辺にはない可能性が高いぞ」
ない可能性が高いと表現するレイだったが、実際には確実にないと思っている。
それだけレイがセトに抱く信頼は強い。
そんな状況でリザードマン達が無駄なことをするのはどうかと思うレイだったが、リザードマンの方はそれでも問題ないと言う。
「レイ殿のお陰で、この寒い夜で凍えることがない。その礼だと思えば、そのくらいは問題ない。もっとも、ガガ様が許可をしたらだが」
ガガが許可をしたらと言うリザードマンだったが、その口調はガガが拒否をするとは思っていない。
ガガはリザードマン達の英雄だけあって、義理人情にも厚い。
そんなガガが、リザードマンの為に色々としてくれたレイの頼みを聞かない訳はないだろうと、そのように思うのは、ガガに従う者として当然のことだった。
「もっとも、さすがに大人が探すというのは難しいかもしれない。恐らくは子供の仕事になるだろう。また、日中はそれなりに暖かいが、朝や夜になると寒いので、探せる時間もそう多くはないと思うが、それでもよければ」
どうだろう?
そう視線を向けてくるリザードマンに、レイは頷く。
「リザードマン達の方で問題がないのなら、俺はそれで構わないと思う。フラットはどう思う?」
「俺も反対はしない。寧ろリザードマン達がそのようなことをしてくれるのなら、感謝しかない」
フラットもまた、リザードマンの意見に賛成する。
貴族を相手にしてもどうとでも対処出来るレイと違い、フラットはそこまでの強さを持っている訳ではない。
グリムアースが横暴な貴族ではないというのは分かっているが、それでもやはり貴族を相手にするとなると、色々と気を回す必要があった。
リザードマン達がこの周辺を探してくれるというのなら、フラットはそれに文句などない。
それどころか、リザードマン達に感謝したいくらいだ。
「フラット、こうしてリザードマン達が動いてくれるのなら、その子供達に何か……干した果実なり、焼き菓子なり、そういうのを渡してもいいんじゃないか?」
そうレイが言ったのは、そうすることによって干した果実や焼き菓子を目当てに指輪を探す為にリザードマンの子供達の数が増えると思ったからだ。
レイも小さい頃……それこそ小学生の頃は、夏休みに朝のラジオ体操を毎日行くことによって、最終日にお菓子の詰め合わせを貰っていた。
……何度か、お菓子の詰め合わせではなく文房具の詰め合わせだったこともあるが、その時は非常に残念に思ったことだ。
あるいは、七夕の練習で夜に笛や太鼓の練習をすると、その練習が終わった後で近くにある駄菓子屋でアイスを貰ったりもした。
実際にはお菓子や文房具の詰め合わせやアイスも、無料という訳ではない町会費とかそういうので支払っていたのだろうが。
レイも今となってはそんなことは分かるが、当時はそんなことを考えはしなかった。
リザードマンの子供達も、その辺について詳しく考えるようなことはなく、単純に干した果実や焼き菓子を楽しみに多くが集まってもおかしくはない。
「そのくらいなら、こちらで何とか出来そうだな。準備をしておこう。……だから、子供達を出来るだけ多く集めて貰えるか?」
そう言うフラットに、リザードマンは頷くのだった。
「それで、その指輪持っていた人達はどうするの?」
リザードマン達と別行動をするようになったレイ達がテントに戻る途中、今まで黙っていたニールセンがそう尋ねる。
もっとも、ニールセンはその件にそこまで強い興味を持っている訳ではない。
何となく聞いておいた方がよさそうだ。
そう思っての質問。
「そう言われてもな。指輪を見つけられなかった以上、正直にそう言うしかないだろ。グリムアースは残念に思うかもしれないけど、ない以上はどうしようもない」
「リザードマン達が探すと言ってくれたから、それをグリムアース様にも言っておいた方がいいな」
「そうなるのか。そっちについてはフラットに任せるけど、しっかりと話してくれ」
「……俺に任せるのか?」
フラットの意表を突いたかのような言葉に、レイは素直に頷く。
「俺が言うよりも、フラットが言った方がいいだろ。貴族の対応的に」
「それはもう、今更の話じゃないか?」
既にレイはグリムアースと会話をしている。
そうである以上、グリムアースと話しても特に問題がないのは明らかだ。
フラットがそう主張するものの、レイは首を横に振る。
「フラットが言いたいのは分かる。けど、普通に考えれば俺よりもフラットの方がいいだろ? それに……貴族とそういう会話をしたというのは、フラットにとっても利益になると思うが?」
「それは……」
レイが言うのは事実だ。
野営地の冒険者達を纏めるという仕事をするということは、それだけフラットがギルドから認められている冒険者だということを意味している。
そんなフラットが、貴族としっかりと会話をし……そして相手をがっかりさせなかったというのは、フラットにとって決して悪くない行動の筈だ。
レイにしてみれば、面倒なことを押し付けているだけだったりするのだが、その辺の判断の仕方は人それぞれだろう。
「それに、グリムアースは俺との会話を受け入れたけど、まだ目が覚めてなかった他の三人がどう思うのかまでは分からない。俺がグリムアースと話している時に目が覚めて、俺の態度を不愉快に思うとか、そういう風になると面倒だろう? なら、最初からそういうのが得意なフラットに任せておけばいい」
「いや、俺も別に得意って訳じゃないんだが。……けど、分かった。折角のレイの心遣いなんだ。ありがたく受け取らせて貰う。……例えそれが、面倒を押し付けただけでも」
「……さて、何のことだろうな」
自分の企みがしっかりと見抜かれていたレイだったが、本人はそれを誤魔化すように視線を逸らす。
ここで自分が何か余計なことを口にして、それならレイがグリムアースに報告しろと言われるような真似は絶対に避けたかったからだ。
「はぁ、もういい。……取りあえずレイはそろそろ寝てくれ。俺はグリムアース様に知らせに行くから」
そんなフラットの言葉に、いいのか? と思ったレイだったが、ここで無理に事情を聞いてもそれならレイも一緒に来てくれと言われるのは嫌だったので、止めておく。
グリムアースはレイにとって友好的な貴族だったが、その妻や護衛、御者も友好的とは限らないのだ。
(まぁ、グリムアースがそういう相手を妻や部下にするとは思えないから、多分問題ないんだろうけど。それにギルムに住んでる以上は俺の存在についても知ってるから、わざわざそんな相手と敵対したいとは思わないだろうし)
ギルムに住んでいて、レイのことを知らないというのは……それこそ、よほどのモグリでもないと、考えられない。
そのような人物に敵対的な反応をするかと言われると、レイとしてもそれはないだろうと思える。
「分かった。じゃあ、そっちは全面的に任せる。リザードマンの子供達が頑張ってくれるって話だから、グリムアースも指輪が見つからなかったからって、文句を言ってくることはないと思うし」
「だろうな。グリムアース様なら、事情を話せばしっかりと分かってくれるだろう。そういう意味では、レイよりもよっぽど気楽に付き合える人だよ」
「それだと、俺は気楽に付き合えない相手だと言ってるように思えるんだが?」
そう言うレイに、フラットは何も言わずにそっと視線を逸らす。
それなりにレイと付き合いのあるフラットだったが、だからといってレイが一般的な意味で付き合いやすい相手かと聞かれれば、決して素直に頷くような真似は出来ない。
レイが付き合いやすいのなら、それこそ付き合いにくい相手は一体誰だと言いたくなる……というのは少し大袈裟にしても、それに近い思いはある。
「相手が貴族であろうとも、普通に実力行使をするって辺りで一般的な感覚はないようなものなんだが、その辺の自覚はあったりするのか?」
そう言われ、今度はレイが先程のフラット同様に視線を逸らす。
レイも色々とあった結果の今の自分の性格は別に嫌いな訳ではない。
嫌いな訳ではないが、だからといって自分の性格が全体的に受け入れられるかと言われれば、その答えは否だというのは十分に理解している。
ほらみろ。
そう言いたげなフラットは、視線を逸らしたレイに向かって続けて口を開く。
「そんな訳で、レイは大人しく眠ってくれ。ただでさえ無理矢理起こしてしまったんだ。明日にもまた穢れが現れたりした時、寝不足で妙な失敗をされたりしたら堪らないからな」
フラットの言葉にレイも反論は出来ず、素直に頷くのだった。




