3218話
「では、これから結界のマジックアイテムの実験を始める」
ダスカーがそう宣言し、一人の錬金術師が前に出る。
……なお、錬金術師達がマジックアイテムの実験をする順番でもそれなりに揉めたのだが、最終的にはくじ引きでしっかりと順番が決まった。
錬金術師達にしてみれば、やはり最初に自分のマジックアイテムが成功した方が印象に残りやすいというのがあるのだろう。
誰かが成功させた後で自分が成功させても、どうしても目立ち具合では負けてしまう。
早く完成させてここにいる分、今日までにマジックアイテムを完成させられなかった他の錬金術師達に比べれば、自分達は有利だ。
それは分かっているものの、ここにいる他の者達はライバルとなる。
だからこそ、錬金術師達は自分が最初に試したいと主張していた。
最初こそ冷静に話し合いで決めていたのだが、議論が白熱したことによって言い争いにまで発展し、それで結局くじ引きとなったのだ。
「では、やります。……レイ、俺が合図をしたら炎獄を解除して欲しい」
「分かった」
レイがそう返事をすると、男は炎獄の真下まで移動する。
なお、未だに炎獄の中には穢れが……黒い円球がいて、炎獄にぶつかり続けているのだが、錬金術師はそれを気にした様子もない。
それだけではなく、穢れが持つ見た者に本能的な嫌悪感を抱かせるといったものも、錬金術師は特に気にした様子もない。
そんな様子に疑問を抱くレイだったが、恐らく穢れに対する嫌悪感よりも自分の作ったマジックアイテムがきちんと使えるかどうかの方に意識が向いてるのだろうと思っておく。
実際にそれが正しいのかどうかは分からなかったが。
錬金術師の男は炎獄の真下まで移動すると、そこに四角い箱を置く。
そうして何らかの調整を行うと、その場から離れて炎獄から十分に距離を取る。
「もう少し……もう少し……今だ!」
その言葉に従い、レイは炎獄を解除する。
すると炎獄に体当たりしようとしていた黒い円球が、突然炎獄が消えたことによって炎獄のあった場所から移動しようとした瞬間、地面に置かれていた箱が光って黒い円球を包み込む。
『おおっ!』
それを見ていた者達の口から上がる驚きの声。
錬金術師が自信満々だったこともあり、成功するかもしれないとは思っていたものの、こうやって実際に成功した光景には驚くことしか出来なかったのだろう。
「よしっ!」
そんな中でも特に喝采を上げているのは、マジックアイテムを試した当の本人だ。
こうしてダスカーの招集に応じたのだから、自分の作ったマジックアイテムには自信はあったのだろう。
だが、穢れそのものを実際に見ることもないままに結界のマジックアイテムを作ったのだ。
マジックアイテムの効果が発揮され、それによって穢れを捕獲出来るのか。
実際に試してみるまではそれなりに緊張していたのは間違いない。
しかし、そのマジックアイテムが見事に発動し、穢れを結界の中に閉じ込めたのだ。
マジックアイテムを作った者として、それに喜ぶなという方が無理だった。
だが……
「あ」
不意にそれを見ていた者達のうちの一人がそんな声を漏らす。
不思議と……本当に不思議なことに、その声はそこまで大きな訳ではないのにその場にいる者達全員の耳にしっかりと聞こえた。
そう口にしたのは、様子を見ていた研究者の一人。
その研究者は自分が周囲の視線を集めているというのを理解していないまま、とある方向を指さす。
黒い円球を覆っている、光の檻。
そこに穢れがぶつかっていたのだが、最初こそ穢れの体当たりを防いでいたものの、次第に……少しずつだが、光の檻が黒い塵となって黒い円球に吸収され始めていたのだ。
「え? そんな、何で……」
マジックアイテムを作った錬金術師は、目の前の光景を信じられないといった様子で呟く。
穢れを見るのは初めてだが、どのような性質を持ち、どのような行動をするのかという情報は、ダスカーからしっかりと聞いていた。
そうした情報を知った上で作ったマジックアイテムなのだ。
だからこそ、成功すると思った。
それだけの自信があった。
誰のマジックアイテムから試すかという話になった時、自分が最初……そして自分のマジックアイテムで最後になると、そう思っていたのだ。
だが、今そんな錬金術師の自信は光の檻と同じように砕け散りそうになっている。
「ダスカー様?」
そんな錬金術師の様子を気にせず、レイはダスカーに視線を向ける。
光の檻が破壊される前に手を打った方がいいのではないかと思い、確認の為の行動。
「もう少し待て」
「……いいんですか? このままだと……」
「構わん。もしかしたら今は危ないが何とかなるかもしれない」
それはあくまでも可能性の話だが、レイから見ればそのような結果はまずないと思えた。
マジックアイテムを作った当の本人が、絶望的な表情を浮かべているのだから。
「取りあえず、準備はしておきますね」
いつ光の檻が完全に破壊されてもいいように、レイはミスティリングの中から自分の魔法発動体でもあるデスサイズを取り出す。
すると、まるでそれがタイミングだったかのように、光の檻の一部が完全に黒い塵となって黒い円球に吸収され、その空いた隙間から黒い円球が出ようとする。
それを見た瞬間、レイはデスサイズを手に呪文を唱え始めた。
『炎よ、我が思いに応えよ。汝は壁、何者をも通すことのない壁にして、それが四方に、そして上下に存在すべきもの。その壁は炎にして炎にあらず。破壊の炎ではなく触れても暖かな気分を抱かせる炎。我が魔力が存在する限り、その炎の壁が消え去ることはない……炎獄の壁』
魔法が発動し、光の檻を内部に入れる形で炎獄が生み出されて無事に黒い円球を再び捕獲することに成功する。
ほう、と。
今の一連の行動を見ていた者達の口から大きく安堵の息が吐き出される。
レイがいるので黒い円球が光の檻を破壊しても大丈夫だとは思っていた。
思っていたものの、それでも目の前でこうして実際に危ない状況になると焦ったり、驚いたり、脅威を感じたりするのだ。
「……そんな……」
自信満々だった錬金術師の男は、自分のマジックアイテムが容易に黒い円球によって黒い塵となって吸収されたことにショックを受けた。
レイもそんな男のことを哀れに思いながらも、取りあえずということで炎獄に近付くと、その下にある箱を手にし、それを錬金術師に渡す。
「ほら」
「あ、ああ。……何で……」
受け取った箱を手に、錬金術師の口から再びそんな声が漏れる。
そんな錬金術師を慰める意味もあってか、レイは口を開く。
「穢れには通用しなかったが、それでもあの結界のマジックアイテムは悪くない出来だったと思うぞ? 今回は相手が悪かったというだけなんだから、あまり気を落とすなよ。……そのマジックアイテム、いらないなら俺が買ってもいいけど、どうする?」
励ますのではなく、こちらが本来の目的だったのだろう。
レイにしてみれば、光の結界を作るマジックアイテムは決して悪いものではない。
今回は相手が黒い円球だったので結界が黒い塵として吸収されたが、それはあくまでも対象が黒い円球、つまり穢れだからだ。
もしこれが普通のモンスターを相手にした場合、十分な効果を発揮するだろうとレイは思えた。
「いや、悪いがこれを売るつもりはない。予定の性能を発揮しなかったマジックアイテムなんだ。それを売るのは、錬金術師として納得出来ない」
「そうか。……まぁ、そう言うのなら仕方ない。そっちが売ってもいいと思ったら声を掛けてくれ。……さて、そうなると次だ。誰だ?」
尋ねるレイに、錬金術師の一人が真剣な表情で前に出る。
最初のマジックアイテムである光の檻が破壊されるのを見る前までは、自分のマジックアイテムなら大丈夫だとは思っていた。
しかし、光の檻が黒い塵として吸収されてしまったのを見た以上、自分のマジックアイテムも通用しないかもしれないと思ったのだ。
だからといって、この状況で自分の作ったマジックアイテムを試さないということは出来ない。
「やるよ。俺の番だ」
深呼吸し、息を整えてから炎獄の下に向かう。
光の檻の時とは違う、丸いボールのようなもの。
ただし、何らかの金属で出来ているらしく、太陽の光を反射して輝いていた。
「いいぞ」
離れた場所にやって来ると、錬金術師が真剣な表情でレイに向かってそう言う。
そして解除される炎獄。
黒い円球は再び炎獄が消えたことにより、自由に移動をしようとし……
「発動だ!」
その言葉と共にマジックアイテムが発動する。
「これは……風?」
レイが予想外の驚きと共に呟く。
そう、金属の球体から生み出されたのは、風。
先程の光の檻とは違い、風によって穢れの動きを封じようとしたのだ。
(なるほど、これはありかもしれないな)
言葉には出さず、感心するレイ。
直接閉じ込めるのではなく、風で一ヶ所に留めようという発想の転換。
これを結界のマジックアイテムと表現してもいいのかどうかは微妙なところだが、黒い円球を動かさないという意味ではきちんと効果を発揮していた。
先程の光の檻が穢れ以外にも結界のマジックアイテムとして使える物であるとすれば、この風のマジックアイテムは穢れに対して特化したマジックアイテムと言ってもいいだろう。
『おおおお』
先程の光の壁の時よりも拘束時間が長くなったことで、それを見ていた者達の口から感嘆の声が上がる。
光の壁のマジックアイテムを作った錬金術師も、自分より優れたマジックアイテムを作ったライバルに悔しそうな視線を向ける。
自分のマジックアイテムが黒い円球に通用しなかったことで落ち込んでいたのだが、ライバルの作ったマジックアイテムを見たことによって、そちらの観察の方が優先されたのだろう。
そうして少し時間が経過し……
「えっと、その……これ、いつまでやるんだ?」
風の檻のマジックアイテムを作った錬金術師が、レイにそう尋ねる。
どこか恐る恐るといった様子なのは、何か後ろめたい所でもあるかのように見えた。
そんな錬金術師に対し、レイはすぐに答える。
「いつまでも何も、ずっとだが? 具体的には、中にいる黒い円球が死ぬのを待つ感じで」
「ちょっと待った。幾ら何でもそれは無理だ! 俺の結界はそんなに保たない!」
レイの言葉に錬金術師が慌てたように言う。
そんな様子に、周囲にいた者達……特に他の錬金術師達が一体どういうことなのかといった視線を向けた。
そのような視線を向けられたことに気が付いたのだろう。
叫んだ錬金術師は、慌てて言い繕う。
「その、俺の作ったマジックアイテムは、魔石を使って動いてる」
「いや、それはマジックアイテムならそう不思議なことでもないだろ?」
レイのように自分の魔力でマジックアイテムを動かす者もいるが、そもそも世の中には魔力を持たない者もかなりいる。
そのような者達がどうやってマジックアイテムを動かしているのかと言えば、それは魔石だ。
冒険者がギルドに売った魔石のうち、低ランクモンスターの魔石はその手の一般的なマジックアイテムを動かすエネルギー源として使われる。
なのに、何故今更そのようなことを?
そんな疑問の視線を向けるレイに、やがて錬金術師は大きく息を吐いてから口を開く。
「実は風の威力を強める為に、普通よりもかなり魔石の消耗が早いんだ。もし継続的に使うのなら、魔力を持つ者が定期的に魔力を補充するか、魔石を頻繁に交換する必要が出てくる」
つまり、燃費が悪いということか。
錬金術師の説明に、レイはそう納得する。
この時にレイが思い浮かべていたのは、日本にいる時にTVで見た車……それも軽自動車のような燃費を重視したものではなく、いわゆる高級車やスポーツカーと呼ばれる類のものだ。
その手の車は燃費を度外視……というのは少し大袈裟かもしれないが、軽自動車と比べると燃費が圧倒的に悪いというのを何かのTV番組でやっていたのだ。
具体的にどのくらい燃費が悪いのかというのは、レイはまだ高校生で車の免許を持っていなかったこともあって実感出来なかったが、一緒にTVを見ていた父親が晩酌で飲んでいたビールを吹き出しそうになっていたことからも、それは余程のことだったのは間違いないのだろう。
「それは……ちょっとずるくないか?」
錬金術師の一人がそう言うが、風の結界のマジックアイテムを作った錬金術師は気にした様子もなく、首を横に振る。
「ここで使う以上、マジックアイテムに魔力を込められる者は多い筈だ。ならそこまで問題はないと思うが?」
それは事実でもあり、不満を口にした錬金術師も何も言えなくなるのだった。