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レジェンド  作者: 神無月 紅
港町エモシオン
320/3865

0320話

「ふぅ……当たりの宿だったな」


 ドラゴンローブやスレイプニルの靴を脱ぎ、碧海の珊瑚亭にて通された部屋のベッドへと寝転がって呟くレイ。

 食堂で食べた夕食も、量はともかく満足の出来る味であり、セトの寝床となる厩舎に関しても夕暮れの小麦亭程大きくはなくても、十分に満足出来る広さだった。

 唯一の不満と言えば角部屋という立地の関係で3畳程度しかなく、その大半がベッドで塞がっている部屋だが、それは承知の上で宿を取ったのだし、何よりも朝食と夕食付きで1泊銀貨1枚なのだ。現在のエモシオンの街にいる他の冒険者達の待遇を考えれば破格だと言ってもいいだろう。


「まぁ、それはともかくだ。まずは明日からどうするかだが……」


 元々はレムレースと呼ばれている賞金首のモンスターを倒す為にやってきたのだから、そっちに意識を集中すべきなのだろう。だが、肝心の標的が海の奥深くに隠れており、船を沈めるにしても魔法を使ってくるのだ。倒すにしても、敵の姿を確認出来なければどうにも出来ない。


「まさか海水諸共に沸騰させる……なんて訳にはいかないだろうしな」


 レイ自身の魔力を考えた場合、可能か不可能かで言えば恐らくは可能だろう。だがここが港であり、海と共に暮らしている以上その手はどう考えても最大の悪手でしかない。下手をすれば賞金首のモンスターを倒す筈が、自分が賞金首になってしまう。

 勿論賞金首になっても賞金を狙ってくる相手を撃退する自信はある。だがそんなことになってしまえば、ホームタウンであるギルムの街も利用出来なくなるだろう。それは色々な意味で非常に拙い。


「となると、今日みたいに俺がセトに乗ってこれ見よがしに空を飛んで囮になってレムレースを誘き出すしかないか?」


 呟き、小さく溜息を吐く。

 魔法で作られた海水の槍を思い出した為だ。元々炎の魔法を得意とするレイにとって水の魔法を得意とする相手とは非常に相性が悪い。それでも敵が姿さえ見せればどうにでもなるのだろうが、そもそも敵の姿を発見するというところから躓いているのだ。憂鬱になってもしょうがなかった。


「とは言っても、やるしか無いんだよな。折角ここまで来たんだし、何よりもこれだけの騒動を引き起こすようなモンスターだ。是非とも魔石なり素材なりは手に入れたい。……こうして考えて見ると、ミロワールとエグレットを連れてきた方が良かったのか?」


 一瞬そうも思ったが、もしその2人を連れてきていれば未だに宿を探して街中を彷徨っていただろうことは疑いようがない。

 今レイがいる小さな部屋にはとても3人が眠れる広さは無いし、何よりもミロワールが男と同部屋というのは嫌がるだろうという予想もあった。


「まずは……明日からは暫く海上を飛んでレムレースを誘き寄せるというのを試してみるしかない、か。それで敵の姿を確認出来れば何らかの対処方法も考えられるだろうし」


 旅の疲れや救助活動の疲れもあり、更にはベッドの上で寝そべっていたというのもあってそのまま睡魔に身を委ねるのだった。






 翌日、朝6時の鐘で目が覚めたレイは食堂で海鮮スープとパン、焼き魚にシーフードサラダといういかにも港街の料理といった朝食を食べながら他の冒険者達の様子を窺っていた。


「今日はどうする?」

「どうするって言ってもな。賞金を目当てにわざわざミレアーナ王国まで来たってのに、肝心の賞金首が姿を現さないんじゃどうしようもないだろ。取りあえずギルドに行って手頃な依頼を受けてくるよ。ここは港街だけあって物価も高いしな」

「あ、悪い。じゃあ俺も一緒に連れていってくれないか?」

「お前を? まあ、この前の依頼で見た限り腕は同じくらいだし構わないが」

「ふーん、私は取りあえず目的を諦めるのは嫌だから近くの海かな。運が良ければ近寄ってきたモンスターを倒して魔石とか素材を入手出来るかもしれないし」

「いや、レムレースを狙って無い時点で目的を諦めているんじゃない?」

「俺はどうするかなぁ……確かに賞金は魅力的だけど、こうも目標が出てこないんじゃな。しかもその賞金を目当てにして大量の冒険者が集まってきているから、依頼その物も少なくなって来ているし」

「だよな。それに、元からこのエモシオンの街にいる冒険者達が俺達を見る目がちょっとな」

「それはしょうがないだろ。何しろ、自分達の実力が及ばないから賞金を掛けられたようなものなんだ。その賞金を目当てに来た俺達外様は、どうしても好意的な目では見られないさ」

「あー、俺はもう賞金首を諦めて他の街に行こうかな。一攫千金を求めてここにいても、だらだらと時間を浪費して無駄に金が減っていくだけだし」

「そうしたいんなら、そうすれば? 競争相手が減った方が私達も助かるから」


 そんな風に食堂のいたる場所から聞こえて来る話し声を聞きつつ、納得したように頷き海鮮スープを味わう。


(レムレースの賞金目当てに集まってきたのはいいが、肝心のレムレースが姿を現さないからどうしようも無いってのが実状らしいな。空を飛んである程度安全に誘き寄せることが可能なのはラッキーだと言うべきだろうな)


 シンプルに塩で味付けされた焼き魚に、何らかの柑橘類を搾ってからシーフードサラダと共にパンの上に乗せて口へと運ぶ。

 さすがに隠れ家的な宿だけあり、出される朝食はレイがギルムの街で利用している夕暮れの小麦亭に勝るとも劣らぬレベルのものだった。

 特にどのような手段を使っているのか、シーフードサラダの中に入っている蒸しエビが歯を弾くかのような食感と深い味わいをもたらしている。


(エビフライとかあれば食ってみたいな。卵、パン粉、小麦粉、エビはあるけど、そうなると残るのは油か。港街ならオリーブオイルとかごま油辺りはあっても良さそうだが……となると、ソース、いやタルタルソースだな。けどこの世界にピクルスとかあったか?)


 そこまで考え、はっと我に返る。

 自分がこの街にやって来たのはエビフライを食べる為ではなく、レムレースを倒す為なのだ。ついついシーフードサラダに入っているエビが美味かったので横に逸れていた思考を、頭を一振りして元に戻す。


「ねぇ、あの子どうしたの? 何か頭を振ってるけど」

「さぁ? でも、何でここにあんな子供が来てるのかな? まさかレムレース目当てって訳でも無いんでしょうけど」

「くくっ、それはどんな笑い話だ。あんな餓鬼にレムレースを倒せるんなら俺が先に賞金を手に入れているぞ」


 レイの隣のテーブルで食事をしていた冒険者のパーティの話し声を聞き、溜息を吐くレイ。

 自業自得だったとは言っても、あまり嬉しく無い状況ではある。

 最近では深紅という異名が広まっているのだが、それはあくまでもグリフォンを連れた魔法戦士に与えられた異名であり、セトが側にいないレイは今まで通り魔法使い見習いの子供のようにしか見られていなかった。

 

(まぁ、しょうがない。まずはギルドにでも行ってレムレースの情報を出来るだけ拾ってくるか。ただ、朝の忙しい時間が一段落してからの方がいいだろうけど)


 内心で呟き、残っていた食事を味わいつつ口へと運び、最後に色々な果実の混ざったミックスジュースを飲んで朝食を終える。

 その後は、セトと共に街中へと出て港ならではの魚介類を買い食いし、あるいは生のまま大量に買ってはミスティリングへと収納しつつ時間を潰す。

 そしてレイとセトにとって、ある意味それが目的でエモシオンの街へとやってきたかのような幸福な時間を過ごし、やがて冒険者ギルドの最も忙しい時間帯が過ぎているのに気が付いた1人と1匹は若干惜しそうな顔をしつつも当初の予定通りに冒険者ギルドへと向かう。


「グルルゥ」


 その道中でも、セトが海産物の料理に物欲しそうに喉の奥で鳴いたり、あるいは洗濯紐に掛けられて乾燥させているイカの身で出来た白いカーテンを見て日本のことをレイが思い出したりしつつも、やがてギルドへと到着する。


「さて、セト」

「グルゥ」


 最後まで言われずとも、セトは黙ってギルドの従魔用のスペースへと向かって寝転がる。

 恐らくギルドの中にいるのだろう者が使っている馬車があり、その馬がセトの姿を見て固まっていたり、あるいは今朝この街にやって来た為に前日のセトの件を知らない者達が脅えていたりもしていたが、それは既にいつものこととばかりにレイは気にせずギルドの中へと入っていく。

 すると……


「ふざけんじゃないわよっ!」


 扉を開けた途端、中からそんな怒鳴り声が聞こえて来る。

 聞こえてきた声が女の声だったこと、あるいは他の街のギルドと同様に酒場が併設されているということもあって、酔っ払いの揉め事かとも思ったレイだったが、声が聞こえてきたのはギルドのカウンターの方からであり、そこではレイの感覚としてはまるでビキニのような水着を着た褐色の肌の女が冒険者達へと怒鳴りつけていた。


(褐色の肌? ダークエルフ……いや、日焼けか。にしても、何で街中で水着なんだ?)


 一瞬色気過剰とも言えるダークエルフのギルドマスターの姿が脳裏を過ぎったが、視線の先にいるのは日焼けにより褐色の肌となっている女だった。更に当然と言えば当然なのだが、その水着姿の女からはマリーナ程の過剰な色気は漂っていない。


「すいません、ですが僕達としても依頼があれば受けなければならないんですよ」


 女に怒鳴られている3人組の冒険者達の男の1人が謝りながら頭を下げていた。

 その様子を他の2人は不服そうな顔をしながらも、特に口を出す様子は無い。


(依頼? 何かの揉め事か?)


 一瞬興味を引かれそうになったレイだったが、そもそもここに来た目的はレムレースについての情報を求めてだ。その為、言い争いをしている水着の女や冒険者達がいる場所から少し離れたカウンターへと移動して受付嬢へと声を掛ける。


「済まないが、レムレースについての情報を聞きたいんだが」


 賞金首となっている以上、最低限の情報に関してはギルドで貰える。ギルムの街から出発する前にレノラとケニーの2人にそう聞かされていたが故の行動だった。

 だが、レイの外見でそう言われて、受付嬢もはいそうですかと言う訳にはいかない。低ランクの冒険者が無謀にもレムレースへと挑んで無駄死にするというのは、ギルド的にも嬉しく無い事態だからだ。例え、他の支部のギルドの冒険者であったとしても。


「ギルドカードの掲示をお願いします。レムレースの情報については、ランクD以上の冒険者のみに限定させてもらっていますので」

「ああ、これでいいか?」

「っ!? ……失礼しました。ランクC冒険者のレイ様。確かに確認しました。これが資料となります」


 レイのギルドカードを見て驚いたのはギルムの街のギルドマスターであるマリーナからの紹介状の件が知られていたからか、はたまた深紅という異名を持つだけの実力ある冒険者だと知っていたからか。とにかく受付嬢は数秒だが驚きの表情を浮かべ、すぐに我に返り手元にあった資料の紙を1枚渡す。

 恐らくはこれまで何人にも同じ資料を渡しているのだろう。その様子はどこか手慣れたものがあった。

 ……尚、レイがレムレースの資料を要求したのを聞いていた冒険者の何人かがその外見で判断してちょっかいを出そうとしたのだが、受付嬢の言葉でランクCであるというのを知り、その動きを止めて思わず安堵の息を吐くことになる。

 そんな手間を掛けて入手したレムレースの情報だったが、紙1枚というので分かる通り殆ど判明している事実は存在していなかった。


(今までしっかりとその姿を確認した者はおらず、レムレースという名前に関しても名称不明のままでは拙いから取りあえず付けただけ、か。判明している攻撃方法は水を使った魔法のみ。隠密性が高い、遠距離からでも攻撃が可能な水魔法、ね。確かにこの程度の情報なら紙1枚で十分だろうな。撃退したって話にしても、どちらかと言えば見逃されたって方が正しいな)


 そんな風に書類に素早く目を通し、特に新しい情報を得ることが無かった為、前もって考えていたようにセトで海の上を飛んでレムレースを誘き出して倒すなり、情報を得ようとしてギルドを出て行こうとしたその時。


「ちょっと待ちなさいよ! あんたも冒険者ならこいつらに何か言ってやってくれない!?」


 レイへと声を掛けて来たのは、少し離れたカウンターで冒険者とやり合っていた水着の女だった。何故か言い争いに自分も巻き込まれつつあるらしいと気が付き、溜息を吐く。


「悪いが、俺はこれでも色々と忙しい。どんな理由で言い争っているのかは分からないが、俺を巻き込まないで欲しいんだが」

「巻き込まないでって……あんたもこいつらと同じよそ者の冒険者なんでしょ!? なら、お仲間じゃない!」

「いや、よそ者で一括りにして欲しくは無いんだが……」

「この街の者にしてみれば同じよ!」


 とりつく島もないとばかりに再度溜息を吐き、女と言い争っていた……より正確に言えば一方的に責められ続けていた3人組の冒険者へと視線を向けるレイ。


「少し話は聞いてもいいが、せめて酒場の方に行かないか? 巻き込んでくれたんだから、多少奢るくらいはしてくれるんだろう?」

「……はい、すいません」


 人の良さそうな冒険者の男が申し訳なさそうにレイに向かって頭を下げ、5人はギルドに併設されている酒場へと向かうのだった。

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